第四十五話
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エルヴィンがエレンとハルを奪還すべく、部隊を先導し長距離索敵陣形を組みながら目的地である巨大樹の森へ差し掛かかろうとした時、森の奥で雷鳴と共に金色の光が瞬いたのを目視したアルミンが、「光った!」とミカサが馬の手綱を固く握り締め声を上げたのに、先頭を走るエルヴィンに聞こえるように目一杯に声を張った。
「今森の奥の方で光が見えましたっ!巨人に変化した時の光だと思いますっ!!」
背中からアルミンの報告を聞いたエルヴィンは、表情をより一層引き締め、兵士達に今一度最優先すべき目的を示す為に、直接鼓膜に射込めるようなよく徹る声で命令を下した。
「間に合ったか……っ、総員散開!!敵は既に巨人化したと考えられるっ!エレンを見つけ出しっ、奪還せよっ!!」
エルヴィンの命令により、兵士達は巨大樹の森を取り囲むよう二手に散開、また巨大樹の森の山道へと突入する三部隊に分かれるが、壁外での行動に慣れていない憲兵達は動きが鈍く、現れた巨人に捕まり、先程から何名も命を落としていた。
ジャンはライナー達に先ずは追いつくことが最優先とされる状況下で、憲兵を救出することも出来ず、巨人の口に運ばれ喰われていく憲兵を馬上から見上げながら、奥歯を噛み締めた。この光景を見ていると、否が応でもトロスト区が巨人の襲撃を受けた日、仲間達が巨人に喰われていく光景を思い出してしまう。
しかし、エルヴィンの命令も、調査兵団としての目的も、今は巨人と交戦することではなくエレンとハルをライナー達から奪還する事にある為、馬を脚を止める訳にはいかなかった。
「(兎に角今はっ、ライナー達に早く追いつかねぇとっ!)」
ジャンは巨人に捕まり喰われていく憲兵から目を逸らし、奥歯を噛み締めたまま顔を前へと向け、巨大樹の森へと同期達と共に突入した。
ジャン達が巨大樹の森に入りしばらく森の奥へと向かって馬を走らせていると、不意に巨人の甲高い叫び声が、辺りに響き渡った。
空気を引き裂くような仰々しい叫び声は、エレンが巨人化した時の声とは少し違うようにジャンは感じたが、その違和感はどうやら間違いではなかったようで、傍で馬を走らせていたコニーが、ハッとしたように言った。
「これは巨人化したユミルの声だぞっ!結構近いっ!!」
傍で馬を走らせる同期達、ミカサとアルミン、そしてサシャとジャンはユミルの巨人化した姿を見たことはなく、コニーだけが唯一ユミルの巨人化した姿を目の当たりにし、声も耳にしている為、ジャン達はコニーの言葉を信じ馬を走らせる速度を上げて、叫び声が聞こえて来た方へと木々の間を駆け抜けながら進んだ。
すると、地上を歩く巨人達には捕まらない程度の高さで、木の枝にぶら下がっている一体の巨人の姿を発見した。
その巨人にコニー達よりも先を立体機動で飛んでいた調査兵が攻撃を仕掛けようとしているのに、コニーが慌てて馬上から立体機動に移り巨人と兵士の間に割り入った。
「待ってください!!」
コニーは体は比較的小さいが、鋭い牙と爪を携えている巨人のすぐ側にアンカーを打ち込み、木の幹に両足を付けて着地すると、先輩の調査兵二人に口早に止まるよう掌を見せて制止する。
「こいつはユミルです!拐われたユミルの巨人の姿ですっ!…っおい、ユミル!どうしたんだよお前だけ!?エレンとハルは何処だ!?ライナーとベルトルトはっ!?」
コニーの言葉に調査兵は驚き攻撃を中断する中、ジャン達同期組も馬上から立体機動に移り、ユミルに近い木の幹にそれぞれ張り付いて様子を窺う。
「あれが、ユミル…!?」
「巨人化してライナー達と戦っていたの!?」
アルミンが巨人化したユミルの、エレンやアニ達とはまた違った体格の巨人の姿に驚く中、ミカサは怪訝顔で辺りを見回し、警戒心を強める。
ジャンはユミルに向かって一緒に壁上から連れ去られた筈のエレンとハルの居場所を、一刻を惜しむように性急に尋ねる。
「ユミルっ…!ライナー達から逃げて来たのか!?奴等は何処に行った!?エレンはっ、ハルは無事なのかよ!?」
巨人化したユミルだけが単独で居るという状況に、ジャンは妙に嫌な予感を抱いていた。一見してユミルが負傷している様子も無いことから、巨人化してライナー達と交戦していたとは考え難い。
そうでは無く一人でライナー達から逃げて来たと考えるのも、ヒストリア同様にハルとも仲が良かった筈のユミルが、ハルを置いて自分一人だけで逃げるという行動を取るとも思えない。となると、ユミルはライナー達に協力的であるという可能性も考えられる。
「なんとか言ってくださいよユミル!?」
ジャンの質問に何も応えず無言のままのユミルに、サシャも焦燥して急かすように問いを連ねるが、それでも何も答えようとしないユミルに、コニーが痺れを切らしてユミルの頭に飛び乗ると、ゲシゲシとブーツの底で頭部を蹴り始めた。
「なんか喋れよ!!ブス!!急いでんだよっ!!」
いつもなら苛立ってコニーに掴みかかりでもしそうなのだが、無言を貫き忙しなく頭と両目を動かして周囲を見回し、何かを懸命に探し続けている様子のユミルに、アルミンは顔を顰めた。
「(ライナー達を警戒しているのか?何か変だぞ…何故、僕ら一人一人に目を向けるんだ?)」
まるで壁外調査の際のエレンを探していたアニのような挙動に、アルミンが不審に思っている最中、ミカサ達とは少し遅れて木々の間からヒストリアが立体機動を取りながら現れた。
「ユミル!!良かった!!無事だったんだね!?」
『っ!』
すると、ユミルはヒストリアを見つけた途端、張り付いていた木の幹から飛び立ち、そのまま飛んできたヒストリアを大きな口にばくりと含んで、巨大樹の丈夫な木々の枝を伝いながら森の奥へ向かって突然逃走を始めたのだ。
「なっ!?アイツっ、クリスタを食いやがった!?」
コニーが驚愕して声を上げ、同期達も虚を突かれている所に、ジャンは逸早く立体機動を取りユミルの後を追い駆けながら、背後を顔だけで振り返り動けないでいる同期達を一喝した。
「ぼさっとすんな!!追うぞ!!!」
ミカサ達はジャンの言葉にはっと我に返ってユミルを追い駆けるが、木の枝を伝って移動するユミルはかなり俊敏で、立体機動術に関してはミカサに次いで上位のジャンも、追いつくどころか徐々に距離を離されてしまう。
「早えっ、離されるっ…!」
ジャンが忌々しげに喉を唸らせる中、ミカサはユミルを追いながらも彼女が取った行動に困惑していた。
「ユミルが何でっ」
「俺は別にっ、あいつが味方だとは限らねぇと思ってたがなっ」
「ああ、明らかに敵対的だ。ライナー達に協力する気なんだっ、僕らは誘き寄せられていた!」
ジャンとアルミンの言葉に、ミカサは腑に落ちることが出来ず眉間に深い皺を作った。
確かにユミルの行動だけを見れば敵対的なのは明白だが、ユミルは誰より、そして何よりもヒストリアとハルのことを大切にしていた。そんなユミルが二人をライナー達の元へと連れて行こうとするその理由が分からなかったからだ。
ユミルはミカサ達から大きく距離を離して、巨大樹の森の終わり際の木で待機をしていたライナーとベルトルトの元へ辿り着く。
「来たぞ!ライナー!」
「ああっ」
ベルトルトがユミルの姿を確認すると、ライナーはナイフで掌を切り裂き、巨大樹の森を背にして木上から飛び降りた。
するとライナーの体は激しく黄金に発光し、人の姿から屈強な鎧の巨人へと変化する。
巨人化したライナーの肩へ、腕にハルを抱えて背中にエレンを紐で縛りつけたベルトルトが飛び乗ったのを確認すると、ライナーは地上を走り出し、ヒストリアを攫って来たユミルもライナーの背中へ飛び移った。
その光景にアルミンが焦燥し声を上げる。
「ああっ!まずいっ、エレン達が連れて行かれる!」
ユミルの背中を追いかけていたミカサ達は、巨大樹の森を抜け、平地を南へ向かって走り出したライナー達の背中が遠退いて行くことに激しく焦心して狼狽する。平地では立体機動を使うことが出来ず、巨大樹の森の中のような機動力を発揮出来ないからだ。
しかし、この状況を予想して、巨大樹の森を馬を引き連れて走ってきた、ハンネス率いる駐屯兵団の一部隊が現れ、木上で途方に暮れかけていたミカサ達に声をかけた。
「止まるな!!馬を使って追うぞっ!!」
ハンネス達が連れて来た馬に、ミカサ達は早急に乗り込むと、平地を走るライナーの背中を再び追い始めた。
幸い、巨人化したライナーの走る速度はそれほど早くはないようで、馬の駆け足で十分追いつくことは可能だ。
「追いつけない速度じゃない間に合うぞっ!」
ジャンは仲間を鼓舞するというよりも自身に鞭打つようにして口早に言うと、ミカサは馬の手綱を固く握り締め、ライナーの背中を鋭く睨め付けながら威嚇する獣のように唸るような声で言った。
「今度こそっ、躊躇う事なく奴らを必ず殺す!私達の邪魔をするなら、ユミルもその例外じゃない。どんな手を使っても、必ず!!」
表情に怒りを湛えるミカサの背中に、アルミンは後ろで心配げな視線を送っていた。
トロスト区が襲撃された際、エレンが死んだと聞かされたミカサは、感情に呑まれ無茶な行動を取った。今回も同じ轍を踏むことにならないかという不安が、アルミンの胸の中に芽生えていたからだ。
そして、それだけでは無く、ミカサはエレンを救い出す為に、仲間への慈悲を捨て去っていることにも気が付いていた。
何かを変える事が出来る人は、何かを捨てる事が出来る人間だとするのなら、自分自身もこの窮地を打開する為に、何かを捨て去らなければいけなくなるだろう。自分の命の他に、もう一つ…大切な何かを––––
アルミンは馬の手綱を握る自身の手に視線を落とし、奥歯を噛みしめながら、己の胸の中にあるものを覗き込むように、静かに目蓋を閉じたのだった。
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ユミルは口の中に含んだヒストリアを、ライナーの背中に片腕でしがみ付いたまま、もう片方の手を口に入れて引き出した。
ヒストリアの体にはユミルの唾液が纏わり付き、息が出来なくなっていたが、外気に晒されたことで喉に張り付いていた粘液をゲホッと大きく咳き込みながら吐き出し、空気を失っていた肺に大きく酸素を取り込んで、ヒストリアは遠退きかけていた意識を何とか引き戻し目蓋を開けた。
「っ」
広がった視界には、巨人化したユミルの姿が現れ、頸から蒸気を激しく吹き出しながら巨人の姿は維持したままに、頸からユミルが上半身だけを露わにしたので、ヒストリアは緩く開いていた目を、大きく見開いた。
「ユミル…?ユミルっ!!」
ヒストリアはユミルの巨人の手の中で拘束されたまま身動きが取れなかったが、蒸気に噎せ返って咳き込むユミルに身を乗り出すようにして名前を呼ぶと、ユミルは両腕と下半身は巨人の体に融合させたまま、目の下に巨人痕の浮かんだ顔を苦しげに歪めて、ヒストリアを見上げた。
「クリスタ…っ、ゲホッ…いやヒストリア、すまなかった。突然っ、食っちまって、やっぱ、怒ってるだろ?」
「ユミル、一体何をしているの!?私達はユミルとエレン、ハルを助けに…」
「助けなくていい!!」
ユミルがぴしゃりと言い放った言葉に、ヒストリアは息を呑んだ。
「このままじっとしてろ。私はライナーとベルトルトについて行く、お前もだ、私と来い!…っこの壁の中に、未来はねぇんだよ!」
ユミルはヒストリアに対して、若干脅し口調で、口早に言い放つ。ヒストリアはユミルの言動が理解出来ず、困惑しながら周りを見回した。ユミルの巨人は、巨大樹の森を背中にして南へと逃走する鎧の巨人の背中にしがみ付いていて、左肩の上にはベルトルトの姿もある。彼の背中にはエレンが紐で縛られた状態で気を失っていて、腕には壁上で見た時と同様に意識無くぐったりとしているハルを抱えているのが見え、ヒストリアは表情を剣呑に曇らせた。
そんなヒストリアに、ユミルは逼迫した表情ながら諭すような口調で語りかける。
「いいか、ヒストリア。壁外はそんなに悪い所じゃない。お前に生まれて来ない方が良かったなんてこと、言うような奴も居ないしな」
ユミルの先程からの言動に、とても「そうなんだ」と頷ける話は見出せない。そもそも、壁無くして生存がままならない生活を送ってきたヒストリアにとって、壁外がユミルの言うように悪いところではないという考えにはまず至らないからだ。
「それはっ、巨人はそんなこと言わないだろうけどっ、凄い勢いで食べようとしてくるじゃない!?」
「誰にでも短所の一つや二つはあるだろ!?それさえ目を瞑れば、割と良い奴等なんだよ!」
ユミルが身を乗り出すようにしてヒストリアに声を張り上げるのに、ヒストリアは頭を横に大きく振って、ベルトルトとライナーに目を向けると、眉間に縦皺を作り、目の下には危機迫るような固い影を浮かべ、ユミルに向かって叫んだ。
「ユミル!言ってることもやってることもめちゃくちゃで意味分かんないよっ!?やっぱり、あなたはライナーとベルトルトに脅されているのねっ!?」
ヒストリアの予測は全く真逆を突いており、ベルトルトは思わず「…逆だ」と呟いた。
「そうなんでしょ!?ユミル、私も一緒に戦うからこの手を離して!!事情があって話せないことがあっても、何があってもっ…私は貴方の味方だから!」
「っ…」
自分のことを信じて疑わない瞳で、見つめ懸命に訴えかけてくるヒストリアに、ユミルは胸の奥が疼いて唇を噛んだ。
明らかに仲間達に対して敵対的な行動を取った自分へ、嫌悪も侮蔑も向けず信じてくれているヒストリアに、心が痛んだ。そして、決めた筈の決意が、心の均衡を保っていた天秤の上で大きく揺らぐのを感じた。
迷いを顔に浮かべ始めたユミルに、ベルトルトは訴えかけるような、縋るような震えた声音で、自分達の背後を指差して見せながら言う。
「ユミル、見ろよ。調査兵団がすぐ其処まで追って来てる。すぐに逃げていれば僕等は逃げ切れたはずだ……無茶をしてクリスタを連れて来たからきっと、追いつかれる…!なぁ、ユミル。僕等はなんの為に、ここまでしたんだよ?また気が変わったのか!?今度は自分の為に、クリスタをこの壁の中に留めるつもりなのかっ…どうなんだよユミル!」
必死な形相で問い詰めてくるベルトルトに、ユミルは奥歯をぎりっと噛み締めた。
「ユミル!早くこの手を放してっ!」
「駄目だ!!」
ユミルは自分の胸に浮かび上がって来た迷いを払拭しようと叫んだ。
ヒストリアの願いを、聞き入れることは出来ない。自分がしたい事は、ヒストリアの未来を繋げることだ。その未来を奪って、それでも傍に在ろうとすることじゃない。…そう、なんだ。
ユミルは戸惑った顔で自分を見下ろしているヒストリアの顔を見上げて、そして、演じることを選んだ。
「ヒストリア、正直言うと、お前を掻っ攫って来た理由は、私が助かる為なんだ」
「え…?」
「私は昔、こいつ等の仲間から巨人の力を盗んだ。こいつ等の力は絶対だ。このままじゃ私は殺される。…でも、このまま私がこいつ等に協力すれば、私の罪を不問にしてくれるよう取り合ってくれると言った。お前が、壁の秘密を知る、ウォール卿の重要人物だからだ。この世界の状況が変わった時、お前と居れば近い将来保険になると思っていた。私はあの塔の戦いで死にかけて、もう心底嫌になったんだよ。…死ぬのが怖い、何とかして助かりたいって…ただ情けなくてお前の為、みたいなこと言ったけど……本当は全部私の為だ。…っ頼むよヒストリア…!」
ヒストリアを説得する為には、彼女の良心につけ込むしかない。
こんな最低な姿を晒して、ヒストリアも愈々自分に心底嫌気が差すだろう、呆れるだろう、がっかりするだろう。そう思った。それでいいと、思った…
「私を、助けてくれっ!!」
だから、演じるしかない。
これが、ヒストリアの為なのだと、ユミルは自分に言い聞かせた。
自分に、嘘をついた。
しかし、そんなユミルをヒストリアは怒ることも蔑むこともなく、ユミルを見下ろし、いつもと変わらない微笑みを浮かべて見せた。
「言ったでしょ、ユミル」
雲間から差し込む光が、ヒストリアの細く滑らかな金髪とブルーの瞳を、瑞々しく輝かせる。
「何があっても、私は貴方の味方だって…!」
「!?」
そう言ってくれたヒストリアの姿が、その時、ユミルには現実世界に顕現した女神のようにさえ見えた。
そして、その清廉な姿は、ウトガルド城の屋上から仲間を救うために巨人の元へと一人飛び降りた、ハルの姿とも重なった。
何があっても、どんなことをされても、自分の事を信じてくれているヒストリアに対して、自分がしていることは、人としても…そして、友達としても、大きな裏切り行為であるようにも思えた。
この残酷な世界で、自分の味方で居てくれるヒストリアの思いを無碍にしてまで、自分に嘘を吐く必要は…本当にあるのだろうか…
ユミルには何が正しいことなのか、分からなくなっていた。
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