第五話
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ライナーがハルのことを宿舎に連れて来た時、僕は正直、悪い事が起こる前触れのような、漠然とした不安を感じていた。
僕たちがこの島に居る理由、壁を壊した理由、大勢の人を殺した…理由。
其れらを支えている僕達の精神的な柱に、まるで稲妻のように大きなヒビが駆け巡った音が、外に降り積もった雪のような白い肌に、漆黒の黒髪を携えた少女の寝顔を見た瞬間、頭の中に響き渡った気がした。
この子に近づいてはいけない。
そう僕の中の本能に、誰かが強く訴えかけて来る。
でも、彼女を遠ざけようと思う感情とは裏腹に、酷く惹きつけられてしまうのは…何故なんだろう。
この子から多くのものを奪い取ってしまったことへの、罪悪感から生まれてくるものなのか…、はたまた感情論ではなく、もっと別の理由があるのかは、分からないけれど…。
輪郭をはっきりと持たない、霧のように曖昧な感情に戸惑っているのは僕だけじゃなくて、ライナーやアニも、同じように見えた。
その不思議な黒髪の少女、ハル・グランバルドは、ある日宿舎に居る生産者全員に配布された、一枚の赤い紙を見て、一人広間の隅に膝を立てて座り込んでいた。
異様な程に赤い、目に刺さる血の色をした紙に、連ねられていた内容は、この冬が終わり、雪が溶けた春、大規模な『ウォール・マリア奪還作戦』を行うということが記されていた。
そして、作戦概要には…兵士だけではなく、強制的に、…ウォール・マリアからローゼへと避難してきた難民の多くが、兵士として招集される––––との記載があった。
明らかな口減らしだ。
僕達にはそれがすぐに理解出来たし、壁を破り多くの人の命を奪っただけでは留まらず、壁を壊したことで引き起こされた更なる地獄を生み出してしまったことで、抱えていた罪がもう目も当てられない程に肥大化してしまい、重く冷たい影が、心の中を埋め尽くして行った……
強制招集の対象となる難民は、女子供を除いた、中高年の男性が主だった。
其処にハルは該当していないのだが、ハルは赤い紙の文面を、穴が開きそうな程口惜しげに見つめていた。
そんなハルの顔を見て、僕は思ったんだ。
ああ、ハルはきっと…
壁の向こうにある故郷で、
死にたがって、いるんだって…––––
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