第五十五話
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「おい、俺すげぇこと思いついたかもしれない。此処にサシャを投入すれば、焼き芋ならぬ、焼きサシャが出来上がるんじゃねぇか?…ブホォァアッ!?」
「フロック、ぶん殴りますよ」
「サッ、サシャァ…それは、殴る前に言う台詞じゃねぇのかよぉっ!?」
落ち葉がプスプスと音を立てて焼ける様子を、顎に手を当て、まるで謎を解き明かす名探偵のように眺めながら言ったフロックの顔面を、間髪入れず渾身の右ストレートで殴り飛ばしたサシャに、フロックは血がドバドバと流れる鼻を押さえながら、憤りを露わにする。
そんなフロックの胸倉に、サシャが気性の荒い野良犬のように飛びかかったのを皮切りに、取っ組み合いを始めた二人を、いつもの如く仲裁役のアルミンが、慌てて止めに入った。
「ああっ!もうやめなよっ、二人とも!」
「ほっとけよ、アルミン。それよりも、サシャの気が取られているうちに、芋食っておいた方がいいぞー」
不毛な争いを繰り広げる二人を諌めようと、健気にも奮闘するアルミンに、コニーは焼き上がった芋を一心不乱に食べながら忠告を入れた。
「あっつ…!何だ、思ったより中が熱いな…」
マルロは落ち葉で焼き芋をするのは初めての体験らしく、焼き上がった芋が想像よりも熱くて、食べるのに四苦八苦しているのを見たジャンは、やれやれと肩を竦めながら言った。
「当たり前だろ。これだから石窯でしか芋食ったことねぇボンボンはよ」
「そもそも、俺はあまり芋は食わんぞ」
「なんだと?」
言った本人に悪気は無かったが、聞く手側のジャン達には皮肉にしか響かず、周りから憤怒の睨みを利かされている理由に全く気づいていないマルロは、「な、何だよ」と戸惑いながら、首を竦める。
「美味い。やっぱのこの時期の紅芋は、甘いよな」
エレンは、とろとろに焼けて黄金色に光る紅芋を食べながら言うのに、傍に居たミカサも、もぐもぐと芋を頬張りながら頷く。
「うん。美味しい」
口一杯に食べ頬が膨らんでいるのが、まるでリスのようだなと思いながら、エレンはミカサの口端に付いている食べかすに手を伸ばした。
「ミカサ、付いてるぞ」
そう言って、親指の腹で優しく拭い取ってやると、ミカサはほんのりと頬を赤く染めて、「…ありがとう」と小さくお礼を言う。
そんな二人の様子を、ハルは和やかな気持ちで眺めつつ、燻っている落ち葉の前に屈んで、食べどきの芋がないか木の棒で探っていた。
「あ、これも良さそう。これは……まだちょっと焼かないと駄目かな?」
包み紙の中の芋を、棒の先で軽く突いて、中に火が通っているかどうか確かめていると、フロックとの取っ組み合いを終え、まるで寝起きのように髪を乱したサシャがやって来た。
「ハル、私にも焼き芋くださいっ!」
わくわくと丸い瞳を輝かせているサシャに、ハルは「はいはい」と笑いながら、落ち葉の中の、一番食べ頃そうな芋を見つけ出す。
「これなら良さそうだよ」
「ありがとうございますぅっ!」
「あっ!ちょっと待った!」
ハルが棒で突いていた芋に、素手のまま手を伸ばしたサシャを、ハルは慌てて制止する。
「まだ熱いからっ、素手は駄目だよ」
ハルは軍手をはめている手で芋を掴むと、包み紙ごと器用に半分に割って、ふーふーと中を冷ました。それから、サシャが持ちやすいように片方の軍手をサシャに手渡してから、「はい」と、冷ました芋もサシャに差し出す。
「喉、詰まらせないように。ゆっくり食べて、サシャ」
「っ」
自分を気遣い、上目遣いで優しく微笑むハルに、サシャはトキメキを抑えられず、顔面目一杯に感動を溢れさせて、歓喜の声を上げた。
「ハルっ、あなた!天使ですかぁっ!?」
「いや、違います」
ピョンピョンと蛙のように飛び跳ね興奮しているサシャに、ハルは即座に否定を入れる。…と、そこに芋を持ったフロックが、何処からともなくやって来た。サシャに殴られ流血していた鼻には、いつの間にやら端切れの栓が詰められている。
「あの、ハル。俺の芋も、ふーふーしてくれないか」
「え?で、でもフロック、もうそれ、食べてる…よね…?」
完璧に、二口は食べているであろう食べかけの芋を持ってきて言うフロックに、ハルは少々戸惑っていると、マルロが横からフロックの芋を覗き込むように身を乗り出して言った。
「何だフロック。お前、そんなことも自分で出来ないのか?だったら俺が冷ましてやろう」
フロックが手にしている芋に息を吹きかけようとしたマルロに、フロックは「ぎゃっ」と飛び退いて悲鳴を上げる。
「馬鹿やめろっ!芋がまずくなんだろっ?!」
配慮の欠片も無いフロックの発言に対して、至って真面目だったマルロの眉間には、ギュッと深い皺が寄る。
そして、そんなフロックの発言を聞き逃さなかったサシャが、ハルから貰った芋をあっという間に食べ終えて、目尻を吊り上げながら再びフロックの胸倉に掴みかかって声を上げた。
「フロックッ!!どさくさに紛れてっ、ハルにセクハラしないでくださいっ!」
「セッ、セクハラじゃねぇよ!?ただ俺の芋も、ハルに冷まして欲しかっただけだろ!?」
「それがセクハラだって言ってんですよ!!」
サシャはフロックの首元を締め上げながら両手で持ち上げると、フロックはあまりの苦しさに呻きながら、傍に立っていたジャンに助けを求める。
「ぐっ、苦じっ!し、死んじまうってサシャ!お、おいジャン!助けてくれっ!」
「お前は助けを求める相手を間違ってるだろ」
しかし、自身の彼女にセクハラ発言をした相手に対して、ジャンの対応は冷たかった。当然といえば、当然である。
マルロはサシャに絞め落とされそうになっているフロックを見ながら、自分もいつか、あんな仕打ちを受ける羽目になるのでは、と内心で慄いていると、ふと足元から、「マルロ」と名前を呼ばれて、視線を下げた。
焼けた芋を突いていたハルが、「よいしょ」と立ち上がり、膝についた土汚れをパシパシと払いながら言った。
「ヒッチも、誘えたら良かったんだけど」
ハルの言葉に、マルロは少々驚いた顔をした。ヒッチの名前が、ハルの口から出てくるとは思わなかったからだ。何せ、マルロの知る限りでは、二人には全く接点がない筈だったからだ。
「ぁ、ぁあ。そうだな。あいつはこういうドンチャン騒ぎが好きそうだからな」
「ヒッチは、お祭り好きなの?」
ヒッチとはまだ会ったことがないハルは、マルロに首を傾げて問いかけると、マルロはハルの質問がおかしくて、顎に手を添え笑いながら答えた。
「お祭り好きというか、騒がしくて派手なことが好きなだけだ。酔狂な奴なんだよ」
「マルロは?あんまり好きじゃない?こう、みんなで集まって騒ぐの」
同期達が騒いでいるのを、楽しげ…というよりは、どこか愛おしそうに眺めながら問いかけてくるハルの横顔を見つめながら、マルロはどう答えようか少々迷ったが、特段取り繕うことなく、正直な気持ちで返した。
「好きじゃない、わけじゃないんだ。ただ、あまりしてこなかったから、慣れていないだけで…。俺は堅物だし、面白味が無いから、皆面倒くさがって離れていく奴が多かったからな」
すると、澄んだ宵闇色の瞳と目が合った。
快晴の空のように明瞭で、真摯な視線に、マルロは思わずどきりとして、小さく息を呑んだ。
「マルロは、自分に正直で、誠実なんだ。世間に流されて自分を見失う人は多いけれど、君はそうじゃない。それって、凄いことだと思うよ」
特段、悲観して答えたわけでも無かったが、ハルの真剣な眼差しと言葉が、素直に嬉しいと思った。
まだ付き合いは短いが、同期の仲間達だけではなく、調査兵の先輩達も皆、ハルのことを好いている理由が、何と無くだが分かる気がした。
ハルのように、自分の本質を見つめて、支えてくれる人が傍に居てくれたら、誰だって心強いだろう。
正直、調査兵団に異動してから、新たな仲間に恵まれるなんてことは、期待していなかった。
憲兵からわざわざ調査兵になろうなんていう変わり者は、異質に思われ敬遠されるだろうと、思っていたからだった。
「…俺も誘ってくれて…その、ありがとう。ハル」
マルロは少々照れくさかったが、ハルにはちゃんと礼を言っておきたかった。
「フロックと違って、俺は付き合いが短いのに、声をかけてくれて…嬉しかったよ」
何だかそわそわして落ち着かず、首の後ろを触りながら言ったマルロに、ハルは手にしていた棒で、地面に芋の絵を描くと、そこに目を二つ付けた。ニコニコと、笑っている目だった。
「誘ったのはサシャとコニーだよ。私は、焼き芋の準備をしていただけだ」
「ははっ」
ハルのことは自分と似て真面目な奴だと思っていたが、意外と茶目っ気もあるのか、と、マルロは笑った。
そんなマルロの、何時も気が張っているような固い笑みではなく、年相応の飾り気のない笑顔を見ることが出来て、ハルも嬉しくなって、自然と顔が綻んだ。
「マルロ!追加の芋、取りに行きましょう!まだ余ってる芋が食堂にあるらしいです!」
フロックを締め落としたサシャが、マルロに向かって、食堂の倉庫に行こうと手を振ってくるのに、マルロは「あ、あぁ、分かった」と、少々慄きながら頷く。
「じゃ、じゃあ、ちょっと行ってくる」
「サシャが盗みを働かないように、くれぐれも監視をよろしく!」
ハルが顔の前で手を合わせて言うのに、マルロは「任せてくれ」と頷いて、サシャの背中を追うように、食堂の方へと走って行く。
ハルはマルロに、食材を前にして暴走するサシャを止められるか、少々不安な気持ちを抱えながら、二人の背中を見送っていると、「ハル」と名前を呼ばれて、後ろを振り返った。
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