第四十六話
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––––『ユミルの愛し子』。
それは獣の巨人がハルに向かって口にした言葉と同じで、ハルははっと息を呑み目を見開いた。相対してから初めて大きく表情を乱したハルに、男は腰に手を当てると、ぐっとハルの顔を覗き込むように身を屈めた。
「ぉおっ!今驚いたなぁ!?つっーことは、アンタは自分が何なのかちゃーんと理解出来てるってこった。…だが、全てを理解してる訳じゃねぇ…違うか?」
男が銃の側部を、ハルの胸元にバシバシと叩きながら問い掛けてくるのに、ハルは表情を固くした。冷静さを取り戻そうとするハルの顔を男は近視眼のように目を細めて見つめ、ハルの胸元に押し当てていた銃を撫で上げるように顎の下に銃口を押し当てると、低い声で言った。
「だったら、テメェはその力の全てを、理解したいとは思わねぇのか?」
「どういうことです……?」
ハルは内心で動揺し始めていたが、気取られないよう冷静に努めた声で問い返した。
自分の力の存在を知り、未知の力の呼び名まで知っている。ということは、もしかすると目の前にいる男は、獣の巨人と繋がりがあるのかもしれない。そうなると、この壁内にはまだ、壁内人類を脅かそうとする脅威が複数存在しているということになる。敵の数は計り知れない程の勢力である可能性も、考えられるようになってしまう。
男は表面では何も変わっていないように見えるが、ハルの心の揺らぎを感じ取っているかのようで、ハルの顎下に突きつけていた銃口を、トン、トンと今度は軽く鎖骨に叩き始めた。
「知らねぇんだろう?お前に宿るその力が、一体どういう代物なのか?…俺達わなぁグランバルド?アンタの力の正体を知ってんだよ。そして、その力がどんな影響を、持ち主の体に及ぼすのかってこともだぁ…」
「っ体に、及ぼす影響…」
ハルはぴくりと眉を震わせ、男を戸惑いを含んだ目で見つめた。
すると、男はきききと夜行性の動物が鳴くような声で笑い、ハルから離れ、己の背中と耳を手にしている銃口で指し示しながら言う。
「あぁーそうだよなぁーっ?知りてぇよなぁっ?突然テメェの背中から翼が生え出て、聴覚も偉い過敏になっちまった。挙げ句の果てには味覚も無くなって…?その癖血は欲しいってかぁ?口にすりゃする程、人間とは思えねぇ!!」
男は近場の木箱にどかりと腰を落とすと、こんこんと銃で顳顬を叩きながら、ハルに憐憫の眼差しを送った。
「何で自分がそうなっちまったのか、自分じゃなきゃならなかったのか……その理由が、知りたくて堪まらねぇよなぁ?」
「っ」
ハルは下唇を噛んだ。
この男が本当に、自分の力の全てを理解しているという確証はない。どこからか情報を得て、自分を謀るために芝居を打っている可能性は充分にあり得る。
冷静になれ、とハルは自分に言い聞かせるように瞳を閉じ、一度大きく息を吸い込みゆっくりと吐き出して、再び男を見た。
「意地が、悪いですね…?教えてくれる気なんか、更々無いじゃないですか。問答無用で殺そうとしていた癖に」
すると、男は「いやいや」と両腕を広げて首を横に振った。
「そりゃあちっとばかし興奮しちまっただけだぁ許してくれ。それに、テメェは銃弾なんかで簡単に死んだりしねぇんだろう?」
軽口を叩くように男はそう言い放つと、木箱からひょいと立ち上がり、長いコートのポケットに銃を握ったまま両手をしまい込んで、両手を従順に上げたままのハルの周りをぐるぐると歩き始めた。
「で、どーだ?お前が大人しく俺と一緒に来るって言うなら、その力の真実を、こっちは教えてやってもいいぜ?」
「其方の目的も、教えてください。…貴方は先程、俺達と言っていましたけど…私を連れ去ろうとするのは、誰かから指示を受けているからですか?それとも…、貴方自身の目的を果たす為ですか?」
そう問いかけると、男はハルの背後で足を止めた。それから小さく息を吐くようにして笑うと、ハルの左肩に肘を置いて寄りかかる。
「どっちも、だ。だが、最終的には俺の…まぁ、なんだ?野望を叶える為っていうのが正しいか…」
そして、耳に息を吹きかけるようにして問いかけた。
「さあ、どうする?グランバルド?」
「…」
ハルは男の方を一瞥して、それほど間を開けることなく答えた。
「ごめんなさい。正直とっても、知りたいですけど遠慮します」
それに男は仰々しく両腕を「はぁ!?」と広げて、ずいっとハルの額に顔を押し付けるようにして言った。
「何でだよっ!?別に取って食おうなんて言ってねぇーだろーがっ!?」
それにハルは剣呑な顔になったが、当然と落ち着き払った口調で答えた。
「口にしていないだけで、考えているでしょう?これは勘に過ぎませんけど、私はこそこそ後をつけ、麻酔針で眠らせようとして来た挙句、初対面で名も名乗らず突然ナイフを投げつけてくるような危ない人を信じるよりも、自分の勘の方が余程信じられますからね」
ハルの言葉に男は一瞬面食らったように目を丸くして息を呑んだが、次には愉悦を顔一杯に浮かべ、目尻に皺を作りながらがははと盛大に笑った。
「ッ!そりゃそーだぁ!!餓鬼の癖に、中々面白ぇじゃねぇか!?一丁前な口聞きやがってよぉ…!?いやぁ…惜しいなぁ、テメェは巨人ぶっ殺すよりももっと他の才能があるんじゃねぇのかぁ?例えばよぉ……」
男の語尾に怪しい響きが不意に混じり、ハルははっとして顔を建物の入り口横にあるガラス窓に向けた。
「おーい!?ハル、どこだぁ!?」
「!トーマさん…っ」
砂埃に汚れ曇った窓の外に、ハルを探して辺りを見回しているトーマの姿がぼんやりと浮かんで見えた。
男の話に気を取られて、トーマが近くまで来ている事に気づかなかったのだ。
ハルの顔色が一気に青褪めたのを見て、男は喉を鳴らして笑い、素早くポケットの中から拳銃を取り出すと、銃口を窓の外にいるトーマに向けて言った。
「人殺しの才能、とかな?」
「っ!!」
考えるよりも先に、体が動いていた。
男の長い指がトリガーに掛かり、押し込んでいく様子がやけにスローモーションに見えた。
ドンッ–––!!!
と、重い銃声が辺りに響いた途端、右手に激痛が走った。まるで掌に握っていた爆弾が、破裂したようだった。
視界一杯に赤が舞って、顔にべったりと生温い血が付着して、バリンッと激しい音を立てて窓ガラスが割れた。
外からトーマが驚いて裏返った声を上げたのが聞こえたが、どうやら銃弾に当たった様子は無く、ハルはほっと安堵の溜息を足元に吐いた。その先に、真っ赤な血溜まりが広がって行く。ボタボタと、右腕の先から、果実を搾ったように血が滴り落ちて行く。
男は「おいおい」と顔を引き攣らせて、右腕を左手で抑え、足元に広がっていく血溜まりを見下ろしているハルから後退った。
「テメェっ、正気か?!」
右手を手首の先から吹き飛ばされたハルが、ゆっくりと血溜まりから目を逸らして、顔を上げた。普通なら痛みで悲鳴を上げ、地面にのたうちまわってもおかしく無いが、ハルは額に脂汗を浮かべてはいるものの、激昂を孕んだ双眼で、男を睨み上げていた。
その凶器のような瞳に思わず気圧されて、男はごくりと固唾を飲んだ。
「おい!?一体なんだ!!」
外に居たトーマが、何事かと割れたガラス窓へと駆け寄ってくる。
「トーマさん…!入って、来ないでくださいっ…!」
ハルが男を睨みつけたまま声を張り上げると、珍しく声を荒らげたハルの切迫した声に、ガラス窓の手前で足を止めたトーマは、目を顰めて薄暗い建物中を覗き込み、目にした光景に驚愕した。
右腕から大量の血を流すハルの背中と、奥には謎の長身の男が銃を持って立っている。
「ハル!?お前何やって…っどういう状況だよ!?」
トーマは錯乱して頭を抱えたが、兎に角ハルが危険だということだけは分かり、割れたガラス窓から建物の中へと飛び込んだ。しかしその瞬間に男に銃口を向けられ、慌てて近くの積み重なった木箱の物陰に隠れる。
ハルは血溜まりにブーツの靴底を擦るようにして、ゆっくりと男に近づきながら、地を這うような冷たい声で言った。
「…貴方は、私を怒らせた」
暗闇の中で、怒りに揺れ煌る瞳には、思わず傅いてしまいそうになるほどの激しい威圧感が燃えている。他人に対して恐怖を抱いたのは、随分久方振り…初めて巨人の姿を目の当たりにした日以来のような気がした。
「へっ、そりゃあ悪かったな…?!」
男は銃口を、ハルに向けた。
第四十六話 Anger— 怒り —
そしてトリガーを引こうとした刹那、目の前からハルの姿が消えた。はっとして振り返ろうとした時には、既にハルは自身の背後に立ち、懐からナイフを奪い取って、蒸気の上がる右腕の肘裏で首を挟み、巧みに足払いをされる。
「なっ!?」
がくりと膝から力が抜け体制を崩したことで、後方に体を引き倒されると、奪われたナイフの刃先が、左目の眼球に向けられていた。
「仲間に手を出す人に、容赦をする方法…私は知らないんです」
完