第一話

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 この夢を見るようになったのは…一体何時からだっただろうか。
 
 見始めた時期を正確には覚えていないが、私は眠りつくと決まって同じ夢を見た。それも最近ではなくて、物心ついた頃からずっとだ。


 その夢はいつも、自分が荒れ果てた大地を耕しているところから始まる。

 雑草や石、朽ちた枝等が転がり、乾き地割れを起こす程に固くなった地面を、重く錆びた鍬で掘りおこすのは、かなりの体力が必要で、時より木でできた鍬の柄のささくれが指や掌に刺さって、その痛みで何度も息を呑む。

 周りには同じように地を耕す大人達や、まだ幼い子供も居て、自分も含め皆、決まって薄汚れた奴隷服を身に纏っている。その他にも、家畜場へ餌を運び込む者や、丸太や遠くの泉から飲み水を運ぶ者も居る。そんな奴隷の私たちを、兵士の格好をした男たちが、まるで汚いものでも見るような不快な視線を巡らせて、奴隷達の監視をしている。

 やがて、地を耕す行為を繰り返していると、ふと近くでばしゃりと地面に水が溢れバケツが転がる音がして、近くに居た兵士が声を上げた。

「お前何をしているっ?!立てっ!立って自分の仕事をしろ!!」

 兵士は怒鳴り声を上げながら、地面に倒れている金髪の小さな少女の奴隷服の首襟を乱暴に掴んで、無理やり立ち上がらせる。

「戻って水を運んで来いっ!!」

 そうして地面に転がった木製のバケツを指さした兵士に、少女は何も言わず怯えた表情を浮かべながら、こくこくと頷く。転んだ時に擦りむいたのか、両膝からは真っ赤な血が流れていた。
 少女は兵士から解放されると、慌ててバケツを拾い、踵を返してまた遠い泉の方へと戻って行く。
 
 自分はそれをどうしても放って置けなくなってしまって、手にしていた鍬を地面に投げ出して、その少女の後を追った。


「おい!貴様!!何をしているっ!」

 それを見逃さなかった兵士がこちらに向かって声を上げ追いかけようとしたが、それを近くにいた違う兵士が制止する。引き止めた理由は分からないが、追い駆けて来ないのならそれ以上都合の良いに越したことはないと、細い腕でバケツを持ち、細く折れそうな足でよろよろと歩く少女の肩に手を置く。

 すると、少女はびくりと体を震わせてこちらを振り返った。

 青い空のような瞳が、怯えているのか小さく小刻みに震えている。
 
 自分は少女を落ち着かせようと、小さく微笑みを浮かべて、穏やかになるよう努めた声で話しかけた。

「先に、…傷の手当てをしないと…。悪化したら大変だよ」

 それに少女は戸惑ったような表情を浮かべ、周りを見渡す。

 本来ならば、同じ奴隷服を纏った人間が、このように自由に行動をしているのを兵士が見逃す筈がないからだ。…しかし、兵士たちが自分を咎める様子がないので、少女は困惑しているようだった。

「貴方は…誰?なんで、兵士は…」

 少女はそう震えた声で小さく問いかけてくる。
 
「『   』って言うんだ。兵士が何も言わないのは、ちょっといろいろあって…ね?」

 自分が名前を名乗る時も、呼ばれる時も決まってよく夢では聞こえないが、夢の中の自分は、兵士が自分を咎めない理由を理解しているようだった。
 少女は曖昧な説明に納得がいかない顔をして居たが、それに構わず、自分は少女の手を引いて歩き出す。

「ちょ…ちょっと待って、そっちに行っても誰も手当てなんてしてくれないよ?」

「大丈夫だよ。心配しないで…。それよりも、それ、持つよ」
「あ…!」

 そう言って少女の木製のバケツを半ば奪い取るようにして持つと、少女がダメだと言うかのようにこちらを見たが、それに微笑みを返せば、困ったように少女は眉をハの字にして、口を引き結んだ。

「すみません、水と包帯を頂けませんか…」

「あ?なんだお前は!そんなものお前らにやれるわけが…」

 条件反射のように二人を突っぱねるように話し出した、仮設の診療所に居た兵士だったが、二人に視線を巡らせ、そうして自分と目が合うと、はっとしたように目を見張って、ゴホンと一度咳払いをする。

「やれるのはこれだけだぞ」

 そう言って兵士は包帯と木のコップに一杯の水を渡してくれる。それに自分は礼を言って頭を下げると、その場から少し離れた場所にある切り株に彼女を座らせる。

「…今傷口を洗うから、ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」

「うん……っ」

 小さな両膝の傷口を、僅かな水を無駄にしないように上手く洗い流す。すると、傷口が染みたのか、少女が肩を強張らせて息を呑む。
 それを申し訳なく思いながらも、渡された包帯を自分腕の力で無理矢理二等分に破いて、少女の両膝に巻きつけていく。

 そんな自分を見下ろしながら、少女は小さく問いかけてくる。その声は、もう震えては居なかった。

「…貴方って…不思議な人」

「…不思議って…何が?」

 膝に包帯を巻く作業を一度止めて顔を上げると、彼女の後ろに広がる色褪せた空の青よりも綺麗で澄んだ水々しい瞳が、じっと自分を見つめて静かに言った。

「…その黒い髪も、黒い瞳も…私見たことない。…それに…」

 少女は小さな手の、傷ついた痛々しい指先で、そっと右頬に触れてくる。

 その指先からは、夏の木漏れ日のような温かな体温が伝わってきて、胸の奥が小さく震える。

「貴方からは…なんだかとても優しい音がするの」

「!」

 そう言って、少女は微笑んだ。

 金色の、細い髪を、風に靡かせて…とても嬉しそうに。

 その情景は見る度いつも、まるで夢とは思えないほど鮮明で、綺麗なのだ。
 
 しかしこの夢は、いつもその少女の笑みを見た…そこで突然終わってしまう。
 
 目が覚めると、私はいつも見慣れた寝室の板張りの天井を見上げながら考えるのだ。

 彼女は一体何処の誰で、どうして何時も…あの瞬間に目が覚めてしまうのだろうかと…。
 そんな疑問で朝は頭が一杯になって、起きた後はしばらくぼーっとしている。

 私の変わり映えのない日常は、いつもそうやって、始まるのだ。

『泡沫の翼』 第一話 「世界で一番 大切なもの」

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