二匹目
「富田さーん」
返事がなかったから、私達は裏庭へ回り込んだ。
うん、これは緊急事態だから構わない。と誰に対してなのか分からない言い訳をしてみながら。
苦手な血の匂いが噎せ返るほどに香る。
ハンカチ越しでもはっきりと解る程に。
少し空いたガラス窓。
そこから点々と、血が滴っていた。
「───当たっちゃったか」
「何が」
椎名の問いに、私が一番望まなかった結末を答えに出した。
「最悪の、予想」
出来れば当たって欲しくなかった、ね。
すべてが赤く赤く───血に染まっていた、その中央。
小さな赤子───恐らくは“豊”だろう───の体がバラバラになって転がっていた。
それに平気なのは、私くらいか。
あの時に…慣れてしまった。
あの時に比べたら、と。
あの時よりは…ましだ。
あの人が…死んだときよりは。
*
うらうらと日差しの良い日。
そこで私は、じいちゃんの話を聞きながら、壁際に寄り掛かってうつらうつらと船を漕いでいた時、ふと思った。
「───運命、かぁ」
葉子がもしもあの時、“スーツを買いに行かない”という選択をしなければ。
例え、“スーツを買いに行く”という選択をしても、“窓の戸締まりをちゃんと確認する”という選択や、“零したカップ麺の汁を片付ける”、“ゴミを片付ける”───等の選択をしていれば、最悪の結末にはならなかった筈だ。
されど、ツケは巡り巡る物。どこかで必ず払わされていた筈だ。
誰かかは私には分からないけれど。
だけど、富田さんじゃないことだけはわかった。
深い群青の目を閉ざして、闇を見詰める。
思い出すのはあの人と、両親のこと。
あの人は私を狙った妖怪に。
両親は車の事故で。
もし、三人とも私の運命に巻き込んでしまったなら?
それで、その後。
李斗や、三人が巻き込まれたら?
そうすれば“今度こそ”私は壊れるだろう。
その身を黒く堕とすだけでは飽き足らず、存在さえも。
『狐』の父さんと、陰陽師であった母さん。
その所為で霊力の強い私達姉弟は、その所為か狙われる事も多かった。
三人や、この先私には片手では抱えきれないほどにいっぱい大切な人が出来るのだろう。
椎名や……李斗のように。
そこまで行き着いて、一気に目を開いた。
眩しさが目を刺したがそんな場合ではない。
寄り掛かっていた状態から上体を起こす。
(あれ?何で今、真っ先に椎名の事考えた?)
それは、あの時から?いや、それよりも前?
ってこれじゃ恋する乙女────え?
「どうした?」
「……うわ!!な、なんでもない」
うん、多分違う。
でも…まさか?
いや、ありえる訳がない。
疑問に、否定で返し。
更に疑問で返す。
堂々巡りとは正にこの事か。
でも、この仮定が、本当なら?
私は、椎名に、
(あああああ!!やめだやめだ!!)
思い浮かんだ考え。
それを即座にシャットアウトした。
そしてため息を吐いた。
しばらく、まともに顔が見れなくなりそうだと。
ああ、頭が痛い。
私は知らなかった。
椎名も同じ事を思っていたなんて。
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