第四十五話
名前変換設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「なんだ…っこれ…地獄か…」
ジャンは大量の巨人達が兵士達を追い回し、またライナーの体に食らい付いている光景を目の当たりにして、絶望的な状況に思わずそう呟いた。
大量の巨人達が平地に群がる光景に多くの兵士達が打ちひしがれている中、エルヴィンが手にしていた右手のブレードを高々と空に掲げて、声を張り上げた。
「これからだ!!総員突撃!!エレンとハル無くして、人類がこの地上に生息出来る未来など、永遠に訪れないっ!!エレンとハルを奪い返し、即帰還するぞ!!心臓を捧げよっ!!」
エルヴィンの突喊に兵士達は自分を奮い立たせるよう雄叫びを上げながら、エレンを奪還するべく、巨人達の群れの向こうに居るライナー達の元へと突撃する。
「「うぉぉぉおおおっ!!!」」
猛々しい兵士達の奮起する声と、悲鳴を聞き、そして何度も繰り返される激しい衝撃に、ライナーの掌の中で、エレンは状況が把握できずに混乱していた。
「(さっきから何が、何が起きてるんだ!?)」
しかし、自分を背中に縛り付けているベルトルトには、ライナーの指の隙間から僅かながらも現状が見えているようで、エレンが目一杯に首を捻ってベルトルトの様子を窺うと、顔色は真っ青で、顳顬の当たりには冷や汗が滲んでいた。
「(動けねぇっ、巨人を引き剥がさねぇとっ、このままじゃジリ貧。ならっ…踏ん張れよっ、ベルトルト!!あと少しっ、あと少しなんだ!)」
複数の巨人が体の彼方此方にへばり付いて、身動きが取れなくなっていたライナーは、ベルトルト達を危険に晒すことになってしまうが、状況を打開すべくベルトルトを覆い隠していた掌を離し、体に纏わり付いている巨人を引き剥がし始める。
「やったぞ、手を離した!」
それを確認したアルミンが声を上げると、ミカサが真っ先にライナー達の元へ馬を走らせようとした。
「今ならっ!!」
それをジャンは慌てて止めに入る。
確かにライナーがベルトルト達から手を離したのはチャンスだが、ライナーの周りには巨人達が溢れており、それどころか、ライナー達の元へと向かうどの道すがらにも、大量の巨人が兵士達を追い駆け回している状況だった。
「おいミカサっ!周りの巨人が見えねぇのか!?闇雲に突っ込むな!!っつーか、誰かあそこまで行けんのかよ…この巨人の中を、掻い潜って…」
しかし、ジャンはそこまで口にして、ライナーの肩上にいるベルトルトの腕の中に、意識のないハルの姿が目に入って、言葉を飲み込んだ。コニー達から、ハルはウトガルド城で未知の力を使ってから意識が無く、呼吸も弱くなり、体温が著しく低下していて、小さな傷の修復すら出来ていない状態だということを、ジャンは聞いていた。だとすれば、ハルは今も危険な状態であり、何よりあのままの状況が続けば、ベルトルトやエレン達ごと、巨人の餌食になってしまう可能性もある。
「(いや、行くっ…誰かじゃないっ、俺が…っ)」
ハルを早く救い出し、ちゃんとした治療が受けられる場所へ連れて行ってやらなければならない。
ジャンは馬の手綱を意を決したように固く握りしめ、馬を走らせたミカサの後を追った。
「進めーっ!!」
エルヴィンが兵士達に向かって鎧の巨人を目指すように指揮を執り始める。
エルヴィンの命令で兵士達は一丸となってライナー達の元へと巨人達を掻い潜りながら向かっていく。…しかし、その最中で、木陰から突然巨人が飛び出し、その巨人はエルヴィンの右腕にがぶりと齧り付いて、そのまま隊列の後方へと連れ去って行ってしまう。
「エルヴィン団長っ!!」
兵士達は激しく動揺する。
しかし、エルヴィンは巨人に腕を噛まれながらも、左腕のブレードの刃先を鎧の巨人に向け猛々しく叫ぶ。
「進めーっ!!エレンはすぐ其処だっ!進めぇぇえええ!!」
その鬼気迫るエルヴィンの命令に、兵士達は再びライナー達を目指し始めた。
巨人達の猛攻を切り抜け、一番最初にライナーの元へと辿り着いたのは、やはりミカサだった。
ミカサは馬上から立体機動に移りベルトルトに向かって斬りかかったが、ベルトルトは持ち前の反射神経と運動能力でその斬撃を身を逸らして回避する。
「ちっ」
それにミカサは大きく舌を打ったが、ベルトルトの背中に縛られているエレンが、布を咬まされた口で激しく声を上げていた。ミカサの背後に、巨人が迫っていたからだ。
「!?うわぁあああああ!!!」
ミカサはベルトルトに気を取られ巨人の接近に気づくのが遅れてしまい、体を巨人に鷲掴みにされてしまう。
巨人の力は強靭で、ただ掴まれただけでも人の身体の骨は容易に折れ、重傷を負ってしまう。ミカサは肋骨が鈍い音を立てて軋むと共に全身に激痛を感じて悲鳴を上げた。
「ミカサッ…!!くそったれ!!!」
ミカサに続いてライナーの元へと辿り着いたジャンは、ミカサを掴んでいる巨人の両目にブレードを突き立てた。それによりミカサは巨人の拘束から逃れることが出来たが、ベルトルトは腕に抱えたハルの体を胸に抱き寄せながら、神経を最大限に研ぎ澄ませていた。
「やっと此処まで来たんだっ、エレンとハルを連れて帰る!!故郷に帰るんだっ!!」
「(くそっ!俺が捕まった所為で、このままじゃ皆が死んじまう!!)」
エレンがベルトルトの背中で、仲間達が巨人と交戦している状況を見下ろし焦燥していると、傍で耳馴染んだ声がした。
「ベルトルトッ!」
名前を呼ばれベルトルトが振り返ると、ライナーの後頭部に、アルミンが張り付いていた。
アルミンは自分を睨み上げてくるベルトルトに対し、今何をする事が最善策なのか懸命に頭を回して考えた。
「(何を、何を捨てればいいっ…エレン達を救いだす為に…僕の命と、他に何をっ…!)」
そう考えていると、ふとベルトルトが大事に腕に抱えている、ハルの姿が目に入った。
いつも寡黙なベルトルトが、珍しく口数が多くなったり、表情を明け透けに晒し、そして目でいつも追いかけている相手が、ハルの他に、もう一人居た。その相手は、アニだ。
それに気づいた時、アルミンは良心を捨てることを選んだ。
ベルトルト達は今、アニが今何処にいるのか、どんな状態にあるのかを知らないだろう。ならばそれを利用する他無い。
アルミンは懸命に表情を作った。なるべく、嫌悪されるような、歪で悪魔的な笑みを浮かべる。
「いいの、二人とも…?仲間を置き去りにしたまま、故郷に帰って?」
「!」
その問いに、ベルトルトから表情が消え失せたのが、アルミンにはハッキリと分かった。
「アニを置いていくの?…アニなら、極北のユトピア区の地下深くで、拷問を受けてるよ…?彼女の悲鳴を聞けばすぐに、体の傷は治せても、痛みを消すことは出来ないことは分かった。死なないように最新の注意が払われる中、アニの体には今、さまざまな工夫を施された拷問がっ…!」
「悪魔の末裔がっ!根絶やしにしてやるっ!!」
ベルトルトはアルミンに向かって声を荒らげた。ライナーの掌の中で見せた感情的な姿と同じくらいに、ベルトルトは激昂し、そして冷静さを欠いていた。
そしてアルミンが作ったベルトルトの大きな隙に、斬り込んだのはエルヴィンだった。
エルヴィンは片腕を失って尚、左腕のみで立体機動を取り、ベルトルトの腹部を、彼が抱えているハルをうまく避けて横に切り付けたのだ。
するとベルトルトの紐が切れ、エレンとハルの体がベルトルトから離れた。
その隙に、ミカサはエレンを、そしてジャンはハルを腕に受け止め、即座に馬に騎乗しライナー達から距離を取った。
「ハルっ、やっと取り返した…っ」
ジャンは腕の中にいるハルの顔を、馬を走らせながら確認する。
ハルは蒼白な顔でぐったりとしていて、その顔に触れれば氷に触れた時のように冷たかった。
そしてハルの右頬には、今まで見たことのない痣のようなものが浮かんでいる。その痣は巨人の力を使った際に現れる巨人痕とはまた別物のように見えた。何故なら、痣は何かを象徴した紋章のように見えたからだ。
「何だこの痣…」
ジャンは何やらこの紋章が、異様な存在感を放っているように感じ、指先で痣を撫でるようにして触れると、ハルの薄い目蓋が震え緩慢に開き、黒い双眼が露わになった。
「…っ、ハル!目が覚めたのかっ」
ジャンはハルの後頭部に手を回し、薄らと開かれた双眼を覗き込むように顔を寄せた。すると、ハルはぼやけた視界の輪郭を取り戻そうとゆっくりと瞬きをして、澄んだ瞳を震わせる。
ハルは徐に手を伸ばして、ジャンの頬にそっと触れた。その指先の冷たさに、胸が針を刺されたように傷んで、ジャンは無意識に目を細める。
「…また、心配…かけてしまったね…」
何とも言えない、優しく穏やかな声で、自分を気遣うように紡がれた言葉に、ジャンは頬に触れているハルの手に、自身の手をそっと重ねた。自分の熱が、その冷たい手に少しでも染み込むように、祈りながら。
「俺の寿命、幾つあっても足りねぇぞ…っ馬鹿」
ジャンはハルを愛おしげに見下ろしながら、瞳を細め、ハルの額に自分の額を押し当てる。それにハルは目尻に涙を滲ませて、「ごめん」と掠れた声で囁くのに、ジャンはずっと冷たかった胸の中と荒んだ心が、熱を取り戻して和らいでいくのを感じていた。
「総員、撤退っ!!」
エルヴィンが兵士達に撤退指示を出したのに、ジャンはハルの体を胸元に落としてしまわないようしっかりと抱き寄せて、もう片方の手で手綱を握り馬を走らせる。
しかし、ライナー達がそう易々とエルヴィン達を逃がしてくれる事は無かった。
ライナーは体に纏わり付いている巨人を引き剥がすと、撤退を始めた部隊に向かって巨人を投げつけてきたのだ。
「「うわぁぁああああ!?」」
巨人は部隊の陣形の中に落下し、地面を大きく揺らしながら、激しい砂埃を舞い上げる。
ジャンは土煙に咳き込みながら、辺りを見回した。
すると、徐々に土埃が晴れてきた視界の中で、エレンを抱え馬を走らせていたミカサが地面に倒れているのが見えた。ミカサが負傷した体を懸命に起こそうとしている傍には、エレンも仰向けになって倒れている。そして、その二人の元へ、十五メートル級の巨人が迫っているのが見えた。
「エレンっ、ミカサ!」
アルミンはミカサ達の元へ駆け寄ろうと馬の鼻先を向けたが、再び空から巨人が落下してくる。
ライナー達はエレン達の元に救援を向かわせないようにしている様子だったが、しかし、そんなことをしては、当然の事ながらエレンは巨人に喰われて命を落としてしまう。
「ライナーっ…どうして?エレンは喰われても良いって言うのか?!」
アルミンは困惑した。
今まで必死になってエレンを連れ去ろうとしていたというのに、その行動と今の行動は、大きく矛盾しているからだ。
「くそっ、このままじゃ…アイツ等がっ!」
ジャンがミカサ達を助ける為に巨人を避けて周り込める道がないか探し始めた時だった。
再び、空気を引き裂くような激しい轟音がジャン達の元へと向かって飛んできた。
ジャンは大砲の弾でも飛んで来たような音にはっとして顔を上げると、ライナーが投げた巨人がジャンに向かって落下して来ていた。
「っ!?」
すると、胸に抱いていたハルが、ジャンの体を強く突き飛ばした。
ジャンはその時の景色が、やけにスローモーションに見えた。
必死な形相で自分を突き飛ばしたハルの姿が、巨人がすぐ傍に落下した事で立ち昇った土埃の中に、騎乗していた馬の姿と一緒に消えて行く……
ジャンは受け身を取ることを忘れ、背中を強く地面に打ち付けてしまい、一瞬呼吸が止まる。次には顔に砂と小石が降り注いで来て、ジャンは口の中に入った砂利を咳き込みながら吐き出し、すぐさま体を起こした。
「っぐ…っ、ハル…っ!!」
上半身を起こすと、土埃の中でハルが地面に両手と両膝をついて、立ち上がろうとしているのが見えたが、その奥で巨人の大きな影が黒く浮かび上がったのに、ジャンはハルにすぐさま駆け寄ろうとした。
「っぅぐ…!」
しかし、立ち上がろうとすると背中の骨が軋み、焼けるような激痛が全身を駆け巡って、起こした体が前のめりに倒れそうになったところを、後ろから駆けつけたアルミンが支えに入った。
「ジャンっ!しっかりして!!」
「俺はっ、大丈夫だっ、ハルがっ!」
ジャンはアルミンに支えられながら脂汗の滲む顔を懸命に上げて、ハルを見た。
すると、舞い上がっていた土埃が晴れ、巨人がハルの体を掴もうと手を伸ばすのが見えた。
駄目だっ!
ジャンは叫びながら、体の痛みなどどうでも良いと地面から再び立ち上がり、ハルに向かって駆け出した。
「ハルっ!!」
ジャンが半狂乱になりながらハルに手を伸ばして叫ぶと、ハルは地面に手をついたままジャンへ顔を向けた。そして、虹色のミサンガを巻いた左手を伸ばし、「ジャンっ!」と名前を呼んだ。
「っ!」
ハルの真っ直ぐな瞳と視線が合った瞬間、不思議とジャンは彼女の望みと、自分に向ける信頼を瞬時に感じ取ることが出来た。
ジャンは左の操作装置を胸のホルダーから取り出しブレードを装着すると、手早く操作装置と立体機動装置の接続を取り外して、ハルへ向かってブレードを投げた。
ハルは半円を描いて投げ渡されたブレードを受け取ると、自身を奮い立たせるように声を上げながら立ち上がり、自分の体を掴もうと伸びてきた巨人の手の指を、全身を大きく捻り横殴りにブレードを薙ぎ払って、五本の指を一斬で斬り落とした。
すると、巨人の手から吹き出した血がハルの顔にべしゃりとかかった。ハルは唇に付着した蒸気の上がる熱い血を舌で舐め拭うと、指を斬り落とされ困惑しているのか、自分の指の無くなった手を見つめて首を傾げている巨人の腕に飛び乗り、一気に駆け上って巨人の肩口まで登ってしまう。そして巨人の眼前に飛び出すと、体を翻しながら、巨人の両目を一刀のブレードで引き裂いてしまった。
巨人は目を押さえて地面に背中から倒れると、呻き声を上げながらゴロゴロとのたうち回り始める。
「は…すげ…」
「…本当に…っ凄いや…」
立体機動装置も無く、一刀のブレードだけであっという間に巨人を地にねじ伏せたハルの動きに、ジャンとアルミンは圧倒されていると、地面に着地したハルがブレードに付着した巨人の血を振り払いながら、二人の元へと駆け寄って来る。
「ジャン、アルミン!怪我はない!?」
心配げに二人の顔を覗き込みながら聞いてくるハルに、ジャンは眉間に縦皺を刻んで、ハルの纏っているローブの胸倉を掴んだ。
「そりゃこっちの台詞だろうがっ!?何で庇ってんだよっ!!」
無茶するなと怒鳴るジャンに、ハルは同じように眉間に縦皺を作って言った。
「そりゃ庇うよ!君が危ないならっ、出来ることはやるさっ!!」
「っ」
あまりにも真っ直ぐな瞳で言い放たれて、ジャンは言葉に詰まり、ハルの胸倉を掴む手から力が抜け落ちるのを感じた。相変わらずのハルに呆れて溜息を吐くジャンに続いて、アルミンはハルの肩を掴み顔色を窺いながら問いかける。
「ハルっ、怪我はない?体調は?」
ハルは心配顔のアルミンに「平気だよ」と頷きながらアルミンの肩を掴み返すと、ミカサとエレンの方へ顔を向けた。
「それよりも、ミカサとエレンの救出に向かわないと…っ!?」
しかしその時、エレンとミカサ二人に迫っていた金髪の十五メートル級の巨人が、二人を守ろうと戦っていたハンネスの体を鷲掴み、そして下半身を噛み千切る光景が見えた。
「ハンネスさんっ!!」
それに、エレンとミカサ、そして傍にいたアルミンが悲鳴じみた声を上げるのに、ハルは手にしているブレードを握り締めて、ミカサ達の元へと駆け出した。
「…っ助けに行かないとっ!」
「おいっ!?待てよハルっ!!」
立体機動装置も無く、無謀にもブレード一つで駆け出したハルの後を、ジャンは慌てて追い駆ける。
ハルは地面に四つん這いになって泣き崩れているエレンの傍に、ミカサが寄り添う姿を見た。
そして、ハンネスを噛み切った巨人は、ゆっくりと視線を地上にいるミカサとエレンに落とし、血に濡れた長い手を伸ばす。
「エレンっ!!ミカサっ!!」
ハルは地面にある石や穴に躓きながら、必死に足を動かして、エレン達の元へ急いだ。
ミカサが蹲っていたエレンに声をかけ、微笑んで見せると、そんなミカサを見つめて、エレンは涙を拭い、」その場に立ち上がって巨人を睨み上げる。
そのエレンの背中に、ハルは目一杯に腕を伸ばした。
「うわぁああああああ!!!」
エレンは自分を喰らおうと手を伸ばしてきた巨人に向かって、握った拳を雄叫びを上げながら打ち付けた時、ハルはエレンを巨人から離そうと、彼の肩を掴んだ。
その瞬間だった。
「!?」
ビリビリビリッ–––––!!
体に激しい電流が駆け巡ったかと思えば、突然ハルの視界は真っ白に発光し、何も見えなくなってしまったのだった。
→