第四十七話
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それから二人はトロスト区の調査兵団本部に戻ると、エルヴィンに事の次第を報告する為、団長室の隣にある執務室へと足を運んだ。エルヴィンは先日の奪還作戦で右腕を失う重傷を負っており、本来ならば病院で入院をしていなければいけないのだが、本人の強い希望により執務室にベッドを設けて療養をしていた。
「エルヴィン団長、トーマです」
「ハル・グランバルドです。少しお時間宜しいでしょうか」
「ああ、構わない。入っていいぞ」
中から何時もと変わらない凛とした声がして、トーマとハルは執務室の扉を開け足を踏み入れる。
「はっ!失礼します…っ!?ピクシス司令、いらしゃっていたのですね?」
執務室にはベッドで上半身を起こし座っているエルヴィンの横に、ピクシス司令が佇んでいた。ハルは会話が聞こえていて司令が居る事には気づいていたが、トーマは驚き姿勢を生真面目に正す。そんなトーマの隣でハルも敬礼をすると、トーマは気づいていたなら言ってくれと不満げな視線をハルに向けてくるのに、苦笑を返した。戦闘時以外では、ハルは意識的に過敏な聴覚が捉えた音に関して人に話さないようにしているのだ。
ピクシス司令はハルとトーマに顔を向けると、「おお」と皺の走った顔を綻ばせて二人に歩み寄り体の後ろで手を組んだ。
「お邪魔しているよ、トーマ君。…と、君が噂のハル・グランバルド君かね?」
ピクシス司令はハルの顔を覗き込むようにして、長身の体を折る。
「ハル・グランバルドです。司令と直接お話をするのは、今日が始めてです」
「そうじゃのう。君とは一度、話をしてみたかったんじゃ。トロスト区奪還作戦の際は、うちのシグルドもナイルも世話になった。巨人誘導作戦の指揮取りも、実に見事じゃった」
「い、いえっ!それは勿体ないお言葉です…」
「ナイルも言っていたよ。いつか恩返しがしたいとなぁ…お主は命の恩人だと」
ハルは駐屯兵団に入団した仲間達のことを考えながら、緊張で力が入っていた両肩から少し力を抜き、敬礼の姿勢は崩さないまま、ピクシス司令に問いかけた。
「ナイルさんとシグルドさんは、お元気でしょうか?同期のフロックやダズ達も…まだ二ヶ月と少し程度しか経っていませんが、随分会っていない気がしていて…」
それにピクシス司令は屈めていた姿勢を戻し、喉を鳴らすようにして笑った。
「はは、皆元気じゃぞ?フロックとダズは、シグルドとナイルの班員じゃからのう?」
「!それは、知りませんでした」
「…それにしても、」
司令は顎を触りながら、徐に再び前屈みになると、ハルの顔を先程よりも近くに覗き込んで舌鼓を打つように言った。
「別嬪じゃのう」
「え」
ハルは予期せぬ言葉に、きょとんと目を丸くした。
そんなハルを他所に、ピクシス司令はまじまじとハルの顔立ちを見つめた後、後ろのベッドに座っているエルヴィンを振り返った。
「噂には聞いておったが、これほどの美女だとは……羨ましいのぅエルヴィン!」
「え、えっと…」
ハルはどう反応するべきかと困り果てトーマに助けを求める視線を送ったが、トーマは肩を竦めるだけであり、次に救いを求めてエルヴィンへ視線を向ければ、エルヴィンはゴホンと態とらしく咳払いをして言った。
「…ピクシス司令、ハルが困っています。ご容赦を」
ピクシス司令は柔軟な判断力と果断な指揮能力を持っているが、飄々とした言動から「生来の変人」と呼ばれている。
しかし、トロスト区奪還作戦の際に演説をしていた人物とはまるで別人のようで、ハルは少々困惑していた。が、トーマやエルヴィンはこれといって驚いている様子もないので、今目の前に居るピクシス司令が、普段の姿なのだろうとハルも察する。
「おお、すまんすまん!」と、ピクシス司令はケラケラと笑いながら、「では、ワシは失礼しようかのぅ」と執務室を後にしようとしたのに、トーマが慌てて呼び止める。
「司令!お気遣いなく、我々は時間を改めますので…」
「いや、いい。丁度戻ろうと思っていたところじゃったしのぅ?…エルヴィン、くれぐれも体は大事にな?」
「はい。ありがとうございます」
エルヴィンは深くピクシス司令に頭を下げると、司令は軽い足取りで執務室を後にした。
トーマとハルも敬礼で司令を見送った後、エルヴィンを振り返る。
「…すみません、団長。話の邪魔をしてしまって…」
トーマが謝罪をするのに、エルヴィンはいいやと首を横に振る。
「構わんさ。それよりも、何かあったんだろう?」
トーマ達の顔色を見て察したように問いかけてきたエルヴィンのベッドの傍に二人は歩み寄ると、トーマが先に口を開いて、先程の出来事について報告をする。
「それが…トロスト区の総合病院へミケさん達の見舞いに行った帰り道、ハルが謎の男に突然襲われて、攫われそうになったんですっ」
「何…?」
エルヴィンは喉を鳴らし目を細めると、ハルへ詳細を促すように視線を向けた。
「長身痩型の、初老の男でしたが…動きが常人離れしていました。どこの組織の者なのか、それとも個として動いているのか問いましたが、明確な答えは聞き出せませんでした。ただ…私の力について、何か知っているような様子だったんです」
ハルの言葉を聞いて、エルヴィンは「ユミルの愛し子という、力についてか…?」と顎に手を添え問い返すのに、ハルは「はい」と頷く。そして男の言動や行動を、今一度思い返しながら答えた。
「恐らくですが、彼は何処かの組織に雇われている人間…かと。それも、確固たる力を持つ組織かと思われます」
「そうか…」
エルヴィンは考えに耽るように両眼を閉じた。エレンとハルの奪還作戦後、ハルの体に起こった異変や、獣の巨人についての報告は、ハンジやリヴァイも含めて、既にハルから報告は受けていた。それによりハルの力の謎は深まるばかりであったが、ハルの力について知っている人物が壁内に存在しているとするならば、どうにかして情報を聞き出したい。恐らくその人物は、この世界の実態についても何かしら知っている筈だ。しかし、ハルを攫おうとしたとなれば、その目的が何なのか分からない限りは、下手に接近することは出来ない。
「トーマ、ハル。二人とも、怪我は無いのか?」
「はい、ありません」
間髪入れずに頷いたハルに対して、トーマは顎の髭を触って不満げに細めた目を向ける。その視線に気がついて、ハルは肩を竦めて苦笑いを浮かべた。エルヴィンもハルが何かしら無茶をしでかしている事は想像に容易く、トーマの何か言いたげな顔を見れば何かあったことは明白だったが、敢えて追求はしなかった。
ハルはどうやら、目に見えていない組織から狙われている。そうなると、ハルと同様に、ヒストリアやエレンの身も、危険が及ぶ可能性は大いに高いということにもなるだろう。
ハルにはナナバやゲルガーが退院した後に班を組ませ、ヒストリアの身内の居所について調べる為、ハンジ達と行動をしてもらおうと考えていたが、ハルの身に既に危険が及んだとなれば、明日新たに結成するリヴァイ班に入れ、ヒストリアとエレンの警護を兼ねてウォール・ローゼ内の調査兵団が秘密裏に所有している施設に向かわせることに決めた。
「ハル。お前も明日からリヴァイ班に入って、エレン達と朝施設に移動してくれ。リヴァイには私から話しをしておく。今回の件についても、リヴァイから班員に通達するまで、他言は無しだ」
「はい…」
エルヴィンの命令にハルは頷いたが、どうやら他に何か気にかかっている様子で、表情を曇らせている。
「ハル、どうした。何か気になることがあるのか?」
エルヴィンが怪訝に思い首を傾げると、ハルはエルヴィンの失われた右腕を見つめながら、ぎゅっと体の横で両手を握りしめて言った。
「団長…腕、痛みますよね?」
まるで自分事のように痛々しく顔を曇らせているハルに、エルヴィンはふっと目元を緩ませ、包帯の巻かれた右肩のあたりをそっと左手で触れながら言った。
「…大丈夫だ。もう傷も塞がっている。俺のことは心配するな。…それよりも、コニーの事を心配してやってくれ」
「コニー…」と、ハルは小さく呟き、それから察したように唇を引き結んだ。
「お前達が来る少し前まで、ハンジとコニー、リヴァイと司令で、ラガコ村について話をしていた。恐らくだが、今回ウォール・ローゼ内に出現した巨人の正体は、ラガコ村の住民である可能性が高いことが分かった。発生した巨人の数も、村の住民達と一致していた」
「…と、いうことは、つまりっ…巨人は元は人間だったということ、に…」
トーマは動揺を隠しきれず、震えた声でエルヴィンに問いかけると、エルヴィンは頷く。トーマは「なんてことだっ…」と青褪め、額を片手で覆った。
ハルもコニーの家の上で寝そべったまま動けなくなっている巨人の姿を見た時、もしかしてと想像しては居たが、実際にその可能性が高まれば俄かに信じ難い…と、否、信じたくないことと言い表すのが正しいだろう。止むを得なかったとはいえ、自分達は今まで人間を殺していた…ということに、繋がってしまうからだ。
そして何よりも、獣の巨人が人間を巨人に変えられるのだとしたら、今壁内人類が置かれている状況は、非常に危ういということもより顕著になった。
ハルは口元に手を添え、獣の巨人の姿と言動を思い出しながら、頭の中の情報を整理するように言葉を連ねる。
「…人は人を巨人に変えられる。…壁外には巨人が溢れ壁内の人間を喰い殺そうとする。…そしてそれは意図的に仕組まれたもの。それはつまり、壁外には我々を滅ぼそうとする巨人、ではなく人の勢力が存在している。と、いうことになりますよね」
「ハル、お前…何が言いたいんだ」
トーマは額に手を当てたまま、目元に不穏な影を浮かべているハルの横顔を見やった。
「…我々を脅かすのは、ライナー達や、獣だけじゃない。もっと、強大な組織と考えることが、出来る」
「おいハル!」
トーマは不安を煽るようなハルの発言を咎めようとしたが、エルヴィンはトーマに掌を向け制する。
「いや、続けてくれハル。私は君の所見が聞きたい。…君は実際に獣と対話し、様々なものを目にし、そして感じた筈だからな」
「…」
エルヴィンに促されて、ハルは口元に手を添えたまま両眼を閉じ、眉間にぐっと皺を寄せた。
人が人を脅かす時とは、どういった場合に起こり得るのだろうか?
それはきっと、己が脅かされた時。…或いは己の大切な何かが、脅かされる時。
–––と、すると、だ。
獣の巨人やライナー達を脅かす何らかの理由が、この壁内には存在しているということになる。
「…我々の敵は、我々以上の勢力であると仮定して…数で勝る彼等が私達を脅かす理由が、この壁内には隠されているのではないでしょうか」
「「!」」
息を詰めたトーマとエルヴィンに、ハルはゆっくりと目蓋を開き、口元に添えていた手を下ろした。物事の核心を貫くような黒い双眼が露わになり、エルヴィンを見据える。
「…もしも、その理由を、私を攫おうとした男が知っているのであれば……私があの男に取り入るというのも、作戦の一つとして提案出来ます」
「はぁ!?」
トーマは「何を言っているんだ!」と口を開いたが、エルヴィンが続けて厳しい声音でハルの提案に首を横に振った。
「それは駄目だ。男が何の為に君を攫おうとしたのか分からない。危険過ぎる。君の……命の保証がない」
しかし、ハルはエルヴィンに身を乗り出すようにして進言する。
「あの男は、私の命を奪うことを目的とはしていません。そうでなければ、あんなことはっ…」
「あんな事…とは、一体何を言われた?」
エルヴィンは目を細め、鋭い視線でハルを見つめると、ハルは自身の右目の目蓋に、そっと指先で触れながら答えた。
「『長生きしたければ、力は使うな』…と、忠告を…」
「…成る程、な」
エルヴィンはハルの言葉で彼等が命を奪うことではなく力が目的であるということを認識したが、だからといってハル一人に危険な真似はさせらない。この先人類の命運を担う存在であるのなら、尚の事だった。
「だが、例え君の命が目的ではないとしても、許可することは出来ない。ハル、君は一人にすると際限なく無茶が出来てしまうからな……」
「だ、団長…」
エルヴィンが肩を竦めるのに、ハルは肩を落として苦い顔をすると、「自分もそう思います」と隣のトーマまで胸の前に腕を組んで深々と頷くので、立つ瀬が無くなり眉間に皺を寄せる。
そんなハルの肩を、エルヴィンはとんと軽く叩いた。
「まあ、先ずは体を休めろ。この件についてはリヴァイ達とも共有しておく。お前達はもう兵舎に戻れ。食堂もそろそろ閉まる時間だろう」
「了解です。…戻るぞ、ハル」
「…はい」
トーマに促され、ハルもそれ以上エルヴィンに対して進言することはしなかった。トーマとハルは執務室を後にすると、それぞれの兵舎へ戻り、食堂に向かったのであった。
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