第五十話
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「!?」
「っ憲兵か?」
ハルとゲルガーは咄嗟に臨戦態勢を取り、ザックとミーニャ、ニック司祭の三人も反射的に身構える。しかし、扉の外から聞こえてきた耳馴染みのある声に、その緊張は早々に解かれることとなった。
「ザックさん、ミーニャさん。夜分遅くにすみません、調査兵のナナバとトーマです。急ぎでお聞きしたいことがありまして…中に、いらっしゃいますか?」
その声は間違いなくナナバのもので、ハルとゲルガーは顔を見合わせると、ほっと胸を撫で下ろした。
ザックが店の扉を開けると、フード付きの外套を頭から被り、その下には立体機動装置を装備したナナバとトーマが、店の中へと入って来た。フードを脱いで顔を露わにした二人は、ザックとミーニャに「夜分に遅くにすみません」と頭を下げる。
「ナナバさん!トーマさん!」
「来てくれたのか!」
ハルとゲルガーは二人に駆け寄ろうとしたが、ナナバとトーマは二人が寄ってくるよりも先に、ズンズンと荒々しい足取りで二人の元へと早足で迫って来た。
あまりの剣幕に二人は思わず蹈鞴を踏むように後退りをして、ドンと壁に背中をぶつける。逃げ場無くして追い詰められ、震え上がる二人の前で足を止めたナナバとトーマが、大きく肺に息を吸い込んだ–––
「「このっ、大馬鹿共っ!!」」
二人の息ぴったりな大喝に、ハルとゲルガーはひぃっと喉を引き攣らせて身を縮こませた。そんな二人に畳み掛けるように、ナナバとトーマは叱責を連ねる。
「ハル!なんて無茶なことしたんだ!!そうやって無鉄砲に突っ走るところっ、どうにかしてくれ!こっちは心臓がいくつあっても足りないだろう!?」
「ゲルガー、お前もお前だ!何の為にハンジさんに頼まれてハルに付いてたんだよ!?護衛の為だろうが!?それがどうして一緒になって無茶仕出かしてんだよ阿呆かっ!?」
「「ゴ、ゴメンナサイッ」」
ハルとゲルガーは二人の勢いに呑まれ、ガタガタと震えながら謝罪を述べるのに、ほとほと呆れ果てた様子で、ナナバは額に手を当て、トーマは腰に両手を当てて、長く地に埋まりそうな程重たい溜息を吐いた。
そんな彼らの様子を笑って見ていたザックとミーニャに、トーマは至極申し訳ないと改めて頭を下げた。
「本当にすんませんっ!ザックさん、ミーニャさん。ウチの馬鹿共がエラィ迷惑かけて…」
「ああ、いいんだよトーマ君。さっきも二人には話したが、気にしなくていい。いつも贔屓にして貰ってるお礼だよ」
「こちらが贔屓にさせて貰ってるんですよ!……ですが、二人に手を貸してくださって、本当に助かりました。ありがとうございます」
トーマはザックとミーニャに頭を下げたまま、ジロリとハルとゲルガーへ憤怒の視線を向けて来たのに、二人も慌ててザック達に深々と頭を下げる。
そんな中、ナナバは店の奥の席に腰を落としていたニック司祭の元に歩み寄ると、彼の前で片膝をついた。
「ニック司祭、エルヴィンからの命令により、今から私達は貴方の護衛につきます」
その言葉に、ニック司祭は「そうか」とだけ他人事のように呟やいた後、短く謝罪を述べた。それにナナバも「いえ」と首を横に振り、挨拶も程々に切り上げて、再びハル達の元へと戻ってくる。
「まぁ兎に角、無事みたいで安心したよ。ここに居なかったら、探すのに時間が掛かると懸念していたから」
「街の方には憲兵共がウロウロしてたしなぁ…どうだ、二人共?始めて前科者になった気分は?」
トーマが胸の前で腕を組み、にやりと意地の悪い笑みを浮かべて、ハルとゲルガーを交互に見るのに、ゲルガーとハルは顔を見合わせて首を傾げる。
「前科者?一体、なんの話だよ」
ゲルガーは腰に手を当て、トーマに問うと、「やっぱり知らなかったか」とトーマはちらりと隣に並んだナナバに目配せをした。それにナナバは兵服の内ポケットから四つ折りにした一枚の紙を取り出し、それをハルとゲルガーの眼前にバサッと広げて見せた。
その紙に書かれた内容を見て、ハルとゲルガーの二人は、一気に青褪め、わなわなと肩を震わせた。
「な、何でスカ…こっ、これは一体っ?」
ハルが片眉をピクピクと震わせながら、縋るようにナナバとトーマに目を向けるのに、トーマは両腕を広げて、大仰に肩を竦めた。
「要するに、王政から命令が下ったんだよ。調査兵団の壁外調査を全面凍結、及びエレンとヒストリアの引き渡し。並びに、ニック司祭の強盗殺人事件の犯人である、調査兵のハルとゲルガー二名を全区で指名手配。見つけたら即憲兵団に引き渡すようにってお達しだ。名誉なことに、お前らには懸賞金までかけられてるんだぜ?」
「「ごっ、強盗殺人事件の犯人!?けっ、懸賞金っ!?」」
ハルとゲルガーが悲鳴じみた声を上げるのに、ナナバは御触書を胸ポケットにしまうと、心労募ったという顔で額に手を当てながら、溜息を吐くような口振りで言った。
「二人のおかげで、ニック司祭は助かったわけだけど。まあ、憲兵共の大義名分まで作ってしまったというわけだ」
いつの間にやらとんでもない事態に発展してしまっていて、ハルとゲルガーは状況を理解するのに必死だった。勿論、ニック司祭を救出したことに後悔は無く、間違ったことをしたとも思っては居ないが、この件が皮切りになって事態が動き出してしまったことも事実だ。事の重大さを理解して、ハルとゲルガーがやや放心状態で立ち尽くしている中、トーマは再び意地の悪い顔をして問いかけた。
「改めて聞こう。人生初、前科者になった気分はどーだ?」
ハルとゲルガーは顔を見合わせる。
正直、気分は最悪だ。掛けられた容疑がべしょべしょの濡れ衣であるというのだから、尚更だ。
しかし、だからと言って中央憲兵達の横暴さに屈する気は、微塵もなかった。
「最高です」
「最高だな」
強がりも少し混じってはいたが、そう言ってニヤリと笑って見せた二人に、トーマとナナバも案の定と言ったような顔で苦笑を返した。
「ま、そう言うだろうと思ったさ」
「君達らしい返答だよ」
それから、ナナバは真面目な顔になって、今後の事についての話を切り出した。
「で、そろそろ本題に入るわけなんだけど…、エルヴィンの命令で、私達はまず最初に、ニック司祭を安全なところに移すように言われている。リヴァイ班と合流するのはその後だ。そこで、ニック司祭の身柄は、トロスト区の駐屯兵団管轄の兵舎で、内密に保護してもらうことになった」
思わぬ言葉に、ハルとゲルガー、そして店の隅で話を聞いていたニック司祭も息を呑んだ。
「な、何故駐屯兵団に?」
「大丈夫なのかよ?他所の兵団に任せちまって?」
ゲルガーとハルの疑問に関しては、トーマが兵服の内ポケットからトロスト区の見取り図を取り出し、赤いインクで印が付けられている場所を指差しながら答えた。
その印は、『髭男』から街の北西に歩いて二十分程の、市街地からも外れた静かな住宅街の裏路地に記されている。
「団長がピクシス司令に掛け合ってくれたんだよ。この…トロスト区北西部の裏路地で、駐屯兵団のイアン班と合流し、そこでニック司祭を引き渡す手筈になってる。勿論、彼等以外には極秘で、な?」
「っ、イアンさん…ですか?」
ハルが目を丸くして首を傾げるのに、ナナバは「ああ」と頷く。
「ハルの力の秘密を知り、緘口令を下され、別の兵団に所属して居ながらも未だ秘密を守り続けてくれている真摯な人だ。イアンさんなら、信頼できるだろう?それに、本人からもハルの力になりたいと、意欲的に申し出てくれたという話だし」
「それは有り難いですが…、巻き込んでしまうというのは、申し訳がありません…」
ハルは眉を八の字にして、有難いが、受け入れ難いとも思い、難しい顔になって肩を落とす。
イアンはトロスト区奪還作戦の際に、ハルが始めて力を覚醒させた現場に居合わせた者の一人だった。
その件に関して一切の口外を同じく現場に居たフロックと共に禁じられ、これまで散々窮屈な思いをさせて来てしまったというのに、そのうえ助力を貰うというのは、自分にとってあまりに都合が良過ぎるように思えて、気が引けてしまう。
それに、イアンの班には、フロックだけではなく、トロスト区奪還作戦の際に世話になったシグルドや、ダズも居る。彼らを利用することは意に沿わないと、モヤモヤとした感情がハルの胸中を漂った。
しかし、苦慮しているハルへ、トーマは腕を組み、敢えてはっきりとした口調で言った。
「まぁ、気持ちは分からんでもないが、そんな悠長なことを言ってる場合でもない。俺達は今現在、崖っ淵…というよりも、もう足一本ずり落ちてる状態だ。助け綱が近くにあるなら、掴まない理由なんてものは無いからな」
トーマの言葉に、ナナバも頷く。
「エルヴィンの予想では、施設の方にも憲兵が押しかけているみたいだし。…リヴァイ達も、エレンとヒストリアを守る為に、既に動き始めているだろうしね。私達も、やれることはやらないと」
自分が今足踏みをしている間にも、ハンジ達やリヴァイ達は、憲兵の目から逃れながらも、事態を収拾する為に動き出している。ならば、自分も心を決めなければならない。
「…確か明日は、王政設立記念日でしたよね?」
ハルが瞳に前向きな色を浮かべ、顎に手を当て神妙な声音で問いかけると、トーマはニッと口端を上げた。
「その通り。お祭り騒ぎの人混みに紛れて、さっきの場所でイアン班と合流だ」
すると、話を聞いていたザックが、すっと片手を挙げて言った。
「だったら、今晩は此処に泊まって行くといい。布団は人数分無いんだが、外に出るよりはマシだろう?ニック司祭にも、ハルちゃんやゲルガー君にも、少し休息が必要だろうし」
「それは大変、有難いですが…」
ナナバが申し訳なさそうに言うと、ザックとミーニャは目尻に皺を寄せるよく似た笑みを浮かべて言った。
「私達は、この壁内人類の未来を切り開いてくれるのは、調査兵団だと信じている。壁の外に出て共に戦うことは出来ないが…せめて、これくらいは協力させてくれ。この子の、未来の為にも…」
「私も、主人と同じ思いです」
ザックがそう言って、ミーニャの方を見ると、ミーニャは慈愛に満ち溢れた微笑えみを浮かべて、自身のお腹を優しく撫でた。まだはっきりとした膨らみは見えないが、その母性に溢れた表情に、ハル達は表情を輝かせた。
「!ミーニャさん、お腹にお子さんがいらっしゃるんですか!?」
ハルがミーニャの元に駆け寄ると、ミーニャはうんうんと頬を赤く染めて頷く。
「ええ、念願の我が子よ。この間やっと安定期に入ったの」
「さ、触ってもいいですか」
「ええ、勿論!でもまだ小さくて分からないと思うけれど…」
「…」
ハルはミーニャの傍で片膝をついて、慎重に手を伸ばし、そっとミーニャのお腹に触れた。やはり、まだ小さくその存在はよく分からなかったが、懐かしい記憶が、湧水のように溢れ出てくる。
それは自分が未だ幼い頃、弟達を母がお腹に授かっていた時の記憶で、思わず目尻が熱くなってしまう。
「っ」
「ハルちゃん?」
ハルがズッと鼻を啜ったのに、ミーニャが首を傾げると、ハルは泣き笑いながらミーニャを見上げた。
「す、すみません。母のお腹に、弟達が居た時のことを思い出して…」
「あらっ、ハルちゃん!弟さんが居るの?」
ミーニャが「素敵ね」と笑いかけたのに、ゲルガー達は気遣うようにハルへ視線を向けた。ハルの過去を知る彼らにとって、家族の話をする事は、タブーだったからだ。
しかし、その心配は今のハルには無用だったようで、ハルは「はい」と目尻に浮かんだ涙をシャツの袖で拭うと、ゆっくりと立ち上がり、誇らしげに微笑んだ。
「すごく可愛い、弟が二人」
その表情に、ゲルガーとナナバ、トーマの三人は顔を見合わせると、安堵したように笑い合った。ハルの成長が、というよりは、自分の家族の話を、笑って話せるようになったんだということが、何より嬉しかったからだった。
第五十話 『狼煙』
完