四匹目・第一章




地獄堂奥の四畳間。
何時もの四人で、今日は本を読んでいた。



私が今読んでいるのは、本家が出来た頃───平安時代から続く妖怪や逸話を記録した本…というかバインダー。
閲覧には当主の許可が必要な、持ち出し厳禁の貴重な書物。
それを、『仕事』の傍らに無地のルーズリーフに写していたのだ(イラスト付きで)。
それが、ざっと50冊以上(見開き200(合計400)ページで)。
本家でちまちまと李斗───弟が写してくれているので、まだある。



『───それにしても、すごい集中力』



リョーチンがまわりをタコ踊りで一周しても、反応は無い。
それを見た椎名が、「その集中力がどうして勉強の時にでないかねぇ…」と冷ややかに笑う。
私が集めた本も一部あるとはいえ、大半はじいちゃんが集めたものだ。
ちなみにてっちゃんが今読んでいるのは「本当にあった怖い話」的な物で、実話ばかりを集めたそれは、普通の人ならば怖がるだろう。
しかし、私は別だ。
何せ実家は、平安から続く陰陽師の名家。
恐怖体験なら飽きるほど体感している。
まぁ、半妖である自分もその一部なのだけれど。




「わああああっ!!」




『……おや』



ページを見ると、丁度忘れられた手首の話を読んでいたらしい。
ちなみに私はフィクション派である。
フィクションの方が怖いことってあるよね←



「ひっひひひひひ!」



じいちゃんが、渋茶を持って立っていた。
大きな八重歯を吸血鬼のように覗かせて、何時もの三倍笑っている。



「おおお、おどかすんじゃねえ!じじいーっ!!」



「ギャハハハハ!何ビビってんだ、てっちゃん!!」



「う、うるせーっ!おめーに言われたかねーよ、リョーチン!」



「ざまぁねえな」



『………ハハハ』



冷ややかに笑う椎名と、もはや日常となっているこの光景に、乾いた笑いしか出てこない私。
それをじいちゃんは今日も、笑って眺めていた。



(私はその時に居合わせなかった為、後で椎名から聞いたが)三人は不思議な力を貰ったらしい。
神の加護を受け、「術師」の端くれとなったらしい。




だけど、彼らは知らない。
私が半妖であることを。


私の父は、かなり高位の妖怪で、母は、狐が母親とか言われている、平安の有名なあの陰陽師の子孫。



私は人でも、妖怪でもない半端者なのだ。



 *



てっちゃんの兄が、南部病院に入院したらしい。



『……それって…』



それを私は不入の森の、雑鬼たち───人に危害を加えず、ただそこに暮らすことが多い…つまり、おっとりとした気性の奴らと話している時に聞いた。
雑鬼はぬいぐるみのように愛らしいフォルムの奴らが多い…ちくしょう、可愛いな。


されど、侮る無かれ。
彼らは、噂話の好きな情報通。
それこそ、北は北海道、南は沖縄まで。
下手したら海外、っていうのもいる。




例えば、この兎のように。




「それでね、黒狐様。南部病院って所にはあまり近寄らないでくださいませ」



『エリ、急にどうしたの?』



妖姿で腕に抱いた水色の兎───基、水魔(ケルピー)のアクエリエス。
彼女は───性別は分からないが、とりあえず口調等から彼女、と呼んでいるが何にでもなれる(普段は馬の形をとっているが、今は抱っこできるように兎の形をとってもらっている)。


ちなみにイギリス出身の美少女(高位の妖怪が人間に化けるときって美形揃いなんだよね、揃いも揃って。しかし一番の傾国は狐というのは譲れない)である。



「はい、南部病院は…何故か死臭が漂っています。何かに遮られているのか、僅かにですが」



『…病院なら、当たり前じゃないの?』



病院だって、人死にだってあるんだし。
死臭がちょっと漂ってても可笑しくないよね。



「いいえ、普通ならもう少しオープンに、かつふわりと香ります。例えるなら、そうですね…家の中でケーキを焼いているような。室内なら、良くわかりますよね。
それが…なんというか、不自然に遮られているんです」



『不自然?』



「はい。何といえばいいのか…とりあえず、“病院にしては”変なんです、あそこの死臭は。
まるで…ずうっと放っておかれているような」



病院では、人が死ぬ事は当たり前だ。
それ故に、死臭が多かれ少なかれ、染み着いている。
けれど…それにしては濃すぎる死臭。
まるで…そこに死体が長く放っておかれているような……って、



『…つまり死体があるってこと?しかも、長く放っておかれている』



「多分。いえ…あると言うよりも、“埋まっている”といった表現の方が適切かと」



『……数は?』



「……おそらく、10人程。死臭と気配から数えて±2という位でしょうか」



エリも、こう見えてケルピー…イギリス及びアイルランドに生息する精霊(の類い)で、人を騙し、水の深みに引きずり込んで食い殺す魔物の端くれだ。
嗅覚は私や遊月…人狼には遠く及ばないが。



『……遊月に聞いたのか』



「ええ、そうです。あの遊び人(役立たず)ったら、今はどこにいるのかしら」



役立たず、と副音声で聞こえた気はしたが、黙っていた。
貴重な情報通である彼女の臍を曲げさせる訳にはいかない。



『どうせ遊月の事だから、ヨーロッパとかにでも居るんじゃないかな』



遊月───ここには居ないが、人狼である。
灰色の髪に、オレンジの目をした傾国の遊び人。
ちなみにこんな容姿だが、(人ではないが)純日本人……日本狼だ。
派手な兄貴分、と言うべきか。
遊び人だが、女(雌?)を泣かせない主義である。
遊び人でさえなければ、それなりに好感は持てる。
遊び人でさえなければ。
(大事な事だから二回言った)



「必要最低限は行かないでくださいよ、お願いですからね。どうしても行く場合は清めの塩を持っていってくださいよ!?」



鬼気迫る形相(といっても、今は兎なのだが)のエリに押され、『……わかったよ』と言った。



というか、エリ。
何故清めの塩って知ってるの?
そっち主に十字架や聖水とかだよね。
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