第五十一話
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–––まるで…水の中に漂っているような…
或いは、現実と夢の狭間を浮遊しているような、地に足が付かないぼんやりとした感覚の中で、二人の男の会話が聞こえてくる。
「この娘が、『ユミルの愛し子』か…?」
「ああそーだよ……ったく、手こずらせやがって」
「本物かどうか確認したい」
「はぁ?んだよっ…!俺がヘマやったとでも思ってんのかぁ?」
「そうではない。ただ確証が欲しいだけだ。『ユミルの愛し子』は、他の巨人の力とは違って、力こそ継承していても、それを必ず扱えるとは限らない。血を引いていても、『資格』がなければ、本来の力を発揮することは出来ないんだよ」
「…そりぁ、アイツの血か…?」
「ああ、そうだ…この娘に『資格』があるのなら、血を飲んだ瞬間、右頬にある九つの痣の一つが、黒く染まる筈だ」
「へぇ…そりゃ見ものだな」
声は聞こえてくるが、頭には濃い霧が掛かっているようで、音として認識が出来ても、情報として脳に組み込むことが巧く出来ない。
会話をしている男達が何者なのか確認しようと、重い目蓋を押し上げようとするけれど、その半分も開けず、薄らと広がる景色は、まるで絵筆の先から滴り落ちた絵の具が、水を含んだ紙に滲むように、輪郭がボヤけていた。
体が重い。
酷く、眠い。
ハルは再び目蓋を閉じてしまいそうになる。しかし、突如額にドンと軽い衝撃が走って、再び暗闇に落ちかけていた意識は現実に引き戻された。
目蓋に再び力を入れれば、先程よりも目が開いて、ボヤけた視界が段々と輪郭を取り戻し始める。
「おい、グランバルド!いつまで寝ぼけてんだそろそろ起きろ」
聞き覚えのある声が、自分の名前を呼んで、ハルは視界に鉄格子が浮かび上がり、その向こう側に、不機嫌そうな顔をした男の顔を見た。
その男は、自分を攫った中央憲兵の男だった。
「…っ…」
ハルは男に、此処は何処なのか、仲間達はどうなったのか、問いかけようとした。しかし口が上手く開かず、舌も動かせない。朦朧とする意識の中、僅かに動かせる目を精一杯に動かして辺りを確認すると、此処はどうやら地下牢の中で、自分両腕は天井に吊るされるようにして太い縄で縛られており、両足首には足枷を付けられ、身動きを封じられている状態だということは分かった。立体機動装置も外され、兵服の上着も脱がされており、完全に丸腰だ。そして、鉄格子を挟んで向かいに立つ自分を誘拐しようとした男の隣には、小太りで白いシャツの上にシンプルな黒いベストを着た初老の男が立っている。その男は青い瞳を丸々と開いて、ハルを興味深そうに見つめていた。
まだ意識がしっかりと覚醒していないハルの様子に、長身の男はやれやれと肩を竦める。
「ちと睡眠薬を盛り過ぎちまったかぁ…?こっちも焦っちまって、加減てもんを忘れちまってよ」
疲れた様子でそう口にした男の左頬には、爪で引っ掻かれたような切り傷があった。
ハルはその傷と言動に触発されて、此処に運ばれる前の記憶を思い出した。
ナナバ達と離れ、この男、確か部下達にケニー隊長と呼ばれていた男に連れ去られる際に、意識を強制的に奪われた。その後揺れる馬車の中で目が覚め、状況を確かめる為外の様子を確認しようとしたが、同乗していたケニーに取り押さえられ、睡眠薬のようなものを注射で打たれてしまった。恐らくそれが規定量だったようだが、『ユミルの愛し子』の力の影響か、眠気には見舞われたが体を動かすことは可能だった為、抵抗を続けた際振り払った腕が、ケニーの左頬に傷を付けたのだ。しかし、虚しくも予備で用意していたらしい睡眠薬をもう一本打たれ、其処で意識を失い、目覚めて今に至るというところだろう。
ハルは其処まで記憶を遡り、大分思考が覚醒して来たところで、鉄格子の向こうに立つケニーを忌々しそうに睨め付けた。
その顔を見て、ケニーは「お?」と一瞬目を丸くするが、次にはニヤリと口角を上げて言った。
「やっぱイイ顔するじゃねぇか……おい、ロッド。ソイツ、俺にヤらせてくれよ」
「構わない。私は結果が見られればそれでいい」
ケニーはロッドと呼んだ隣に立つ男から、細い試験管にコルクの蓋がされたものを受け取った。
中には、赤い液体が入っている。
「っ!?」
その赤を、血を見た瞬間、ハルは今までに無い程の喉の渇きと、酷く獣じみた衝動が胸から全身に駆け巡るのを感じて、目を見開き息を呑んだ。
瞳孔を開き、試験管の中の血液から視線を逸らせずに居るハルの顔を見て、ケニーは態とらしく試験管をハルの眼前でゆらゆらと左右に揺らしながら、鉄格子にぐっと身を寄せ、ねっとりと糸を引くような口調で言う。
「もー大分キてるんだろ、グランバルド。散々、血ぃ見せられてやがるもんなぁ?」
「っは…ぐ」
薄いガラスの中で、真っ赤な血液が揺れ、水音が鳴る。ハルは激しい血の欲求を抑え込もうと、ギュッと目蓋を閉じ、奥歯を噛み締める。
懸命に理性を保とうとしているハルの苦しげな顔を、ケニーは細めた目で見つめながら、試験管をコツコツと、鉄格子にぶつけながら問いかけた。
「なぁ、グランバルド。お前が欲しくて堪らねぇ血が、ここにあるわけだが…問題だ。––––これは一体、誰の血だと思う?」
その言葉に、ハルは嫌な予感が胸を過り、体温が一気に冷めていくのを感じた。
「な、何を、言ってるんですっ…」
気味が悪い不安に震え、掠れた声で問い返すと、ケニーが目尻に皺を作り、喉をくつくつと鳴らしてやけに楽しげに笑う。
ハルは怒りで、自分のキツく縛られた両手首が痛むのも気に留めず、ケニーに向かって身を乗り出す。ガシャリと足枷が、冷たい石張りの床に擦れて音を立てた。
「まっ、まさかっ、仲間のっ…!?ぐっ!?」
しかし、そんなハルの胸倉を、鉄格子の間から伸びてきた長い腕が乱雑に掴み締め上げた。息苦しさに苦悶の声を上げたハルに、男は声を荒らげる。
「俺が質問してんだ。テメェが聞く立場にねぇんだよっ!」
ハルはそれに怯むことなく、眉間に皺を寄せ、男を睨み付けた。
「っ…この…っ」
怒りで喉の奥が震えた。
ケニーに対して何か言ってやりたかったのに、言葉に詰まる。感情が先走って、上手く口に出来ない。それが悔しくて、ハルの表情はさらに険しいものになる。
そんなハルの顔を見て、ケニーははあと深いため息を、長い時間を掛けて吐き出した。ハルの胸倉を突き放すように手離すと、「ま、これだけじゃ分からねぇよな」と、試験管の中の血液を眺めながら呟く。
「仕方ねぇ…ヒントを出してやるよ」
ケニーはゆっくりと、ハルの鼓膜に引っ掛けるような口調で言った。
「これは、お前の大事な大事な同期の一人の血だ…お前と同じく、数奇な運命に呪われた…な?」
「私と…同じ……」
そう呟いて、ハルはハッっとして、酷く青褪めた。
「まさかっ…エレンの血、ですか…っ」
男は細い目を三角にして、前歯を見せびらかすようにして笑いながら言った。
「 正 解 」
「!!」
その答えを聞くや、ハルは手首の皮が捩れるのも厭わずに体を乗り出し、冷たい鉄格子に額をガシャンと押し付け、怒りで声を張り上げた。
「エレンは何処にいるんです!?ヒストリアはっ!!?」
ハルの喉元を食い千切ろうとしてくるような激しい剣幕に、「おっと」とケニーは少し怯んだように、一歩鉄格子から離れると、足元の石ころを蹴飛ばすような口ぶりで言った。
「どっちも俺達の手の中さ。リヴァイもよく頑張ったが、まぁまだまだ甘ぇな。…安心しろよ。二人とも死んじゃいねぇ…まだ、な?」
「ケニー、無駄話はいい。こちらも時間が無い、早く済ませろ」
そこで、ずっと黙ってケニーとハルの様子を窺っていた、ロッドと呼ばれた男が口を挟んだ。それにケニーは「はいはい」と不満げに肩を竦めて、ごほんと咳払いをする。
ロッドはケニーに牢の鍵を手渡すと、ケニーは鍵を解錠して中へ入り、拘束されているハルの前に立つと、腰元から小型のナイフを取り出してその切先をハルに向けながら、もう片方の手でエレンの血が入った試験管を差し出して言った。
「グランバルド。力を使って、翼と痣を見せろ。それからこのエレンの血を飲んで、お前に資格があるのかどうかを証明しろ」
その要求を、ハルは喰い気味に断る。
「嫌です」
「…こりゃお願いじゃなくて命令だぜ?」
「貴方の命令を聞く義理が無い」
「…っち」
ケニーは面倒臭そうに舌を打つと、細い試験管の底を、ハルの眉間にぐりぐりと押し付けた。
「だがなぁグランバルド?お前も、知りたいだろ?我慢して我慢して、やっと口にした血がどれだけ美味いのか…人の血を飲んだら、一体お前はどうなっちまうのか?」
「私は、人の血は飲まない」
ハルは、舌を噛むようにして言った。自分で自分に、言い聞かせるような口調だった。
ケニーはハルから離れると、側の鉄格子に背中を寄りかけ、ナイフと試験管を持ったまま、腕を組んだ。
「…どうしてそんなに飲みたくねぇんだよ」
「っ」
問いの答えを、口にすることに怯んだように、ハルが唇を引き結んだのを見て、ケニーはいとも簡単にハルの心情を言い当ててしまった。
「自分が化け物になっちまいそうで、怖いのか」
「っ」
核心を突かれ、ハルは体を強張らせてケニーを見た。
ケニーは鉄格子に寄りかかったまま、顎を上げてハルを見下ろし、歯に衣着せぬ言葉を口から吐き出す。
「そんなの今更じゃねぇか。お前はとっくに人間じゃねぇんだからよ。人間は翼なんざ生えねぇし、傷も治ったりなんかしねぇ。遠くの音が、聞こえたりもしねぇんだ。いい加減自分を受け入れろよ、グランバルド。現実から目を逸らすのをやめて、本当の自分を理解しろ」
「!」
「お前は死んだ。死んで生き返った。その時点でもうお前は、人間の常軌を逸してる。だが、別に嘆くことじゃねぇだろ?お前は特別な存在になったんだ。唯一無二の力を手に入れて、汚ねえ地を張って生きる人間とは違う世界を手に入れられたんだからな」
自分の全てを分かったような口振りで話すケニーに、ハルは嫌悪感を抱きながら圧のかかった声を吐き出す。
「何がっ」
唯一無二の力なんて、望んだことは一度も無い。
「貴方に何がっ…分かる…」
ハルは喘ぐように、言った。
昂ぶった感情が胸の中で暴れて、目尻に涙が滲む。
私は、特別な存在になりたいなんて、思ったことは一度も無い。
幼い頃から、子どもらしくない理解力を持っていても、良いことなんて無かった。歳の近い子供達からは気味悪がれて、敬遠されて……
無駄に弓が扱えた所為で、ウォール・マリアが陥落した『あの日』…弟達を二人だけにさせてしまった挙句、目の前で巨人に喰われて…
自分の力に慢心して、トロスト区の教会で、結局私は死んだ。
そうして、『ユミルの愛し子』の力を得てしまった。
味覚を失って、聞きたくない音まで、頭の中に響く苦痛に耐えて…
その力を使う度に、自分の体はどんどん人間味を失っていく––––
もう、人の血なんて口にするようになったら、自分を愈々…許せなくなる。それが仲間の血なら、友人の血なら、尚更だった。
「大事な…仲間の血を…っ、口にして…満たされるような化け物になるならっ…私は」
「死んだ方がマシか?」
ケニーはそう冷め切った声で言うと、鉄格子から背中を離し、ハルの前に立った。
「……」
ハルは何も答えなかった。死にたくない。とは、言わなかった。言えなかった。そんなハルの生気が失せた瞳を見て、ケニーは舌を打つように「そうかよ…」と言うと、手にしていたナイフを固く握り、大きく振り上げた。
「だったら!今此処で死んでもっ!悔いは無ぇってことだよなぁ!?」
「!?」
ケニーはハルの両腕を吊り上げるように拘束している、太い縄の、吊るしの部分をナイフで切り裂いた。ハルは体のバランスを大きく崩して、後方に背中から倒れるのと同時に、男はハルの腰の上に乗り上がる。
硬い地面に背中が打ち付けられて背骨が軋むのを感じた瞬間、もっと大きな痛みに、ハルは喉から悲鳴を上げた。
手首に巻きつき、腕を一つに束ねている縄のすぐ下に、ケニーの鋭利なナイフがざっくりと沈み込んだのだ。
皮膚がぶちりと切れ、骨がバキバキと砕ける音が、やけに大きくハルの鼓膜に響いた。
血が吹き出し、激痛にハルは悶えるが、両足は足枷がされており、腹の上にはケニーが乗り上がっていて、ただ苦痛に声を上げることしか出来なかった。ナイフは両手を切り落とすギリギリの所で止められている所為で、患部から蒸気が上がり治癒をしているものの、出血は止まらない。
「あ゛っぁあ゛あ゛!」
背中と顔に、生温かな血が染み込む。しかし、体の中は段々と冷えていって、全身が徐々に震え始める。
「おいケニーッ!死んだらどうする!?」
ロッドは鉄格子を掴んで、ハルに馬乗りになっているケニーを叱責する。
「テメェは黙ってろ!!」
ケニーはそんなロッドに怒鳴り返すと、激痛で叫び声を上げ身悶えるハルの顔に、返り血で濡れた顔を寄せ、語気を荒らげて捲し立てるように恫喝する。
「つまんねぇ…!つまんねぇなぁグランバルドっ!?初めて会ってやり合った時のお前とは大違いだぜ?!死んだ魚みてぇな目ぇしやがって…俺はなぁ、そういう面した人間見るのが一番嫌いなんだよっ!!」
ケニーは容赦なく、ナイフを更に、細い腕に抉り込ませると、ハルの悲鳴が一層大きくなった。
「う゛っぁあ゛あっ!!!?」
「んだよ痛ぇのかぁ?!化け物が一丁前に、人間らしい悲鳴なんて上げてんじゃねぇ!!何度も言ってるだろ?!テメェは人間じゃなくて化け物なんだよっ!血を飲んでもっ、飲まなくても!!本当に死んだ方がマシだって思ってんならっ、このまま無様に血ぃ垂れ流して死ねぇっ!!!」
死ぬ…
このまま…本当に…それでいいって、私は思ってる?
大事な仲間の血を飲んで満たされるような人間は、人間じゃない。それが人であったとしても、そんな人間には成りたくなかった。
でも、自分はそもそもケニーが言うように、ただの人じゃ無い。
それでも、己の衝動を理性で押さえつけていられる間は、自分のことを信じられる気がした。この獣じみた衝動に負けてしまったら、その先、自分がどうなってしまうのか分からなくて、怖くて堪らなかった。
『ハルにどんな力が眠っていたとしても、どんな姿になっても、何があっても…私達はハルの仲間で、親友。何も、変わらないから…安心して、大丈夫だからね』
ふと、脳裏に、ヒストリアが言ってくれた言葉が、過ぎる。
「っ…ぅ、く、そっ」
無意識に、自己防衛をしようとする自分自身の思考に、嫌悪感を抱いて悪態を吐いた。
そんなハルを、ケニーは今まで見たことがない、真剣な眼差しを向けて言った。
「人が人らしく生きていかなきゃならねぇなんて、一体誰が決めたよ」
「っ」
「例えそんな言葉を、会ったこともねぇ神様が言ったんだとしても、そんなこたぁどうだっていい!違うか!?」
その言葉は、ハルの胸に深く抉り込んで、埋もれた本心を引き出そうとする。彼が今までハルに吐いてきた言葉の何よりも、誠実な響きがあった。
「そんな何処の誰だか知らねぇ奴の言葉よりも、テメェの傍に居る、人間を信じられなくなったら!それこそ化け物じゃねぇのかよっ!?」
ハルは唇を噛み締める。
段々と近づいてくる死に、走馬灯のように、大切な仲間と過ごした記憶が駆け巡っていく––––
サシャの無邪気な笑顔が、コニーが自分に向けてくれる信頼が…
アルミンがいつも湛えている、未来への希望に満ち溢れた瞳が…
ミカサとエレンの、不器用でも、優しさと愛情で溢れた心が…
そして–––
『これからは俺が傍に居る。離れないし、離してもやらねぇから……だから、もう泣くな。俺は、何処にも行かないから。お前を置いて、死んだりなんて、絶対にしねぇから…』
ジャンと交わしてきた、沢山の約束と…愛しくて堪らない、時間が…
「テメェは死にたいのか!?生きてぇのか!?どっちなんだよ!!」
私に、「生きろ」って、言ってくれるんだ。
「…ぃ…生きて…いたい…っ」
喉から、震えた声が漏れ出す。
「どんなに情けない姿に…なっても…惨めな姿を…晒してでも…食べ物の味がしなくても…っ、聞きたくない音の渦に呑まれ続ける人生…でもっ…大事な友達の血を飲んでまでもっ…」
ケニーは、ナイフの柄から手を離し、ハルの体の上から退いた。
ハルは必死に痛む腕を振り下ろして、腕に食い込んだナイフの刃に、右目を押しつけて傷を入れる。
「っ皆の…っ、…傍で…っ、生きていたいんだ…っ…!」
ハルの体が金色に瞬くと、背中から黒白の翼が生え、傷口が一瞬にして塞がる。右頬には、九つの痣がじわりと浮かび上がった。
薄暗い牢獄に瞬く、漆黒と白銀の翼に、ロッドは大きく目を見開き、身震いをしながら感嘆する。
「美しい…これが、黒白の翼っ…!」
しかし、ケニーは顔色一つ変えず、仰向けに倒れたまま動かない、ハルの唇に、ぐっとエレンの血が入った試験管を押しつけた。
それに、ハルは口を開け、噛み付く。
ハルの蒼黒の瞳には、生気が戻っている。
ガチッと試験管のガラスが軋む音に、ケニーはハルにしか届かない声量で、双眼を細め、囁くように言った。
「それでいいんだよ、クソガキ」
バリンッ
試験管が割れて、ハルの口内に血液が流れ込む。
その血は酷く甘く、熱を失った体を燃え上がらせた。
ハルの右頬に浮かんだ痣の一つが、黒く染まり、乾いた体がずっと臨んでいたものを手に入れ歓喜するのと同時に、ハルの意識は、まるで地面から無数の手が伸びてきて、世界の裏側に引きずり込まれるかのように、暗い闇の中へと引き摺り込まれていったのだった––––
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