五匹目・第二章
『───死にそう』
いや、既に一回死んでるようなものだけど。
というか、死にかけた回数数えたら限(キリ)がないけれど。
「口を動かすな、手を動かしなさい」
現在は常闇の鬼神という名の祟り神の隣in地獄。
そして私は始末書を書いている。泣きたい。種を蒔いたのは自分だとしても。
『今日中にあと300枚───って、これ始末書以外の書類混ざってるでしょう、これとか明らか重要書類なんですが!』
目の前には書類の山また山。
九割はこの鬼神、鬼灯様───いや、どうせ二人きりなのだから良いだろう───鬼灯兄さんの物なのだが。
「それらはもう目を通してあります。
貴女はただそれに判を押してくれれば良いのです」
かの恋愛遍歴/zeroどころか生前と死後ひっくるめてダークサイドでいっそ人間不信通り越した呪詛の塊な紫苑姉さんが落ちるようななかなかの美形だというのに、目の下には濃い隈が。
何時も傍らにいる狗神、紫苑姉さんも今はいない。
『これ全部、ですか?』
「そうです。これが終わればやっと寝れます」
……隈の具合から判断するに、三徹目か。
癒し成分、紫苑姉さんが居ない所為で拍車が掛かってる気がする。
『ところで、紫苑姉さんはどうしました?』
「彼女なら丁度三日前からあの土地を見に行っています。
今回は長いですね……本当に、見つかるといいんですけれど」
紫苑姉さんは、スカウトで来た獄卒というか、雑用係だ。
主な仕事は、“あの土地”に巣食う呪詛の管理と獄卒の手伝い、そして新たな拷問の実験台。
……最後のは本当に何なのか、と毎度の事ながら思ってしまう。
狗神と言われるだけあって、ケモ耳しっぽ───私の事は置いておいて───の彼女が元人間だというのは、ほぼ知られていない。
私以上に歪められた彼女は、輪廻転生の先は無く、消滅しか待ち受けていない。
少し語るのがはばかれるような生前と死後、その所為で組まれた呪詛は並の獄卒には触れられない。
生み出した本人でも、制御出来ないという折り紙付きの曰く付き。
勿論、人は住めないし、入れない。
故に、たまにこうやって地獄を離れて土地へ行く。
心霊スポットどころか行ったら死ぬ曰く付きの土地(廃墟というオプションもあり)に行く馬鹿が最近多いらしい。
その上この鬼畜の補佐も務めるのだ。
これをオーバーワークと言わず何と───というか、この人もそうか。
こう考えると結構な割合で一緒出し、本当に夫婦みたいだな、このお人(神)ら。
いや、紫苑姉さんもある意味では祟り神だし似合いなのか……?
思考の海から現実に戻っても、一向に書類の山は減りそうに無い。
これは徹夜コースか。
幸いというべきか、明日は土日。
……何処からか「おいやめろ」という突っ込みが来そうなので止めておこう。
「───どうでした」
唐突に、鬼灯兄さんが口を開いた。
『……何が?』
「自分の思う通りに動いた感想は」
『……そうだね。
今回は、私には何とも言えないかな。
後味は余り良くない事件だったことは確かだけど、それでも───今回は後悔していない。私は胸を張ってそう言えるよ』
「やはり貴女はそういう人間ですね。
なら、次からは後悔しないように、自分の望むように生きたらどうですか?
まぁ、始末書は免れないと思いますが」
『…………そうだった』
それでも、この人に今背を押されたのは、気のせいなんかじゃない。
最期まで、時間が無いのならちゃんと生き抜くべきなのだから。
人としての終わりが、速くなると知っていても。
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