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第四十三話

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 住民の避難が済まされたトロスト区を拠点とし、駐屯兵とエルヴィンが率いる調査兵、そして少数の憲兵達がローテーションを組み、巨人の索敵を随時行っていたが、徐々に巨人発見の報告が入らなくなっていた。
 
 エルヴィン達がローゼの東の突出区であるエルミハ区から、南のトロスト区にやって来るまでは、疎らだが巨人の発見報告もあったのだが、それも指折りで数えられる程であり、また複数で発見されることもなく、単体での出現が多かった為、駐屯兵団の固定式砲台と少数の討伐兵で十分対応可能な範疇だった。

「しかし、巨人が見当たらないとはなぁ…」

 先程南方の索敵から戻ってきた兵士の話を聞いたのか、調査兵の先輩兵士達の会話を耳にしたジャンは、南東部の索敵を終えトロスト区に戻ってきたばかりであり、即席で作られた休憩所のベンチに腰掛け、水筒の水を一口仰いだ後に問い掛けた。

「本当にいないんですか?」

「みたいだな、妙に静かだと思ったよ」

「…」

 何とも奇妙な状況に、ジャンは先輩兵士同様に眉を顰め、手にしていた水筒をぎゅっと握り締める。

 壁内では確実に巨人が目撃されているというのに、未だ壁の穴が見つかっていないというのは、巨人が壁を登ってきたか、地下を掘ってきた、或いは壁内で発生したと考える以外に可能性は考えられない。しかし、それのどれもに今までの事例が無く、可能性も限りなく低いだろう。

「あいつら…生きてっかな…」

 この不可解な状況の中、ジャンは前線に居る同期達の事が心配でならなかった。

 そして、ミケから報告が入ったハルの『未知の力』の解放についても、嫌な胸騒ぎが止まなかった。
 
 ハルはほぼ一ヶ月の間、ハンジ達と共に力を解放しようと必死に努めて居たというのに、何一つ糸口も掴めず、本人も頭を悩ませていた。だというのに、急に力を覚醒し、そして場に居合わせたミケの『命を代償とした力』という言葉が、ジャンはやけに引っ掛かって居た。
 
 ハルの事だ、どれだけ体に異常を来たしていても、仲間に危険が及べば、無理を通してでも戦う道を選択するだろう。そして、『未知の力』が自らの意思で扱えるようになれば、際限無く、それが出来てしまう。『奪われる』ということよりも、『守れない』ことに恐怖しているハルならば、それは尚更だ。

「…ハル…」

 ジャンは一人、小さく呟いた。

 先ほど喉を通った水が、胃の中で蠢くような不快感を生む。それは不安から生まれるものなのか、恐怖から来るものなのか分からなかったが、馬車酔いでもしているかのような感覚だった。

 一方、この状況に緊迫感を抱く調査兵達とは打って変わって、憲兵団の兵士達は出鼻を挫かれたと拍子抜けしている様子だった。

「おいおい、非常時だと聞いて来てみりゃ…」

「ああ、随分のんびりしてるじゃないか?」

「なあリヴァイ、俺らの獲物はどこだ?」

 憲兵達の呑気な言葉に、荷馬車に乗りニック司祭の監視をしていたリヴァイは、荷馬車の淵に片腕をかけ、憲兵達を振り仰ぎながら冷たい声で言った。

「何だ…お前ら随分と残念そうじゃないか?…悪いな、お目当ての巨人と会わせてらやれなくて。今回の事はまあ残念だったかもしれんが、壁外調査の機会は幾らでもある。これからは力を合わせて巨人に立ち向かおうじゃないか」

 リヴァイの言葉に、憲兵達は表情を明らかに引き攣らせた。

「まあ、俺達にも内地の仕事が…」

 無理もない。

 結局は覚悟も無い、ということだ。

 そもそも彼等は、口ばかり達者だが巨人と戦おうという意思すら微塵も持っていないのだろう。

 そんな憲兵達に、リヴァイがちっと舌を打った時だった。

「先遣隊が帰ってきたぞ!ピクシス司令に伝えろっ!」

 どこかの調査兵が声を上げた。

 壁の穴の捜索に向かっていた駐屯兵団の先遣隊の兵士が、トロスト区に戻って来たようだった。

 駐屯兵団のピクシス司令と、エルヴィン達は壁穴の捜索から戻ってきたハンネスの班員の一人であるまだ若い駐屯兵と、ミケを病院へ連れて行った後、ハル達の元に合流したサシャの二人の報告を聞いて、神妙な面持ちになった。

「そうか…壁に穴などの異常は無かったんじゃな?」

「はい!」

 ピクシス司令は、懸命にトロスト区まで馬を走らせ、息を荒らげ手渡された水を地面に座り込んでがぶがぶと飲む二人を中腰になって見下ろしながら、顎に手を添えた。
 
「うむ、やはりのう」

 トロスト区とクロルバ区の間で、ハンネスが率いる先遣隊が引き返すことになったとして、出発から経過した時間を考えても、ピクシスの想像の範疇にある報告であったが、若い兵士は更に驚くべき報告を重ねた。

「しかし、大変な事態になりました!我々は、トロスト区に向かう帰路で、ハンジ分隊長率いる調査兵団と遭遇しました!その中に装備をつけていない104期の新兵が数名居たのですが…っその中の三名の正体は、巨人でしたっ!!」

 その言葉に、一帯にいた兵士達一同は大きく騒つき、驚愕した。

 ジャンもエルヴィンの隣で若い駐屯兵とサシャの状況報告を聞いていたが、その報告を耳にして、迸るような動揺と困惑に身震いする。

「…は?なっ、何言ってんだ、アンタ。アイツらの中にまだ…?三人って…誰がっ…!?」

 ジャンは青褪めた顔で、言葉を途切れさせながら、サシャに身を乗り出すように詰め寄る。

「そ、その…」

 しかし、サシャもハンジ達から情報共有に制限があると命令を受けている為、何処までをこの場で答えられるものなのか分からず、口籠ってしまう。

 感情が波立ち冷静さを失っているジャンの肩を、エルヴィンが嗜めるように掴んだ。

「ジャン、待つんだ。そして正体が判明して、どうなった?」

「調査兵団は鎧の巨人、超大型巨人と交戦!我々がその戦いに加わった後、直ぐに決着が……。エレンは鎧の巨人に負け、ライナー・ブラウンと、ベルトルト・フーバーによって連れ去られました。そして、ユミルとハルグランバルドもです!」

「!?」

 ジャンは頭の中で銅鑼でも叩かれたような衝撃を受けて、思考が真っ白になり、思わず立ちくらんだように数歩後ずさった。

ハル…も?」

 喉と眼球がひどく震え、全身の毛穴から、冷や汗が滲み出す感覚がした。

 自分の感情がぐちゃぐちゃに乱れていくのが、目に見えなくても手に取るように分かった。 
 
 それでも、一抹の希望に縋るように、ジャンはサシャの両腕を掴んだ。

「その後を誰か追ってるのか…っ、追ってるんだよなサシャ!?」

 しかし、サシャは悔しげに顔を俯け、首を横に振った。

「リフトが爆風で全て破損し、馬を壁から降ろせません。ですから、誰も…その後を、追えていません…っ」

「…は」

 僅かに開けた唇の隙間から、絶望に埋もれた短い息が零れた。

 ウトガルド城付近の壁から、トロスト区まで移動するのに、馬を全速力で走らせたとしても数時間は掛かる。その事を考えれば、ライナー達との距離は既に追い付くことは不可能な程離れてしまっているということになる。

 どす黒い、苛立ちに限りなく近い感情が、腹の底の方で渦を巻き始め、ジャンはサシャの腕を離すと、身体の横で拳を握り締めて、ぐつぐつと煮立った怒りを吐き出してしまわぬよう懸命に奥歯を噛み締めて耐えた。

 サシャも悔しさを全身から溢れさせ、立ち尽くしている体を震わせていると、エルヴィンは毅然とした口調で声を上げた。

「ジャン、サシャ、諦めるにはまだ早いぞ。っ総員!移動準備をしろ!ハンジ達の元へ最速で移動するため、壁上を馬で駆ける!リフトの用意だ!!」

 エルヴィンの命令に、サシャはハッとして顔を上げる。

「っ…ジャン、行きましょう。精一杯、やりましょう。私達に出来る事をっ、きっと!エレン達だって、ただ連れ去れるだけじゃありません!きっと抗っているはずです!」

 サシャは揺らぐ気持ちを立て直し、目の前で崩れ落ちてしまいそうになっているジャンへ、力強く訴えかけた。

「皆を信じましょう。…いつも私達を信じてくれている、ハルを信じましょう!」

 信じる。

 サシャの言葉に、ジャンは頬を叩かれたような衝撃を受けて、ハルと交わした約束を思い出した。

 それは、どんなことがあっても、お互いのことを信じ合い、信じ続けるという約束。誓いだった。

「…ああ、そうだなっ」

 ジャンは頷き、強い意志の篭った視線をサシャへ向けた。

 何時も通りのジャンを取り戻したことにサシャもホッとして笑みを返すと、ぐっと胸の前で両拳を握って、意気込んで見せる。

「ライナー達に、私のハルは渡しません!!絶対に取り返しましょう!!ジャン!!」

「おう!…だが、お前のってのは異議ありだがな」

 ジャンは自身の馬に乗り込む為踵を返し、ひらひらと片手を振りながらサシャに背中を向けて言ったのに、「一言多いですよ」とサシャは顔を顰めた。


第四十三話 

 君を、追いかける



 ジャンは愛馬であるブッフファルトに跨ると、立体機動装置の左の操作装置を胸元のホルダーから抜き取り、マルコのエンブレムを見下ろす。

「(マルコ……俺が辿り着くまで、ハルの事を守ってやってくれ)」

 ジャンはハルの無事を祈りながら目蓋を閉じ、操作装置の柄を自身の額に押し当てたのだった。



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