第六十話
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受け身も取れず背中から地面に叩きつけられたゲルガーが、呻きながら身体を起こすのを、駆け寄ったナナバが支えに入る。
「大丈夫かっ、ゲルガー」
「っあぁ、俺は大丈夫だ。っだが、ハルが…」
ゲルガーはナナバに支えて貰いながら上体を起こし、悔しげに奥歯を噛み締める。
突如現れた金髪の巨人は、巨人を纏っていた長い黒髪の女ごとハルを口に含み、そのまま巨大樹の森がある方向とは真逆の、南へと向かって、あっという間に闇の中へ消えてしまった。
「あの巨人、ハルを喰いやがったのかっ…!?」
ゲルガーが、ダンッと地面に拳を叩きつけ、顔を顰めるのに、ナナバは首を横に振った。
「いや、そんな筈は無い。仲間の女と一緒に、きっと連れ去ったんだろう。…今まで見たことない巨人の姿をしていたが、あれも知性を持つ巨人なんだろう。…一体、この世界にはああいう巨人がどれだけ存在しているんだろうね…」
ナナバが額を抑えて、暗然と呟く中、持っていたライフル銃を背中に背負いながら、駆け寄ってきたケニーが顎に手を添え、思案顔になって言った。
「全部アイツの想定の範囲内で事が動いてるようだったが……あの巨人の出現は、流石に想定外だったかもしれねぇな」
ナナバは頷き、ゲルガーを支えながら立ち上がると、巨大樹の森へと視線を向けた。
「まさか知性を持つ巨人が二体も現れるとは驚きだが、いつまでも呆けてる場合じゃない。ハルが連れ去られた場合の作戦行動に移るよ。トーマが馬を連れて来たら、巨人の足跡を辿ってすぐに追いかけよう…!」
ナナバの言葉に、ゲルガーとケニーは頷く。
ケニーは雷装装備の確認を始めると、ゲルガーは先程地面に叩きつけられた衝撃で立体機動装置に不備が生じていないか、動作確認をしながら、顔を顰め、緊迫した声で呟いた。
「…しかし、ハルの事を、相当敵方は警戒しているみてぇだな。知性のある巨人を二体も、ハルを連れ去るために寄越すなんて…」
ナナバは巨人の足跡が続いている暗闇の方へと視線を向け、それから地面に転がっている重厚な四角い箱へと視線を移して、腕を組んだ。
「…そうだね。あの箱の中に、もう一人の巨人の力を持つ人間を潜ませていたのも、音で気付かれてしまわないようにする為だったんだろう。あの黒髪の女は、調査兵団の接近を、恐らく何処かに潜んでいる仲間…獣の巨人やライナー達に知らせることの他に、ハルを本体から引き離すことも、任務としていたのかもしれないね」
ナナバの識見に、ケニーは自分も同意見だと頷く。
「だろうな。…どんな奇策を講じようにも、ハルに耳で見抜かれちまう。アイツが本体に居る限り、奴等は力技で調査兵団に挑む他ない訳だ。だが、無策じゃああの頭の切れるエルヴィン・スミスには勝てねぇ。…ハルの幼馴染どもが、しっかり情報提供してやがるってことだろーよ」
ケニーの言葉に、ナナバ達は表情に緊張を走らせた。
ライナー達が調査兵団に関しての情報を共有していることは、想像に容易く、ハルがそれによって予想される様々な状況に対して、作戦行動を事前に練ってくれていた為、今も混乱に陥ることは無かったが、今後相手がどのような策を講じてくるかは、その瞬間が訪れるまで分からないだろう。
此処からは、厳しい戦いになる。皆がそう、予感していた。
「…っ、来たぞ!」
馬の蹄の音を聞いたゲルガーが声を上げると、全員の馬を連れてきたトーマが、ハルの姿が無いことに気がついて、焦燥を露わにする。
「おいっ、ハルはどうした…っ?」
「もう一体の知性を持つ巨人が現れて、女ごと攫われたんだ。奴が背負ってた箱の中に潜んでいた。これから追い駆けるよ!」
ナナバが口早に状況を説明しながら馬に乗り込む中、ゲルガーも馬に跨り、ケニーは一番足が速いアグロの鞍に跨った。
トーマは酷く動揺したが、皆が次の作戦行動に向けて冷静に動き出して居たので、すぐに気持ちを引き締め直す。
ケニーはアグロの首をトンッと軽く叩き、手綱を握り締めた。
「さぁアグロッ、お前のご主人様の為に、一走りしてくれよ!」
「ヒヒーンッ!」
アグロはケニーの声に意気込むように前脚を上げて嘶く。
地に足跡を残して行った巨人を追い、ハルを取り戻す為、一同は南に向かって駆け出した。
※
「ポッコ、その子、ハル・グランバルドで間違いないよね?」
ピークは唾液に塗れた身体に眉を寄せ、上着の下に忍び込ませていたハンカチで顔を拭きながら、ポッコと愛称で呼んだ、ポルコ・ガリアードが纏っている顎の巨人の頭上で問いかけた。
ポルコは頸から上半身だけを露わにし、巨人の四肢は動かしたまま、熱い蒸気に蒸せ返りながら言った。
「ゲホッ…っああ、間違いねぇ。あの女を食った時、朧げだが記憶の中で見た奴と、同じ顔をしてたからな…」
ポルコは、兄のマルセルが継いだ顎の巨人を、このパラディ島で奪ったユミルから継承して、まだ間も無かった。
巨人の力は、幾ら精神や体を鍛錬していようとも、継承した直後は、意識が確立せず、巧く扱えないものだった。しかし、ポルコは巨人化して数回で、その力を既に意識的に制御出来るようになっていた。とはいえ、不安定さが完全に拭えているわけではないポルコを、この危険なパラディ島に召集をかけたのは、戦士長であるジークだった。
その理由は、主に二つ。
この島の、ラガコ村という住民を巨人に変え、攻撃を仕掛けた際に、ジークが偶々出会した兵士が持つ、『ユミルの愛し子』としての力が、ウォール・マリアを奪還に来る調査兵団を迎え撃つ際の大きな弊害になると考えた為、戦力の増強が必要になったということ。
そして二つ目は、その稀有な能力を持つ『ユミルの愛し子』を、マーレへ連れ帰れとの、国から要望があったのだ。それが難しいのであれば、進撃の巨人と始祖の奪還が最優先とのことだったが、ライナー達はどうしても、壁内の何処かに捕えられているアニと同様、ハルも生きたままマーレへ連れ帰りたいとの意思表示を見せていた。
本来ならば、ピークは調査兵団の接近をシガンシナ区に居るジーク達に知らせ、隙があれば、闇夜に紛れてハル・グランバルドを奪う手筈となっていた。
ライナーやベルトルトの何方かを同伴させれば、本人か見極めるのに苦労は無かったが、作戦上、二人はシガンシナ区から離れさせることは出来ず、顎の巨人を継承した際、ユミルの記憶の中で、ハルの顔を見たポルコが、同伴することになったのが事の次第であった。
「あれが立体機動、調査兵団なんだね…まるで悪魔の翼でも生えているみたいだった」
ピークが固い声で呟いたのに、ポルコは口の中に居るハルを忌々しげに見下ろしながら頷いた。
「……ああ…そうだな。想像していた以上に、ヤバい動きをしやがる。特に、この女…」
「…その、子…不思議な感じがした」
「…は?」
ポルコが頓狂な声を漏らして、頭上に座っているピークを見上げた。
ピークはポルコを振り返ることは無く、座り込んだまま、自身の胸元に手を押し当てながら言った。
「彼女を見ていると、胸が苦しくなるような、どこかで会ったことがあるような…懐かしい感じみたいのがしたんだ」
ピークは、冗談を言っている様子は無かったが、戸惑いが声音に滲んでいた。いつも冷静で、自分の調子を崩さない彼女にしては珍しいと思いながらも、ポルコは巨人化をしようとした瞬間、フード越しに見えたハルの顔を見た時、同じような感覚に見舞われたことを思い出す。
だがそれはきっと、自分の感情ではない。
「……俺も、あいつの顔を見た時、そんな感じがしたけど。俺の場合は、あの女の記憶と重なったからだと思う。だから、気のせいだろ」
「……そう、だよね」
ピークが、こくりと頷いた時だった。
「!?」
ポルコは、舌の上に転がっていたハルが、喉の奥へずるりとすべり落ちた感覚がして、息を呑んだ。
「何っ、してんだよコイツッ…!?」
「え、どうしたの?」
突然慌て出したポルコに、ピークが怪訝な顔で振り返る。
「この女っ、自分から喉の奥に入ろうとしてやがるっ!」
「え?」
焦燥しながら頸に戻っていったポルコは、思わず駆け足を止めた。ゲホゲホと意識的に咳き込んで、喉からハルを吐き出そうとする。その際体が大きく揺れて、ピークは振り落とされないように髪にしがみ付きながら、顔を顰めた。
「なんでそんなことを…わざわざ…」
しかし、悩んでいる間も、彼女は喉の奥へと落ちていってしまっているようで、ピークはハルを必死に吐き出そうとしているポルコの目元に寄って声を掛けた。
「待ってポッコ!口を開けてっ、私が中に入って確かめるから!」
ポルコが口をがぱりと開け、ピークは中へと身体を滑り込ませた。
生温い湿気を帯びた吐息と、唾液で滑る舌に、一瞬先程の不快さが胸元を迫り上がって来て顔を顰めたが、口の中にハルの姿が無いことに焦って、滑る舌の上に靴底を置いた。
「っ……まさか、本当に間違って滑り落ちたんじゃ………」
ピークは自分も足を滑らせないよう注意しながら、舌の上を四つん這いに進み、喉の方へと近づく。しかし、ハルの姿は見え無かった。流石に喉の奥を覗き込むのは危険だと思い躊躇していると、ポルコの奥歯の隙間に、銀色の光る金属のようなものが引っ掛かっているのを見つける。
見覚えがあった。
それは、立体機動装置のアンカーだった。二本のワイヤーが、喉の奥に向かって伸びている。
「自分から、喉に入って行ったの?」
ピークははっとして、慌ててポルコの前歯の裏に手をつき、口から身を乗り出した。
暗闇の中で、何かが動くのが見え、それは段々とこちらへと近づいてくる。
先程の兵士達が、馬に乗ってもうすぐ近くまで追いついて来ていたのだ。
恐らく足跡を辿って来たのだろうが、あまりに早すぎる。調査兵団の馬は特別に鍛えられているというは聞いていたが、此処まで足が早いとは思わなかった。
「ポッコ!!もう追いついて来てる!!」
叫んだピークが指差した方へと、ポルコは視線を向けた。その瞬間、先頭を走っていたケニーが、アグロの鞍の上で立ち上がり、大きく宙へと飛び上がった。
「悪いなぁ鼠さん達っ、そいつは返してもらうぜっ!!」
ケニーは、操作装置に装備した、銀色の筒官のようなものを構え、トリガーを握り込んで発射した。
バシュッと鋭い音を立てて、それはピークを目掛けて真っ直ぐに飛んでくる。
ピークは慌ててポルコの口から地面へと飛び降り、受け身をとって転がった。その筒は、ポルコの固い仮面の隙間から覗いた、左目に突き刺さると、後ろに繋がっている手榴弾のピンのようなものを、ケニーが思い切り引き抜いた。
その瞬間、銀色の筒官が、甲高い音を立て、激しく爆発する。
ドゴオォンッ!!
「ポッコッ!!」
爆風に腕を翳しながらも、顔半分の仮面が飛び散り、背中から倒れていくポルコに、ピークは叫んだ。
砂埃を上げながら地面に倒れたポルコの元へ、ピークは慌てて駆け寄ると、半開きになった口の中から、ハルが飛び出して来た。
ハルはゴロゴロと地面を転がると、両手をついて、緩慢に体を起こす。
「ゲホッ、あ、っつう……喉が、焼けたっ…」
けほけほと咳き込み、苦しげに喉に手を当てているハルの元に、ケニーが駆け寄り、唾液塗れの体を脇に抱えるようにして持ち上げた。
「おお、なんだ。生きてたのか」
「…危うく一緒に吹き飛ぶところでしたけど…た、助かりましたケニー」
「二人とも!早く乗って!」
少し遅れて傍に寄ってきたナナバが、ケニーとハルに馬の手綱を手渡す。ケニーもハルもそれぞれ鞍へ乗り込み、巨大樹の森がある方角へと、すぐさま駆け出した。
それを見たピークが、後を追いかけようと巨人化しようとした時だった。
地面に横たわった巨人の頸から、上半身を出したポルコが引き止めた。
「ピーク!待て!お前は戻って、ジークさん達に知らせろ!俺がアイツらを追い駆ける!」
ピークは首を、大きく左右に振った。
「でも、一人じゃ無理だよ!」
「平地なら何とかなる!巨大樹の森に入られる前に、あの女を奪って壁に戻る!まあ無理なら、ジークさんが言ってた作戦で動くが……、多分俺達は時間稼ぎに使われてる。きっともう、奴等調査兵団の本体が、シガンシナ区に向かってる筈だからな!」
言い終えるや頸に戻っていってしまうポルコに、ピークは逡巡したが、作戦成功の為、決心する。
「…分かった!ポッコも気をつけて!」
ピークは心配げな表情のままだったが、大きく頷くと、身体を反転させ、手の甲に噛みついた。黄金の光と稲妻を纏い、巨人化すると、もうポルコの方は振り返らず、シガンシナ区の方へと向かって走り出す。
ポルコは雷装を受けた左目から蒸気を噴き上げながらも、地面に倒れた体を起こし、北へ向かったハル達を追う為、四肢を動かし全力で駆け出した。
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