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四匹目・第一章




二日後。
エリの忠告の意味が良くわかった。



「…大丈夫か?」



『……無理』



死臭と気配で。
香る、が可愛らしい表現だ。
絶え間無く響く、絶望と悲痛な悲しみの声、それと一緒にむせ変える程の、冷気と死臭、毒気。
それは、私達が祓う悪鬼や妖とかには心地いいのかもしれない。
でも、私には…私や李斗、父さんの一族とかには猛毒なのだ。
父さんは、昔…母さんと出会う前は清浄な天界で暮らしていたから、毒気や穢れには弱い。
病院なんて、もっての他だ。



『…椎名達は、よく、平気だよ、ね…』



うん、今椎名に支えられて立つのがやっと、という感じだ。
チリン、と鳴る鈴の…音霊のおかげか、今は重度の車酔いや体調不良程度だ。



「…帰るか?」



『あー…いや、塩掛けて少し経てば(多分)治るよ』



「塩って…何処に」



『ポシェット』



「……何時も持ち歩いてるのか?」



『うん、京都にいたときの学校が実は元墓地でさ、遠足先とかも実は有名な心霊スポットだった事が多かったんだよ』



といって、遠い目をした。
うん、あの時はまだ祓う力は未熟だったし。




数分後。




『なんか…ごめんね、色々と…』



顔色はまだ悪いが(元々色白なのでそう見えるだけかもしれないが)、すっきりした様子の##NAME1##は苦笑いしていた。



「いや、別に気にしてないけど…それよりも、ここは相変わらず、嫌なところだぜ」



『そうだね。雰囲気的なもの(さっき感じた死臭や毒気)もあるけど……嫌な気配がするんだよね、ずっと。何か…“邪気”みたいな』



不安そうに、##NAME1##は玄関ホールを見渡して呟いた。



「ああ、やだなあ、やだなあ、ここは…多いんだよう、おばけの話が…」



『怖がってると余計寄ってくるけど?
あ、私の体験談だけどね』



と言いながら、リョーチンにちょっかいを出そうとしていた雑鬼を軽く手や足で払う。



「こないだもさあ……飛び降りがあったばっかじゃん。ここ…」



「でも、死んでないぜ、その人」



ああ苛つく。
あの雑鬼達みたいに大人しくしてればいいのに…
ヤバい、更地にしちゃいそう←




『黙ってないとカッ消すぞコラ』




ボソリと、どこぞの暴君の如きセリフが出たのは…うん、ワタシワルクナイ。



「何か言ったか?」



『ううん、何も?』



(((うんわ眩しっ)))




竜也さん───てっちゃんの兄の病室は、昔からある病棟の一階の端。
ここは外科病棟だけれども、一部の──末期癌の患者も居る。



「別に、今にも死にそうって感じじゃなかったけどなぁ…」



っていうか、竜也さん。
何故貴方は元気なんですか?
肋骨骨折ですよね?
痛覚が鈍くても、普通もっときつい筈ですよね?



黒々としたアザが左目の下を覆って、切れた唇に、血が煌めいている。
あちこちに巻かれた白い包帯や、絆創膏が痛々しい。




……数年前は私もあれが当たり前だったなぁ…
骨折?日常茶飯事でしたが何か←




「竜也兄ー、大丈夫なのかよー」



「痛い?」



「なにか、ほしいもんある?」



そんな三人に、竜也さんはクスッと笑った。



「あのなあ、骨折って言っても軽いもんなんだぜ。すぐに退院できるし、すぐになおっちまうってさ」




……私の時もそんなんだったなぁ。


入院?それ自殺行為。倉で大人しく軟禁されてたよ。あれ軟禁と監禁ってどう違うんだっけ?


ま、掛かり付けの主治医(ヒロさん)呼んで……が当たり前だったし。
いや、人の集まる所に行けなかったからさ。
とつい回想に浸っていた。
いや、昨日あまり寝てないんだよ。



それよりも、変な違和感の方が気になる。
お見舞いの品(基献上品)に、お守りを入れてあるから多分大丈夫だとは思うけど…



私達は、それぞれの胸に不安を抱えつつ、病室を出ていった。




その翌日。
私達は再び、竜也さんを訪ねた。
今にも雨が振りだしそうに重い天気。
薄暗い病院の中は、さらに陰鬱かつ、寒々としていた。



「竜也兄───」



病室の戸を開けたてっちゃんは、点滴を受けている竜也さんを見てぎょっとした。



「竜也兄!どうしたんだようーっ!」



必死の形相でベッドに飛びついた三人に、竜也さんと私の方が驚いた。



「なに泣きそうなツラしてんだ……ああ、これか!?別に、なんでもねえよ」



「だって!だって、これってさ、すんげえ悪いときにするやつだろ!」



「点滴なんてのはなあ、死にそうな患者にばっか、するわけじゃねえんだよ」



『テレビの見すぎだよ。そういうのとは別物。うん、やっぱりそうだ』



輸液パックをみて、合点したように呟く。
確か普通の点滴は水分や栄養補給目的のが多いはず。


まぁ、竜也さんが言うと説得力ないですけど。
だってこの人がやってると洒落にならない(お前もなby椎名)。



弥生さんが入ってきて、半ベソをかいた三人と、あくまでも冷静な私を見て、竜也さんと一緒になってケタケタと笑った。



「心配しないでいいのよ。ちょっと熱があったから、点滴をしてもらっただけなの。もう熱も下がったのよ」



弥生さんはそう言って、缶ジュースを出してくれた。
けれども、私達はジュースを飲みながら、まだ不安が胸の中に渦巻いていた。



昨日の二の舞にならないように(流石にまた支えられるのは嫌だ。色々と)塩を被ってきたとはいえ、軽い結界のような……邪気や毒気を通さないだけのそれは(あくまでもこの病院では)快適な筈だ。
けれども、変なしこりは胸の中で渦巻く。
まるで…何かを見落としているような。



「……この部屋、なんだか寒いなあ……」



───寒い?



確かにそうだ。


ざわりと産毛が逆立つような不快な寒さ。



「そう?古い病院だものねえ。今日は、お日さまも、全然射してないし……」



そういう類いのじゃない。




そう、例えるならば───




「夜は寒いな…ちょっと…足元が」





───“人成らざる者”がいる場所のような。





「まあホントに!?だから竜ちゃん、夜眠れないの?何で、もっと早く言わないのよ!」



つい飲み掛けのジュースを噴き出しそうになった。
竜ちゃんって…



「気になるほどじゃないし……それに、ちゃんと寝てるって」



「うそよ、うそよ。お医者さんが寝不足だって言ってたじゃない!てつし、ここにいてね。お母さん、家に毛布をとりにいってくるから!」



そう言って弥生さんは、てっちゃんの返事を聞かずに飛び出していった…と思ったら、また帰ってきて、スリッパを靴に履き替えて飛び出していった。
おっとりしていて、慌て者なのだ、弥生さんは。
私達は笑っていたが、てっちゃんだけは、弥生さんには目もくれずに、部屋の中をじっくり見回していた。
それから、私達に言った。



「リョーチン、椎名、##NAME3##。この部屋の事を聞き込んできてくれ。入院してた人の事とか、いつ頃建てられたとか」



てっちゃんの目の色が変わった。
リョーチンと椎名の目の色も瞬時に変わった。



「オッケイ!」



『らじゃー』



二人は飲み掛けのジュースを置いて、部屋をさっさと出ていった。
一方の私(ジュースは既に飲み終わっている)は、ポシェットを漁っていた。



「……どうしたんだ…」



竜也さんは、あっけにとられて言った。



「竜也兄、ほんとに、夜、ちゃんと寝てるか?」



「寝てるって。ちゃんと夢も見てるし……」



「夢?どんな夢だっ」



「どんなって……そうだな……。昨日のはな、女の子がな…その窓の外にいるんだよ」



私達はベットの脇の窓を見た。
ここは一階だから、窓の外は病院の裏庭になっている。
芝生と生垣の向こうは川。
二階や三階じゃあるまいし、女の子が居ても───



そこまで考えたとき、あり得ない。
そう浮かんだ。



「綺麗な女の子だったなあ。高級なお人形って感じの顔立ちで、目がパッチリしてて……。その女の子が窓をコンコン叩くんだ。『中へ入れて』って…」



『中へ入れて』?
それなら午前中に…面会時間に行けばいい。
しかし、彼女は夜に来ている。
何故夜なんだ?
答えは───普通なら色々あるだろうが───簡単だ。



でも、まだあくまでも確信に近い“仮定”に過ぎない。



私はイヤな感じを抑え、黙って話を聞いた。



「で、俺が『窓は開いてるよ』って言ったらさ、『魔法がかかってて開けられない。開けて』って言うんだよ。そこで目が覚めた」



その瞬間、全身に寒気が走った。



キングギドラの隣。
朱色の文字を刻んだ紙切れと、小さな陶器の鈴が置いてある。
その紙は、実はただの紙切れではない。
私が作って、じいちゃんに渡した「疫魔退散」の呪札。
鈴は、私が特別に念を込めたもの。
それがある場所に悪い物が近づけば、弱いモノならば祓う力がある。
簡易の結界ともなる代物だ。
鈴は私が仕込んだけれど、札の方はまさか、てっちゃんの所に来るとは思わなかった。



けれど…これで、仮説は整った。



彼女は…人じゃない。
人のようで、人成らざる者。
妖の類い───いや、そんな生易しい者ではないだろう。


彼女は“この部屋”に憑いているのか。
何故?それはこの部屋の近くに───正確には、この部屋の、恐らく下。
そこに“何か”があるからだ。


エリ曰くの、香りはあるのに、何処にあるのか分からない、“病院にしては”おかしな死臭。
ずうっとそこに長く放っておかれているような。
いや、あると言うよりも、“埋まっている”───死体だ。
空襲や戦争時のじゃない。
きっとこの病院が出来た当時。
数はおそらく10±2人。



……エリの考えは正しかった訳か。



そうして小さく、嘆息した。



ドアが少し開いて、椎名が顔を覗かせた。



「てっちゃん、##NAME3##」



私達は頷いて、部屋を出た。



リョーチンと椎名は、首尾よく話を聞き込んできてくれたようだ。



「あの部屋は、壁を新しくしてるけど、一番最初からあるんだって。昔は、お医者の先生の部屋だったらしいよ」



リョーチンは、看護婦さんからもらったお菓子を分けながら報告した。
ふわふわの髪の毛は、相当看護婦のお姉さん達に可愛がられたのだろう。
クシャクシャになっていた。



その髪を整えながら(リョーチンはちょっと擽ったそうにしていた)私は黙っていたリョーチンと椎名の話を聞いていた。



「一昨日死んだ右端の人な、ガンだったんだって。でもな、てっちゃん、あの部屋に入った患者さん……よく死ぬんだって。長いこと入院してる人達の間じゃ、有名な話らしいぜ。『死に部屋』だって」



何時もの無表情で椎名が言った。



『もちろん、竜也さんみたいな骨を折っただけの人や、ちゃんと退院した人もいるんだろうけどね。…まぁ重体の人ばかり“偶然”にあの部屋に入るだけかもしれないけれど』



「……##NAME3##、ずっと部屋に居たよな?どうしてそんな詳しく聞いたみたいに知ってるんだ?」



椎名のその問いに、私はニコリ、と微笑み言った。



『…噂好きなのは、“彼ら”も同じだからさ。大体の噂は“彼ら”に聞けば分かるよ。何せ……人よりも長く生きているのモノだから、ね』



不入の森。
怨念の溜まり場と言うことを除けば、良い情報が集まる地。
彼らは、そこに住んでいる。
人よりも、長く、永く。



「……」



「他に何か、言ってなかったか。例えば女の子の事とか…」



『……それは私は知らないよ』



流石に現地で聞いた訳じゃないから。
私がしたのは、情報を篩に掛けて推測しただけだ。



「女の子……!?」



ちょっと考えてから、椎名は言った。



「女の子かどうかはわからないけど、一昨日死んだガンの人がさ、もう、かなり頭も弱ってたらしくてさ、死ぬ前の日に、フラフラ歩きながら、うわ言を言ってたんだって。『よく来たなあ、お菓子食べるか?』って」



『………!!』




また、全身に寒気が走った。




“何”がよく来たのか。
それは「お菓子を食べるような年の子」ではないだろうか?竜也さんも、「女の子」と言っていた。



嗚呼、嫌な予感がする。
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