第二話
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「くそっ…!一体、どうなってんだよっ…!!」
ヒロは必死にユウキの腕を掴んで、人々がウォール・マリアの内門へと逃げる流れに揉まれながらも、必死に巨人の脅威から逃げていた。
壁が破られた直後は、家に向かおうとしていたヒロ達だったのだが、その道は既に巨大な巨人によって蹴破られた壁の穴から進入してきた複数の巨人によって塞がれてしまっていた。無理に通ることは不可能だと判断したヒロは、二人だけでも北の内門を目指して逃げるしかないと、父も母も、姉も傍に居らず不安で仕方なかったが、ユウキの兄としての勤めを果たそうと懸命に足を動かしていた。
「っ兄ちゃんっ…!怖いよっ…!!」
「っ俺だって怖いよ!!でもっ、でも今は逃げなきゃ駄目だ!!」
恐怖で泣きながら訴えてくるユウキを、ヒロは涙目になりながらも必死で鼓舞する。
壁の外から入ってきた巨人が、人を鷲掴んで喰いちぎるところを、もう二人は目の当たりにしてしまっていた。巨人に捕まれば自分達も同じ目に合うのだということは、いくら幼いとはいえ理解できた。
しかし、内門へと続く街道の先で、突然建物が崩れる音と、人々の空気を劈くような悲鳴が響き、ヒロ達は足を止めた。
「うわああああ!!!」
「ぎゃああああ!!!」
四つん這いの巨人が家々を薙ぎ倒しながら現れ、その巨人は四足歩行の獣のように、手を使わず地面を逃げ惑う人間を喰らっていた。その光景を見ていると、自分たちは地を這う小さな虫にでもなってしまったかのようだった。
「っ!…ユウキ、こっちだ!」
しかし、その巨人から逃れようと踵を返したとして、後ろからも巨人は雪崩れ込んできている。このままでは袋小路だ。逃げ惑う人々は自分のことで精一杯で、容赦なく周りの人間を突き飛ばしている。身体の小さい自分達は、巨人だけではなく大人達にも押し潰されてしまう危険性があった。
ヒロは兎に角この街道から一度離れようと、ユウキの腕を引いて、狭い路地裏の木箱の裏に身を潜め一先ず四つん這いの巨人が居なくなるのを待つことにした。
その間も、人々の悲鳴や巨人が地を踏み鳴らす音、人を食い骨を砕き、血が滴り落ちる音が彼方此方から聞こえてくる。ユウキは青白い顔で両耳を手で塞ぎ、ヒロの体に額を押し付ける。
ヒロも怖くして仕方がなかったが、必死に泣くのを堪えていた。
そうしていると、やがて人々の悲鳴が聞こえなくなった。皆街道から離れたのか、或いは皆喰い殺されてしまったのか…。四つん這いの巨人の足音も、聞こえてこない。
ヒロは恐怖で震える両足に懸命に力を入れて立ち上がると、再びユウキの腕を掴んで、路地裏から慎重に顔を出した。
街道を見渡したが、巨人の姿はない。ただ道の至る所に、『人であったもの』の残骸や血の海が出来ていて、ヒロは胃から迫り上がってきたものを吐き出した。
「っうぇ…!」
「兄ちゃんっ…!大丈夫っ?」
ユウキは震える手で、体を折り曲げたヒロの背中を撫で、心配気にヒロの顔を覗き込む。
こんな状況でも自分のことを気に掛けてくれる弟に、ヒロは自分が兄として守ってやらなければと、胃の中にあったものを全て吐き出して、奥歯を噛み締めると、気を強く持ち直し、口元を服の袖でぐいと拭って大丈夫だと頷いた。
しかし、その時だったーーー
突然、ヒロとユウキの頭上に、大きな影が降りた。
二人はそれに、身体の芯が瞬時に冷え切るような恐怖を覚え、顔を上げた。
「「!?」」
そこには、先程街道で人を喰らっていた四つん這いの巨人が居た。
巨人の顔は人の血で真っ赤に染まっていて、口からはボタボタと…まだ生暖かい血を滴り落としていた。その血は巨人を見上げたヒロとユウキの、頬や肩を濡らしていく。
「あ…あぁ…」
もはや恐怖で悲鳴も上げられず、両足が地面に貼り付き、体を動かすこともできなかった。
そんな二人に巨人の顔がゆっくりと近づき、まるで火を間近で見ている時のように熱い息が、二人の顔に吹きかけられる。…そして、巨人が大きく口を開いた時だった。
ビュンッ…!!
空気を引き裂くように、何かがこちらへと飛んでくる音がしたかと思えば、それは巨人の両目に深々と突き刺さった。
飛んできたのは二本の弓矢で、巨人は両目を手で覆い、痛みで唸り声を上げる。
「ヒロ!!ユウキっ!!」
耳馴染んだ声に、ヒロとユウキは弾かれるようにして背後を振り返る。
そこには背に弓筒を背負い、弓を持った姉のハルの姿があった。
「「姉ちゃん!!」」
二人は夕陽を浴び、肩で息をしているハルの姿を見て、膝から崩れてしまいそうな安堵感に見舞われたが、必死になって姉の元へと駆けその体に抱きついた。
「良かったっ…!見つけられないかとっ…本当に良かった…!」
ハルは巨人の目を掻い潜りながら、必死で二人のことを捜していた。途中で無人になっていた狩猟屋から弓一式を拝借してしまったが、そのお陰で弟を助けることができた。盗みを働いてはしまったが、今は罪悪感を抱いている場合ではない。
ハルは酷く震えている二人の体をギュッと両腕で抱きしめ、その肩口に顔を埋めて、二人の温もりを感じ生きている弟達が幻ではないということを確認する。それから安堵のため息を吐き出すと、四つ這いの巨人の方へと視線を向けた。
矢を受けた巨人の両目からは蒸気のようなものが上がっており、先程まで痛みで唸り声を上げていた巨人は、既にヨロヨロと動き始めていた。
「(傷の治りが早いっ…?)」
ハルはまだ巨人の動きが鈍っているうちにこの場所から離れようと、二人から体を離した。
「二人共っ、私についてきて。まだ走れる?」
「うん!大丈夫だ!」
「僕も平気だよっ!」
これまで二人きりで恐怖に耐え抜き、先程も言葉では表せないほど怖い思いをしていただろうに、気丈に振舞う弟たちに、ハルは笑みを返した。
「流石だね。…じゃあ、門まで一走りしようかっ!!」
「「うん!!」
ヒロとユウキは、先程よりも体が軽くなったような思いで、ハルの背中を追って走り出した。
何時だって、自分たちが困っている時や助けを求めている時、必ず助けてくれる姉の背中が傍にあるというだけで、ヒロとユウキはとても心強かった。
しかし、姉は…母と、そして運送業から戻ったはずの父と一緒に家にいた筈だ。なぜ今、一緒に居ないのだろう。
「…姉ちゃん…?父さんと、…母さんは…?」
ヒロはユウキの腕を引いて居ない方の手で、姉の弓を掴んで居ない右手を握った。その手は誰か血で、赤く染まっていた。
ハルはヒロの問いに、すぐに答えることができなかった。
ここで今、父と母が死んだと正直に話せば、二人は酷く動揺して、取り乱してしまうかもしれない。今は少しでも早く内門まで辿り着かなければいけない。今この状況で、真実を話すことはきっと間違っている。
しかし…だからと言って、どう答えるべきなのか。ハルは必死に頭を回したが、口から言葉が上手く出てこない。ハルはそれがもどかしく、自分の手を握るヒロの手を、握り返した。
そんなハルに、ヒロは不安気な顔で、前を走る姉の口元を見上げた。表情を窺うことはできなかったが、下唇をキツく噛みしめ、そこから血が滲んでいるのが見えた。…それで、ヒロは全てを察してしまった。無事ならば無事だと、ハルならばちゃんと口にしてくれるはずだ。すぐに答えが返ってこないのは…きっと。
「……姉ちゃん…」
ヒロは全てを察したが、それでもここまで自分たちを助けに来てくれた姉を、責める気になれなかった。泣き出したいほど悲しかったが、今自分が手を引いている弟のユウキを不安にさせたくはない。姉が真実を口にすることを躊躇っているのも、今は逃げることに集中すべきだと判断したからなのだろう。
「…ヒロ…、ユウキ…ごめんっ…」
しかし、嘘が下手なハルは、そう酷くか細い声を落とした。
ヒロは唇を噛み締め、姉の手をぎゅっと握り返して、頭を左右に振り、それからユウキの方を振り返った。
ユウキは丸く大きな瞳いっぱい涙を溜めていたが、ヒロの顔を見て、首を縦に振った。
「僕っ…泣かないよっ…!今はっ、泣かないからっ…!」
「「!?」」
泣き虫で甘えん坊のユウキが、そう口にして懸命に前を向うとしている姿に、ヒロとハルは胸が締め付けられた。
一番幼い弟のユウキが、その小さな身体で勇気を振り絞り、生きるために走っている。ならば兄であり、姉である自分が守ってやらなければと、ヒロとハルは心の中に、固い誓いを立てたのだった。
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