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一匹目


その夜はてんやわんやだった。
今度こそ(といっても私は一回目は行っていないが)本物の骸骨を見せられた三田村巡査は、てっちゃんの言った通りに、椅子からブッ飛んだ。
(心の中で私が笑っていた事は秘密だ)

それから私が貧血を起こしたりして(特に椎名が)パニックを起こしたりとかは割愛させていただくが、とりあえずふたつ池の周辺での騒ぎは一週間程続いた。
ちなみにその日、私達は簡単な事情聴取だけを受けて帰された。

まぁ、てっちゃんが“あくまでも”自分達はそこにあるのを届けただけだ、と言ったからだが。
もちろん、私達が口を挟むわけもない(ちなみにリョーチンはまだ気絶していた)。
そして三田村巡査が口を挟んで来たが黙らせた。
椎名曰く、人形みたいに(人形みたいは余計だ)綺麗なだけに、笑顔でも圧力があるらしい。
あとむやみやたらに笑うな、とか…何だろう。
それを二人に聞いたら笑われたのは解せなかったけれど。

あと、事が殺人死体遺棄事件だけに、私達の事は伏せられ、(私はなる気は無かったが)新聞の英雄にはなれなかった。
まぁ、町内の人や学校の友達からは、賛辞や質問を受け、お菓子等で労をねぎらわれた。
てっちゃんからは質問攻めで口を滑らさないように、厳重に箝口令が敷かれた。

そして──

「これ、あげるね。後で舐めておいた方がいいと思うよ」

和紙に包まれていたのは清めの塩でした。
あれ、毎回携帯してるんだよ。

そうして、月曜日──

「あ、てっちゃんにリョーチン、椎名。おはよー」

「おはよ、##NAME3##」

椎名達三人は地獄堂に寄り道した。
「死体を出してやった」とてっちゃんが、じいちゃんに静かに報告した。

「そうか……」

じいちゃんは、机の前で水晶玉をゆるゆると磨いていた。

「いも飴、食べる?」

てっちゃんは差し出した皿の上のいも飴を鷲掴みにし、リョーチンと椎名にも渡した。
四人で黙って頬張った。

「土曜の夜、その女が来てな……」

「えー……」

まぁその日はリトに会いに外にいたから良かったけど。
じいちゃんはそんな私の無言の抗議を無視して、俯いたまま静かに言った。
そして、ゆっくり顔を上げ、三人をそれぞれ見つめた。

「やっと自由になれたから、これから男に会いに行く……そう言っとったよ」

細められた目には、氷みたいな冷たい笑みが浮かんでいた。
それを見て、私の脳裏にあるビジョンが浮かんだ。

あの殺されたままの姿の女が、犯人の男のもとに居、その男が女の人と同じように無惨に殺されている映像が──

「おい、##NAME3##!顔、真っ青だぞ!?」

そう椎名に言われ、はっと我に帰った。

「あ……平気。ちょっと……うん、目眩がしただけだよ」

彼女はきっと、復讐に行ったのだと思う。
死霊と化した者の念は結構恐ろしいのだ。
生霊とどっちが恐ろしいかって聞かれたら……微妙だな。
生霊はねちっこいからヤダし、死霊も“声”が煩いし……まぁこれは生霊も同じかな。
リョーチンと椎名が身を震わせていたが、てっちゃんは神妙な目をして、じいちゃんを見つめ返していた。

「……あのな、おやじ」

「なんだ」

「あのな…おやじの後ろの部屋に、本がいっぱいあるだろ。
今度それ、読みに来ていいか!?」

ああ、あれか。
一部私の本も入っているけど。

「……ひひ……ああ、いいだろう。
読みに来い」

「……じいちゃん、そろそろ私行くから」

「じゃ、学校へ行ってくら!」

私の言葉と共にてっちゃんが元気よく駆け出して、リョーチンと椎名、私が後に続いた。

「そういえばさ、あの時後で話すって言ってたけど、本職ってなんだ?」

「あ……」

ま、別にいっか。

「……自慢じゃないけど陰陽師の家生まれの陰陽師。(多分)“元”だけど」

「陰陽師!?」

「っていうか元って?」

「うん、泥々の相続とか遺産とか婚約者とか当主争いが嫌で家出たんだ。今はじいちゃんに世話になってるよ」

これは嘘ではないけど、真実でもない。
実は家を出るよりもしばらく前から上院に来るまでの記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。

「……さりげなくお嬢だな」

「まぁそうかもね。“一応”元当主様の娘だし、家は血筋も重視するけど、基本実力主義だから。霊力では弟より私は上らしいし…ほぼ確定の次期当主候補、かな。確か」

##NAME1##はさらり、と重大な事を言っていることに気づいていない。

「っていうか、元当主って…」

「あ、今はじいちゃん…私の本当のじいちゃんに任せてるよ」

「意外にすげえんだな、##NAME3##」

「凄くないよ…陰陽師って言ってもまだまだ半人前だし、私が未熟で……助ける事の出来なかった奴も沢山いる」

寂しそうに、##NAME1##はどこか遠くを見てそう零す。

「##NAME3##…」

「私は私。陰陽師だろうとなかろうと、私は“氷咲##NAME1##”だから…」

そうだ。例え私が人でなかったとしても、私は私以外になれないのだから。
そう、私は自分を嘲笑うかのように嗤った。

     *

よく晴れた空を、風が木々を揺らして渡る、気持ちのいい朝。
学校の仲間や後輩がてっちゃんに挨拶しながら登校している。
だけど私の心の中は正反対だった。
また、巻き込んでしまうのかと。
「あの時」と同じ事になってしまうのかと。

幼い私に初めて出来た友達のあの人は、憧れの人だった。
無条件に信頼できる、兄のような妖。
今でも思い出せる、その情景。
目の前で桜になって消えた身体。
幾つもの幸せな情景と、それをぶち壊すような幸福の終わった情景。
私はあの人達にとって天敵である陰陽師で、あの人は鬼。

私の所為で、あの人は死んだ。

(……私にも、出来るかな。私が、心を開ける相手が…)

───出来るさ、きっと。

風に紛れてあの人の声が聴こえた気がして、はたと立ち止まる。
空は綺麗に澄んでいて、それを眺めてから、先に突撃した三人の後を追って、私も正門へと向かった。
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