lost judgment
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【約束の景色】
「名無しちゃん、ちょっと話があるんだけど」
杉浦くんに電話でそう言われたのは彼が八神探偵事務所にあまり顔を出さなくなってから少しした頃だった。
アドデック9の事件以降、杉浦くんは八神探偵事務所の一員として暫く仕事をしていた。
窃盗団だった彼だから多分だけど、元々特に決まった仕事をしていたのではなかったのだと思う。
正式に八神探偵事務所で働いている私と違って彼の立ち位置は正社員では無く、日雇いの様な感じだった。
能力の高い杉浦くんは八神さんにとって本当に助かる存在だったけど八神探偵事務所で正式に契約を結ぶ日は彼の意思によって来なかった。
ほぼ毎日顔を合わせていた杉浦くんの姿を見ない日が増えて、八神さんも仕事を頼むけど断られる日もあったと言う。
そしてそんな時、杉浦くんから久々に電話が来た。
彼の軽快な声を久しぶりに聴いて耳が熱くなった。
「ちょっと話があるんだけど、明日19時に劇場前広場で会えない?」
その言葉に即答で返事をした私は当日、仕事が少し押してしまった為、泰平通を足早に歩んでいた。
劇場前通に来た頃、久しく見ていなかった明るい髪色と白いパーカーのフードが見えた。
後ろ姿の杉浦くんへ声をかける。
「ごめんねっお待たせしました」
くるりと杉浦くんの前へ現れた私を見て彼は一瞬驚いた顔をしたけどすぐ柔らかく微笑んだ。
「久しぶりだね」
そう言った彼の顔は、前見た時より少しだけ逞しく感じた。
「名無しちゃん、元気してた?ご飯まだだよね?一緒にどうかなと思って」
杉浦くんと2人でご飯……なんて久々なのだろう。
一緒に仕事をしていた時は2人きりも珍しくなかったし、その頃私はいつもドキドキしていた事を思い出す。
探偵とは気を張る仕事故、その感情は頑張って押し殺していたけど私はずっと杉浦くんが好きだった。
これはデートなのかと考えると嬉しさのあまり口元が緩み出してしまう。
「韓来にしよっか?名無しちゃん焼肉好きでしょ」
「焼肉も韓来も久しぶりだよ!」
韓来はお高めの焼肉店なので八神さんに連れてってもらうくらいしか行く機会がない。
たまにはご褒美に足を運びたい日もあるけど一人焼肉はまだハードルが高かった。
劇場前通からミレニアムタワーの中を通って七福通に出ると韓来はすぐそこ。
私は久々に杉浦くんと並んで歩く事に堪らなく嬉しさを感じていた。
焼肉のいい香りが漂う店内に入店するとテーブル席に案内される。
適当にオーダーをした私達は、杉浦くんが車で神室町まで来ているとの事で今日は飲まない事にした。
名無しちゃんは飲んで良いよと言ってもらったけどそもそも私はお酒が得意じゃ無かった。
「そういえば杉浦くん、話があるって言ってたよね」
久々に会ったのだから聞きたい事は山ほどあったけど、一番気になっている事を持ち出した。
「うん、まぁ大した事じゃ無いんだけど…僕、探偵事務所を立ち上げる予定なんだよね。九十九くんとさ」
あまりの衝撃に私は目を見開いた。
杉浦くんが探偵でしかもあの九十九さんと一緒にって…2人はいつの間にそんな関係にまでなっていたのかとにかく疑問が無数に頭の中に浮かんだ。
「それは…神室町に?」
「横浜なんだよね。だから神室町から完全に離れる前に名無しちゃんに会って話しときたくて」
八神さん達には内緒にしててねと言いながら杉浦くんは人差し指を口の前に翳して内緒のジェスチャーをした。
何だか胸にぽっかり穴が空いた様な感覚がした。
横浜は決して遠く無いのに杉浦くんとの距離が現実味を帯びて来る。
「横浜か…いいね。夜景が綺麗で…」
そう呟いた私は遠い目をしていた気がする。
「じゃあさ、ご飯食べたら行こうよ。横浜」
寂しいと言う私の気持ちを汲み取ってくれたかのかはわからないけど、杉浦くんがそう言ってくれた。
*******
杉浦くんの運転する車に乗るのも久しぶりだ。
走っている間、色んな話をした。
開所の準備が忙しくて最近は八神探偵事務所の仕事を受けれなかった事、九十九さんと意気投合して探偵事務所を開くまでに至った事。
会わない内にすっかり横浜の人になってしまった杉浦くんに一層寂しさを感じながらも生き生きとした彼を見るのは楽しかった。
「着いたよ」
車を降りると微かに海の匂いがした。
こっちだと杉浦くんに誘導されて見た先には私が思い描く横浜の景色が広がっていた。
広い公園を横切りながら私達は海沿いへ近付く。
柵越しの海の向こうで見える観覧車の光を眺めた。
神室町のギラギラした光とは違って何ともロマンティックな夜景に見惚れる。
「素敵だね。杉浦くんは毎日見れるんだ」
そう言って私は彼の顔を見上げた。
光に照らされた彼の整いすぎた顔がこちらを向いて目が合った時、私の心臓が跳ね上がった。
私は何だか恥ずかしくなって咄嗟に目を逸らして観覧車を眺める。
そんな時、杉浦くんが口を開いた。
「名無しちゃん、今の仕事が軌道に乗ったらさ…」
「…?…うん」
私がきょとんとして杉浦くんを見上げると彼はすーっと深呼吸をして言った。
「僕の彼女になって欲しいな……って…」
いつも何事にも余裕そうな顔をしてる杉浦くんが、珍しく余裕の無さそうな顔で私を見つめた。
「えっ、うそ!?!?」
私にだって余裕は無い…と言うか聞き間違いなのでは無いかと逆に冷静に考え始めた。
「嘘じゃ無い」
彼は真剣な眼差しをして、それとかち合った私の心臓は一層煩くなる。
「いいのかな…私で」
もちろん、私の答えは決まっている。
杉浦くんの事が好きな気持ちは確かだ。
けれど、この街で新しく探偵をする彼にはもっと綺麗で可愛い女の子との出会いが山ほどあるだろうと思うと絶対モテる彼と私では釣り合わない気がした。
「…ダメなの?僕は名無しちゃんに好かれてると思ってたけど」
眉を下げて残念そうな顔をする杉浦くんって、きっと色々と解ってやってる。
「もう…敵わないなぁ杉浦くんには…」
バレていたのかと苦笑いした私は自分の秘めていた想いを確かめる様に、静かに息を吸ってから杉浦くんの目を見つめた。
「ずっとずっと好きだったんだよ。私」
彼を好きだと言う押さえられない気持ちが胸をぎゅっと締め付ける。
「今でも変わらないでいてくれてる?」
少し首を傾げた様な仕草をしてそう言う杉浦くんに私は返事をする。
「うん」
「はぁー…よかった……」
途端に海へ向いた彼は項垂れる様に柵に腕を掛けて大きな溜息を吐いた。
そんな杉浦くんの姿を見ながら私はとうとう言ってしまったのかと自分の言葉を振り返って赤くなっていた。
この歳になって初々しい状態のそんな私の視界を横切るのはイチャイチャしながら通り過ぎるカップルの姿。
「あー…やっぱりカップル多いね」
照れ臭くて私はキョロキョロとしながら関係のない話をした。
スケボーをする若者達も多いがやはり目立つのは仲良さそうに寄り添う男女の姿。
「僕らもそう見えるかもね」
そう言って杉浦くんは私の手を握り、その手を上に上げて私の視界に入れた。
私の目の前には杉浦くんの手に握られた自分の手。
私は彼の指に自分のそれを絡ませてぎゅっと握り返した。
「うん、そうだね」
その手を下に下ろして私は杉浦くんの肩に寄り添って再び海を眺めた。
彼の服についた焼肉の匂いですら愛おしく感じた。
肌寒いこの季節、海辺はもっと冷えるけど彼に握られた手から伝わる温もりで私の心はとても暖かい。
2人でいる時間が幸せだと思った。
…杉浦くん達の探偵事務所が上手くいきますように…
私は、杉浦くんの特別な存在になれる日を夢見てそう静かに願った。
その日がそう遠くない事をこの時の私はまだ知らない。
*
*
「よぉ、杉浦。久しぶりだな」
「そうだね。話すのは半年ぶりくらい?元気だった?あのね八神さん、実は僕九十九君と探偵事務所を立ち上げたんだよね」
「九十九君とって…あの九十九?」
「他にどの九十九君がいるの?今度ちょっと手間のかかる依頼が来ててさ、先輩方に是非手伝ってもらえないかなぁと思って、どう?」
end
「名無しちゃん、ちょっと話があるんだけど」
杉浦くんに電話でそう言われたのは彼が八神探偵事務所にあまり顔を出さなくなってから少しした頃だった。
アドデック9の事件以降、杉浦くんは八神探偵事務所の一員として暫く仕事をしていた。
窃盗団だった彼だから多分だけど、元々特に決まった仕事をしていたのではなかったのだと思う。
正式に八神探偵事務所で働いている私と違って彼の立ち位置は正社員では無く、日雇いの様な感じだった。
能力の高い杉浦くんは八神さんにとって本当に助かる存在だったけど八神探偵事務所で正式に契約を結ぶ日は彼の意思によって来なかった。
ほぼ毎日顔を合わせていた杉浦くんの姿を見ない日が増えて、八神さんも仕事を頼むけど断られる日もあったと言う。
そしてそんな時、杉浦くんから久々に電話が来た。
彼の軽快な声を久しぶりに聴いて耳が熱くなった。
「ちょっと話があるんだけど、明日19時に劇場前広場で会えない?」
その言葉に即答で返事をした私は当日、仕事が少し押してしまった為、泰平通を足早に歩んでいた。
劇場前通に来た頃、久しく見ていなかった明るい髪色と白いパーカーのフードが見えた。
後ろ姿の杉浦くんへ声をかける。
「ごめんねっお待たせしました」
くるりと杉浦くんの前へ現れた私を見て彼は一瞬驚いた顔をしたけどすぐ柔らかく微笑んだ。
「久しぶりだね」
そう言った彼の顔は、前見た時より少しだけ逞しく感じた。
「名無しちゃん、元気してた?ご飯まだだよね?一緒にどうかなと思って」
杉浦くんと2人でご飯……なんて久々なのだろう。
一緒に仕事をしていた時は2人きりも珍しくなかったし、その頃私はいつもドキドキしていた事を思い出す。
探偵とは気を張る仕事故、その感情は頑張って押し殺していたけど私はずっと杉浦くんが好きだった。
これはデートなのかと考えると嬉しさのあまり口元が緩み出してしまう。
「韓来にしよっか?名無しちゃん焼肉好きでしょ」
「焼肉も韓来も久しぶりだよ!」
韓来はお高めの焼肉店なので八神さんに連れてってもらうくらいしか行く機会がない。
たまにはご褒美に足を運びたい日もあるけど一人焼肉はまだハードルが高かった。
劇場前通からミレニアムタワーの中を通って七福通に出ると韓来はすぐそこ。
私は久々に杉浦くんと並んで歩く事に堪らなく嬉しさを感じていた。
焼肉のいい香りが漂う店内に入店するとテーブル席に案内される。
適当にオーダーをした私達は、杉浦くんが車で神室町まで来ているとの事で今日は飲まない事にした。
名無しちゃんは飲んで良いよと言ってもらったけどそもそも私はお酒が得意じゃ無かった。
「そういえば杉浦くん、話があるって言ってたよね」
久々に会ったのだから聞きたい事は山ほどあったけど、一番気になっている事を持ち出した。
「うん、まぁ大した事じゃ無いんだけど…僕、探偵事務所を立ち上げる予定なんだよね。九十九くんとさ」
あまりの衝撃に私は目を見開いた。
杉浦くんが探偵でしかもあの九十九さんと一緒にって…2人はいつの間にそんな関係にまでなっていたのかとにかく疑問が無数に頭の中に浮かんだ。
「それは…神室町に?」
「横浜なんだよね。だから神室町から完全に離れる前に名無しちゃんに会って話しときたくて」
八神さん達には内緒にしててねと言いながら杉浦くんは人差し指を口の前に翳して内緒のジェスチャーをした。
何だか胸にぽっかり穴が空いた様な感覚がした。
横浜は決して遠く無いのに杉浦くんとの距離が現実味を帯びて来る。
「横浜か…いいね。夜景が綺麗で…」
そう呟いた私は遠い目をしていた気がする。
「じゃあさ、ご飯食べたら行こうよ。横浜」
寂しいと言う私の気持ちを汲み取ってくれたかのかはわからないけど、杉浦くんがそう言ってくれた。
*******
杉浦くんの運転する車に乗るのも久しぶりだ。
走っている間、色んな話をした。
開所の準備が忙しくて最近は八神探偵事務所の仕事を受けれなかった事、九十九さんと意気投合して探偵事務所を開くまでに至った事。
会わない内にすっかり横浜の人になってしまった杉浦くんに一層寂しさを感じながらも生き生きとした彼を見るのは楽しかった。
「着いたよ」
車を降りると微かに海の匂いがした。
こっちだと杉浦くんに誘導されて見た先には私が思い描く横浜の景色が広がっていた。
広い公園を横切りながら私達は海沿いへ近付く。
柵越しの海の向こうで見える観覧車の光を眺めた。
神室町のギラギラした光とは違って何ともロマンティックな夜景に見惚れる。
「素敵だね。杉浦くんは毎日見れるんだ」
そう言って私は彼の顔を見上げた。
光に照らされた彼の整いすぎた顔がこちらを向いて目が合った時、私の心臓が跳ね上がった。
私は何だか恥ずかしくなって咄嗟に目を逸らして観覧車を眺める。
そんな時、杉浦くんが口を開いた。
「名無しちゃん、今の仕事が軌道に乗ったらさ…」
「…?…うん」
私がきょとんとして杉浦くんを見上げると彼はすーっと深呼吸をして言った。
「僕の彼女になって欲しいな……って…」
いつも何事にも余裕そうな顔をしてる杉浦くんが、珍しく余裕の無さそうな顔で私を見つめた。
「えっ、うそ!?!?」
私にだって余裕は無い…と言うか聞き間違いなのでは無いかと逆に冷静に考え始めた。
「嘘じゃ無い」
彼は真剣な眼差しをして、それとかち合った私の心臓は一層煩くなる。
「いいのかな…私で」
もちろん、私の答えは決まっている。
杉浦くんの事が好きな気持ちは確かだ。
けれど、この街で新しく探偵をする彼にはもっと綺麗で可愛い女の子との出会いが山ほどあるだろうと思うと絶対モテる彼と私では釣り合わない気がした。
「…ダメなの?僕は名無しちゃんに好かれてると思ってたけど」
眉を下げて残念そうな顔をする杉浦くんって、きっと色々と解ってやってる。
「もう…敵わないなぁ杉浦くんには…」
バレていたのかと苦笑いした私は自分の秘めていた想いを確かめる様に、静かに息を吸ってから杉浦くんの目を見つめた。
「ずっとずっと好きだったんだよ。私」
彼を好きだと言う押さえられない気持ちが胸をぎゅっと締め付ける。
「今でも変わらないでいてくれてる?」
少し首を傾げた様な仕草をしてそう言う杉浦くんに私は返事をする。
「うん」
「はぁー…よかった……」
途端に海へ向いた彼は項垂れる様に柵に腕を掛けて大きな溜息を吐いた。
そんな杉浦くんの姿を見ながら私はとうとう言ってしまったのかと自分の言葉を振り返って赤くなっていた。
この歳になって初々しい状態のそんな私の視界を横切るのはイチャイチャしながら通り過ぎるカップルの姿。
「あー…やっぱりカップル多いね」
照れ臭くて私はキョロキョロとしながら関係のない話をした。
スケボーをする若者達も多いがやはり目立つのは仲良さそうに寄り添う男女の姿。
「僕らもそう見えるかもね」
そう言って杉浦くんは私の手を握り、その手を上に上げて私の視界に入れた。
私の目の前には杉浦くんの手に握られた自分の手。
私は彼の指に自分のそれを絡ませてぎゅっと握り返した。
「うん、そうだね」
その手を下に下ろして私は杉浦くんの肩に寄り添って再び海を眺めた。
彼の服についた焼肉の匂いですら愛おしく感じた。
肌寒いこの季節、海辺はもっと冷えるけど彼に握られた手から伝わる温もりで私の心はとても暖かい。
2人でいる時間が幸せだと思った。
…杉浦くん達の探偵事務所が上手くいきますように…
私は、杉浦くんの特別な存在になれる日を夢見てそう静かに願った。
その日がそう遠くない事をこの時の私はまだ知らない。
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「よぉ、杉浦。久しぶりだな」
「そうだね。話すのは半年ぶりくらい?元気だった?あのね八神さん、実は僕九十九君と探偵事務所を立ち上げたんだよね」
「九十九君とって…あの九十九?」
「他にどの九十九君がいるの?今度ちょっと手間のかかる依頼が来ててさ、先輩方に是非手伝ってもらえないかなぁと思って、どう?」
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