第六十三話
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「リヴァイ兵長!」
木綿で首を締めるように、じわじわと戦線を侵略されはじめている現状に苛立ちが募り始めていたリヴァイの元へ、道すがら巨人の頸を削ぎ上げながら一人の兵士が飛んでくる。
リヴァイの立つ屋根の上に着地したのは、兵服の上着を何処かに落として来たのか、壁外には軽装すぎるシャツ姿に立体機動装置を身につけたハルだった。
「ハル…!お前生きてやがったか…!」
「はい!ナナバさん達も全員無事です!気を揉ませてしまってすみません」
散々と周りに心配を掛けた自覚はあるらしいハルの目元には、疲労の影が浮かんでいた。傍に駆け寄ってきて、相変わらず気の抜けるような笑みを見せてくるが、白いシャツはすっかり土に汚れ、気丈に振る舞っているだけで相当疲弊しているようだった。
「怪我はねぇのか?」
「私は大丈夫です。ナナバさんとトーマさんが負傷していますが、命に別状はありません。ゲルガーさんとケ…、ゲルガーさんは、元気です」
「…お前、今何か」
「いっ!いいえ!何も言いかけていませんっ!」
ハルは明らかに狼狽えながら声を張り上げ食い気味に否定してくる。やましい事があると断言しているようなものだが、何分それを問い詰めている余裕は無かった。
リヴァイは深く溜息を吐くと、挙動不審に目を泳がせているハルの頭に手を伸ばして、ぐいぐいと撫で回した。
「…まあいい。生きて戻って来ただけ誉めてやる」
「あっ、ありがとうございます…!」
指の間にハルの柔らかな黒髪が絡まり、砂嵐の中でも歩いてきたのか、パラパラと細かな砂がハルの肩に落ちた。ハルは主人に撫でられ喜ぶ犬のように嬉しそうに笑っている。全く緊迫感の無い顔だったが、悪い気はしなかった。ついでに絡まった毛先を梳いて整えてやるリヴァイにされるがまま、ハルは視線を獣の巨人の方へ向ける。
「リヴァイ兵長、一つ気になる事があるんですが…」
「何だ?」
リヴァイがハルの頭を整え終えて腕を下ろすと、ハルは警戒心を孕んだ瞳を細め、手の甲を鼻先に押し当てながら言った。
「私達を襲撃した、斥候の巨人の姿が何処にも見当たりません。長い黒髪の少女なんですが、彼女は何度も繰り返し巨人化出来るようなんです」
「…そいつは、厄介だな。既に鼠が紛れ込んでるかもしれねぇってことか」
「はい。もしかしたら、人質を奪還しようとしているかもしれな、」
表情を険しくしたリヴァイの横で、ハルが辺りを見回した時だった。
ドォオオオンンンッ–––––!!
激しい爆音と共に、シガンシナ区の上空が真っ赤に閃光した。
地面が横に大きく揺れ、頭上を熱い爆風が吹き抜けていく。
「!?…っなんだ!?」
「ベルトルトが巨人化したみたいですっ…ぅっ!」
「ハルっ!」
激しい音に鼓膜を引き千切られるような痛みと眩暈に見舞われて、ハルは両耳を塞ぎ、よろめきながら屋根に膝をついた。リヴァイも傍に片膝をついてハルの肩を掴むと、苦しげなハルの顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「…っ平気です。でも、ひどい音で…っ耳が、利かない」
眉を顰めながらも自力で立ち上がろうとするハルの片腕を引っ張って手助けしたリヴァイは、シガンシナ区から立ち昇る蒸気の柱を見上げて、忌々しそうに舌を打つ。
「っち、あの野郎…一体向こうで何をしていやがる?」
「…シガンシナ区の町を、燃やし尽くそうとしているんです」
「何でそんなことを…」
「私達が獣の巨人を避けて、シガンシナ区へ逃げ込めないようにする為です。退路を断ち、障害物を無くして…エレン達が身を隠せる場所も奪っているんだと思います」
「……」
リヴァイは、視線を隣に立つハルへと流した。
ハルも同じように、シガンシナ区から立ち昇る蒸気を見上げている。
ハルが利発であるということは良く知っているが、リヴァイの投げかけた疑問に対して特段考える間もなく返答してくることに、どうにも違和感があった。
夜の狩人である梟のように、木の枝に止まりじっと戦況を見定めているような横顔には、僅かな焦燥感のようなものは浮かんでいても、困惑や動揺は見られなかった。
「…ハンジ達は、ベルトルトの巨人化に巻き込まれてねぇか」
リヴァイはハルを見つめたまま問い掛けると、やはりハルは考える素振りもなく答える。
「ナナバさん達にベルトルトやライナーには近づかないよう伝えてもらっているので、心配はないかと思います」
「…お前、まるでこの状況を予想していやがったみたいだな」
「!」
固い声で言ったリヴァイに、ハルは瞠目してリヴァイを見た。
訝しげに細められた鋭い双眸と目が合うと、ハルは鼻に皺を寄せて、肩を落とした。
良心の呵責に苛まれているような顔をリヴァイから逸らして、小さく自嘲する。
「団長といい…兵長といい、皆察しが良すぎますね」
独り言のように呟いたハルに、リヴァイは首を横に振る。
「それは間違いだ。お前が隠し事をすることにとことん向いてねぇってだけのことだろう」
「…ですね」
「否定しねぇのか」
ハルは何も答えなかった。ただ目を伏せ、手にしている操作装置にブレードを装着すると、息を大きく吸ってゆっくりと吐き出した。
「……今は、巨人を蹴散らすのが先です。ポルコは今、どの辺りに?ネスさん達が拘束していると、エルヴィン団長から聞きましたが…」
そうして話を無理矢理切り上げたハルは、周囲を見回しながらリヴァイに問いかける。今のハルには全く話す気がないようで、そうなれば頑固なことを知っているリヴァイも、しつこく問い詰めることはしなかった。東を指差し、ネス達の場所を示す。
「…あっちだ。なるべく巨人との交戦を避けさせてる」
「様子を見て来てもいいですか?」
「ああ。だがすぐ戦闘に戻れ。そろそろ新兵に負傷者が出始めてもおかしくねぇからな」
「了解です!」
ハルは頷くと、鞘からブレードを引き抜きながら屋根の上を走り、軽快に立体機動で飛び立って行く。
ハルの無茶に今まで助けられてしまっているのは紛れもない事実だが、その度に振り回される周りの人間の心労も並々ならぬものがあった。
また気がかりな事が増えてしまったことにリヴァイは内圧を下げるような深い溜息を吐きながらも、ハル達が無事でいたということに折り合いをつけて、再び巨人との戦闘に戻ったのだった。
:
「何だか嫌な予感がする」
超大型巨人が家屋を破壊する音に、耳が利きにくくなっているハルは、得体の知れない焦燥感に駆られていた。
巨人の数は徐々に減り始めているようだが、獣の巨人の西側に控えている大型の巨人達は未だ健在で、こちらの兵士たちの装備も消耗が激しいようだった。
ハルはネスとシスを探しながら、巨人を討伐しつつ、新兵達を安全な場所へ誘導していた。
そうした中で漸く、前線から離れた場所でシスとネスの姿を捉える。…しかし、二人は屋根の上に倒れていた。其処に、ポルコの姿は見当たらない。
「っシスさん!ネスさん!」
ハルは二人が倒れている屋根の上に着地すると、まろぶように傍へと駆け寄る。二人とも目立った外傷は見当たらないが意識を失っていて、ハルはシスとネスの体を交互に揺さぶった。
「しっかりしてください!大丈夫ですかっ!?」
「…っ、ハルか…っ?」
ハルの呼びかけに、シスは瞼を震わせ目を開けると、呻きながら体を起こす。ネスも意識を取り戻したが、二人とも首の後ろを痛そうに抑えていた。
大事に至っていなかったことにほっと息を吐いたハルだったが、目覚めて記憶が覚醒してきたシスの言葉を聞いて息を呑む。
「急に、黒髪の女に襲われたんだ。くそっ、そいつに人質を奪われちまった…っ!」
「っ!黒髪の女…っ、やっぱりピークがっ」
ハルは嫌な予感が的中してしまったことに苦虫を噛んだ。
「彼女と人質は私が追います。どっちに行ったか分かりますか?」
口早に二人に問いかけると、ネスは首を摩りながら西側を指差した。
「ああ、あっちの方に行ったぞ!」
ハルがネスの指差した方向へと顔を向けた瞬間だった。
視線の先に、黄金色の光球が現れた。
それは段々と形を成して、車力の巨人の姿を模る。シスとネスが唖然とする中、ハルはブレードを握り締めて立ち上がった。
ピークは巨人化した傍の屋根に居た、深緑色の外套を羽織ったポルコを背に乗せると、獣の巨人のいる方角へと駆け出そうとした。
彼らは既に、獣の巨人が投石をした場合の射線上から離れてしまっていた。このままでは、いつ獣の巨人が砕いた岩の破片を此方に向かって投げ込んでくるか分からない。
「ッピーク!!ポルコ!!」
ハルは駆け出した車力の巨人の背に向かって声を張り上げた。彼等にまだ自分を連れ去る気があるのなら、再びピーク達を此方に誘い込めるかもしれない。
ハルの声を聞き取った車力の巨人が、ふと足を止めてハルを振り返った。
しかし、時は既に遅かった。
獣の巨人の居る方角から、風の唸る音が近づいてくる。
「っ!?」
ハルは全身の血の気が失せるのを感じながら、悍ましい音が近づいてくる方を振り返った。
細かな石が頬を叩き、自分の顔と同じくらいの岩が顔の横を過ぎて行く。無数の岩が、まるで砲撃の雨のように襲い掛かってきていた。
ハルは考えるよりも先に動いた体で、傍に居たシスとネスを家屋の裏側に突き落とす。
その直後、体に凄まじい衝撃が走って、ハルの意識はガラスを地面に叩きつけたように砕け散った。
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