六匹目・第一章
「───何もなきゃいいんだけどね」
夢現の中で、そう呟く。
あの後如月女医に目の下の隈を見咎められて色々言われた結果、放課後に少し寝ていくという事で決着がついた。
そして、今は保健室のベッドの上で毛布にくるまっている。
鼻を擽る、消毒液と洗剤の香り。
「───あったかい……」
心地良い温もりに、私は何時しか眠りへと落ちていった。
*
夢を、見た。
───ここは、洗面所?
右を見ると、お風呂場があった。
目の前には鏡。長い廊下が、扉に続いている。覚えのない場所だった。
動こうとしても、自由に動けない。
何時かの夢と同じだった。
ぼんやりと突っ立っていると、鏡の内に白い物が映る。
───女の人?
懸念を抱きつつ振り返ると、目の前には痩せこけた女の顔。その目は、氷のように青かった。
青い、目。
どくり、と心臓が跳ねる。
女が大声で吠えた。
「この家から出ていけっ!!!」
ぶつり、とそれを最後に、夢は終わった。
*
「───ゆ、め……」
身体を起こして、心臓の辺りを掴む。
とくとくと弱く、静かな。けれど何時もより速い鼓動は全力疾走でもしたかのようだった。
「##NAME1##ちゃん、大丈夫?ずいぶん魘されてたみたいだけど」
カーテン越しから如月女医の声が聞こえ、つぅと冷汗が伝う。
私のそれよりも鮮やかなあの色を思い起こし、声が震えそうになるのを押し留める。
「……大丈夫、です」
「そうは聞こえないけど……」
帰り支度をする私を、如月女医は心配そうに見ていた。
「……ありがとうございました」
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