始まりの陽(真島夢)
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ごく普通の暮らしをして来た私は高校生の頃両親を亡くし、親戚や知り合いを巡り巡ってヤクザの元に引き取られた。
近江連合の佐川司。そのおじさんが私を引き取った人。
佐川さんのおかげで私はある程度の裕福な暮らしをさせてもらって何不自由無く過ごした。
ある日、佐川さんが連れて来た一人の男の姿に衝撃を受けた。
「名無し、こいつの左眼のガーゼ毎日替えてやってくれ」
佐川さんに無理矢理引っ張られる様に連れて来られた男性は生きているのか死んでいるのかもわからないくらい無反応だった。
体中には生々しい無数の傷。
佐川さんに引き取られたけれど堅気として暮らす私でもわかるきっと拷問の跡だと。
先程言われたガーゼが当てられた左眼は一体どうなって…
「お前でもわかるだろ。眼潰れてから結構経つけどまだ完治してねぇ」
佐川さんが完全に引いている私を察したのかどうでも良さそうに煙草を吸いながら説明した。
威嚇する様に見つめる生気の無い右眼と背中の般若と肩の白蛇と椿の派手美しい刺青が印象的な彼だった。
1988.12
大阪、蒼天堀
キャバレー『グランド』
そこのホステスの胸を揉む困った客が現れて一時は店内が随分騒がしくなったが支配人である彼の登場で事は見事に収まった。
佐川がオーナーであるこの店で支配人として立派に務める真島だ。
新しいスタッフに声をかけてコミュニケーションを取ったり何となく元気が無いボーイの相談に乗ったりする真島を視界に入れてホステスとして働く名無しは思い出す、出会った頃の彼。
タキシードをビシッと着こなす今の姿からは想像出来ない程酷い拷問を受けボロボロだった彼の身の世話をした。
初めは恐ろしくて仕方なかったけれど徐々に綺麗になっていくその姿と少しずつ話してくれる様になった事でいつからか名無しは真島に好意を持っているのを自覚した。
佐川の命令でこき使われる真島だがその実力でこのグランドを人気店にのし上げ夜の帝王と呼ばれるまでになった。
そんな彼から離れたく無くて佐川に頼んで名無しは真島の背中を追ったのだった。
派手に暴れた客を沈め店内が落ち着きを取り戻した頃、客席にオーナーの佐川が紛れ込んでいる事に気付く。
随分派手な注文の仕方をするものだから「大人しくしてくれ」と真島は彼を店の事務所に呼び寄せた。
「名無しはどうだ?上手くやってるか?」
事務所のソファに我が物顔で腰掛けタバコをふかす佐川は自分が引き取り世話をした娘の近況を問う。
「俺の見張り役の為にあいつをここで働かせとる癖に。あんたは自分の娘同然の奴まで利用するんか」
「人聞き悪いなぁ真島ちゃんは。あいつは自ら望んでここにいるんだよ。その理由もわかってんだろ」
「………。」
「お前がこのまま堅気だったら嫁にくれてやっても良いもんだけどよ」
「…生憎、俺は極道に戻るわ」
冗談か本気か分からない佐川の言葉に皮肉を込めて返した。
*******
話が終わり佐川が事務所から出て行った直後、真島は怒りに任せてゴミ箱を蹴り飛ばした。
原因は先程の佐川との会話によるものだ。
「失礼します!支配人!!今ノリコちゃんから、明日から他所に移るって電話が…」
事務所のドアが勢いよく開き、店長が駆け込んで来た。
「ああ、俺もさっき知ったわ」
「ご存知でしたか。何だってこんな急に!彼女がいなくなったら売上に相当響きますよ!」
酷く慌てる店長とは反対に抗う事の出来ない佐川の仕打ちに真島は落ち着いて次の手立てを考える。
「オーナー様のご決定や。どうしようもあらへん。ところで最近、他所でイケとるホステスいうたら誰や?」
「オデッセイのノゾミちゃんがダントツでしょうね。オデッセイ自体がウチのライバルみたいなものですし」
店長は自分が知ってる限り蒼天堀で人気のホステスを頭の中で巡らせた。
「そうか…じゃあ一丁行ってくるかのう。ノゾミを引き抜きに」
「ライバル店のNo.1を引き抜くって流石にマズくないですか!?」
御法度である引き抜き行為を宣言する支配人に店長は驚きを隠せない。
夜の世界は弱肉強食である。ここでコケる様ならグランドはあっという間に潰れるであろう事を真島は言った。
「やらなしゃあないんや」
真島は極道に戻る事を目標に佐川の下で堅気として飼われている。
1億稼げば組に戻れる様、真島がいた嶋野組の組長に兄弟分の佐川から口利きしてもらう約束だった。
ところが佐川はもうすぐ届きそうな1億の約束を簡単に5億と言い換えNo.1のノリコを引き抜いた。
極道に戻る為には何としてでも佐川の言う5億を稼ぐ店にしなくてはならない。
例え何に邪魔されようとどんな手を使ってでもやり切る覚悟である。
「店の方は任せたで」
「わかりました…どうか、お気をつけて」
店長の見送りを受け、真島は事務所を出た。
「真島さん!佐川さんが来ていたのですか?」
本日の勤務を終え、控え室へ着替えをしに行く途中の名無しが真島を見つけて走り寄って来た。
客好きする明るさで可愛らしい4つ下の名無しは真島と違って佐川の事が好きらしい。
まぁ、育ての親とまではいかなくても彼女がこの歳になるまで面倒を見た人物なので当然か。
「ああ、お前の事心配しとったで」
「楽しくやってますって言ってくれましたか!?もー、私に会わないで帰っちゃうなんて」
口を尖らせて拗ねた様に言う彼女はグランドのホステスとして美しく着飾っているが年相応の幼さを感じる。
ーーあいつは自ら望んでここにいるんだよ。その理由もわかってんだろーー
ふと佐川の言葉が蘇る。名無しがグランドで働く理由。
「………。俺はもう帰るで。飯でも行くか?」
「良いんですか!?やったー!!すぐ着替えて来ます」
「転ぶんやないでっ」
パタパタと慌てて走って行く彼女の後ろ姿に声をかけた。
「……全く、あの佐川のとこで育った子とは思えへんなぁ」
記憶から決して消せない拷問の日々、そして片眼を失って自分の組でも無い所で過ごす毎日に時折陽を与えてくれたのは名無しの存在だった。
そんな事を思い出しながらタバコに火を付けて彼女が来るのをグランドの外で待つ事にした。
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