第六十三話
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「新兵!残りの馬を東側に移せ!ディルク班で新兵を援護しろ!」
夜が明け、シガンシナ区の内門付近にある荒廃した民家が集まった場所で、ウォール・マリア奪還作戦遂行の後方支援をしていた新兵達は、獣の巨人を含め、突然現れた巨人の大群に襲撃を受けていた。シガンシナ区では壁の中に潜んでいたライナーが巨人化し、ハンジ班とエレン達が雷装を使って交戦している。
外門の穴はエレンの硬質化が成功し塞ぐことが出来たが、戦況は調査兵団側が不利な展開で進んでいた。
ハル達が東側に出現した巨人を引きつけてくれたおかげで、内門側の兵士達を取り囲む包囲網も東側は手薄になってはいたが、殆どの新兵が巨人を地上で目にするのは初めてであり、戦力と数えるには難しく、少数精鋭の兵士とリヴァイだけで彼らと馬を防衛しながら巨人と戦うのは、決して容易なことではなかった。
壁外では唯一の移動手段である馬の手綱を引きながら、彼方此方から現れる巨人の襲撃を避けつつ、東側に退避していたマルロとフロックに、混沌とする戦場と巨人への恐怖で冷静さを欠き始めている新兵達が堰を切ったように指示を仰ぐ。
「ど、どこだよっ、マルロ!フロック!何処に馬を繋げばいいんだよ!」
マルロとフロックは、彼らの動揺に引き摺られて冷静さを失ってしまわないように、馬の手綱を強く握り締めた。
「い、一ヶ所に馬を止めるなという指令だ…!」
「此処じゃない、もっと内門の方に向かうぞ…!」
二人は周囲を確認し、内門の方へ向かって班員達を引き連れながら走り出す。
マルロは、とても信じられなかった。自分の背に、常に死の影が纏わりついているような恐ろしい戦場に、同期のハル達が今まで身を置いて来たということが。今の自分のようにただ巨人に背を向けて逃げるだけでなく、刃を握り、戦いながら、それでも生き残って来たということがだ。途方も無い恐怖を乗り越えて、そんなことをやって退けてきたハル達の勇敢さから、あまりに自分はかけ離れたところに居たのだと、今になって自覚させられていた。
フロックも、トロスト区が巨人に襲撃を受けた日のことを思い出していた。あの時の恐怖感よりも今の方がずっと恐ろしいと感じるのは、訓練兵であった時と比べて、調査兵としての責務が背にのし掛かり、逃げ道を塞いでいるからか。それとも、ハルが傍にいないからなのか。あるいは両方か。
二人は己の中の焦燥や恐怖を、必死に表に出さぬように振る舞っていた。班を率いる身の自分達が狼狽えてしまえば、仲間達の混乱も大きくなり収拾がつかなくなってしまう。新兵を守る為に巨人と命懸けで戦っている上官達に、これ以上負担を掛けるわけにはいかなかった。
「西から三、四メートル級っ!来るぞ!!」
不意に、西側の路地から立体機動で飛んできた兵士が、マルロ達に叫びながら眼前を過ぎて行った。
近づいてくる足音に視線を向けると、路地の奥から二体の巨人が、地面を抉りながら此方に向かって走って来るのが見えて、マルロ達は息を呑む。
「あれがっ、巨人…!」
マルロが始めて、地上で巨人を目にした瞬間だった。
まだ距離はあるが、自分よりも遥かに大きな体と、不自然に腹部が膨らみ、目は異常に大きく、不気味な笑みを浮かべている口から見え隠れする無数の歯に、恐怖で体がぶるりと震え上がる。靴底がべったりと地面に張り付いてしまったように竦んで動けなくなってしまったマルロの背中を、フロックが強く叩いた。
「しっかりしろマルロ!立ち止まってる場合じゃ…っ!」
その時、ビュオッと空気を切り裂くように頭上を一人の兵士が飛び抜けて行った。
巨人達がマルロ達の元へ辿り着く前に、その兵士は身を翻し、二体の巨人の頸を削ぎ上げ家屋の屋根に着地した。返り血を浴びた顔を兵服の袖で拭ったのは、リヴァイだった。
頸を削がれた巨人は地面に倒れ、体から蒸気を噴き上げる。波打つ地面にマルロは我に返り、仲間達に指示を下した。
「リヴァイ兵長だ!…今のうちだぞっ、急げ…っ!」
立ち竦んでいた新兵達が内門に退避を始めたのを確認して、リヴァイはブレードに付着した血を払う。大きく吸った息を吐き出して呼吸を整えると、周囲で巨人討伐に当たっている兵士達に発破を掛けた。
「小さいのをさっさと片付けろ!獣の巨人が動く前にだ!損害は許さんっ、一人も死ぬな!」
「は!」
兵士達はリヴァイの指示を受け、獣の巨人が居る方角からぞろぞろと集まってくる小型の巨人を討伐しに向かう。
女型の巨人と対峙した壁外調査や捕獲作戦で多くの精鋭達を失い、今では経験豊富な兵士も数少なくなっている現状に加えて、一つの頼みの綱でもあるハル達も知性を持つ巨人の襲撃を受け、東で発生した巨人の大群を相手していて、未だにシガンシナ区へ辿り着いていなかった。彼らがこちら側にいれば、こんなに苦戦を強いられることもなかっただろうが、ハル達が巨人を引きつけてくれていたからこそ、未だ兵士達に損害が出ずに済んでいるのも確かだった。
しかしこの状況が続き、獣の巨人が動き出せば、こちらも長くは持たないだろうと、リヴァイは舌を打った。
「くそっ…!うんざりだ…弱い奴はすぐ死ぬ…!」
それから背後を振り返り、内門の上に立つエルヴィンを見上げた。
「雑魚は其処に居ろ」
壁上のエルヴィンは厳しい表情で双極の戦況を見下ろしていた。
三、四メートル級に苦戦してはいるが、負傷兵は幸い出ていない。しかし、それも時間の問題だった。今の調査兵団に以前のような力は残っていない。
だが、それだけの損害がなければ決して此処まで辿り着くことは出来なかった。
エルヴィンは今までの記憶を遡り、訓練兵時代を思い出した。
調査兵団になる前は、よく自分と父の考えた仮説を仲間に話していた。調査兵団に入って、それを証明してみせると。…だが、調査兵団に入った途端、何故かその話をしなくなった。いや違う、何故かではない。…気づいてしまったのだ。自分だけが、自分自身のために戦っているのだと。夢を見ているのだと。
そうして時は流れ、部下を従えるようになり仲間を鼓舞した。人類のために心臓を捧げよと、そう言って仲間を騙し自分を騙し、築き上げてきた屍の上に…今、立っている。
それでも脳裏にちらつくのは、地下室のこと。この作戦が失敗しても死ぬ前に地下室に行けるかもしれない。グリシャ・イエーガーの残した地下室……世界の真相に。
「死ぬ、前に………」
そう呟いた舌に、不快な味が広がるのを感じた。飲み下し難い程に苦いそれは、今まで味わったことがない悔恨の味だと自覚すると、団長室で交わした、ハルとの会話が頭に浮かぶ。
『エルヴィン団長。あなたの探究心や、好奇心は、きっと誰にも止められません。団長が地下室に辿り着いて、その夢を叶えたその後にも、途絶えることはない』
あの時のハルの言葉が今思い浮かぶのは…浮かんでしまうようになってしまったのは、父と交わした約束の先を望む自分が、生まれてしまったからだった。
地下室に辿り着くことが全てではない。その先の道を、未来を示してくれたハルの言葉に、縋りたい自分が居るからだった。
「…違う。地下室に行って終わりではない。私はその先を……」
利き腕を失い、兵士としての価値を失いかけている自分にも、残酷な世界に争い懸命に生きる部下達の歯車として、まだ出来ることはある筈だと、エルヴィンは自身の左手を見つめ、握り締めた。
その時、背後から咆哮が上がる。
振り返れば、雷装で頸を吹き飛ばされ、活動を停止していた筈の鎧の巨人が空に向かって叫んでいた。
それを合図に、此方の様子を窺っていただけの獣の巨人が動き出す。
獣の巨人の傍には、ハルが注意しろと事前に言っていた投石に使う為の大岩と、頑丈そうな樽が一つだけ置かれていた。獣の巨人は樽の方を掴み上げると、大きく腕を振りかぶり此方に向かって投げた。
それは地上で巨人達と戦う新兵達や、壁上のエルヴィンの頭上を飛び越え、シガンシナ区へと落ちていく。
投げ込まれた樽の中には恐らく、超大型巨人のベルトルトが入っている。
「っち…!やられた…っ!」
エルヴィンは舌を打った。
あのまま空中でベルトルトに巨人化されるような事になれば、その周辺は根刮ぎ吹き飛ぶことになる。鎧の巨人と交戦していたハンジ達も、巻き込まれればただでは済まない。エレンにも被害が及ぶような事になれば、ウォール・マリアを奪還するどころか部隊は全滅し、敗北は必至だ。
エルヴィンが息を詰めてシガンシナ区へ落ちていく樽の行方を睨め付けていると、東の壁上から声がした。
「エルヴィン団長!!」
その声を聞いて、エルヴィンは瞼が無意識に押し上がるのを感じた。
体を向ければ、此方に向かって駆けてくる奪還作戦先行班の、ハル達の姿があった。
「エルヴィン団長!全員っ、連れて戻りました!」
「ああっ、よくやったトーマ!ハル達も、よく無事で戻って来てくれた」
「遅くなってしまって申し訳ありません!すぐ戦闘に加勢します!」
そう言って敬礼をしたハルの表情には、くっきりと疲労が浮かび、ナナバ達も身体の彼方此方に怪我を抱えていた。無事に合流を果たしてくれたハル達をすぐ戦闘へ参加させるのには気後れがあったが、休息を取らせてやれる猶予なんてものは現状残されていなかった。
「ああ、悪いがそうしてくれ…!」
エルヴィンはハル達の顔を一人一人確認しながら頷いた。が、そこで漸く、一人多いことに気がつく。明らかに見た事のない男が立っていて、目が合うと被っているハット帽を深く被りなおし、明け透けに顔を逸らされる。
「ハル、その男は……」
「ケニー・アッカーマンです」
「…は」
ハルの返答に、エルヴィンは耳を疑った。思わず間の抜けた声を出して再びハット帽の男を見ると、居心地悪そうに肩を竦めながらゲルガーの背中に隠れる。
ゲルガーは「何やってんだよ」と嫌そうに顔を顰めたが、次には剣呑な顔をしたエルヴィンと視線が合って、びくりと姿勢を正す。
エルヴィンは頭痛がして、目頭を抑えながらハルに問いかけた。
「ハル。今のは私の聞き間違いか?」
いいえ、とハルは悪びれなく首を横に振った。
「恐らく、間違っていません。彼はリヴァイ兵長の叔父の、ケニー・アッカーマンです。こうなった経緯は、この奪還作戦が終わった後に私の口から説明します。今はただ多くを聞かず、彼は私たちに協力してくれている仲間として受け入れてくださいませんか……エルヴィン団長」
口早に説明するハルに、詳細を説いている余裕が無いことは確かだった。
エルヴィンはごほんと一度咳払いをした後、「分かった」と今はハルの言葉を受け入れ、現在の戦況を伝える。
「ハンジ班と、リヴァイを抜いたエレン達は、シガンシナ区でライナーと交戦し雷装で動きを封じることに成功した。しかし、今しがたベルトルトの入った樽が獣の巨人によって投げ込まれたところだ」
「はい、こっちに向かう最中で見えていました。ですが、ベルトルトは巨人化をしなかったようですね…」
ハルは故郷のシガンシナ区を見下ろし、状況を注意深く確認するように、目を細めた。
「ああ。最悪の事態は免れたが…こちらも、苦戦し始めている。内門を獣の投石で塞がれ、馬も全てこちらに居る状況だ」
エルヴィンに促され、ハルは壁の内門側も確認すると、獣の巨人の方を見て明らかに表情を険しくした。
「ポルコは今、何処に?」
「ポルコ…?」
「トーマさんに運んでもらった、人質の少年の名前です」
「彼は獣の巨人の投石を牽制するためにも、シスとネスに見張らせ、内門側に居る」
ハルは目を閉じて沈思した後、エルヴィンと向き合った。
「…私達は、どちらに加勢すべきでしょうか?」
そう問いかけてきたハルの瞳に、迷いは無かった。どちらに行くべきなのか、どうすべきなのか、ハルの頭には既に考えが確立されていた。ただ、エルヴィンの命令を無視して身勝手に動くわけにはいかない。
自分に対して淀みの無い至誠を見せるハルに、エルヴィンはふっと笑みを浮かべた。
「ハル、君が決めて良い」
「…え?」
ハルの目が、驚いた猫のように丸くなる。
「君の選択を尊重しよう」
エルヴィンの言葉に、ハルは小さく息を呑んだ。それから大きく肺に息を吸い込んで、「…はい」と、責任感の滲む深厚な頷きを返した。
ハルは踵を返すと、班員であるナナバ達の前に立った。
「ナナバさん、ゲルガーさん、トーマさん、ケニー。此処からは別行動です。私はリヴァイ兵長達に加勢します。ナナバさん達はシガンシナ区におりて、ハンジさんやエレン達の加勢をしてください」
ハルの指示に、ナナバ達は一瞬驚いた顔をした。ハルは同期達の傍で戦うことを選ぶと、自然に思っていたからだった。
しかし、ナナバ達はすぐに頷いた。
エルヴィンは、彼等がハルに向ける目が以前と変わっていることに気がついていた。絶対的な信頼と敬意、きょうだいに向けるような親愛の込められた瞳は、ハル達の絆を、壁外で過ごした二日間でより堅固なものに鍛え上げて来た事を顕然していた。
「ハンジさん達と合流したら、まずはライナーには近づかないように伝えてください。彼は重傷を負っているようですが、全く動けないわけではありません。それと、いつでも巨人化が可能な状態のベルトルトにも、極力近づくことのないように忠告をお願いします」
「ああ、分かった。必ず伝えるよ。こっちのことは心配しないで、お前はリヴァイ兵長達の支援に集中してくれ」
トーマの言葉にハルは「はい」と頷くが、その矢先で心配げに眉を八の字にする。
「トーマさんとナナバさんは、怪我が酷くならない程度に動いてくださいね?」
忠告を受けた二人は顔を見合わせると、肩を竦め合い「善処する」と言うが、絶対に無理をしそうで表情を曇らせるハルの右肩を、歩み寄ってきたゲルガーが掴んだ。
「ハル、お前も無茶するなよって言いたいが、無駄だってのは分かってる。…だから、絶対に死ぬなよ」
ゲルガーの言葉に、ハルは「勿論ですよ」と頷き、笑顔を見せる。そんなハルの頭をゲルガーはわしゃわしゃと撫でてから、後ろに下がった。
「指揮権はナナバさんに。ケニーは、皆のサポートをしてください」
「っち、面倒くせぇな…」
気怠げに首の後ろを触りながら溜息を吐いたケニーに、ハルはずいっと体を寄せ、双眸を細めて顔を覗き込む。
「だったら私と一緒に来て、リヴァイ兵長に挨拶しますか?」
「…俺、こっちでいいわ」
急に威勢が悪くなったケニーに、ゲルガーは腕を組みニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて揶揄い口調で言った。
「何だよ、怖いのかよ」
「当たり前だろ!こちとら腹ぶった斬られてるんだぞ!?次会ったら確実に息の根を止められるに決まってる!」
「それは否定出来ないね」
「一思いに息の根止めてくれればまだ良いけどなぁ」
青褪めながら声を上げるケニーに、ナナバとトーマはうんうんと腕を組んで頷く。
その様子を見ていたエルヴィンは、苦笑を浮かべながらハルに言った。
「随分打ち解けているな…」
そんなエルヴィンに、ハルも苦笑を返す。
「意外と相性が良いみたいなんですよね」
それから、ハルは改まってケニーに声を掛けた。
「ケニー」
名前を呼ばれたケニーは、「あ?」と怪訝な顔をハルに向ける。ハルは左胸に手を当て、深く頭を下げると、丹精のこもった礼を述べた。
「ありがとうございます。…ケニーが傍に居てくれて、本当に助かりました」
ゆっくりと頭を上げ、微笑みを浮かべたハルに、ケニーは気恥ずかしそうに鼻を鳴らし、ハット帽を深く被って目元を隠しながら言った。
「気が早ぇ奴だな。全部終わってから言えってんだよ…!」
「何言ってんだよケニー。全部終わったらアンタはリヴァイ兵長に殺されるんだから、ハルは今言ってやったんだろーが」
「よーし、ゲルガー。お前はその前に俺がぶっ殺すからなクソガキ」
「やれるもんならやってみろってんだよクソジジイ」
「おいっ!いいからもう行くぞ馬鹿共!」
こんな時まで喧嘩をおっ始めそうになったゲルガーとケニーの首根っこを掴んで、トーマがズルズルと引き摺って行くと、ナナバはハルに駆け寄り、ぎゅっと両腕で抱きしめ、耳元で言った。
「ハル、さっきゲルガーも言ったけど、絶対に死んじゃ駄目だからね?」
「はい。ナナバさん達も、ですよ…?」
ハルもナナバを抱きしめ返すと、「ああ」とナナバは頷き、体を離して微笑んだ。それからトーマ達の背を追いかけて走り出し、シガンシナ区へと立体機動で飛び立って行く。
ナナバ達の背を見送るハルに、エルヴィンは静かに問いかけた。
「本当に、いいのか…?」
「…はい」
ハルは頷くと、何の迷いも無い表情をエルヴィンに向ける。その顔は、以前団長室でハルが自分の生き方について語ってくれた時と同じものだった。
「エルヴィン団長。私は、全てを守れなくても、一人でも多くの命を救える選択をします。…団長がずっと追い求めてきた答えが眠る地下室に行って、皆でトロスト区に…帰りましょう」
ハルは壁上を駆け抜ける風に黒髪を揺らしながら、シガンシナ区を見下ろした。
家族との温かな思い出に溢れる故郷でありながら、その記憶を掻き消してしまう程の辛い出来事に溢れた場所でもあるシガンシナ区の町が、哀惜が揺らぐ双眸に映し出されていた。
その横顔を静かに見つめていたエルヴィンだったが、ハルは大きく一度瞬きをすると、雑念を全て瞳の外へと追いやって、再びエルヴィンを見つめた。
「ライナーにも、ベルトルトにも会いたいです。…でも、私はあの時彼らではなく此処に居る道を選んだ。その選択に後悔はありません。私は、……私の力が最善に活きる場所に、身を置きます」
ハルは歩み寄ったエルヴィンの左腕を、徐に両手で掴んだ。
「…?」
エルヴィンは戸惑いながらハルを見下ろす。
雲間から差し込んできた太陽の光がハルの顔を照らし出すと、透徹な黒い瞳が、水面のようにキラキラと光っていた。
「どんなことがあっても、諦めないでください。あなたの夢も、その先に続いていく…未来も。何一つ手放さないで、諦めないで居てください」
私を、信じていてください。
そう告げると、ハルはエルヴィンの手を離し、胸元の操作装置を抜き取って、リヴァイ達の元へと飛び立って行く。
エルヴィンはハルの熱が残る左腕を、右手があれば掴みたかったが、それは叶わなかった。それでもその熱は体に染み渡り、エルヴィンを勝利へと奮い立たせる活力へと確かに変わっていたのだった。
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