2021年御礼企画小説

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 舞踏会当日–––––

「あー…マジでやってらんねぇよ!こんな舞踏会!!あのクソオヤジッ、勝手なことしやがって…!」

 この国の国王の息子である彼、ジャン・キルシュタインは、王子としてそろそろ妃を娶らなくてはならない年齢に近づいても、全く女っ気がなく、痺れを切らした国王が勝手に開いてしまった妃を決めるための舞踏会に、すっかり嫌気が差していた。

 纏っていた派手な王族服のジャケットを床に脱ぎ捨て、首元を締め付けるやけに襟の詰まったシャツのボタンを二つ程開けて、ジャンは各地から集まってきた令嬢達との挨拶を放棄し、自室のソファーにダイブする。

「王子、口が悪いですよ。せめてクソオヤジはやめて、陛下とお呼びください」

 そんなジャンの付き人であるマルコは、少し呆れた様子で表情を曇らせてそう言うと、ジャンはピッタリと頭に撫でつけられた色素の薄い茶髪の髪をわしわしと手で乱しながら、傍に立つマルコを不機嫌そうに睨み上げた。

「おいマルコ…今は二人なんだからその喋り方はよせよ」
 
 それにマルコはゴホンと一度咳払いをして、正していた姿勢を僅かに緩める。マルコはジャンの世話役ではあるが、幼い頃から一緒に城の中で育ってきた為、ジャンの中では最早兄弟のような存在だった。その為、ジャンはマルコに、周りに人が居ない時は敬語を控えて話すように、マルコに随分昔から言っていたのだった。

「…ジャン、仕方ないだろう?君もそろそろ妃を娶るべき年齢になったんだ。それなのに、全然君は女性に興味がないから…陛下が心配して舞踏会を開いてくれたんじゃないか?」

「おいマルコ。その言い方は誤解が生まれそうだからやめてくれ。俺は男色じゃねぇぞ」

 ジャンは上半身をベットから起こし、ソファーの背もたれに寄り掛かりながら、ジトッとした視線をマルコに送ると、マルコは肩を竦めて、ジャンが床に投げ捨てたジャケットを拾い始める。

「兎に角、まだ挨拶をしていないお嬢様方が沢山居るだろう?遠くから態々来てくださった方々も居るんだ、早く広場に戻って…」

「 や め た 」 

「え?」

 マルコはジャケットを拾い上げると、目を丸くしてソファーの上のジャンを見た。

 するとジャンは悪戯な笑みをニッと浮かべて見せると、ソファーから突然勢い良く立ち上がり、自室の外へと歩き始めた。

「ちょっと疲れた。庭に出て外の空気吸ってくる」

「おっ、おいジャン!」

「マルコ!絶対に庭には誰にも入れるなよ!安心しろ、少し休んだらすぐ戻る!誰か俺を捜しに来たら、適当に理由つけて追い払っといてくれよー」

 ジャンはそう早口で言って、ひらひらとマルコに背を向けたまま手を振り、自室から出て行ってしまう。

「ちょっ、待てよジャンっ…!…はぁ、本当に仕方がないな…」

 マルコはジャンを呼び止めようとしたが、あっという間に廊下に走り出したジャンの足音は遠のいて行ってしまう。
 
 そんな自由奔放なジャンに振り回されるのは毎度のことで、マルコにはもう慣れたものではあったが、あわよくばと今回の舞踏会で彼の腰を落ち着けてくれるような素敵なお妃様が見つかることを祈りながら、手にしていたジャンの上着をクローゼットの中へと戻したのだった。







「あー…怠ぃ」
 
 ジャンは舞踏会が行われている広場から少し離れた、人気のない静かな城内の庭園を歩きながら、大きく舌を打った。

 今日城に来ている貴族の令嬢達は、皆自分の地位ばかりにしか興味のない者達ばかりで、彼女達が自分を見つめてくる視線がやけに体に粘着いてきて、ジャンは不快で仕方が無かった。

「こんなツマらねぇ舞踏会は、他の何処の国を探したって見つからねぇだろうな…」

 ジャンは頭の後ろに手をやって、足が向くままにのんびりと歩きながらそんな独り言を呟いて、夜空に浮かんだ三日月を、ふと見上げた時だった––––…

「…つ、疲れた…」

「!」

 ふと、運んでいた大荷物を地面に置いた時のように、深く疲労の滲んだ溜息混じりの声がして、ジャンは歩みをピタリと止めた。
 
 どうやらその声は、庭の噴水がある広場のベンチから聞こえて来たようで、ジャンは足音を立てないようそちらへ向かい、もう陽が沈んで花弁を隠し蕾になってしまっている花々の隙間から様子を窺ってみると、オフショルダーの淡い水色のドレスを身に纏った、短いボブカットの黒髪の娘が一人、噴水を眺めながらベンチに座り込んでいた。

 ジャンからは後ろ姿しか見ることは出来なかったが、月光に照らされたデコルテのラインと白い肌が、美しく陶器のように輝いて見えた。

「…此処は、ホッとするな……」

 そう小さく呟いて夜空を仰ぐ娘に、ジャンは無性に興味が湧いた。
 美しい後ろ姿と、まるで銀の鈴のような澄んだ声に、彼女が一体どんな人間なのかが気になって、ゆっくりと花々の間から、彼女の方へと足を踏み出した。

「…アンタ、こんな所で何してる」

「!?」

 そう声を掛けると、彼女はびくりと両肩を跳ね上げて、ベンチから立ち上がりこちらを振り返った。

「…っ」

 ジャンはこの国では珍しい彼女の宵闇色の瞳と目が合うと、心臓が大きく跳ね上がり、熱くなるのを感じた。

 魅了されるということは、恐らくこのような事を言うのだろう…

 ジャンは彼女の瞳から目を離せなくなって立ち尽くしていると、彼女はとても慌てている様子で、申し訳無さそうに肩を竦める。

「あ、あのっ…すみません!こちらのお城の方でしょうか?」

「…は?」

 しかし、陶然としていたジャンはそう問いかけられて、思わず素っ頓狂な声が溢れてしまった。

 彼女はどうやらジャンが、この城の王子だということに全く気がついていない様子だった。
 だが、それも無理はないだろうと、ジャンは自身の姿をふと見下ろして思った。こんなに正服を着崩して、言葉遣いも軽い男が、初対面でこの国の国王の息子だとは夢にも思わないだろう。

「勝手に入ってしまって申し訳ありません。向こうの扉が開いていたのでつい…外の空気が吸いたくなってしまって…!すぐに戻りますっ」

 彼女はジャンに頭を下げると、美しいガラスの靴を履いた足を動かして、広場の方へと戻ろうとする。

「あー…っ待て、」

 ジャンはそんな彼女を呼び止める。

 彼女は困惑した顔になって、黒い双眼を丸くし首を傾げるのに、ジャンはそんな彼女の傍に歩み寄ると、胸の前で腕を組み、彼女の顔をマジマジと顔を覗き込みながら言った。

「別に入っちゃいけないって訳じゃない。…ただ、折角向こうの大広間では、上等な料理と大勢の公爵や令嬢が集まって、ダンスやら何やらを楽しんでるってのに……どうしてアンタは、こんな所で一人で居るんだ?」

 ジャンの問いかけに、彼女は苦笑を浮かべると、広場の方へと視線を向けながら、やや意気消沈としたような声音で小さく呟くようにして言った。

「向こうは少し…息が、詰まってしまって…」

「へぇ…」

 ジャンはそんな彼女に、ふっと口元に笑みを浮かべて見せた。
 どうやら彼女は人混みがあまり得意ではないようだったが、公爵や貴族の子息達に媚びて回る女達よりはよっぽど好感が持てた。

「俺も向こうは息が詰まる。…同じだな?」

 そう言うと、彼女は僅かに緊張していた頬を和らげて、気遣いげな表情をジャンへと向け、問い掛けてくる。

「体調が…優れませんか?もし良ければ、お水をお持ち致しますが…」

「あ、いや良い…気を遣わせて悪ぃな。別に気分が悪い訳じゃねぇんだ」

 ジャンはなんだか彼女が、自身の世話役であるマルコと少し似ているような雰囲気を感じながら首を横に振って見せると、彼女は安心した様子で、目元に穏やかな微笑みを浮かべる。

「そうですか?なら、良いのです」

 初めて見た彼女の微笑みは、見た目の年よりもずっと大人びたものだった。彼女の纏う雰囲気は、貴族のご令嬢…というよりも、メイドや使用人のような、折り目正しさがあるようにも感じられる。

「…あまり、この舞踏会は楽しめていないだろう?」

 ジャンが腰に手を当てて、ダンスの曲や会話が僅かに聞こえてくる広間の方へと視線をちらりと向けて言うのに、彼女は「そんなことはありませんよ」と首を振った。

 そしてジャンと同じように、広場の方へと視線を向けると、その黒い双眼を柔らかく細め、穏やかな口調で言った。

「お嬢様方の楽しそうな顔を見られたので…良かったです」

 『お嬢様方』という単語に、ジャンは彼女がどこかの令嬢とは少し違う立場の人間だと言うことを察する。

 どうやら彼女は、然程位が高い人間ではないようだった。

 しかし、ジャンにはそんなことはどうでも良かった。身分の差などよりもずっと、彼女が浮かべる表情一つ一つの方が、ずっと大切なものだと思えていたからだった。

「…優しいんだな?」

 ジャンがそう彼女に言うと、彼女は広間から視線を逸らして首を左右に振る。そして徐に瞳を閉じると、胸の上で両手を重ねて、心の中にある思いを見つめるように、ゆっくりと話し始めた。

「いいえ…、優しいのはお嬢様方と、旦那様なのです。屋敷の近くに捨てられ、身寄りのない私を引き取って、お屋敷に住まわせてくださったのです。…それだけではなく、血の繋がりのない私を、本当の姉妹のようにお嬢様方は接してくださって……もう、言葉には出来ないほど、感謝をしているのです。だから、お嬢様と旦那様には、私が出来ることは何でも、して差し上げたいのです」

 ジャンはそう言う彼女の白い手が、赤切れだらけになっているのに気が付いて、目を細める。

「…だから、そんなに手がボロボロなんだな」

「っあまり、美しくないですね」

 その視線に気が付いて、ハッと自身の手を隠そうとする彼女の手を、ジャンは掴んで止める。

「そうは思わねぇよ」

 彼女の顔を真っ直ぐに見つめて、ジャンはハッキリと言い切ると、掴んだ自分よりも一回り小さな手の甲を見下ろして、嘘偽りの無い気持ちで言う。

「こんなに綺麗な手…、少なくとも俺は、見たことがない」

「!」

 ジャンの言葉に、彼女の頬に少し赤みが差したのが見えた時、広間からワルツの曲が流れ始めたのに気づいたジャンは、彼女の手を取ったまま、首を傾げて問いかける。

「…アンタ、踊れるか?」

「い、いえ…っ、私、ダンスは全く出来なくて…っ」

 彼女は首を左右に振って後退りながら言うのに、ジャンはニッと口角を上げて笑うと、自分から離れようとする彼女の手を引いて、自身の方へと引き寄せ、細い腰に腕を回した。

「じゃあ俺に任せればいい。一曲でいいから、一緒に踊ってくれ」

 逞しい腕に抱えられてしまい、切長の真っ直ぐな瞳に見つめられて、彼女は困ったように眉を八の字にすると、視線をジャンから逸らして、言い出す言葉の初めと最後を掠れさせて言った。

「…あ、貴方の足を…踏んでしまうかも…っ」

「大丈夫だ」
 
 ジャンは自身無さげになって身を縮こませてしまう彼女に優しく笑いかけながら、掴んでいた手に指を絡め、低く穏やかな声で言った。

「おいで」

「…!」

 それに、彼女は照れた赤い顔でおずおずと頷く。
 
 その姿が愛らしいと思いながら、ジャンは彼女を導くように、ゆっくりと音楽に合わせて踊り始める。

 彼女が広間から聞こえてくる演奏に耳を欹てながら、ジャンの動きに合わせようと一生懸命になっている顔を見下ろしていると、ジャンは自然と口元に笑みが浮かんで来た。

「なかなか、上手いじゃないか。センスがある」

「それは、貴方が導いてくださるからですよっ…」

 その返答には、彼女の純粋で謙虚な精神が顕著に現れていて、彼女には自分の身分を明かしてしまおうと、ジャンは心の中で決意を固めながらも、鼻高々と言った様子で答える。

「まあ、それも確かにあるな」

「っふふ」

 すると、彼女は先程の大人びた笑顔ではなく、年相応の娘らしい、花がパッと咲くような笑みを浮かべた。             

「…アンタ、そんな顔でも笑うんだな?」

 「え?」と彼女が小首を傾げるのに、ジャンは踊りを止めると、彼女の耳元に唇を寄せて意識的に低い声で告げる。

「可愛い」

 すると、指を絡めるようにして掴んでいた彼女の手が、ふるりと震えた。

「あ、あの…っ、あまり、揶揄わないで…ください」

 彼女は上擦った声で言いながら、ジャンから顔を隠すように顔を伏せた。しかし短い黒髪から覗いている両耳がじわじわと赤く染まっていくのが見えて、ジャンは口元に笑みを浮かべると、ゆっくりと彼女の手を取ったまま、その場に跪いた。

「揶揄ってねぇよ。本当に…そう思ったから言ったんだ。俺は正直者だからな…」

 それから、ジャンは掴んでいた手の甲に、そっとキスを落とす。

「っ」

 それに彼女は双眸を丸くして、ジャンを見下ろす。驚き戸惑っている彼女を見上げながら、ジャンは朗々と言った。

「俺の名前は、ジャン・キルシュタイン。この城の王子だ」

 その言葉に、彼女は丸くしていた瞳を大きく見開いて、息を呑んだ。

「あ、貴方がっ…キルシュタイン王子なのですか!?」

「…驚いたか?」

「と、とても…っ、は…っ」

 思わずそう口から溢れてしまった彼女は、失礼なことを言ってしまったと慌てて自身の口を両手で抑える。
 ジャンはそんな彼女を見て、喉を転がすように笑いながら、ゆっくりと立ち上がった。

「アンタのそういう正直な所、物凄く魅力的だ」

「え…?」

「それに、俺が王子だと知らなくても、体調を気に掛けてくれただろう?…その聡明さ…そしてアンタの美しさに、俺はすっかり魅了されちまった…」

「っ…」

 ジャンはそっと、戸惑った顔をしている彼女の頬に指先で触れながら問い掛けると、彼女は小さく形の良い唇を、ゆっくりと開く…

「私の…名前は…っ」

 しかし、その先に紡がれる名前を遮るように、城の中にある時計塔の鐘が、夜の12時を告げ鳴り響く。

ガランッガランッ!!

 その鐘の音に、彼女はハッとしたように広場の方へと顔を向け、ジャンから身を引いた。

「!?っ鐘が…、もうこんな時間…っ」

「…おい?突然慌てて、どうしたんだ?」

 ジャンは突然慌て始めた彼女を怪訝に思い問いかけると、彼女は淡い水色のドレスの裾を両手で少し持ち上げ、小走りに広間の方へと駆け出した。

「申し訳ありません!旦那様から、夜の12時にはお嬢様方を連れて城を出るように言われているのですっ!」

「おい!ちょっと待てっ…!」

「ごめんなさい!王子様!」

 彼女はそう言いながら、バタバタと慌ただしく広間の方へと駆けて行ってしまう。
 ジャンは慌てて彼女の背中を追い駆けたが、広間に入るや否や、ジャンに気づいた令嬢や公爵達が彼の元へと集まって来てしまって、身動きが取れなくなってしまう。

「すまん!通してくれ!」

 ジャンは彼等からやっとの思いで逃れることに成功したが、その頃には彼女は広間から姿を消してしまっており、残っていたのは、彼女が履いていた片方の、ガラスの靴だけだった。

「…っ」

 ジャンは広間に取り残された美しいガラスの靴をそっと拾い上げると、心優しく美しい、名も知らぬ彼女へ思いを馳せながら呟いた。

「…絶対に…見つけ出す……」

 ジャンの心は既に、この手の中の靴の持ち主に、すっかりと奪い取られてしまっていたのだった。








 ––––そして、舞踏会から二日が経った頃、クリスタとユミルは、屋敷の庭にハルが準備したティータイム用の紅茶とお菓子を楽しみながら、二日前の舞踏会のことを思い出しながら話し始めた。

「はぁ…本当に夢のような時間だったよね」

「お前はずっと焼菓子に夢中だっただろう?男達がお前に話しかけようと寄り付いて来てたってのに、一切目もくれずにな」

「それはユミルだって同じでしょ?」

「違ぇよ!私はクリスタに変な虫が寄ってこないよう見張ってたんだよ」

「はいはいユミル。ありがとう。ユミルのお陰でお城のご馳走、心置き無く堪能できだよ」

 相変わらず仲が良いユミルとクリスタの様子を、ハルは微笑ましく思いながら、二人のティーカップに紅茶のおかわりを注いでいると、ユミルがふとそんなハルの顔を覗き込んで、ニヤニヤと笑いながら言った。
 
「で、ハル。お前はどうだったんだ?」

「え?何がです?」

「実はさ…私、見ちまったんだ。お前が城の庭で、男と二人っきりでワルツを踊っていたところをな!?」

 ユミルの言葉にハルはギョッとしながらも、冷静に努めて手にしていたティーポットをテーブルに置くのに、クリスタは酷く動揺した様子でハルを見上げた。

「そっ、そそそうなの!?ハル!?そっ、それは一体誰と…っ!?」

 その時、急に馬車がこちらへと向かってくる音が屋敷の外から聞こえて来て、三人は視線を屋敷の正門へと向けた。

「なんだ…?馬車がこっちに向かってくるぞ?」

「あっ、あれはもしかしてっ、お城の馬車じゃっ…」

 向かってきた馬車はただの馬車ではなく、豪華な装飾があしらわれ、王家の証である紋章が刻まれた馬車だった。

 そしてその馬車は屋敷の前で止まると、中から一番最初に降りてきたのは、黒いタキシードを纏った気品ある使用人らしき男と、次に降りて来たのは…、舞踏会の夜とは違い、しっかりと正装をした、ジャン・キルシュタイン王子だった。
 
「「!?」」

 その姿を見て、クリスタとユミルが驚愕して立ち尽くしている中、ハルはじっとジャンのことを見つめていて、ジャンも真っ直ぐに、ハルのことを見つめ、ハルの元へと歩み寄ってくる。

 ジャンは立ち尽くしているハルの前で足を止めると、優しく微笑み、片膝をついて、手にしていたガラスの靴を差し出す。

「この靴を、履いてくれ…。アンタの足に、きっとピッタリな筈だ…」

 そう促されて、ハルはそっと右足の靴を脱ぐと、ジャンの手の中にあるガラスの靴に足先を差し込む。すると、ジャンがゆっくりとハルの踵に合わせるように、靴を持ち上げる。
 
「…間違いない。あの舞踏会の夜、一緒に庭で過ごしたのはアンタだ」
 
 寸分違わずその靴はハルの足に合い、ジャンはそう言って立ち上がる。それにハルは戸惑いながら問いかけた。

「なぜ、此処に…っ」

 それに、ジャンは少し照れ臭そうに首の後ろを触りながら言った。

「名前を、聞けなかっただろ?」

「え?」

 ハルが目を丸くして首を傾げるのに、ジャンは少年のような笑みを浮かべ、それからハルの頬に、あの夜の時のように指先で触れながら問いかけた。
 
「教えてくれ。アンタの、名前を…」


 それに、ハルはゆっくりと息を吸い込んで、応える。

 あの夜、彼に伝えることが出来なかった、自分の名前を––––

ハルです。ハルグランバルドと…–––」

ハルか…良い名前だ」

 ジャンはハルにそう言って、嬉しそうに目を細めると、ハルの手を取って、その甲にそっと、キスを落とす。

 そして、あの日の夜に伝えることができなかった思いを、ハルの済んだ黒い瞳を見つめて言った。

「俺と、結構してくれ…ハル





追記→misora様へリクエスト企画へ参加して頂きありがとうございました!
 かなりシンデレラとは内容が違いますが…私の妄想が明後日の方向に飛んでいってこんな形になってしまい、更には長くなってしまって申し訳ありません←

 今後とも、あざらしとサイト共々、どうぞ宜しくお願い致します><   □あざらしより□



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