一匹目


──唐突だが、私の友人を紹介しよう。
金森てつし。通称「てっちゃん」。
小学五年生で最上級生を抑え、上院小の番を張っている。
ツンツンとした髪の毛の男前。

次に新島良次。私達は「リョーチン」と呼んでいる。
てっちゃんの幼なじみで、右腕。
フワフワしたウサギみたいな髪をした、障害物競争では、右に出る者はいない韋駄天。

三人目に、私の親友、椎名裕介。
彼は三人組では軍師役で、何時も冷静沈着かつ頭脳明晰。
羨ましいほどにさらさらした黒髪に切れ長の目をした美少年──だけど、色々変わっている。
なお、このメンバーの中では私と椎名が一組である。

私のことに関しては、あまり関係ないので割愛しよう。
──ところで、話は変わるが。
先程紹介した友人達。
彼らは誰が呼んだのか、「町内イタズラ大王三人悪」。
(この言葉程彼等に相応しいと思える言葉は無いだろう……多分)
呆れるほどの機動力、行動力の突飛さは小学生の域を遥かに越えている。
そしてゲームセンターと公園で、同時に見掛けたという伝説と化したエピソード。──事実かどうかは別として。
そして、何か妙な事件が起こると何時も真っ先に取り調べを受ける。
その中で、“無関係な”私までコイツらのとばっちりを受けたのは一度や二度では無く。

そんな彼らが住む上院の町の外れ。
そこに私が居候する「地獄堂」がある。
江戸時代から続く薬屋で、漢方薬の類いを置いてある店なのだ。
本当は「極楽堂」なのだがちょっと……いやかなり不気味な雰囲気の所為でそう呼ぶ者は居ない。
まぁ、そこには大分じいちゃんの影響もあるけれど──

芋飴を舐めながら浸かっていた思考を中断して、私は立ち上がる。

「ああ、てっちゃん、リョーチン、椎名」

店先へと、ひょっこりと顔を出す。
あら、ビビってる。
まぁそっか。そうだろうな、と思いながらそっとじいちゃんの方を見る。

「……私も休みだったね」

小さな誰にも聞こえないような(じいちゃんには聞こえてるんだろうけど)声でそう呟く。
どうやら学校をサボったことがバレたらしい。

「それがどうした。悪いか、じじい!」

「##NAME3##ん家って地獄堂だったんだ、初めて知った」

「ああ、そういえばずっと言ってなかったね」

じいちゃんへと鼻息荒く食ってかかるてっちゃんを視界の端に捉えながら、ああ、うっかりしていた、と呟く。
──言うつもりも無かったけれど。

「ひひひひ、相変わらず鼻息の荒い奴よ」

じいちゃんはそう言って、目玉を嬉しそうに、きろりきろりと動かした。

「……まぁ、いも飴でも食べようよ。ね?」

「いも飴!」

この飴をじいちゃんが作ってるかは知らない。でも美味しいし、私も好きだ。
──実はこの飴、子供のファンは多く、三人もいも飴に釣られ、店に入ってきた。

「っていうか……なんで微妙に髪濡れてるの?」

「あ……顔洗ったらうっかり水出しすぎて髪がべっしゃりと濡れたから、っていきなり何するんだよ、椎名!!」

あまりの気持ち悪さに一度吐いたから、という理由は伏せてそう言うと、肩掛けみたいに掛けていたタオルで、特に濡れていた前髪辺りを唐突にぐしゃぐしゃにされた。

「ねえ、##NAME3##。髪くらいちゃんと乾かしたら?」

「うわ!
……乾かそうとした所に三人が来たんだ。ぐしゃぐしゃにするのは止めてくれ、癖になるだろ。直すのだって大変なんだからさ」

女子からすれば羨望と嫉妬の感情以外抱かないような、綺麗な髪をした椎名を見据える。

(##NAME3##の右目……ちらっと見えたけどなんか変な感じがしたような?)

「また始まった、二人の夫婦漫才」

「「夫婦じゃないよ」」

これは何時ものこと。
彼らもからかい半分だからこっちの返答も何時も同じ。まぁ軽いじゃれあいみたいなものだ。
飴を食べながら三人は物珍しさに狭い店内をキョロキョロと嗅ぎ回り始めた。

「おやじ!これ何?これ」

椎名が無表情で興奮している。
(よくよく見ると目元がやや赤らんでいる上、少し目が潤んでいる)
羨ましい事に、椎名はどこに行ってもその場に慣れるのが早いのだ。

「ああ、朝鮮人参だ。それ」

「あっ、知ってるぞ。これを食べるとビンビンになるんだぞ」

「──幼気な子供に何を教えているんだ!!」

こいつらが幼気かは兎も角。

「ビンビンって、何がビンビンになるんだ?」

「……さぁ……」

「……皆は知らないで……」

リョーチンの情報が尻切れトンボで良かった。今回は特に。

「ひっひひひひ……」

でっかい八重歯を向いて笑うじいちゃんと、ガラコ。
私はとてもじゃないけど笑う気にはなれなかった。

「てっちゃん、てっちゃん、見ろよ!ミミズ!」

「でっけえ!!」

「あ、それ熱冷ましなんだよねー。生薬でよくあるよね、虫とかさ」

「げぇ、嘘だ。ミミズなんか食えねえよ」

「どっかの国では蚕の蛹を食べるけどね」

韓国だっけ、確か?
ちなみに蚕は羽以外捨てるところがないそうで。食べる気はないけど。

「うげぇぇえ……!」

「あー、これ家にもあるぞ。
そおかあ、ここの薬だったのかあ。よく効くんだよなあ、これ。切り傷とか擦り傷にさあ」

「アロエも効くよ。火傷とかは有名だよね」

そんなことを言いながら、いつの間にか私達はすっかり盛り上がっていた。
じいちゃんは私達がわちゃわちゃと騒ぐのを笑いながら眺めていた時、ふと、椎名がボソッと言った。

「そう言えば、ふたつ池には幽霊が出るってホントか?」

「……あー」

「ヘンな事言うなよお──椎名。怖いじゃないかよう──」

「何ビビッてんだ、リョーチン。幽霊なんて、いるわけないだろ。俺たちいつもあそこで遊んでるけど、幽霊なんて見たことないじゃねぇか」

「いなければ私達はお役ごめんだよ」と、ぽつりと漏らした言葉は幸いな事に、誰にも聞き取られずに空気に消えた。

それに……

「多分もっと暗くなってからだよ。見た人は大体遅く帰る人じゃないかな?
目撃証言もあるけど「女が水色の服を着て池の側に佇んでいる」……まぁ、これは一例で、差異はあるけど、おかしいとは思わない?
皆が皆──口裏を合わせていなければの話だけど──同時にそこにいない限り同じものは見ない。そうだろう?」

さらりと手帳を取り出して(何処から出したとかは企業秘密)、そこに書いてある証言を見た。
見事に差異はあれど同じ内容なのだ。
どうやって聞き取ったかって?
……その内、ね。

「ふーん」

てつしはあまり何も感じていないみたいだけど、リョーチンはイマジネーションが暴走したみたいで、目は上向き、口は半開き。
……へぇ、あのイタズラ大王も心霊現象には弱いのか……

「##NAME2##、池の側に桜の木があるじゃろ」

「うん、あるね」

「木は知ってるけど。あれ、桜だったかな」

「あの根元に死体が埋まっとるのよ…」

「ありきたりだなぁ」

見事な花を咲かす桜の下には死体がある。
王道だけど、結構あるんだよ。
──桜の魔力がそうさせるのかもしれないけど。

「……え……?」

まぁ普通の反応はそうだよな……
私は……うん、例外だ。
ポカンとした彼らにじいちゃんは更に恐ろしい嗄れ声で囁いた。

「その死体は、男に殺されて埋められた女でな…それが悔しくて、あの世へ行けんと、化けて出とるのよ」

そう言ってじいちゃんは笑った。
まさか、ね。

「何でわかるんだっ、おやじ!」

堪らずに、てっちゃんはじいちゃんへと詰め寄る、

「その水晶玉でみたのか。おやじは、本当にそれで、何でもわかっちまうのかっ!」

ガラコが、てっちゃんの大声に驚いたのか怒ったのかは分からないけど、じいちゃんの膝の上で毛を逆立てた。

「ひひひひ……」

「じいちゃん?」

じいちゃんは妙に嬉しそうに笑いながら言った。

「その女がな……ここに来るのよ。毎日今頃の時間になるとな…」

「……えっ……?」

「え…?」

「この店へ来ては、ブツブツと恨み言を言うのでな、わしは何時もこいつと二人で、それを聞いてやるのよ」

ゆっくりと撫でられて気持ちいいのか、ガラコがくるる、と喉を鳴らす。

「私、その事初耳だけど」

私が死穢──それに限らず穢れそのものに弱い、ということを知っている筈なのに、じいちゃんは何も教えてくれなかったのだ。少しくらい怒っても良くないかな?

「てっちゃん、帰ろうよぉぉお──っ!!」

「ひゃあ──っっっ!」

絞められた鶏のようなリョーチンの声に驚いたのか、三人は揃って表へ飛び出してしまった。
じいちゃんは笑っていたけど、三人はそんな余裕は無くて、一本道を転がるように一気にかけ降りていった。

「じいちゃん…驚かしすぎ」

「ひひひひ…」

そう言って私は、恨みがましい眼差しを向けながらまたいも飴を摘まんだ。

     *

翌日のことである。

「じじいぃ──っ!」

「…煩い」

ゆったりと昼寝を楽しんでいたのに……と思ったら、イタズラ大王三人悪。コイツらなら仕方無い。と諦めたように一つ溜息をついた後、よいせと起き上がる。


「よくもフカシこきやがったな、この腐れジジイ!何が死体が埋まってるだ、何が幽霊が毎日来るだ!出てきたのは犬の玩具じゃねえか、くそったれ──!」

「……ねぇ、それ。少し見せてよ」

「いいぜ」

三田村巡査に捨てられたのを、逃げてくる時に、こっそり持ってきてくれたらしいそれを見せてもらった。
──死穢。僅かにまとわりつく物を感じて、そう呟く。これ自体はもしかしたら骨ではないのかもしれないけれど、確かに“居る”。

「……気持ち悪い」

体に纏わりつくように、空気がドロリ、と重くのし掛かる。体が重苦しくて堪らない。思わず、感覚が口から溢れ出た。

「##NAME3##!?大丈夫か?」

「……うん」

ふらふらと漂うように奥へ向かう。
……じいちゃんに対する悪口雑言の三重奏を聞きながら。
だから私はもちろん知らない。
その後の会話を。
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