□カポネさんルート
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――賛辞は、初対面時によくある社交辞令であろう。
しかしそうだと分かっていても、彼女の心臓は明らかに速度を速めていた。
数秒以内に返答が無く、会話が途切れたことにそこで気付いたアルゴスは、開いた間を埋めるように手元に視線を下ろしてマグカップを持った。
アドレナリンが出ているのだろう。視線を合わせたまま経過した時間は数秒なのだと分かっているのに、その一瞬がとてもとても長く恐く感じた。
「……」
手に取ったマグカップに意識を向ける。
目の前の男の手元にあるのと同じ形状のマグカップ。
白い陶器の中で湯気を立てるホットコーヒー。その中心には、浮かべられたばかりのスライスレモン。
目の前の男の手元で温くなっているマグカップの中にも、スライスレモンが浮かんでいる。
白状するなら、偶然では決してない。
あえて言及するほどでもないが、とアルゴスはアツアツのレモンコーヒーを喉に通した。
スッキリとした柑橘とコーヒーの香ばしい香り。
味はまだほとんど普通のコーヒーだが、時間の経過と共に少しずつレモンコーヒーの味になっていくのだろう。
「龍門は娯楽が多いだろ」
アルゴスがカップから口を離したのを見計らって、男は口を開いた。
「姉さん、名前は?」
「…アルゴス」
「俺はカポネ。仕事の斡旋なんかをしてる」
アルゴスがカップを置けば、彼はすかさず片手のグローブを外し、その手を彼女に差し出した。
彼女は求められるままそれを握り、数秒の握手を交わすとそれは離れていった。
――触ってしまった?
アルゴスはひっこめた自分の手に視線を落とした。
明瞭な肌の感触、異なる体温が触れた感覚。
とっさに身体は動いてくれたが、突然の接触に頭がついていかず、言葉が出なかった。
カポネはそんなアルゴスを気に止めることなくグローブをはめ直した。
慣れた動作で内ポケットからペンを取り出すと、紙ナプキンに何やら書き込んでいた。
「ここで会えたのも何かの縁だ。」
掛けられた言葉にアルゴスは顔を上げた。
「あんた美人だしな。何かと足りなくなったら、短時間で割りの良い仕事紹介するぜ、アルゴスさん」
特別だぜ、と目の前にぽんと置かれた紙ナプキンにアルゴスは視線を落とした。
そこには携帯の番号らしき数字が書き込まれていた。
「え」
状況に、アルゴスは目を瞬かせた。
これは明らかな、売春か運び屋への勧誘ではないかと。
――嗚呼。
そういうことかと、アルゴスは笑ってしまいそうになった口元を押さえた。
彼がそちら側の人間であることは昨晩より既に承知済みである。
自分の性別は女であり、飢えを感じさせない身体つきをしている事を鑑みて、この誘い自体は予測していた展開のひとつでもあった。
ただし、予想外な事はあった。
嫌ではないのだ。
無論売春がではない。
カポネに対して、だ。
流石に嫌悪感ぐらい持つかと思っていたのに。
いざ経験して、何故だろう目の前の男に対する不快感を全く持てなかった。
想像以上に盲目的なものだと自嘲しそうになる。
「どうした?」
目の前の男が、客観的には胡散臭くも見える笑顔で首を傾げた。
「(うっ)」
その笑顔に、アルゴスの瞳が揺れた。
かわいげとまぶしさを同時に感じ、双眸が泳ぎそうになった。
だが日々の取り繕いの賜物で、負けじと視線を固定し、落ち着かず沸き立つ気持ちを逃がすように小さく息を吐いていた。
アルゴスは口元を隠すように押さえていた手を、ゆっくりと下ろした。
良く思われたい気持ちを抑えきれず、愛想の笑みを携えて。
「…いえ。ご親切に、ありがとうございます」
目の前の女が口元にだけ笑みを浮かべたので、カポネはそれに乗っかるように自らの笑みを深めた。
内心では、ほうと感嘆していた。
その口元が少し上がっただけだというのに、カポネは刹那的な、しかし確実な胸の高鳴りを感じていた。
彼女は美しい。
不愛想であろうと、『そういうもの』であると納得すらしてしまえる作り物のような美貌と、その無表情。
それが、こちらに向けて僅かにでも笑みを浮かべたときの、特別感。
これに胸を打たれない者はそうそういないだろう。
これは――逸材ではないか?
カポネの中で彼女の価値は右肩上がりに高騰していた。
彼女を取り扱うことができれば、これから手に入れる予定のパイプの維持や、優位な取引を進めるための『誠意』には、うってつけだ。
しかしそうだと分かっていても、彼女の心臓は明らかに速度を速めていた。
数秒以内に返答が無く、会話が途切れたことにそこで気付いたアルゴスは、開いた間を埋めるように手元に視線を下ろしてマグカップを持った。
アドレナリンが出ているのだろう。視線を合わせたまま経過した時間は数秒なのだと分かっているのに、その一瞬がとてもとても長く恐く感じた。
「……」
手に取ったマグカップに意識を向ける。
目の前の男の手元にあるのと同じ形状のマグカップ。
白い陶器の中で湯気を立てるホットコーヒー。その中心には、浮かべられたばかりのスライスレモン。
目の前の男の手元で温くなっているマグカップの中にも、スライスレモンが浮かんでいる。
白状するなら、偶然では決してない。
あえて言及するほどでもないが、とアルゴスはアツアツのレモンコーヒーを喉に通した。
スッキリとした柑橘とコーヒーの香ばしい香り。
味はまだほとんど普通のコーヒーだが、時間の経過と共に少しずつレモンコーヒーの味になっていくのだろう。
「龍門は娯楽が多いだろ」
アルゴスがカップから口を離したのを見計らって、男は口を開いた。
「姉さん、名前は?」
「…アルゴス」
「俺はカポネ。仕事の斡旋なんかをしてる」
アルゴスがカップを置けば、彼はすかさず片手のグローブを外し、その手を彼女に差し出した。
彼女は求められるままそれを握り、数秒の握手を交わすとそれは離れていった。
――触ってしまった?
アルゴスはひっこめた自分の手に視線を落とした。
明瞭な肌の感触、異なる体温が触れた感覚。
とっさに身体は動いてくれたが、突然の接触に頭がついていかず、言葉が出なかった。
カポネはそんなアルゴスを気に止めることなくグローブをはめ直した。
慣れた動作で内ポケットからペンを取り出すと、紙ナプキンに何やら書き込んでいた。
「ここで会えたのも何かの縁だ。」
掛けられた言葉にアルゴスは顔を上げた。
「あんた美人だしな。何かと足りなくなったら、短時間で割りの良い仕事紹介するぜ、アルゴスさん」
特別だぜ、と目の前にぽんと置かれた紙ナプキンにアルゴスは視線を落とした。
そこには携帯の番号らしき数字が書き込まれていた。
「え」
状況に、アルゴスは目を瞬かせた。
これは明らかな、売春か運び屋への勧誘ではないかと。
――嗚呼。
そういうことかと、アルゴスは笑ってしまいそうになった口元を押さえた。
彼がそちら側の人間であることは昨晩より既に承知済みである。
自分の性別は女であり、飢えを感じさせない身体つきをしている事を鑑みて、この誘い自体は予測していた展開のひとつでもあった。
ただし、予想外な事はあった。
嫌ではないのだ。
無論売春がではない。
カポネに対して、だ。
流石に嫌悪感ぐらい持つかと思っていたのに。
いざ経験して、何故だろう目の前の男に対する不快感を全く持てなかった。
想像以上に盲目的なものだと自嘲しそうになる。
「どうした?」
目の前の男が、客観的には胡散臭くも見える笑顔で首を傾げた。
「(うっ)」
その笑顔に、アルゴスの瞳が揺れた。
かわいげとまぶしさを同時に感じ、双眸が泳ぎそうになった。
だが日々の取り繕いの賜物で、負けじと視線を固定し、落ち着かず沸き立つ気持ちを逃がすように小さく息を吐いていた。
アルゴスは口元を隠すように押さえていた手を、ゆっくりと下ろした。
良く思われたい気持ちを抑えきれず、愛想の笑みを携えて。
「…いえ。ご親切に、ありがとうございます」
目の前の女が口元にだけ笑みを浮かべたので、カポネはそれに乗っかるように自らの笑みを深めた。
内心では、ほうと感嘆していた。
その口元が少し上がっただけだというのに、カポネは刹那的な、しかし確実な胸の高鳴りを感じていた。
彼女は美しい。
不愛想であろうと、『そういうもの』であると納得すらしてしまえる作り物のような美貌と、その無表情。
それが、こちらに向けて僅かにでも笑みを浮かべたときの、特別感。
これに胸を打たれない者はそうそういないだろう。
これは――逸材ではないか?
カポネの中で彼女の価値は右肩上がりに高騰していた。
彼女を取り扱うことができれば、これから手に入れる予定のパイプの維持や、優位な取引を進めるための『誠意』には、うってつけだ。