□アルート
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はっとアの『酔い』が醒めたのは、アルゴスが『視覚』を遮断してから十数分後の事だった。
「あれっ…、だ、旦那…?!」
震えは無く、濡れた頬に触れても、反応は無かった。
――既にアルゴスは、極度の緊張に脳貧血を起こして意識を失っていた。
「ええ……!?」
そうしてアは、ようやっと認識した現実の情報の量と重さに後頭部を殴られ、軽く目を回したのだった。
◇
「……」
アルゴスが目を覚ましたのはそれからさらに十数分後、馴染み深いベッドの上でだった。
意図的な息を吐き、天井から視線をずらした先には、最後に見た恐怖があった。
「あっ…だ、旦那…えと、気が付いた?…」
「……アー、か。」
アルゴスは叫びも震えもせず、ベッドの横でしゅんと縮こまるアを見つめた。
一度意識を失ったことで多少なりとも頭が冷え、まだ不安定ながらもアルゴスの瞳には比較的理性的な光が戻っていた。
「寝床に運んでくれたのか」
アは、所帯無さげにこくりと頷いた。
そしておもむろに人差し指を合わせ、ぽしょと呟いた。
「あの…旦那。悪い…俺、自分でも…その」
まるで叱っているような気持ちにさせられるな、とアルゴスは薄く張っていた警戒を弛めた。
そして借りてきた猫のように尾を丸めている、どこか哀れにも見えるアを刺激しないよう、ゆっくりと身を起こした。
「話をしようか」
「…助かる」
お互いに話し合い、取り決めたい約束事があることは言うまでもなく察知していたため、アも深く息を吐いてそれに頷いた。
◇
「―――つまり旦那は全く未知の種族って訳だ」
「そういうことになる」
「はー…、こんな身近になー」
興味深げに、そこにある眼球を確かめるように額へと触れてきたアの手を、アルゴスは指先でつついて抗議した。
「押さないでくれ。痛い」
「あ、悪い」
話し合いは、意外にも無駄なく簡潔に行われた。
他言無用を前置きに、アの訪問動機から始まり、アルゴスの額にある瞳の理由を共有していた。
アはその額に対し、好奇こそあれ嫌忌や不快を顕わにしなかった。
少しだけ嬉しかったのは、彼女だけの内緒だ。
「それで、アー。私の本音が聞きたくて訪ねて来たことまではわかった。それでだ」
「……うっ」
「なぜ君は突然ああなった?」
「……」
痛い問いかけにアは手を引っ込め、目線を隠すように俯いた。
「~っ…わかんねえ」
「欲求不満なのか?」
「違っ!……うと思う。ただ」
「ただ?」
「気配がするんだ」
「気配?」
アはかしかしと耳裏をかいた。
「旦那の指揮下やこの基地に居るとき、時折感じるんだ。…視線のような」
「…視線。ああ、他のオペレーターも時折話題にしているな」
アルゴスはそれが己の視線を指しているものとすぐに感付いた。
同じように相談を受けることもあり、それをドクターの側近でも潜んでいるのかと疑う声も出ている。
種族及び能力を隠している身として、なにより気味悪がられると予測付けて、しらをきっている件でもある。
「……今更だ、正直に言うよ、旦那。」
「ん?」
ごくりとアは唾をのみこんだ。
彼の選択肢は二つ。
想いを伝えるか、それとも視線に欲情すると正直に言うか。
どちらを隠すか、どちらも酷く恥ずかしい。
体質の恥か、心の恥か。
「その気配に囲まれるのが、快感なんだ」
選び取ったのは、体質の恥だった。
「…ん?」
パチリと。アルゴスの額に光る一つ目が瞬いた。
予想だにしなかったワードに、思考がつまったようだった。
「うまく、言えないんだけどよ」
突拍子の無い事を言っている自覚のあるアは、その様子を怪しむことなく続けた。
「…こう、あらゆるリリーサーフェロモンをまぜこぜにした…どうやっても干渉できない糸に貫かれる感じというか」
「……フェロモン?」
「ああ。特にさっきは…高濃度の性フェロモンと少量の警告フェロモンを嗅がされたような感覚に近かった。厳密には違うんだろうが…そんな感覚だった」
「それはまた……」
アルゴスは頭痛のような眩暈を幻想し、側頭を支えた。
アはアルゴスの言葉が途切れたのを察してから続けた。
「その糸が全身に絡みついて、そこでたまらなくなっちまった。しかもそれは全部、旦那の額に束として繋がってるような感じでさ、嫌が応にも引き寄せられて」
「……」
緑の双眸が気まずげに揺れた。
「…それは、目には見えないし無味無臭だけど、けど確かにそんな感覚だったんだ。まるで劇薬の糸だ。…なあ、旦那」
「なんだ」
「旦那なんだろ。その…気配の正体って」
突き刺さるアの言葉と視線に、アルゴスは大きく息を吸って天井を仰いだ。
「旦那?」
そして、観念したように吐き切った。
「天才だな、君は」