二匹目



「───これは、どうしたものだろうか」


余程餓えているのだろうか。
私にすら牙を剥いて唸る黒犬。
ぴん、と立った耳。
野犬だろうか、真っ黒な毛並は薄汚れていた。

犬の内でもかなり大型の体躯は、赤子や幼子にとっては充分過ぎるほどの脅威だろう。
そして、うっかりすれば、矮小な妖にも。

黒犬の口元から胸元にかけて、只人には見えない血糊がこびりついているのを見て、私の目付きは険しくなった。


「空腹に我を忘れたか」


ぎらり、と輝く双眸を睨みつける。
嗚呼、そうだ。ここの雑鬼達が居ない。
何時も居るはずの彼らが。

襲われたのだろう。
感覚を研ぎ澄まして感じれば、あちらこちらに血の気配。
何匹かは逃げ切れたと思いたい。
それでも、口元の血糊がそれを許さない。


「────喰ったのか」


冷たく凍えるような声音で言った問いに対する、威嚇的な唸り声。

嗚呼、今、私は怒っているのか。
脳の中の冷静な部分が、客観的に判断した。
怒りに満ちた、蒼い瞳が冷たく輝く。


「“失せろ!”」


そのまま持ちうる限りの力を込めて一喝すると、黒犬は怯えた振る舞いを見せた。

ようやく相手が誰だかわかったのだろう。
黒犬は尻尾を巻いて逃げていく。

完全に見えなくなるまで睨みつけていると、不意にその双眸から涙が零れ落ちた。


「───……ごめんなさい」


誰に対する謝罪なのだろうか。
澄んだ雫を零しながら、俯き立ち尽くして謝り続ける##NAME1##の周囲には、優しくそよ風が吹いていた。
まるで、##NAME1##を慰めるように。


 *


ふらり、と漂うように立ち寄った市場で、三田村巡査と三人に##RUBY#出会#でくわ#した。


「……あ、三田村巡査。お久しぶりですね……って、この前以来ですか」

「っと…」

「あ、あんまり話した事ないですもんね、私と。
私は氷咲##NAME1##です。どうぞよろしく」

「……男?女?」

「アハハハハ!!」


これに笑ったのはてっちゃんだ。
椎名や、リョーチンも笑ってるが、そこまであからさまではない分、ある意味傷付く。


「……一応、生物学上は女です」


むすり、として答えた。
何故か、大半の人は男だと思うのだ。
私服(今は黒のジーンズにゆったりとしたタートルネック)なのが悪いのか。
あと容姿の関係か。


「あ、##NAME3##。野犬が出るらしいよ。俺も見たことあるぞ」

「黒い犬で、しかも結構大きめのでしょ?知ってるよ。リトから注意されたから」

「……リトって凄いな」

「私の自慢の弟だから」

「ブラコン」

「何とでも言えよ」


椎名と何時ものじゃれあいに発展しそうになった所で三田村巡査が口を挟んだ。


「今度、その犬を見かけても、そばへ行ったりすんじゃねえぞ、椎名、##NAME3##。
慌てて逃げたりしても駄目だ。そーっと離れるんだ。
そいで、すぐに俺んとこへ知らせに来い、いいな」


ああ、もしかしたらさっきの黒犬は、その犬なのだったろうか。
だとしたら───

血に餓えたあの目を思い浮かべて、首を振る。
ふと脳裏に過ぎった、最悪の結末を振り払うように。

そうだ。何も、最悪の結末に落ち着く事はない。
何時だって、決めるのは“私達”じゃない。

何時だって───それは、人間が決める事なのだから。


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