第一話
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「…今の光…一体何っ?!」
ハルは先ほどの光が、唯の稲光だとは思えなかった。天気が悪いわけでも、これから雨が降る気配がある訳でもないのに、雷が落ちるなんておかしな現象が起こる筈がない。
「分からないっ、外に出てみよう!」
アキシゲが緊迫した表情になって、畳から立ち上がり襖を開け放つ。ハルも頷いて、父親の後に続いて庭先に飛び出した。
そこには既に、不安げに佇む母のミーシェの姿もあった。
「アキシゲさんっ… ハル!さっきの光は一体…」
「妙だな…嫌な予感がするよ」
アキシゲは胸元で手を握るミーシェに寄り添い、震える肩を抱き寄せながら、南の壁の外に上がっている激しい煙の方へ視線を向ける。その場所は、丁度壁の外へ繋がる門がある場所だった。
「あの煙…ただ雷が落ちただけで上がるようなものじゃない…」
アキシゲはそう呟いて、鋭い双眼を細めた。そして、やがてその煙の中から現れた存在に……息を呑んだ。
「あれはっ、何…っ」
ハルが動揺を隠し切れず思わず出てしまった声は、恐怖で酷く震えていた。
壁の縁を大きな手が掴み、皮膚のない真っ赤な顔をした、巨大な顔が其所にあった。
「…巨人…だっ…」
アキシゲはそう、酷く掠れた声で呟いた。
ハルも壁外に居る巨人の存在を知ってはいたが、実際に目の当たりにしたことはなかった。
しかし、こんな恐ろしい存在に囲まれながら、今まで自分は生きていたのだと、…今になって思い知らされる。
「あれが…巨人っ」
ハルがそう、震える喉の奥で呟いた時だった。
ドオオオンン!!!
「!?」
突如として、壁が大きな音を立てて、門ごと吹き飛んだ。
大地が大きく揺れ、爆風のような激しい風が襲いかかってくる。しかし、ハル達を襲ったのは、それだけではなかった。
吹き飛んだ壁が、大きな岩の塊となって、空気を切り裂き甲高い音を上げながら、こちらへ向かって飛んできたのだ。
「いかんっ!!!」
「ハルっ!!」
その刹那、アキシゲとミーシェが、ハルの体を強く突き飛ばした。
二人の酷く焦った顔が、二人が伸ばした両腕が、遠のいていくのがやけにゆっくりと見えた。
そしてハルの背中が地面に叩き付けられたのと同時に、激しい衝撃と轟音が、ハルの身体と鼓膜を揺らした。
「っ!!?」
ハルは受け身を取れずに打ち付けた背中の痛みに耐えながら、地面に腕を付き上半身を起こした。
辺りは砂埃が舞い上がっていて、何も見えず、息を吸い込むと喉に細かな砂が張り付いて、ゲホゲホと何度かむせ返ってしまう。
咳き込むのが治まる頃には砂埃も晴れていき…やがて大きな岩が視界に浮かび上がる。
それは先ほど壁から飛んできた岩の塊だった。
そして、その岩が落ちている場所は…先程まで、父と母が立っていた場所でーー
「!!っ」
ハルは、自身の靴に生暖かい何かが染み込んでくる感触がして、視線を足先へ落とした。そしてその黒い双眼を溢れ落ちそうな程に大きく見開くと、ひっと喉を引き攣らせた。
砂埃が晴れると、岩の下から、大量の鮮血がじわじわと溢れ出しているのが見えて、それはハルの足元まで広がっていた。
そしてその岩の下から、赤い血の海に溺れて、二つの腕が覗いていた。
その腕は、先程自分を突き飛ばした、父と母の腕だった。
「…なんだ、これっ…父さん、母さん…っ!?」
ハルは、自分の身に起きていることが、現実のこととは思えなかった。とても、受け入れられるものではなかった。
よろよろとその場に立ち上がり、二人の腕の元へと足を縺れさせながら歩みを進め、岩の下に居る二人に必死になって声を掛ける。
「父さんっ!…母さん!!?」
しかし何度呼んでも答えは返ってこない。
岩の下から赤だけが広がるばかりで、ハルは必死になってその岩をどかそうと両手を岩肌に付き力をうんと振り絞るが、地面に抉り込んだそれは、びくともしなかった。
「ああっ、な、なんなんだっ…なんなんだっ!!?母さんっ、父さん…!!なんでっ、なんで!?」
岩の尖で掌の皮膚が裂けるが、そんなのはどうでも良かった。しかし、懸命に岩を退かそうとしたが、地面を蹴る足が二人の血でずるりと滑り、ハルは血の溜まった生暖かい地面に両手をついてしまう。
鉄の匂いがする生暖かい液体が、バシャリと跳ねて頬を濡らす…。
「夢だ…っ、こんなの夢に決まってるよ…っ」
自身の目の前に広がる地獄のような光景。
こんな凄惨な景色は、夢に決まっているはずなのに、自身の手や足に触れているその真っ赤な血は、酷く温かくて、打ち付けた背中もジリジリと焼けつくように痛い。
そして、街の方からはけたたましい悲鳴が聞こえてくる。家の門前を、大勢の顔面蒼白になった人々が、ローゼに繋がる門の方へと向かって逃げ惑っていた。
ハルは地面に手をついたまま、その様子を放心して眺めていた。しかし…その人波の中に、小さな少年二人が手を繋いで必死に逃げている光景が目に入って、ハルははっと現実に引き戻された。
「…ヒロ、ユウキっ…!」
弟二人は、街中に遊びに出ていた。
もしかしたら、この混乱にパニックを起こして何処かで動けなくなっているかもしれない。
「っ…!」
もう此処に居ても、父と母を救うことは出来ない。こんなパニック状態の中で、誰かに力を貸してくれと助けを求めることも出来ない。
ならば、父と母が救ってくれたい命で、弟二人を助ける以外に、自分に今出来ることはないのだ。
「ごめん…ごめんなさいっ…父さん…っ母さんっ」
ハルは父と母の冷たくなった腕に触れ、それから奥歯を噛み締めてその場に立ち上がった。
ハルは後ろ髪を引かれる思いで踵を返し、家の門を飛び出して、人並みに逆らいながら街の方へと駆け出す。
これが、ハルにとっての、地獄の始まりだった。
完