□イグさんルート
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イグゼキュターの瞳は、霧に覆われた朝方の空のような、どこか『風景』のようだった。
その、薄くくすんだ空色に、温度が乗るところを見た者はいない。
それに感想を持つでもなくアルゴスは言葉を続けた。
「あの不明な気配に反応する者は少なからず居るにしろ、その中でもお前の反応が印象深かったんだ。
こんな人がいたのか、とね」
「……それはまた、どちらの意図で?」
「感心の方に決まっているだろう」
迷うことなくアルゴスが言った。
「予備動作も敵意もなく、当然のように、撃破を行使したことに感動したんだ」
その言葉に、イグゼキュターは首を傾げた。
「感動?」
その類いの行動は、他者より恐れられ変人などと判断される要素の一つであると自覚している。
本来ならば、見ぬ振りされるか距離を置かれるはずだ。
だが目の前の彼女ははっきりと、感動と発音した。
理解できず、イグゼキュターは彼女を観察した。
彼女は自らの手元に視線を落とし、腕を持ち上げると一本ずつ指を立て始めた。
「素手で獣の傷口に手を捻じり込み、その急所である大動脈を引き千切った。
逃げる敵を蹴り倒し、その足の腱を手元に転がっていた廃材で容赦なく貫き裂いた。
捕まえた敵が情報を吐かないので、砕いたガラスを無理矢理その口に詰めて殴り抜いた。
リロード中に接近されたので、銃身を敵の目に刺突し悲鳴を上げるその口に二撃目刺突して貫通させた。」
ターミネーターが如く。
アルゴス自身が目にしたり、耳に入ったりした彼の所業。
そのほんの一部を指折り羅列する。
羅列された事実に対して、イグゼキュターは否定も弁解も入れずその言葉を耳に入れている。
やがて指折る手が止まり、彼女は視線を上げた。
「――これらすべて。眉一つ動かさずに行ってのけるから、素晴らしいんだ。」
色濃く澄んだジェダイトの如し彼女の緑眼に、曇りはなく。
「とても憧れている」
「…………私に?」
パチパチと生理的ではない瞬きを二つ。
しかし表情は変わらず。
彼の問いかけに、アルゴスはこくりと頷いた。
「私が、イグゼキュターに。」
吐かれた言葉に、その瞳を見開くなどはしなかったが。
しかしイグゼキュターの瞳に宿る薄蒼――無味乾燥のエンジェライトが、ほんの少し揺れかけたのを、アルゴスは見逃さなかった。
「イグゼキュターには無駄がない」
珍しいものを見たと、内心独り言ちながら彼女は言葉を続けた。
「論理的で、確実で、効率的で、感情に翻弄されることもない…納得の権化だ。それが…すごく好きだ」
「納得…、」
この単語にイグゼキュターは反応した。
彼の中で無数に辿り伸ばしていた、関連語の線が繋がった瞬間でもあった。
納得――合点―同意―許可―安心――好意。
「つまり……安心感を得ているのですか?」
彼女は「そうだ」と頷いた。
「人は感情により重要性を決定する生き物で、えり好みは生存本能の一端だ。
怒り、恐怖し、驚愕するから記憶に深く刻まれる。不快がするから、良心が痛むから、躊躇い、すくみもする」
「それが一般的かと。」
「自覚していたか」
ますます好きだ、と彼女はデスクに肘をついた。
「けれどイグゼキュターはそれに囚われないだろ。私の主観ではあるから確信はないが、ひとまず。
…例えば素手で獣を仕留めたのは、私情抜きに弾薬とクリーニングの費用を秤にかけた結果、だと思っているが。どうだ?」
「そうですね。弾薬は惜しむべきではありませんが、かといって安価なわけではありません」
「そう言うと思っていた」
彼女はそう前置いて瞳を閉じ、諳んじる。
「痛みに怯まず同調せず、遂行と完了に最適と判断したことならば何でも躊躇わない。
あるのは必要と行動と結果のみで、生命を奪い苦痛を与える事に対する特別視はない。
自己実現理論…五段の欲求全てが、奉仕すべきものに紐づき…そうすることで全てを満たせている。
ただひたすらに目的に最適であり続けている」
羅列し終えると同時に、彼女は瞳を開けた。
「そう見えた。私の主観は間違っているだろうか?」
「どうでしょうか。」
意外な返しに彼女は「おや」と首を傾けた。
イグゼキュターはその様子を目に入れつつ、続けた。
「意識したものではありませんから」
アルゴスはそうかと瞳を細めた。
「素敵だな」
イグゼキュターにとって、その返しは予想外だった。
「私はそうなりたい。常々思っているよ」
「………」
「伝えたいことはそれだけだ」
返事を求めるでもなく、彼女は己の端末に視線を戻した。
「そして書類の修正も終わりだ。付き合わせたな」
「……いえ」
電源を落とし、デスクから立ち上がった彼女に対しイグゼキュターもまた手元の物をまとめた。
END.