第四十八話
名前変換設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「んっ」
ハルの苦しげな呻き声に紛れて、ポトリとまた林檎が地面に落ちる音がしたが、そんなことを気にかける余裕なんてものは無かった。
重ねた唇は酷く甘くて、頭の端で林檎の味がするなんてことをぼんやり思いながら、夢中になって啄むようなキスを繰り返していると、その合間にハルが「待って」と言おうとするのを、今度は深く口付ける事で遮った。
どさりと、ハルが肩にかけていたトートバッグと、ジャンの野菜が詰まった麻紐で作られた鞄が地面に落ちる。中身が少し転がり出た音がして、ハルはジャンから離れようと身を捩ったが、腰に腕を回されて、柔らかな髪に指を差し込むように後頭部を掴まれ、口付けたまま強く抱き寄せられてしまう。
ジャンの熱い舌先が歯列をなぞり、舌の付け根を押して、そのまま舌に絡みつくのを、ハルは息苦しさと羞恥で止められず、肺に酸素が足りなくなって、いよいよ頭がぼんやりして来て、目尻に涙も浮かんで来たところでやっと、ジャンの唇が離れた。
「っは、…っジャン」
ハルはよろよろと背中を木の幹に寄せ、荒い呼吸をしながら戸惑いを孕んだ瞳を向けると、ジャンはどちらのものとも言えない唾液で濡れたハルの艶めかしい唇を親指でなぞるようにして触れ、獣じみた激しい感情を抑えようと苦しげに目を細める。そして、いつもよりずっと低い、唸るような声で言った。
「っ怒るなよ…これでもすげぇ、我慢してんだから…」
「お、怒っては…いない…けどっ…」
ハルもジャンの表情を見て、何を我慢しているのかと聞くような野暮なことはしなかったが、飢えた獣のような鋭い瞳に見つめられ、先程までジャンが触れていた唇の熱さに狼狽えずには居られなかった。何より敏感すぎる聴覚の所為で、先程から鼓膜に触れる音が、まるで自分の胸の中から鳴っているような気がして、戸惑いに震えた声で言った。
「…き、君の心臓の音が、私の中からしていているみたいで…何だか、く…苦しくて…」
すると、ジャンが小さく息を呑んだ気配がして、ハルは逸らしていた視線を戻すと、爛々と燃える二つの瞳と目が合って、思わず怯んだように息を詰めた。
「暫く聞こえないフリ、しててくれ…ハル」
「!ま、待って…ジャ、んっ」
ジャンの大きな骨張った手が、ハルの両耳を覆うと、再び唇が合わせられる。耳に触れた掌はひどく熱くて、触れている場所から体が氷のように溶けてなくなってしまいそうだった。ジャンは心臓の音を聞かれたくなくて耳を塞いだようだったが、今度は口内でジャンの舌と自分の舌が絡まる水音が顕著になって、ハルは水に溺れているような気分になり、半ばパニックで頭が真っ白になっていた。
「っハル…好き、だ…好きだっ…」
酸欠状態で殆ど意識が朦朧としているハルに対して、ジャンはハルの唇を貪ることに無我夢中だった。
だからこそ、ジャンは背後から迫り来る人物に、全く気づいていなかったのだ。
「ちょっとお兄さぁん?其処で何してるんですかぁあ?」
不意に背後から誰かに肩を掴まれ、ジャンはギョッとして恐る恐る背後を振り返る。その先には、般若のような形相をしたサシャの顔があった。
「サッ、サシャ!?お、お前何で此処にっ!?」
ジャンは全身の血の気がさっと引いて行くのが分かり、盛大に狼狽えながら問うと、サシャは顎を上げて、鬼の形相をさらに色濃くし、ジャンを見下ろすようにして激怒した。
「何で?じゃ、ないんですよ…!約束の時間になっても広場に来ないから、何かあったんじゃないかってコニーと探してたんですよ!!それなのにっ、それなのにぃいいっ!!!」
サシャはジャンの肩を砕かんばかりに握り締め、瞳孔が完全に開き切った目を怒りでわなわなと震わせる。
「いだだだだっ!!かっ、肩が砕けちまぅっ!!」
ジャンはあまりの痛みに悲鳴を上げるが、サシャは全く気にする様子も無く、寧ろジャンに対して容赦無い膝蹴りをジャンの腹部にお見舞いした。
「この変態野郎がぁぁああああっ!!」
「ぐぇっ!!?」
ジャンは蛙が潰れたような声を上げ、蹴り飛ばされた衝撃でゴロゴロと地面を転がり、仰向けになって倒れる。その様子をコニーは「ひっ」と顔を引き攣らせ、青褪めた顔で眺めている中、サシャは木の幹に背中を寄りかけて項垂れているハルの両肩を掴んだ。
「ハルっ、しっかりしてください!大丈夫ですか!?」
「…はっ…ぁ、サシャ…?」
ハルは緩慢に顔を上げた。
その顔は僅かに上気していて、呼吸も荒く、同性のサシャでさえ胸の内側が摘まれるような色っぽい表情であり、サシャはそんなハルの顔を見て、ビシリと音が鳴りそうな勢いで硬直した。
「大丈夫だよ…っ、買い出し、終わったんだね。ありがとう…心配かけてごめんね」
ハルは大きく深呼吸をして、荒立った呼吸をおさめようと努めながらも、サシャに微笑みを向ける。
そんなハルに、サシャは「あぁ…」と狼狽えながら、髪を掻き毟るように両手で頭を抱える。
「お、おいサシャ?大丈夫か…!?」
そんなサシャの背中を見て、コニーは何だか嫌な予感がしながら、恐る恐るサシャに声を掛けたが、既にサシャの精神は限界を迎えていた。
「ハルっ!!あ゛ぁ゛ぁあっ私のハルがぁあ!!ジャンみたいな馬男にこんな場所に連れ込まれてぇっ!!!嫌ぁぁああああ!!汚されたぁあっ!!私のハルがぁあああ!!」
サシャは終に発狂しハルの両肩を再びがっしりと掴むと、その体を激しく前後に揺さぶりながら泣き叫び始めたのである。
「サシャッ、ちょっ、そんなっ、激しくっ、揺さぶられたらっ、しっ、死ぬぅっ!首がっ、折れるぅっ!!」
「死にそうなのはこっちですよぉぉぉお!!?」
折角呼吸も整い始めたというのに、嫉妬に狂ったサシャに激しく体を揺さぶられて、ハルの首が落ちそうな勢いで前に後ろに激しく揺れる様を、コニーは青褪めた顔で見つめながら、額を抑えた。
「こりゃサシャが正気に戻るまでかなり時間が掛かりそうだな…。おーい、ジャン。…大丈夫かあ?」
それから足元に転がっているジャンの傍に屈み込んで声をかけると、ジャンは地面に仰向けに倒れた状態でサシャに蹴られた脇腹の辺りをさすりながら、魂の抜けかかった白い顔で唸るように答える。
「…あ、あぁ…助かった。危うくマジでやらかすところだった…」
そんなジャンをコニーは同情の視線で見下ろしながらも、やれやれと肩を竦める。
「お前なぁ、ただの買い出しっつっても任務中にそんなことしたら除隊もんだぞ?まぁ、その前に兵長に殺されると思うけどな」
「……、だよな」
「マジ、気をつけろよな」
「…はい」
珍しく真剣にコニーにも咎められ、ジャンは自分の行いを反省しながら、素直に頷いたのだった。
完
ハルの苦しげな呻き声に紛れて、ポトリとまた林檎が地面に落ちる音がしたが、そんなことを気にかける余裕なんてものは無かった。
重ねた唇は酷く甘くて、頭の端で林檎の味がするなんてことをぼんやり思いながら、夢中になって啄むようなキスを繰り返していると、その合間にハルが「待って」と言おうとするのを、今度は深く口付ける事で遮った。
どさりと、ハルが肩にかけていたトートバッグと、ジャンの野菜が詰まった麻紐で作られた鞄が地面に落ちる。中身が少し転がり出た音がして、ハルはジャンから離れようと身を捩ったが、腰に腕を回されて、柔らかな髪に指を差し込むように後頭部を掴まれ、口付けたまま強く抱き寄せられてしまう。
ジャンの熱い舌先が歯列をなぞり、舌の付け根を押して、そのまま舌に絡みつくのを、ハルは息苦しさと羞恥で止められず、肺に酸素が足りなくなって、いよいよ頭がぼんやりして来て、目尻に涙も浮かんで来たところでやっと、ジャンの唇が離れた。
「っは、…っジャン」
ハルはよろよろと背中を木の幹に寄せ、荒い呼吸をしながら戸惑いを孕んだ瞳を向けると、ジャンはどちらのものとも言えない唾液で濡れたハルの艶めかしい唇を親指でなぞるようにして触れ、獣じみた激しい感情を抑えようと苦しげに目を細める。そして、いつもよりずっと低い、唸るような声で言った。
「っ怒るなよ…これでもすげぇ、我慢してんだから…」
「お、怒っては…いない…けどっ…」
ハルもジャンの表情を見て、何を我慢しているのかと聞くような野暮なことはしなかったが、飢えた獣のような鋭い瞳に見つめられ、先程までジャンが触れていた唇の熱さに狼狽えずには居られなかった。何より敏感すぎる聴覚の所為で、先程から鼓膜に触れる音が、まるで自分の胸の中から鳴っているような気がして、戸惑いに震えた声で言った。
「…き、君の心臓の音が、私の中からしていているみたいで…何だか、く…苦しくて…」
すると、ジャンが小さく息を呑んだ気配がして、ハルは逸らしていた視線を戻すと、爛々と燃える二つの瞳と目が合って、思わず怯んだように息を詰めた。
「暫く聞こえないフリ、しててくれ…ハル」
「!ま、待って…ジャ、んっ」
ジャンの大きな骨張った手が、ハルの両耳を覆うと、再び唇が合わせられる。耳に触れた掌はひどく熱くて、触れている場所から体が氷のように溶けてなくなってしまいそうだった。ジャンは心臓の音を聞かれたくなくて耳を塞いだようだったが、今度は口内でジャンの舌と自分の舌が絡まる水音が顕著になって、ハルは水に溺れているような気分になり、半ばパニックで頭が真っ白になっていた。
「っハル…好き、だ…好きだっ…」
酸欠状態で殆ど意識が朦朧としているハルに対して、ジャンはハルの唇を貪ることに無我夢中だった。
だからこそ、ジャンは背後から迫り来る人物に、全く気づいていなかったのだ。
「ちょっとお兄さぁん?其処で何してるんですかぁあ?」
不意に背後から誰かに肩を掴まれ、ジャンはギョッとして恐る恐る背後を振り返る。その先には、般若のような形相をしたサシャの顔があった。
「サッ、サシャ!?お、お前何で此処にっ!?」
ジャンは全身の血の気がさっと引いて行くのが分かり、盛大に狼狽えながら問うと、サシャは顎を上げて、鬼の形相をさらに色濃くし、ジャンを見下ろすようにして激怒した。
「何で?じゃ、ないんですよ…!約束の時間になっても広場に来ないから、何かあったんじゃないかってコニーと探してたんですよ!!それなのにっ、それなのにぃいいっ!!!」
サシャはジャンの肩を砕かんばかりに握り締め、瞳孔が完全に開き切った目を怒りでわなわなと震わせる。
「いだだだだっ!!かっ、肩が砕けちまぅっ!!」
ジャンはあまりの痛みに悲鳴を上げるが、サシャは全く気にする様子も無く、寧ろジャンに対して容赦無い膝蹴りをジャンの腹部にお見舞いした。
「この変態野郎がぁぁああああっ!!」
「ぐぇっ!!?」
ジャンは蛙が潰れたような声を上げ、蹴り飛ばされた衝撃でゴロゴロと地面を転がり、仰向けになって倒れる。その様子をコニーは「ひっ」と顔を引き攣らせ、青褪めた顔で眺めている中、サシャは木の幹に背中を寄りかけて項垂れているハルの両肩を掴んだ。
「ハルっ、しっかりしてください!大丈夫ですか!?」
「…はっ…ぁ、サシャ…?」
ハルは緩慢に顔を上げた。
その顔は僅かに上気していて、呼吸も荒く、同性のサシャでさえ胸の内側が摘まれるような色っぽい表情であり、サシャはそんなハルの顔を見て、ビシリと音が鳴りそうな勢いで硬直した。
「大丈夫だよ…っ、買い出し、終わったんだね。ありがとう…心配かけてごめんね」
ハルは大きく深呼吸をして、荒立った呼吸をおさめようと努めながらも、サシャに微笑みを向ける。
そんなハルに、サシャは「あぁ…」と狼狽えながら、髪を掻き毟るように両手で頭を抱える。
「お、おいサシャ?大丈夫か…!?」
そんなサシャの背中を見て、コニーは何だか嫌な予感がしながら、恐る恐るサシャに声を掛けたが、既にサシャの精神は限界を迎えていた。
「ハルっ!!あ゛ぁ゛ぁあっ私のハルがぁあ!!ジャンみたいな馬男にこんな場所に連れ込まれてぇっ!!!嫌ぁぁああああ!!汚されたぁあっ!!私のハルがぁあああ!!」
サシャは終に発狂しハルの両肩を再びがっしりと掴むと、その体を激しく前後に揺さぶりながら泣き叫び始めたのである。
「サシャッ、ちょっ、そんなっ、激しくっ、揺さぶられたらっ、しっ、死ぬぅっ!首がっ、折れるぅっ!!」
「死にそうなのはこっちですよぉぉぉお!!?」
折角呼吸も整い始めたというのに、嫉妬に狂ったサシャに激しく体を揺さぶられて、ハルの首が落ちそうな勢いで前に後ろに激しく揺れる様を、コニーは青褪めた顔で見つめながら、額を抑えた。
「こりゃサシャが正気に戻るまでかなり時間が掛かりそうだな…。おーい、ジャン。…大丈夫かあ?」
それから足元に転がっているジャンの傍に屈み込んで声をかけると、ジャンは地面に仰向けに倒れた状態でサシャに蹴られた脇腹の辺りをさすりながら、魂の抜けかかった白い顔で唸るように答える。
「…あ、あぁ…助かった。危うくマジでやらかすところだった…」
そんなジャンをコニーは同情の視線で見下ろしながらも、やれやれと肩を竦める。
「お前なぁ、ただの買い出しっつっても任務中にそんなことしたら除隊もんだぞ?まぁ、その前に兵長に殺されると思うけどな」
「……、だよな」
「マジ、気をつけろよな」
「…はい」
珍しく真剣にコニーにも咎められ、ジャンは自分の行いを反省しながら、素直に頷いたのだった。
完