第五十話
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「ニック司祭が殺された」
トロスト区の兵舎から、馬を飛ばして施設にやってきたハンジの報告を聞いて、リヴァイ班一同は唖然とする。
休憩も取らず馬を走らせてきたハンジとその班員であるモブリット、ケイジとアーベル達の息はひどく荒立っており、サシャがハンジ達をリビングの窓際に置かれているソファーに導いて、ヒストリアは慌ててキッチンに走り紅茶を淹れ、砂埃に塗れた服を拭うためのタオルを、コニーとジャンが手渡し、エレンとミカサ、アルミンの三人は飲み水を不揃いのガラスコップに入れて其々に配った。
リヴァイ班のメンバーも皆席につくと、ヒストリアが淹れてくれたティーカップの中のまだ熱い紅茶を、顔色一つ変えず一気に飲み干したハンジは、続けて衝撃的な発言をした。
「っ…それも、ニックを殺した犯人が、ハルとゲルガーだって言うんだよ!?」
その言葉に、ハンジ班以外の全員が、同じ行動を取った。
頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、困惑顔で首を傾げて見せたのだ。
「「?」」
「っいや、その反応は最もだよ。どう考えたって、有り得ない話だからね」
リヴァイ班の見事なシンクロ率に、ハンジは苦笑を浮かべる。
「だ、誰がそんな馬鹿げたことを言ったんです?」
エレンが顔を引き攣らせて問いかけると、ハンジは土埃で曇った眼鏡を外し、兵服の内ポケットから取り出したメガネ拭きでレンズを拭きながら答える。
「中央第一憲兵団の、ジェル・サネスだよ。もう一人同じ中央憲兵の男が現場に居たが、彼らの証言では、偶々客室を通りかかった際にニックの悲鳴が聞こえ、不審に思って客室を訪ねたら、ニックは酷く拷問を受けていて、既に殺されていたらしい。其処に居たのは鈍器と拷問器具を持ったゲルガーとハルの二人で、慌てて拘束しようとしたが、立体機動装置を装備していた為、ニックの死体を抱えて兵舎から逃げ出したって言うんだ。…絶対にそんな事あるわけがないし、そもそもトロスト区の兵舎に王都の憲兵が居ること自体がおかしな話なんだけど…」
「そ、それでっ…ハルは今、何処にいるんですかっ?」
ジャンが座っていた椅子から立ち上がって、身を乗り出すようにハンジに問いかけると、ハンジは眼鏡をかけ直し、不安げに眉間に皺を作っているジャンを見て言った。
「確証はないけれど、ナナバとトーマの見立てでは、ゲルガー行きつけの居酒屋、『髭男』に匿ってもらってるんじゃないかって。今二人は指名手配中で、見つかったら即拘束、王都に連行されることになってる。そうなってしまう前に、ナナバとトーマの二人には、ハルとゲルガーの捜索と、ニック司祭の保護に向かってもらってるよ」
その言葉を聞いて、ジャンは肺腑から絞り出すようなため息を吐き、テーブルに両手を付くと、深々と項垂れる。ジャンの隣に座っていたコニーが、「だ、大丈夫か?ジャン?」と心配げに見上げて問いかけると、「俺の寿命、どんどん短くなってる気がする…」と掠れた声で呟き、胃に穴でも空きそうな顔をして、よろよろと再び椅子に腰を落としたのを、同期達は同情の目で見つめた。ジャンの胃に本当に穴が空く日は、そう遠くなさそうである。
「ハル、また凄い無茶をしましたね…」
アルミンが苦笑を浮かべて言うのに、ハンジは「ああ」と頷き、アーモンド色の瞳を細めた。
「だが…ハルの無茶に救われてしまっているのも…事実なんだよね」
もしもハル達が騒動を聞きつけ、ニック司祭の元に駆けつけて居なければ、今頃ニック司祭は無惨に殺されていたことだろう。
しかし、ハルにまた無茶な事をさせてしまったのには、自分にも責任があると、ハンジは彼女の同期達へ謝罪を述べた。
「ウォール教は調査兵団に協力したニックを放っては置かないと思っていた。だからニックを隠して、兵舎に居てもらったんだけど…まさか兵士を遣って殺しに来るなんて…。私が甘かった。このような事態を招いたのは、私に責任がある。すまなかった」
頭を下げるハンジにアルミン達は首を横に振り、そんな事はないと否定したが、ハンジはなかなか下げた頭を上げようとはしない。それに、リヴァイは手元の紅茶をズズッと音を立てて啜ると、頭を下げたままのハンジに問いかけた。
「憲兵はニックを拷問して、俺達に何処まで情報を受け渡したのか吐かせようとしたんだろう。しかも中央憲兵を動かせるとなると、裏にいるのは相当な何かだ。…で、ニックの爪は何枚剥がされていた?」
ハンジは顔を上げ、どうしてそんなことを聞くのかと怪訝な顔になりながらも、拷問が行われていたであろう客室の惨状を思い出しながら答えた。
「一瞬しか見えなかったけど、床に転がってた爪は、片手分くらいは確かにあったよ」
「喋る奴は一枚で喋る。喋らねぇ奴は何枚剥がしたって同じだ。…ニック司祭、アイツは馬鹿だったとは思うが、自分の信じるものを曲げることはなかったらしい。つまり、俺達がレイス家を嗅ぎつけたことは明確にはなっていない。しかし、中央の何かに目をつけられたのは確かだろうな…。それに、憲兵共はハルを殺すんじゃなくて捕まえようとしているんだろう?とすると、以前ハルを攫おうとした奴も、同じく憲兵だったって可能性が出てくる」
「…ああ、恐らくね。私もそう思ってたんだ」
ハンジが剣呑な顔をして、座っていたソファーの肘置きに置いていた手を、ぎゅっと握りしめた時、施設の扉が慌ただしく開いた。
現れたのは、ハンジの班員の一人であり、珍しい赤髪のボブカットをした、女兵士のニファだった。
「リヴァイ兵長、エルヴィン団長から伝令です」
ニファは足早にリヴァイの元へ歩み寄ると、一枚の書類をリヴァイに手渡した。
「ニック司祭とハルのことを伝えに行ったのですが、団長がすぐにそれを…」
「…全員撤収だ。此処は捨てる。全ての痕跡を消せ!」
その紙に書かれた内容を読んだリヴァイは、表情をぐっと険しくすると、椅子から立ち上がり緊迫した口調で皆に命令を下した。
※
リヴァイの命令通り施設内の痕跡を全て消し、立体機動装置を身につけ、それぞれライフルと背嚢を背負い、早々に施設から離れた丘に隠れた一同は、間も無くして武装した憲兵達が施設の周りを取り囲み、屋内を捜索し始めた様子を見下ろして、固唾を呑んでいた。
「危ねぇ…もう少し遅かったら俺達どうなってたんだ…」
コニーが青褪めた顔で、憲兵達を見下ろしながら呟く。
その隣に居たアルミンも、武装した兵士達が施設の彼方此方を躍起になって探し回っている様子に、背中に冷や汗をかきながらリヴァイに問いかけた。
「どうしてエルヴィン団長はこの事を?」
「中央から命令が出たらしい。…調査兵団の壁外調査を全面凍結、エレンとヒストリア、ハルの三人を引き渡せってな」
「「!」」
その言葉に、一同は息を呑んだ。
「それと、私が手紙を受け取った直後、団長のところに憲兵団が…」
ニファが重い口調で告げた言葉に、ハンジは更にギョッとして声を上げた。
「まるで犯罪者扱いじゃないかっ」
「現にハルは、そう扱われています…」
「心配過ぎる…、心配し過ぎで吐きそうです…」
ミカサは沈鬱に肩を落として呟くと、サシャは馬車酔いでもしたような蒼白な顔色で、うっと口元に手を押し当てる。その横でギョッとするコニーの隣で、ジャンも同じく嘔吐く様子を見て、リヴァイは軽い頭痛を覚えながらも、眉間に深い皺を刻みながら唸るように言った。
「…もう裏でどうこうってレベルじゃねぇな…形振り構わずってことだ」
血眼になって自分達を探している憲兵達を見下ろすリヴァイに、ハンジは顎に手を添え、頭に浮かぶ様々な可能性を整理するように呟いた。
「そこまでして守りたい壁の秘密って…?それに、エレンとヒストリア、そしてハルを手に入れたい理由は何だろう…。殺すんじゃなくて、『手に入れたい』理由だ」
「兎に角、敵は三人を狙っていることは確かだ。こんな所を彷徨いてるのはマズい。トロスト区へエレン達を移動する」
「なぜ、敢えてトロスト区に…?」
モブリットがリヴァイに問う。
「中央へ向かう方がヤバイだろう。まだゴタついてるトロスト区の方が、紛れやすい。街中なら、いざって時にコイツを使えるしな?」
リヴァイは着込んだ外套の裾を少し捲って、装備している立体機動装置をチラつかせるのに、皆成程と頷く。
「それに、一方的に狙われるのは不利だ。こっちも敵の顔くらいは確認する。ハンジ、お前の班から何人か借りるぞ」
「勿論。私はエルヴィンの方へ…モブリットは私と、他の者はリヴァイに従ってくれ!」
ハンジ班のニファ、ケイジとアーベルの三人は、「了解」と威勢良くハンジに敬礼を返した。
ハンジとモブリットはすぐさまトロスト区へ戻ろうと愛馬に跨るのに、エレンが慌てて後を追いかけ、ハンジを呼び止める。
「ハンジさん!これ…!ユミルとベルトルトが話していたことで、思い出したことがあって。話す時間が無かったんで、此処に」
兵服の内ポケットから取り出した四つ折りのメモ用紙を、エレンからハンジは受け取ると、自身の兵服の胸ポケットしまった。
「分かった。後で読ませてもらうよ!」
そうして一同は、其々の目的地へと向かって動き出したのだった。
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