皆が紡いだ絆
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「ハルの…誕生日ですか!?」
サシャが胡桃色の大きな瞳をまん丸にして声を上げるのに、テーブルを隔てた前に座っていたライナーが、腕を組んで頷きを返す。
「去年は何かとバタバタしてて、祝ってやれなかったからな…。運が良いことに今年は休みだし、皆で何かしてやれないかと思って、この場を設けさせてもらったってわけだ」
ライナーは夕食終わりで食堂の一角にサシャ達を集めると、五日後にやってくるハルの誕生日祝いについての相談を皆に切り出した。
ハルの誕生日当日は訓練も休みであるため、夜遅くとまではいかないが一日自由に過ごすことが出来る。集まった一同はライナーの提案に対して、各々首を縦に振り、意欲的な姿勢を見せる。
「しましょう…!絶対しましょうっ!危なかったですよ……一世一代の祝い事を、逃してしまうところでしたっ…!」
「そうだよねっ… ハルが生まれてくれた日をお祝いしないなんてっありえないよ!!絶対喜んで貰える内容にしようねっ!!」
「何だか二人の覇気が凄まじいんだが……誕生日を祝う奴の雰囲気じゃないぞ」
サシャとクリスタが武者震いをしながら座っていた椅子から立ち上がって言うのに、まるで戦場に赴く前の兵士のようだと、ライナーは若干身を引きながら眉間に皺を寄せる。
そんな中、コニーは首を傾げて考え込むように腕を組んだ。
「でもあいつって、何が欲しいんだろーな?」
「確かに… ハルって無欲そうだし、物欲こそ無縁みたいな感じがするしね」
コニーの疑問に対して、アルミンはテーブルに座って読んでいた教本をそっと閉じると、頬を触りながら首を傾げて言った。サシャはふと思い立って、食堂の柱に背を預け、腕を組んで立っているアニへと視線を向けた。アニはハルと同性である上に、ライナーとベルトルト同様に付き合いも長いので、何か良い情報を知っているかもしれない。
「アニは何か知ってますか?ハルの好きなものか何か…」
「…ハルは…甘いものは人並みに好きだけど…その他には私も良く知らない。服とかもあの調子で、興味なさそうだしね」
アニは首を横に振りながらサシャの質問に答えた。
ハルは人当たりも良く、明け透けな性格をしているが、彼女の何を知っているのかと聞かれると、知らないことがあまりに多いと気づかされて、アニは少し胸に靄がかかった様な気がした。サシャもアニと同様、衣食住を共にしていても、ハルの好きなもの一つ思い浮かべられないのが口惜しいと感じながら、腰に手を当て肩を落とした。
「ですよねぇ…いつも私服は、シャツに短パンですからねぇ…」
「短パンなぁ…うーん、ハルの短パン姿はいつもそそるものがあるよな?良い脚してんだよなぁ……グヘッ!!?」
サシャの呟きにいつの間にやら話の輪に参加していたフロックが顎に手を当てて、ハルの短パン姿を思い出しながら言うのに、間髪入れずライナーの容赦の無いパンチが鳩尾に飛び込んできて、フロックは蛙の潰れたような声を上げて地面に倒れた。
一撃でノックダウンし、泡を吹いているフロックを横目に、マルコは隣に座って水を飲んでいるジャンに視線を向けた。
「…ジャンは、何か知らないの?」
「何かって…なんだよ?」
「だって好きな子のことは、知ってるもんじゃないの?」
「ブフッ!?マッ、マルコお前なぁっ…!!」
真摯な視線で問いかけてくるマルコに、ジャンは思わず口から水を吹き出し、悪気がないのが尚更タチが悪いとダンとコップをテーブルに叩きつけて立ち上がる。が、マルコはきょとんとして首を傾げるだけであり、今更自分がハルに好意を持っていることを知られたところで、此処にいる面子は既にそれを把握済みであるため、ジャンは深いため息を吐きながら冷静さを取り戻すよう努めて、椅子に座り直した。そんなジャンに、地面に伸びているフロックを椅子に雑に座らせたライナーが、肩を竦めて言った。
「まぁ長く一緒にいる俺達でも知らないことだ、お前が知らなくても無理もないだろう」
「…お前に言われると、皮肉にしか聞こえねぇ」
「そうか?それは、すまなかったな」
顔の片側だけ歪めてライナーを睨み上げるジャンに、ライナーは相変わらず人の良い笑顔を浮かべていたが、その裏には挑むような感情がチラついていて、周りにいた一同は息を呑んだ。
「…おおっ、殺伐としたオーラが二人の間に見えるような気がしますっ」
「ハルの取り合いなら私も参加しよう」
サシャが神妙に言いつつも何処か面白そうにしている中、ミカサがすっと右手を顔の横に上げて前に出たのを、エレンが慌てて止めに入る。
「いや、お前まで参加したら大事になるからやめろって!」
そんな中、ユミルはクリスタの隣で気怠げに欠伸を噛み殺しながら、頭の後ろに腕を組んで言った。
「…っち、知らねぇならもう本人に聞いちまえばいいんじゃねーの?」
「ああ、ユミルの言う通りだと俺も思うぞ。俺達だけで考えてたって、本当に欲しいものが分からないんじゃ話が進まないだろ?」
それにはエレンも賛成だと頷くのに、傍にいたアルミンとミカサが激しく首を振った。
「いやエレン!ユミル!そういうことではなくて…」
「誕生日を祝うのは、サプライズに…した方がいい」
アルミンとミカサの言葉に、エレンとユミルは納得がいかない様子でいると、其処をちょうど夕食を終えたハルが、トレイを下げるのに傍を通りかかった。
そんなハルに気づいたユミルが、「お!」と座っていた椅子から立ち上がって、ハルの肩を後ろからポンと叩いて呼び止める。
「おいハル!お前来週誕生日なんだってな?何か欲しいものとか、あるのか?」
「え?」
その言葉に、ハルは足を止めてユミルを振り返ると、きょとんとして首を傾げる。それに、エレンと人形のように手足を投げ出し椅子の上で意識を失っているフロック以外の一同が、ユミルに慌てて詰め寄った。
「ユミル!?何をしてるんですかぁ!?折角サプライズにしようと思っていたのに!?」
「もうユミル!計画が台無しじゃない!!」
「いや…計画も何もなかっただろ」
周りがあまりの剣幕で押し寄せてくるので、ユミルも思わず表情を引き攣らせながら言うと、ハルはそんな皆の様子を気にする様子もなく、「そういえば…」と思い出したように口を開いた。
「…誕生日かぁ、すっかり忘れてたよ」
自分の誕生日のことを忘れていたハルに、サシャは慌ててユミルの質問に言葉を付け足した。最早サプライズ作戦は続行不可になったため、もう腹を括って欲しいものを聞いてしまうことにする。
「あのっ、ハル!ちょうど誕生日の日は休日ですし、皆でお祝いしたくて…何か欲しいものとか、ないですか?」
サシャが問いかけると、ハルは宵闇色の瞳を丸くして、集まっている皆の顔を見渡す。それから少し照れ臭そうに肩を竦めて、微笑みながら言った。
「それで皆集まってたの?…ありがとう。なんだか、それだけでも嬉しいなぁ…」
「「クソカワッ!!」」
ハルの純粋な嬉しさを滲ませた笑顔に、ジャンとライナー、そしてクリスタとサシャがそう叫んで悶えているのを、ユミルは「またか」と呆れ果てた視線を向けながら、ハルに問いかける。
「あー…で、何かあるか?」
「うーん。そうだね…、欲しいものって聞かれると、思いつかないけれど……」
ハルは片手でトレイを持って、もう片方の手を顎に添えた。これはハルが考え事をしている時の癖だということは、皆良く知っている。
「けど?」
クリスタがその先の言葉を促すように首を傾げると、ハルは「実は…」と、控えめに口を開いた。
「みんなと…行ってみたい場所があるんだ」
「?行ってみたい場所って?」
ベルトルトが首を傾げるのに、ハルは頷きを返して顔の横に人差し指を立てると、ニコニコと明るく弾んだ調子の口調で話し始める。
「此処から市街地に出て、馬車に乗って二時間くらいで着く村を北西に行くと、野生のスイートアリッサム…白い花の絨毯って呼ばれてる花がたくさん咲いている場所があるらしくて…。近くには大きな川も流れていて、とても綺麗なんだって、この前シャミアさんが教えてくれたんだ。…だから一度行ってみたいなって、思っていたんだよね」
あまり聞き覚えのない花の名前に皆想像がつかなかったが、兵団医のシャミさんの話ならば信憑性もあり、少し駐屯地からは距離はあるようだが、綺麗な景色を見ることが出来そうだった。今まで遠出と言ったら訓練時の行軍くらいで、プライベートで皆集まって出掛けたことはなかったため、良い機会だとアルミンは笑みを浮かべながら頷いた。
「スイートアリッサム…僕はあまり花には詳しくないけど、白い花の絨毯、見てみたいな。いつも一緒に過ごしているけど、休みの日に皆で出かけたりしたことはなかったし…いいんじゃない?」
アルミンの言葉に、エレンも同調して頷いた。
「そんなに景色が良いところが、馬車で二時間の場所にあるんだな…?俺も見てみたいし、遠出すんのも楽しそうだ」
「だったらお弁当作って、皆でピクニックに行きましょうよ!」
サシャが「はいっ」と手を挙げてうきうきとした表情で提案すると、それにコニーはgood jobと親指を立てた。
「それいいなっ!すっげぇ楽しそうじゃねー!?」
「…でも、いいの?ちょっと遠いし、折角の休みなのに…私に付き合ってもらっても…?」
皆が自分の誕生日をお祝いしてくれるのは嬉しかったが、ハルは数少ない貴重な休みを自分のために費やしてもらうのが申し訳ないような気がしてしまってそう口にすると、ライナーはいいやと首を振る。
「良いに決まってる。お前の誕生日なんだから、遠慮する必要はないだろう?」
「…うん」
ハルはライナーの言葉に、集まっていた皆の顔を見回すと、耳の先を少し赤く染め上げ、小首を傾げて嬉しそうに微笑んで言った。
「…ありがとう…っ、とっても楽しみ…!休日もみんなと一緒に過ごせるなんて…こんなに、嬉しいことってないよ…!」
「「クソカワッ!!」」
どこまでもピュアなハルの笑顔を目の当たりにして、爽やかな春風が吹いてくるようだと錯覚しながら、今回はジャン達だけではなく全員が堪らずに声を上げたので、その声は食堂の隅々まで響き渡ったのだった。
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