□シルおじルート
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【弱者】
ロドスが誇るドクターは、記憶を失ってから、目に見えて手腕が衰えた。
心さえも脆くなった。
立場による重圧と前線の恐怖に、日々異常なペースで理性を削られているのを知っている。
目覚めてからロドスに戻るまでの間の出来事がトラウマとなり、表情を出せなくなったのも知っている。
常に毅然とした理性の塊でもあるように見えて、それは取り繕いでしかない。
少しも哀れに思わないと言ったら嘘になるが、そこまでだ。
付けこまれまいと警戒を怠らず、特有の重圧というか――その特別な威圧感を失ってはいないところは好感が持てるのだが。
◇
「――休憩か?」
ふと。
かけられた言葉にアルゴスは足を止めた。
時刻にして午後のはじめ。
執務室を出た通路で彼女を呼び止めたのは、ロドス優位の不平等条約を良しとしてまで繋がりを求めた、かのカランド貿易の主。
力強くも高潔に輝く毛皮を持つ男、雪国の白き豹。
その姿を認めた彼女は、一定以上崩れない、口元だけの作り笑顔を浮かべた。
「その通りだが。何か用か?我が盟友の声ならば喜んで聞くが。」
シルバーアッシュとアルゴスは互いに盟友と呼び合う仲でもあった。
彼女から紛いの笑みと問いかけを受けたシルバーアッシュは、その頬に美しい微笑を貼り付けた。
「食事はこれからか?」
「いいや、デスクで摂った。」
アルゴスはその美に目を奪われるでもなく、淡々とその瞳の色を返した。
「そうか。では…」
シルバーアッシュは色目を使った気で居たが、アルゴスがそのことを察していることを、彼もまた察していた。
「我が盟友は、これからどこへ向かうつもりだ?」
「どこにも。」
「ほう…」
――彼が色目を使えば、たとえ男性でさえ満更でもない空気を出す。
にも関わらず、おくびにも出さないところは、色気に強い証明のようで好ましいところでもあった。
「では、気分転換の散歩ということかな?」
「まあ、そうなるだろうな」
「最近増えたように思う」
「事実だ」
「――良ければ甲板に行かないか。二人きりでな」
「……」
「目的がないのなら、その時間を貰いたい。お前となら、共に過ごすだけで価値がある」
だからこそ、確かめ試すように、色気を出すのだが。
「……構わないよ。我が盟友との時間は、私にとっても実りしかない」
アルゴスは、色目こそはないものの、それにまるで鏡のような言葉を返した。
というのも。
彼女からしてもカランド貿易は逃すに惜しい組織であり、シルバーアッシュはその筆頭でもあった。
本人がまず極めて有能な戦闘能力を有しており、オペレーターという範疇でならば最も高く昇進させている精鋭の一人でもある。
これに始まり、カランド貿易から借り入れているマッターホルンやクーリエも、その有能さと人格の良さはロドス中に知れ渡っている逸材であるからして。
「では、行こうか」
「ああ」
なればこそ、機嫌を損ねることは出来なかった。
そして歩き出す前に彼は、何も無いはずの場所――アルゴスの傍ら――を一瞥して言う。
「久方ぶりに、二人きりでと言ったのだがな。……アルゴス?」
「フッ」
アルゴスは眉をしかめるように肩をすくめた。
この男の有する慧眼――鷹の眼とやらはいつでも鋭い。
「我が盟友には敵わないな。――下がれ。」
そうしてアルゴスは、傍らの影に声を掛けた。
そこには散歩の提案者であり、姿見えずとも共に歩いていたイーサンが居た。
払いの声を受けた彼が肩をすくめ、擬態も解かぬままどこへなりと歩き出したのを二人は見送った。
やがてアルゴスは、イーサン(ドクターの付き人)を見送るだけのシルバーアッシュに目を向けた。
期待した素振りの欠片もない様子に、侮られているのか揶揄われているのかそれとも試されているのか、と呆れた。
「……これで二人だな、ディス?」
「フッ」
今度は、エンシオディス・シルバーアッシュが笑った。
ディス、とは、ドクターが記憶を失う前に呼んでいた愛称だ。
つまり、今の愛称では、ない。
「我が盟友も衰え無いようで安心したぞ。――下がれ。」
そういって指を鳴らすと、すぐ後方のダクトから、掃除とメンテしていた体(てい)のクーリエが顔を出した。
そのまま着地したクーリエは既に承知済みであるようで、従順にその場を後にした。
「これでいいだろう?ポーン」
「ああ。プルート」
互いに人払いを済ませた二人は、肩を並べて歩き出した。
――ポーンとは、以前よりシルバーアッシュが彼女と二人きりの時に呼ぶ愛称だった。
アルゴスの本名はベレロポーン。そこから取ってポーンとする。
アルゴスは、この呼び名が嫌いだった。
目覚めた時から己のコードネームしか覚えておらず、データベースで自分の本名を初めて知ったという経緯を持つ彼女は、本名やそれを差した愛称で呼ばれるのを好まない。
かつての自分を呼ばれている気がして、今の人格を否定された気がすると。
そんな彼女も彼を特別な名で呼ぶ。
あえて、原型を留めぬものとしているが、それが意表返しであることは本人だけの秘め事だ。
――プルートとは、今の彼女が呼ぶ、シルバーアッシュの愛称だ。
ディス、という。元々の愛称を更に捻った呼び方。
『富める者』の意が転訛したものであり、冥王ハーデースの呼称の一つ。
うっかり寝言などで溢したとしても誰にも察されない。
時には合言葉のような役目も持つ。
シルバーアッシュは存外、その呼び名を嫌ってはいなかった。
ロドスが誇るドクターは、記憶を失ってから、目に見えて手腕が衰えた。
心さえも脆くなった。
立場による重圧と前線の恐怖に、日々異常なペースで理性を削られているのを知っている。
目覚めてからロドスに戻るまでの間の出来事がトラウマとなり、表情を出せなくなったのも知っている。
常に毅然とした理性の塊でもあるように見えて、それは取り繕いでしかない。
少しも哀れに思わないと言ったら嘘になるが、そこまでだ。
付けこまれまいと警戒を怠らず、特有の重圧というか――その特別な威圧感を失ってはいないところは好感が持てるのだが。
◇
「――休憩か?」
ふと。
かけられた言葉にアルゴスは足を止めた。
時刻にして午後のはじめ。
執務室を出た通路で彼女を呼び止めたのは、ロドス優位の不平等条約を良しとしてまで繋がりを求めた、かのカランド貿易の主。
力強くも高潔に輝く毛皮を持つ男、雪国の白き豹。
その姿を認めた彼女は、一定以上崩れない、口元だけの作り笑顔を浮かべた。
「その通りだが。何か用か?我が盟友の声ならば喜んで聞くが。」
シルバーアッシュとアルゴスは互いに盟友と呼び合う仲でもあった。
彼女から紛いの笑みと問いかけを受けたシルバーアッシュは、その頬に美しい微笑を貼り付けた。
「食事はこれからか?」
「いいや、デスクで摂った。」
アルゴスはその美に目を奪われるでもなく、淡々とその瞳の色を返した。
「そうか。では…」
シルバーアッシュは色目を使った気で居たが、アルゴスがそのことを察していることを、彼もまた察していた。
「我が盟友は、これからどこへ向かうつもりだ?」
「どこにも。」
「ほう…」
――彼が色目を使えば、たとえ男性でさえ満更でもない空気を出す。
にも関わらず、おくびにも出さないところは、色気に強い証明のようで好ましいところでもあった。
「では、気分転換の散歩ということかな?」
「まあ、そうなるだろうな」
「最近増えたように思う」
「事実だ」
「――良ければ甲板に行かないか。二人きりでな」
「……」
「目的がないのなら、その時間を貰いたい。お前となら、共に過ごすだけで価値がある」
だからこそ、確かめ試すように、色気を出すのだが。
「……構わないよ。我が盟友との時間は、私にとっても実りしかない」
アルゴスは、色目こそはないものの、それにまるで鏡のような言葉を返した。
というのも。
彼女からしてもカランド貿易は逃すに惜しい組織であり、シルバーアッシュはその筆頭でもあった。
本人がまず極めて有能な戦闘能力を有しており、オペレーターという範疇でならば最も高く昇進させている精鋭の一人でもある。
これに始まり、カランド貿易から借り入れているマッターホルンやクーリエも、その有能さと人格の良さはロドス中に知れ渡っている逸材であるからして。
「では、行こうか」
「ああ」
なればこそ、機嫌を損ねることは出来なかった。
そして歩き出す前に彼は、何も無いはずの場所――アルゴスの傍ら――を一瞥して言う。
「久方ぶりに、二人きりでと言ったのだがな。……アルゴス?」
「フッ」
アルゴスは眉をしかめるように肩をすくめた。
この男の有する慧眼――鷹の眼とやらはいつでも鋭い。
「我が盟友には敵わないな。――下がれ。」
そうしてアルゴスは、傍らの影に声を掛けた。
そこには散歩の提案者であり、姿見えずとも共に歩いていたイーサンが居た。
払いの声を受けた彼が肩をすくめ、擬態も解かぬままどこへなりと歩き出したのを二人は見送った。
やがてアルゴスは、イーサン(ドクターの付き人)を見送るだけのシルバーアッシュに目を向けた。
期待した素振りの欠片もない様子に、侮られているのか揶揄われているのかそれとも試されているのか、と呆れた。
「……これで二人だな、ディス?」
「フッ」
今度は、エンシオディス・シルバーアッシュが笑った。
ディス、とは、ドクターが記憶を失う前に呼んでいた愛称だ。
つまり、今の愛称では、ない。
「我が盟友も衰え無いようで安心したぞ。――下がれ。」
そういって指を鳴らすと、すぐ後方のダクトから、掃除とメンテしていた体(てい)のクーリエが顔を出した。
そのまま着地したクーリエは既に承知済みであるようで、従順にその場を後にした。
「これでいいだろう?ポーン」
「ああ。プルート」
互いに人払いを済ませた二人は、肩を並べて歩き出した。
――ポーンとは、以前よりシルバーアッシュが彼女と二人きりの時に呼ぶ愛称だった。
アルゴスの本名はベレロポーン。そこから取ってポーンとする。
アルゴスは、この呼び名が嫌いだった。
目覚めた時から己のコードネームしか覚えておらず、データベースで自分の本名を初めて知ったという経緯を持つ彼女は、本名やそれを差した愛称で呼ばれるのを好まない。
かつての自分を呼ばれている気がして、今の人格を否定された気がすると。
そんな彼女も彼を特別な名で呼ぶ。
あえて、原型を留めぬものとしているが、それが意表返しであることは本人だけの秘め事だ。
――プルートとは、今の彼女が呼ぶ、シルバーアッシュの愛称だ。
ディス、という。元々の愛称を更に捻った呼び方。
『富める者』の意が転訛したものであり、冥王ハーデースの呼称の一つ。
うっかり寝言などで溢したとしても誰にも察されない。
時には合言葉のような役目も持つ。
シルバーアッシュは存外、その呼び名を嫌ってはいなかった。