第五十一話
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––––落ちていく…
とても高い場所から…まるで壁上から地上へ落下していくように…
深い水の中に沈んでいくというよりは、本当に、耳の横で甲高い風の音がびゅうびゅうと聞こえるくらいに凄い速さで落ちていく––––
瞳は開いているのに、目の前に広がる景色は真っ暗だった。夜よりも暗く、黒よりも濃い色が、どこまでも果てしなく続いている。
その景色が、やがて段々と明るくなり始める…
黒が、灰色になって、白くなって、発光する。
その光があまりに眩しくて、先程の暗さとの反動に、とても目を開けて居られず、ハルはぎゅっと両目を瞑った。
すると、刹那に全身へ衝撃が走った。
ガサガサと固い葉が身体中に纏わりついて、時々細い木の枝が頬や手にぶつかってキリッとした痛みが走る。
そうしてハルは、どさりと乾いた土の地面に、真っ逆さまに落ちた。
「いだっ!?」
首と両肩に鈍い痛みが走って、思わず声を上げる。
目を開けば、逆さまの、見慣れない景色が広がった。
緑の色を失った枯葉が、ゆらゆらと数枚、その世界に降り落ちてくる。
石壁の建物と、枯葉が落ちた乾いた地面、其処に佇む人達は皆、体に傷を負い、目立った傷が無い人も、何処か様子がおかしかった。
患者であろう彼らの傍には、数名の看護士の姿も見えた。どうやら此処は、病院のようだった。
しかし、ただ知らない場所だという言葉だけでは言い表せる程の違和感ではない。
空気の温度も、その匂いも、自分が知っている壁内の世界とは、違う。何となく潮っぽい匂いが混ざっているし、季節も夏の終わりではなく、此処は、秋の終わりのように、空気が冷たかった。現に、点々と佇んでいる木々には、殆ど葉が無くなっている。
「ここは、何処…?」
そう呟くと、不意に、視界に一本の脚と、一本の松葉杖が現れた。
夕日を覆い隠すように、大きな影が覆い被さって、ハルは木の幹に腰と脚をよりかけ、肩を地につけた真っ逆さまの状態のまま、視線を持ち上げた。
「アンタ…大丈夫か?」
その顔は、逆光で見えない。
でも、どこか聞き覚えのある声……男の声だった。
ザアッ、と…静かに音を立てて、冷たい風が吹く–––
その風に、彼の長髪が靡いた。
私がどこか既視感を抱きながらその様子を眺めていると、彼は居心地が悪そうに、私から少し身を引いた。
すると、夕日の明かりが、彼の右半面の顔を淡く照らし出す。
焦茶色の、柔らかそうな髪。
綺麗な翡翠色の、大きな瞳。
見覚えがある。
でも、違う。
彼は、彼なのに、そうじゃない。
顎には無精髭が生えて、目には光が無く、闇を混ぜたように濁り虚だった。左目には包帯が巻かれ、纏っている服は、見たことがない、薄汚れた白いジャケットで、左腕には灰色の腕章を身につけていた。そして、左足は、膝から下を失っている。
まるで戦場で重傷を負い、病院に入院している、兵士のような風貌だ…
「…君は…、エ…レン……?」
「!?」
ハルが問いかけると、翡翠の瞳が、大きく見開かれた。
彼は私を見下ろしたまま、酷く動揺した様子で後ずさる。
「な…何で…っ」
掠れた声。
私が知っているものよりも、少し低い、大人びた声色…
「何で、俺を…知ってる?」
第五十一話
時を駆け、君に
完