第一話
名前変換設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「父さん、入るよ…?」
「ああ、入りなさい」
ハルは夕食前に荷運びの仕事から戻ってきた父アキシゲの自室がある襖の前に正座をして、中にいる父に向かって声を掛ける。すると、襖越しに、低く静かな口調の父の声が返ってきて、中に入るよう促された。
ハルは襖を静かに開けると、畳の敷かれた部屋へと入る。
少し強面だが、見た目とは反して人柄は柔らかいアキシゲは、何やら剣とは少し違った、細く長い刃を携えた得物を鞘から抜き、その刀身を眺めていた。
部屋に灯された灯籠の明かりを受けて、キラキラと光る刃が、ハルにはとても美しく見えた。
「それは…何?」
「これはな、『太刀』というんだ。いつも振っている木刀とは、違うだろう…?」
ハルが興味津々な様子で問いかけてくるのに、アキシゲはふっと口元に笑みを浮かべると、静かにその刃を鞘に仕舞い込み、正座をしている体の前に、横向きに置き、ハルの方へと差し出した。
アキシゲは触っても良いぞと言ったが、ハルはなんだかその『太刀』が妙に触り難いと思えてしまって、触れはせずに眺めるだけだった。
「…綺麗だね…でも、なんだがちょっと怖いかな…」
「そうか…。そうかもしれないな」
アキシゲはそう囁くようにして呟くと、至極穏やかな黒い双眼で、ハルを見つめた。その視線に、ハルはなんだか背筋が自然と伸びるような感じがして、正座をしている膝の上に改まって両手を置いた。
「お前は…昔から優しくて強い子だ。良く母を助け、体の弱いユウキに寄り添い、長男の見本となってきた」
「それは、少し褒めすぎだよ。最近はヒロの方が立派になってしまって、私がいつも怒られているし…」
そう苦笑して肩を竦めるハルに、アキシゲはふっと口元に笑みを浮かべて、いいやと首を横に振った。
「それでも、ヒロもお前のことを心の底から信頼しているだろう。…父としても、お前のような素晴らしい子が娘で、本当に誇らしいと思っているよ」
「…父さん…」
ハル自身、頭も良く武術に長け、心根の優しい父親のアキシゲのことを尊敬し、密かに目標にしていた。そんな父から手放しに褒められると、なんだかとても擽ったいと感じながらも、素直に嬉しくなって、自然と表情が綻んでしまう。
「ありがとう父さん!…私も、父さんが私の父さんで良かったって、いつも思ってるよ?」
「!」
思いもよらない、父親冥利に尽きる言葉を受けて、アキシゲは目を丸くする。
「それに、母さんも、可愛い弟達も傍に居てくれて…こんなに恵まれていることなんてないなって…」
「…ああ、そうだな」
まだ幼い少女であるにも関わらず、慈愛に溢れるその言葉と表情に、アキシゲは胸が一杯になる。
こんなに愛らしく心やさしい娘に、自分の宿命など背負わせたくはなかった。
しかし、その宿命から逃れることは出来ない。そうであるのならせめて、ハルに待ち受けている将来の話をしておくことで、その時が来た時、ハルがしっかりと自分の意思で道を選び歩いて行けるよう、せめて導いてやらねばと思う。
そしてそれが出来るのは、今この時だけなのだということも…アキシゲは既に予感していた。
「ハル…お前は私に似ている。見た目もそうだが、お前に課せられた宿命も…同じように…」
「宿命…?って、東洋の文化を繋いでいくこととは、違うことなの?」
「…ああ、そうだ」
何処か悲しげに話す父に、ハルは怪訝な顔を傾げた。アキシゲはそれに緩慢に頷く。
「だがお前にはその宿命を背負って欲しくはない。この先も…、何にも縛られずに、ただ自由に生きていてほしい」
「その宿命っていうのは、…どういうものなの?」
神妙な顔になって、話の核心を問うハルに、アキシゲは視線を、体の前に置いている太刀へと下ろして話を始めた。
「…父さんの家系は、代々ある人を守る側近としての役目を担ってきた。ある時はその御方の政を支え、ある時は自らを盾にしてもその命を守り抜いてきた。…しかし、ある時から、その御方とは離れ離れになってしまったのだ」
ハルはその話をどこかのおとぎ話のようだと感じていたが、父アキシゲの視線は真剣そのものであり、作り話ではないということはハッキリと分かった。それに、父は元々冗談を言う人でもないので、今聞いている話は本当なのだと、信じざるを得ない。
「…しかし、運命はきっと、その御方とお前を引き合わせる。と、私は…直感している。…お前は、私の血を濃く継いでしまったからな」
アキシゲはそう悲しげに話して、双眼を細める。その表情に、ハルはなんだかとても悲しくなってしまって、眉をハの字にして肩を落とす。
「…」
「もしもその御方とこの先出会うことがあったとしても…お前は宿命に捉われないように、自分で道を選び、進んで行って欲しい」
「自分で…選んで…?」
「…夢を見ると言っているだろう?金髪で、青色の瞳を携えた少女の夢を…」
「うん」
「それは私たちの先祖が見た記憶だ。私も幼い頃は時々見ていたが、お前のように毎晩見ることはなかったし、内容もいつも朧げだった…」
「その子が…父さんや私の…守るべき人なの?」
「いいや…違う。守るべき人は…同じ東洋人だ」
「…そう、なんだ。…じゃあ、あの子は一体…なんなんだろう」
「それは良くは分からないんだ…」
「…そっか」
ハルは冷静を保ってはいるが、困惑しているようで、膝の上の両手を静かに握りしめた。
アキシゲから聞いた話は、自分毎のようにはどうしても考えられなかった。
そんなハルの様子を、アキシゲは当然だろうと思いながらも、伝えておかなければいけないと、口を開いた。
アキシゲもまた、その宿命を受け入れざるを得ない。しかし、自分と同じように、宿命に沿った道を、ハルにはどうしても歩んでほしくはなかったのだ。
「… ハル…お前は本当に心優しい子だ。だからこそ、それ故に自分を犠牲にし、そして責め立て苦しむ道を選び続けるのかもしれない…。だが、ハル…お前は…お前には…っ!?」
その時だった…
ふとアキシゲが何かを感じ、言葉を詰め顔を襖の方へと向けた刹那…
カッーーーー!!
不意に辺りが黄金色に瞬き、外から雷が落ちたような轟音が、地面を大きく唸らせながら、大きく鳴り響いてきたのだった。
→