二匹目
その、翌日の事。
三人は、昨日言い足りなかった葉子への文句を、地獄堂の四畳間で散々吐いていた。
ちなみに私とじいちゃん、ガラコは煩いので机の前で丸まっていた。
「すいませーん、お姉ちゃん居ますかー?」
柔らかいソプラノ。
白を基調にしたふんわりとしたデザインのワンピース(ロリータというのだろうか)と、緩くカールした長めの黄金色が揺れる。
だ が 男 だ 。
「……リト?」
「えへっ、僕今日帰るから。
ねえ、お姉ちゃん……」
「……また、か」
「うん、その様子だと昨日の占いは当たったみたいだね。他にね…『黒い犬に気をつけて』だって」
その時、私には思い当たる事があった。
「黒い犬……野犬かな」
雑鬼達が最近警戒してるから…李斗が言うからには、更に警戒した方がいいと言っておかなくては。
「多分。後、お姉ちゃん……」
「なんだい、リト」
「無理は、しないで。“あの時”みたいになったら、僕は、僕は……!!」
「リト、きっと大丈夫だよ。今は……」
椎名も、皆もいるから。
私は、独りじゃない。
「───そっか。じゃ、僕帰るね!」
「気をつけて」
「うん!」
キラキラした笑顔で、一本道を駆けていく李斗。
またしばらくお別れだ。
少し寂しいな、と思っていると、声が聞こえてきた。
「愛人にきまってるだろ、バカ」
どうやら私が李斗と話している間、椎名達の話は進んでいたようだ。
「───あれか……だけど、あれなら愛人よりも不倫とかだと私は思うよ」
いや、どちらかと言うと浮気か?
人道に反してる気はするから不倫でもいいとは思うけれど…
「……ヘンだなあ」
「何が?」
「……あの愛人、豊って言ったよな」
「うん、確かね」
「富田さんの赤ちゃんも豊っていうんだぜ……偶然かなあ……」
「確かに偶然にしては出来すぎだけど……」
椎名の言う通りだ。
浮気相手の名前を付けるなど、その相手の子じゃない限り…まさか、ね。
いや。案外あり得る。
「……この予想は、外れてるといいな」
きっと、その望みは叶わないのだろう。
人よりも研ぎ澄まされた鋭い直感がそう告げる。
そしてそれは、私の“性質”故に───
「まったく、女というやつは…ひひひひひ…」
私の母さんは何だかんだ言って一途だったけど。
前述したように、母さんはツンデレだから、浮気してやるとか言っても結局しないんだけど。
あれ、父さんもしかして浮気の振りした確信犯だったりした?『狐』だけに。
どうしよう。「計画通り」って笑う父さんの顔が見えるよ。
もうほとんど覚えていないけれど。
「……じゃあ、富田さんの立場は、どうなるんだよう───っ!」
「リョーチン、なにも泣かなくても…」
「こんなこと、富田さんに言っても、ムダだろうなあ……」
椎名は悔しそうだ。
「しかし、旦那も可哀想だよなあ」
確かにそれはある。
私が富田さんの立場なら……うん、ない。
速攻で離婚する。いい男だろうが何だろうが。
きっちり慰謝料請求して。
でも普通に結婚する前に多分死ぬ(殺される)か、もしくは監禁されて既成事実作らされて道具にされるとか……うん、どうあがいても絶望エンドですね、わかります。
政略結婚もありだな。
……高校出たら高飛びするか。海外に。
もしくは紫苑さんや鬼灯さんに頼んで働かせてもらおう。
そんな私の考えを察したのか、言葉に笑ったのか、じいちゃんが、また笑った。
「おやじ!」
「……いきなり何」
「おやじ、どうにかなんないのか?あの女にさ、何か魔法とかかけられないのかよ。ブスになるような魔法とかよ!」
お前の考えは紫苑さんか。
話を振られる前に、胸の前でバツ印を作ってこう言った。
「……私は出来ないよ。ってか返されるの嫌だし」
そもそも呪えないし。
やろうと思ったら出来なくもないけど私に死ねって言ってるの?
「……呪いって」
「体験者は語る」
うん、呪われたの何回だっけ?
確か両手両足の指の数の2乗(20の2乗=20×20=400)じゃ足りないはず…と語ると、ズビシと椎名に突っ込まれた。結構痛い。
「心配せんでいい」
「じいちゃん?」
「お前たちがオロオロせんでも、運命というやつは、勝手に回ってゆく物よ」
「ああ、あれか…まぁ、選択するのは何にせよその女だけどね」
運命の輪。
無慈悲に巡る歯車。
そして軽率な選択は、最悪の結末を迎える。
私は僅かに嘆息して言葉を続けた。
「ま、結局選ぶのはあの女。
私は……干渉しない。干渉できない」
そう最後に、小声で付け足した。
そうして、三人が帰るとき、じいちゃんはリョーチンを呼び止めた。
「良次……お前にこれをやろう。お前の犬に食わせるがいい」
じいちゃんは、黒い飴玉のような物をリョーチンに渡した。
そして三人は(おそらくだが)、リョーチンの家にすっ飛んでいった。
それをじいちゃんとガラコは、目を細めて見ていた。
「さて、私は散歩にでも行きましょうか」
そして私は、じいちゃんに『ちょっとそこまで』と言い残し、ふらりと散歩へ向かった。
胸中に嫌な予感を抱えながら。
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