第五十四話
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「よう、お前ら!揃って良いところに!ちょっと聞きたいことがあるんだが…」
孤児院からトロスト区の兵舎に戻り、丁度厩舎の掃除を終えていたサシャとコニーと合流したジャン達は、ハルの執務室がある、兵団本部の正面玄関に足を踏み入れたところ、片脇にバインダー挟んだトーマが駆け足で寄ってきた。
「トーマさん?何かあったんですか?」
ジャンが問いかけると、トーマは兵服の胸ポケットに入れていたペンを手にして、バインダーに挟んである名簿用紙を見ながら頷いた。
「奪還作戦に向けて、使用している立体機動装置に部品の欠損や、稼働異常とかが無いか聞いて回っていたんだ。お前らは平気だったか?」
トーマの問いに、そういえばとサシャが挙手をする。
「最近リールを巻き取る時に、少しだけ異音がするんです」
「だったら、油を差し直したほうがいいかもしれないよ、サシャ?でも、部品が摩擦ですり減ってる可能性もあるから…」
技巧が得意で、立体機動装置の整備も得意なアルミンが、サシャに助言をする中、コニーも続いて手を上げた。
「俺も、ちょっと右のトリガー部分に欠けがあります」
立体機動装置は、兵士にとって命綱のようなものであり、勿論造りも丈夫なのだが、それ以上に過酷な戦場を飛び回る調査兵の装置には負担も大きく、部品破損や稼働異常といった不備は、当然ながら他の兵団の比にならない。
「…よし、了解した。じゃあこっちで報告しとくから」
トーマは名簿用紙の横に、ジャン達の装置不備を聞き取った内容をせかせかと書き込み終えると、息つく間もなく次の聞き取りへ向かおうと踵を返した。そんなトーマを、ヒストリアが慌てて呼び止める。
「あ、トーマさん!ちょっと待ってください」
「?女王様、何か用か?」
「あの…その呼び方はやめてください。いつも通りでいいですから」
居心地悪そうに身を竦めて言うヒストリアに、トーマは慌てて「すまない」と謝罪をした。
ヒストリアは壁内の女王となったが、調査兵団内に居る時は、今まで通りに接してほしいと頼んでいた。
流石に、公の場ではそうともいかないが、ヒストリアも女王になったとはいえ、志は調査兵団の兵士であることに変わりはないと、本人たっての希望によるものだった。
「これから、ハルの様子を見に行こうと思っているんですけど…その、迷惑にならないでしょうか?」
ヒストリアが首を傾げて控えめに問いかけると、トーマは微笑んで首を横に振った。
「迷惑じゃない。きっと喜ぶさ。まぁ、今日も色々仕事が溜まってはいるが……お前らにハルも会いたがっていたし、是非顔を見せてやってくれ」
その言葉に、エレンは心配げに眉を八の字にして問いかける。
「仕事、やっぱ溜まってるんですね」
ハルは機転も利き、仕事も効率的にこなせるだろうとエレンは思っていたが、そんなハルでも仕事が溜まってしまうということは、多量の雑務をあらゆるところから任されてしまっているのだろうということは、想像に難くない。
「まーな。アイツ、頼まれると断れないタチだろ?お前らならよく知ってると思うけど」
トーマはバインダーを手にしていない方の手を腰に当て、肩を竦めて苦笑をするのに、同期達はトーマと同じ顔になって、「ですよね」と頷く。
「寧ろ、押しかけて邪魔してやってくれ。そうでもしないと、ちゃんと休まないからな。じゃあ、俺はまだ聞き取りがあるから」
そう言って再び踵を返し、片手を軽く上げながら去って行くトーマを見送って、ミカサは首元に巻いているマフラーの内側に、「心配だ」と小さく呟いた。
すると、再び耳馴染みのある声に呼び止められる。
現れたのは、私服姿のフロックとマルロの二人だった。
元駐屯兵団のフロックと憲兵団のマルロは、ウォール・マリア奪還作戦に向けて、近々行われる調査兵団員の再募集よりも一足早く、一ヶ月程前から調査兵団に入団している。
「お前ら、揃って何してんだよ?」
「お前らこそ、揃って何してたんだ?」
問いかけてきたフロックに、ジャンは少し意外な顔をして問い返した。
まだ付き合いは短いが、マルロは正義感が強く生真面目な性格をしていて、フロックは何方かといえば、そういうタイプの人間を敬遠するイメージがあったからだ。
「俺たちは、空いている講義室を借りて、長距離索敵陣形の復習をしていたんだ」
マルロの言葉に、今度はジャンだけではなく他の仲間達も少々驚いた顔になる。
「マルロなら分かますけど、フロック…貴方も復習してたんですか?」
サシャの問いに、フロックは「まーな」と少し不本意そうな顔をして首の後ろを触る。
訓練兵時代の記憶では、フロックは座学に対して真面目に取り組んでいるイメージは無かった。かといってそこまで悪い点数を取っていたわけでもないが、自主的に貴重な休み時間を削って、座学に励むというのは、同期からしてみれば意外な行動だった。
「って、俺らのことはいいって。それよりも、何処か行くのか?」
「これからハルに会いに行くところなんだ」
アルミンの言葉に、フロックは「お!」と目を丸くすると、隣に立つマルコの肩をがばっと組んで言った。
「ちょうど良かった!マルロがさ、ハルに会いたがってたんだよ!」
「…何?」
その言葉に、突如としてジャンとサシャ、そしてヒストリアとミカサの表情が険しくなる。
それに気づいたフロックは、「あ、拙い」と顔を引き攣らせたが、肩を組まれたマルコは全く気付いていない様子で、うきうきとした笑みを浮かべながら朗らかに言った。
「ああ、一度ちゃんと挨拶をしておきたかったんだよ。駐屯地は違っても、同じ104期だし、アルミンと同じくらいに頭も冴えると噂だから、色々聞きたいこともあるしな!」
「マルロ」
「ん?…何だ」
ジャンに固い声音で名前を呼ばれ、肩を叩かれて、マルロは怪訝な顔を向けた。
すると、目の据わったジャンと、そして同じ目をしたサシャとヒストリアとミカサとも目が合って、思わずぎょっとして身を強張らせる。
「手ぇ、出すなよ」
「絶対に、駄目ですからね?」
「ハルの親衛隊は、私たちだけで十分なんだから!」
「ハルの相棒は、私一人だけと決まっている」
「い、一体何の話だ…?」
四人に詰め寄られて戸惑うマルロを眺めながら、アルミンとコニーは顔を見合わせて、「また始まったか」と肩を竦め合ったのだった。
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