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二匹目



日曜日。
何の気無しに見ていた朝の占い。


「今日の占い最下位は、魚座のアナタ☆
特に、三月三日生まれのアナタです!」


この程度なら、半信半疑で済んだ。
しかし、占いのお姉さんは更に言葉を続けた。


「今日のアナタは、女難からの水難に見舞われるでしょう!不倫旅行の計画にはご注意を☆
ラッキーアイテムは、タオルと着替え!これで濡れてしまっても大丈夫★」


やけに明るい口調で、やけに具体的かつブラックな内容の占い(という名の爆弾)をお姉さんは投下した。


「……マジかよ、」


李斗の占い。
そして、お姉さんの占い。
私が荷物の点検をしたのは言うまでもない。


 *


昼、私達はファッション・アベニューという場所にいた。
椎名のお母さんである美麗さんが、お昼をご馳走してくれるからだ。
美麗さんはウェーブした長い黒髪に切れ長の黒い瞳の華やかな美人さんで、とても綺麗で優しくて社交的な人。
私の憧れでもある。

よく美麗さんに連れられて、フランス料理を食べに行ったりする椎名や、『仕事』の関係でこういう所へ行くことが多い私は慣れてはいるが、他の二人は、緊張気味だが、嬉しそうにイタリアン・レストランへ付いていった。
何せ今日は大好きなスパゲッティを、いっぱい食べてもいいと言ってくれたのだ。

美麗さんは、手慣れた様子で、ボーイに向かって言った。


「子供だから、量を少なめにして、それからスパイスもちょっと控えてね」


美人な美麗さんの言うことに、ボーイは緊張して答えていた。


「腹一杯食っていいって言ったのに、何で少なくしてって言うんだよ」


椎名が口を尖らせた。
……整ってると、得だよね。


「おバカさん。スパゲッティの後には、ケーキもアイスクリームもあるのよ。
全部食べたいでしょう」


美麗さんはあくまでも優雅だ。
家族のこんな掛け合い、したことが無かったから新鮮だ。
大人用の皿とフォークでは食べにくい、と見てとった美麗さんは、すかさずボーイに、「取り分け用のお皿と、小さなフォークをちょうだい」、とそういって、それぞれの取り分け皿にスパゲッティを適量持ってくれた。
私達は、スパゲッティの美味しさと、美麗さんの優しさにホンワカしながら、ふと思った。

過去に一度……本家に引き取られる前。
何かの新興宗教の出汁にされそうになった事があった。
当時7歳の私と5歳の弟の李斗。
こっそり二人の通帳(パスワードは私達姉弟しか知らない)を持ってJRを乗り継いで家出したのだ。その時の女はどうなったか知らないけど、椎名やリョーチンが言った『葉子』という女に少し似ている。
過去を思い出し、ぼうっとしていると、リョーチンを椎名が肘で小突いた。


「リョーチン!あれ見ろよ!!」


入り口から、こっちのテーブルに向かってくる一組のアベック。
その女の方を見て、リョーチンはぎょっとした。


「サイテー女だ…!」


成る程、彼女が『葉子』と言うらしい。
私の嫌いなタイプだな。
ちなみに私の好きなタイプは美麗さんだ───ってそんな場合じゃないな。


「てっちゃん!ほら、あれ、今こっちに来るアベックの女、あれがサイテー女だよ!」


優雅な手つきでスパゲッティを食べる美麗さんの向こう側。
遊び人風の男の方は、ベージュのスーツに細いストライプのシャツ、胸ポケットには赤いハンカチ。シャツの前ははだけていて、金のネックレスが光っている。

私はこんな男が嫌いだ。
何故か…嫌悪感が先に来る。

女───葉子の方は胸の大きく開いた、派手な赤いスーツ、金のネックレスに大きなイヤリングをじゃらじゃらさせて、男にベタベタとしなだれかかっている。
……こうも見事に私の嫌いなタイプのど真ん中を突いた人達は初めて見た。

私は心持ち、彼らから距離をとった。
そして彼らは、テーブルに着くと、葉子は椅子を男の方へ近づけて、また男にベタベタ触りながら、気色の悪い猫撫で声で話し始めた。


「ねぇー、豊ぁ、今度、ハワイかどっかに行かない?二人でさぁ…」


おい、堂々と不倫旅行の計画か。
思わずそう突っ込みたくなるのを堪えていると、二人して富田さんの悪口を言い始めた。

……ぞわぞわしてきた。一辺に食欲も失せる。
そして、仮にも自分の旦那の悪口は止めた方がいいぞ?
何せ、言葉は言霊。
それは何時か自らへ帰ってくるのだから。
───まぁ、ああいうのは信じないか。


「…なんって女…サイテー…」


ワォ、リョーチン。それは私も同意するが…聞 こ え る ぞ ?

やはりというか、どうやら葉子にもリョーチンの台詞は聞こえたらしく、彼女はキッと振り向いた。


「あっ、あんたら…こないだの!」


へぇ、どうやら以前会ったことがあるみたいだ。
葉子の顔が鬼のように、カッと赤く燃えた。


((ヤバい!))


椎名と私がそう思った瞬間、葉子はコップに入っていた冷水を、私を含めた三人にぶちまけた。


「ひゃあっっ!」

(…とばっちり食った…)


見事に朝と李斗の占いが当たったな。
確か…魚座(私は三月三日生まれ)は水難と、女難だったか。
李斗も同じ事を言っていた。

全く。本当によく当たる占いだよ。

私は静かにため息を吐いて、ミニタオル(持参)で濡れた髪と服を拭いていた。
序でに、椎名とリョーチンのも。


「ちょっと…!」


美麗さんは突然の事に驚き、言葉を飲んだ。
葉子は美麗さんを無視して、金切り声を上げた。


「いやらしいガキね!人の話、盗み聞きして、どうしようっていう気なの。子供だからって見のがしゃしないわよ!」


そういって、葉子はもうひとつのコップに手を伸ばそうとした。
てつしがキレるより先に、美麗さんがキレた。
そりゃあもう、ぶっつりと。
葉子に向かって、シーフードスパゲッティ・地中海風をぶん投げたのだ。


「ぎゃああ───っっ!」

「………わぉ、」


葉子は、ひどい叫び声を上げた。
赤いスーツが、スパゲッティと魚介類、ソース塗れになった。
いや、食べ物が粗末になるとかは考えていたよ(そっちかい)。


「なにすんのよっ!!」


スーツが汚された所為なのか、食べ物を投げつけられたからなのか、半泣きの葉子に、美麗さんは冷たく言い返す。


「なにするですって?
そっちこそなにするのよ、私の息子と友達(と未来の娘)に。
風邪引いて肺炎でもおこしたら、慰謝料払うだけじゃすまさないわよ。わかってんでしょうね」

「……格好いい」


美麗さんは、椅子から立ち上がり、右手をテーブルについて左手を腰にあてて、下からなめるように啖呵を切ったのを、思わずうっとりとして私は言ってしまった。

───その啖呵の中に何かが含まれていたのは気のせいだろう、多分。

その啖呵は美人なだけに、圧倒的に怖く、格好よかった。
これで、葉子の悪態を唖然として聞いていた他の客とボーイ達は、一気に美麗さんの味方についてしまった。
ボーイがすっ飛んできて、私達におしぼりを渡した。


「……あ」


顔が濡れるだけで済んだリョーチンと椎名とは違い、私は結構濡れていた。
まぁ上半身だけだし、上着持ってきてるから構わないや。


「…なによ…なによ…!」


美麗さんの迫力に、すっかり怯えた葉子は、震えながらそう言った。
この騒ぎの中、他人事のような顔をしていた豊という男は、タバコを消すと立ち上がり、「出るぞ」というと、すたすたと出口へ向かった。
葉子は少し戸惑ったが、豊の後を追い、振り向きざまに、耳障りな金切り声をあげた。


「こんな店、二度と来てやるもんか!明日にでも、つぶれりゃいいんだわ!!」


店内の客は、さらに唖然とした。


「……またベタな…」

「…サイテー…」


理解に苦しむのは、あの男の方だ。
仮にも自分の連れが騒ぎを起こしても、その平然とした態度。


「大丈夫?」

「平気です。一応上着持ってきてますから」

「……予知でもあったのか?」

「いや?リトが「日曜日辺りに水難と女難があるから」って……見事に的中」

「…そういえばリトの特技は占いだったな」

「うん。私の“可愛い”弟だし」

「ブラコン」

「自覚はありますが、何か?」


まぁこの辺りは何時もの事だ。
その後は、私はパーカーを着て、皆でスパゲッティとデザートを楽しんだ。


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