皆が紡いだ絆
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「ジャジャーン!」
「「おお!!」」
なるべく花が咲いているところは避け、川辺に持参したシートを敷いて、その上でサシャとクリスタが大きな四角いお弁当箱の蓋を開けると、その中身を覗き込んだ男子達は歓声を上げた。
今日の集合時間に集まるのが遅かった女子達には理由があり、それはモニカさんから厨房を借りて今日のお弁当作りをしていたためだった。
お弁当の中には沢山の料理がぎっしりと詰められており、色とりどりの料理に、男子勢はごくりと喉を鳴らす。
「すげぇっ、思ってたよりも数倍豪華じゃねーか!」
このご時世のため肉料理は含まれていないが、魚や野菜、卵や果物など使って彩られたお弁当に、コニーがそう声言うと、隣に座っていたマルコが「『思ってたよりも』は余計だよ」と苦笑した。
ミカサはそそくさと皆に取り皿を配ると、エレンの隣にさり気なく座り、ユミルもクリスタの隣を陣取る。木製の使い捨てのフォークを手にしたベルトルトとは、お弁当の中身を見回しながら肩を竦めた。
「どれから食べたらいいのか、悩んでしまうよ」
「うん。本当に、どれも美味しそうだから」
アルミンが嬉しそうにベルトルトの言葉にうんと頷く様子は女子勢の母性本能を擽るものがあったが、打って変わってコニーはお弁当箱の中からすこし焦げた卵焼きを見つけて、それをずぶりとフォークに刺して口に運ぶ。
「うーん。こりゃサシャだな。不味くもねぇけど美味くもねーからな」
「コニー、一発殴らせてもらっていいですか」
サシャが拳を音がなるほど握りしめて鬼の形相で言うのに、コニーがひっと卵焼きを飲み込んでむせ返る。
今のはコニーが悪いと皆思いながら、それぞれにお弁当の料理を取り皿に取って食べ始めた。
「エレン、これは私が作った」
「ミカサが?…うん、美味いな…。ほら、アルミンも食ってみろよ?」
「うん…!美味しい!ミカサ料理上手なんだね!」
「…っん」
ミカサが一生懸命に作った卵焼きを、エレンは美味いと言ってアルミンにも食べさせる。アルミンもしっかりミカサの作った卵焼きを味わいながら、キラキラと目を輝かせて頷いた。そんな二人に、ミカサは嬉しそうに表情を綻ばせて微笑む。ミカサがこの顔を見せるのは、エレンとアルミンとハルにだけだ。
「あ、これ…アニが作ったやつでしょ?」
「なんで?」
「だって味付け、甘いから」
「…正解」
ベルトルトは甘い物好きのアニが作った卵焼きを簡単に言い当て、アニは少し照れている様子で、こくりと頷いた。
ベルトルトはそんなアニのことを内心で可愛いなと思いながらも、その卵焼きを味わって食べる。
「…おいユミル、なんでそこ一角ばっかり食ってるんだよ?」
「あ?だってここはクリスタが作ったところだからな」
「おい俺等の分も取っとけよー」
「駄目だ。クリスタが作ったのは全部私が食べる」
フロックはふとしてユミルがお弁当箱の右上の角の料理ばかり食べているのを見て疑問を投げかけたが、そう言うユミルにコニーが抗議の声を上げた。しかしユミルは少しも譲る気がない様子で、もくもくと右上の料理ばかり食べ続けている。
そんな中、マルコが頭の上にいつの間にやらやってきた小さな水鳥を乗せているハルの方へと視線を向けて問いかけた。
「ねぇ、ハル。ハルが作ったのはどれなの?」
「ええっと…、私が作ったのはこの白身魚のフライ…」
ハルは頭の上に乗っている水鳥が頭上で寛いでいるのを気に留める様子もなく、何気なくフライを指差した瞬間、そのフライに向かって複数のフォークの先が飛んできて、それはフライに刺さる前に宙でかち合いギシッと苦しげな音を立てた。
「おい、ジャン。ここは退け。お前、ハルの手料理なら夏風邪引いた時に食ってるだろ」
「馬鹿言うんじゃねーよ。目の前にハルが作った手料理があるんだぞ。…食わずに居られる訳ねーだろ」
「おっ!俺も食いたい!これだけはっ、何としてでもっ!」
ライナーとジャンとフロックがギリギリとフォークの先を押し付けながら睨み合っているのに、ハルは顔を引き攣らせる。
「あ、あの…三人とも?何もフライ一つでそんなに…。こ、これだけじゃないから!ほら、こっちのアスパラのチーズ焼きも」
と、違う方のお弁当箱を指差すと、今度は其方からフォークが軋み上がる音が響き、ハルはぴくりと片眉を震わせて、体を硬らせた。
「クリスタ、ミカサ。こればっかりは譲れませんよっ!このアスパラチーズは私のものです!!」
「サシャもミカサも、作ってる最中に沢山摘み食いしてたじゃない?!これは譲って!」
「卵焼きは食べたけれど、これは食べてない」
サシャが眉を釣り上げてフォークをアスパラに刺そうとするのを、クリスタとミカサのフォークの先が既のところで防いでいる。
「え…えーと、皆っ、ちょっと落ち着いて…」
今にでもフォークの先がバキリと音を立てて折れそうになっているので、ハルは若干身を引きながら止めに入るっている。ハルの手料理を手に入れるためにまたしても不毛な戦いを始めたジャン達やサシャ達を、アルミン達は呆れ果てた様子で見つめていると、ハルが
予想した通り鬩ぎ合っていたフォークがバキリと音を立てて折れ、ハルの白身魚とアスパラが宙に舞い上がった。
「「あ」」
それを皆が口を開けて目で追っていると、ハルの頭の上に乗っていたいた水鳥が不意に羽を広げて飛び上がる。
そしてその水鳥は見事にそのフライとアスパラを嘴でキャッチし、近くの木の枝に止まって、ジャン達やサシャ達を見下ろしながら、これ見よがしにムシャムシャと食べ始めた。
「「…」」
それに先ほどまで熾烈な戦いを繰り広げていた皆は口を一直線に引き結んで、ハルの方へと顔を向けた。
「あはは、随分と俊敏な水鳥だね」
しかしハルはそんな水鳥を見上げながら、呑気ににケラケラと笑っていて、ジャン達は何だかハルに対して申し訳ない気持ちで一杯になった。
今日はハルの誕生日だというのに、ハルにとっては災難ばかり続いているような気がする。
なんとか挽回しなければと焦ったサシャは、皆に目配せをする。と、皆はこくりと頷きを返してきたので、サシャは肩からかけていたポシェットから小さな袋を取り出した。
「あ、あの、ハル…!これ、…遅くなってしまったんですが、みんなで作った誕生日プレゼントです!」
「え」
サシャの両掌に乗った赤い袋に白色のリボンがあしらわれているそれを、ハルは黒い双眼を丸くしてじっと見つめ、それからサシャと、皆の顔を見渡した。
「これ…貰って、良いの?」
その問いかけに、皆は笑顔を浮かべてこくりと頷く。
ハルは壊れ物に触れるかのようにしてサシャの掌からそれを受け取ると、白いリボンを解いて、袋の中に入っていた、色とりどりの糸で編み込まれたブレスレットを自身の掌に載せた。
「…っこれって、ミサンガ…」
ハルはじっとミサンガを見つめながら呟くと、クリスタがこくりと頷いた。
「うん!これはアニの提案でね?皆で相談して、一つのミサンガを、皆で少しずつ編んでいくことにしたんだ。いつもハルには、沢山助けられているし、感謝の気持ちを込めて…ね?」
「アニの…提案…」
ハルはそう呟きながら、視線を上げてアニの方を見ると、アニは珍しく顔を真っ赤にしてハルから視線を逸らした。
「それはっ、言わない約束だったでしょ」
そんなアニのことを微笑ましく思い皆が笑う声を聞きながら、ハルは自分の左の手首にその虹色のミサンガを付ける。
そして、その手を空に翳した。
「…っ」
ハルは太陽の光を受けて、みんなが少しずつ紡いでくれた糸でできたミサンガが輝くのを見て、胸が一杯になって、何も言えずにいると、ミカサが心配げにハルの顔を覗き込む。
「ハル?」
そんなミカサの声に、ハルはそのまま太陽に手を翳したまま、後ろに倒れて背中をシートに押し付ける。
すると、みんなが怪訝な顔で、そんなハルの顔を覗き込んだ。
青く、どこまでも澄み渡った空に、雲ではなく白い花の花弁が風に乗って流れていく。その景色の中には、大好きな皆の顔があって、自分の手には、大好きな皆が紡いでくれた糸で形作られたミサンガがある。
この喜びを、どう言葉にしたらいいんだろう。
ハルは胸の中に膨れ上がる感動をとても言葉だけでは言い表せなくて、それがもどかしくて、目頭が熱くなってしまう。
「…っ、ごめん…なんか、言葉が…出てこなくて…っ嬉しくて…どう伝えたら良いのか…っ…」
太陽に翳した手をギュっと握りしめ、ハルは自分が泣いている顔を見られたくなくて、その腕を目蓋の上に乗せて覆い隠す。
そんなハルに、サシャ達は顔を見合わせると、ふっと破顔する。
「「ハル、誕生日おめでとう!」」
皆がそう声を揃えて言うと、ハルは堪らなくなって寝そべっていた上半身をばっと起こした。
「っ…こんなに嬉しいプレゼント、世界の何処を探したってないっ…!ほんと…っ、本当に…っありがとう……!一生、一生っ大事にするから…」
ハルはぎゅっと手首にあるミサンガを右手で握って、それを胸元に引き寄せると、心の底から溢れ出すような笑顔を浮かべて言った。
「皆っ、大好きだよ…!」
「「!?」」
そんなハルの笑顔に、ミカサは心臓がぎゅっと絞めつけられたような気がして、自身の胸を押さえながらふうと長く息を吐いた。
「っ危なかった…心臓が止まるところだった」
そう呟くと、マルコは苦笑を浮かべながら、地面に倒れている五人を指差す。
「…ここに、消し飛んでる五人が居るけどね」
「おお…こんなに幸せそうな顔で失神してる奴ら、初めて見たぜ」
コニーは何故か浄化され、天国に成仏したかのように極楽の表情を浮かべ倒れている、ジャンとライナー、フロックとサシャとクリスタを見下ろして、顔を引き攣らせて言った。
その後ハルたちは、失神したジャン達を馬車乗り場まで背負って、駐屯地へと戻る羽目になったのだった。
完