第四十二話
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ジャン達がストヘス区の兵舎で憲兵団からの事情聴取を受けて居る頃、女型の巨人によって削り取られた外壁の穴から顔を出した巨人を日光から遮る為、布をつなぎ合わせて作った即席の日除けで覆い隠し終えたハンジとその班員であるモブリット達は、壁上で不安げに四つん這いになり布に覆われた巨人を見下ろすウォール卿の信者である、ニック司祭を見下ろした。
「そろそろ話して貰いましょうか。この巨人はなんですか、なぜ壁の中に巨人が居るんですか。そして何故、貴方達はそれを黙って居たんですか?」
ハンジは戦闘の際、視力を矯正するためにかけているゴーグルを額に上げて、神妙な声音で問いかける。
すると、ニック司祭は息を呑んだ後、司祭服の膝についた土埃を手で払いながら立ち上がると、ハンジに向き合った。
「…私は忙しい!教会も信者もめちゃくちゃにされた、貴様らの所為だっ!後で被害額を請求する。さあ、私を下に降ろせ」
いかにも強気なように振る舞ってはいるが、言葉の語尾ににじむ僅かな震えが、彼の中の恐怖と動揺を隠せてはいない。
「…いいですよ」
ハンジは喉をぐんと押すような低い声で答えると、荒々しくニック司祭の胸倉を右手で掴み、その体を壁の下へと落とすようにぐんと押し出した。
「此処からで良いですかっ!?」
「ひいっ!?」
ニック司祭は壁を駆け上がってくる冷たい風に体の背部を晒されて、恐怖に引きつった悲鳴を上げる。
「分隊長!?」
ハンジの行動を咎めるように、周りにいたモブリットや班員達が駆け寄ってくるが、「寄るな!」とハンジが声を上げてそれを制し、皆足を止めた。
ハンジは必死に胸倉を掴んでいる右腕にしがみ付いてくるニック司祭の恐怖で引き攣った顔を睨め付けながら、怒りを露わにした声音で言い放った。
「ふざけるなっ!!お前らは我々調査兵団が何の為に血を流しているか知ってるか!?巨人に奪われた自由を取り戻す為だっ!!その為なら、命だって惜しくなかった。…いいか、お願いはしてない、命令した。 話 せ と。そして、お前が無理なら次だ。何にせよお前一人の命じゃ足りないと思っている…!」
ぐんと、更に体を地上に向かって押し出したハンジに、ニック司祭は恐怖で顔を歪ませながらも、喉を引き絞るようにして言った。
「手を放せっ!」
「今、放していいか」
「今だ!」
「っ分かった、死んでもらおう!!」
ハンジは苛立った声で言い放つと、すぐ後ろに控えていたモブリットが慌てて制止に入る。
「ハンジさん!」
感情のままにニック司祭を壁から突き落とそうものなら、当然殺人扱いになってしまうことは愚か、壁の秘密を聞き出す貴重な手掛かりまで失うことになってしまう。
モブリット達がハンジの背中を見つめて焦燥する中、今にも突き落とされそうになっているニック司祭は、懸命に震える顎を動かしながら言った。
「私を殺して学ぶがいい。我々は必ず使命を全うする。だからっ」
そして、しがみ付いていたハンジの右腕から両手を離し、体の横に大きく広げて啖呵を切る。
「今この手を放せぇえ!!」
緊迫した壁上の空気に、ニック司祭の悲鳴じみた叫び声が響き渡った。
「神、様…」
「っ」
最後に、震えた声で目に見えぬ神に祈りを捧げる彼に、ハンジは奥歯を噛み締めた。
ニック司祭は己の死よりも、秘密を守り抜くことを選んだ。その行動は、強い使命感でもなければ容易に実行へ移せるものではない。少なからず、死の恐怖を乗り越え、彼を突き動かす程の大きな理由があるということなのだろう。
「…ふんっ!」
ハンジは荒々しく、ニック司祭を振り払うように、壁上へと引き戻した。
ニック司祭は壁上をごろごろと転がり、そのまま体を丸めて縮こまる。
「ハハッ、嘘嘘…冗談」
ハンジは冷静になろうと努め、額に上げていたゴーグルを目に当てがいながら、右足を壁の縁にブーツの底を当てるようにして膝を立て、左足は地上にぶらりと投げ出すようにして座った。
それから、背後で壁上に顔を押し付け、胸の前で両手を祈るように握りしめて、ガタガタと震えながら啜り泣いているニック司祭に問いかけた。
「ねぇ、ニック司祭。壁って全部、巨人で出来てるの?」
モブリットはハンジの傍に歩み寄り、その横顔を見下ろして、心配げに目を細める。
「分隊長…?」
「…ああ、いつの間にか忘れてたよ。こんなの初めて壁の外に出た時以来の感覚だ…」
ハンジは珍しく、弱々しく声を震わせ、眼下に広がる街並みを見下ろしながら呟いた。
「…怖いなぁ」
そして、その時だった。
ガランッ!ガラン––––ッ!!
ストヘス区の外門が開く合図である鐘の音が、街中に大きく響き渡った。
「っ!?」
鐘の音にハンジは驚き、その場から立ち上がって、外門の方を振り返った。
ゆっくりと引き上げられる門に向かって、馬に乗った一人の調査兵、ミケ班の一人であるトーマが駆けてくる。
「エルヴィン団長に早く伝えないとっ!ウォール・ローゼに巨人がっ!!」
エルヴィン達にウォール・ローゼが突破されたという伝令が入ったのは、空に浮かんでいた夕日が段々とその輝きを顰め、徐々に辺りが暗くなり始めた頃だった。
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ウォール・ローゼに巨人が襲来したとの報告を受け、ストヘス区の来客部屋に控えていたエルヴィンに呼び出されたリヴァイが、剣呑な顔で部屋へと足を踏み入れた。
「…ったく、休ませちゃくれねぇな…巨人共わ」
エルヴィンはリヴァイを振り返ると、神妙に目を細めた。
「行けるか?」
その問いに、リヴァイは先日の壁外調査で負傷した右足を見下ろしながら、腕を組んで肩を竦めた。
「行くしかないだろう…」
すると、エルヴィンの傍に控えていた調査兵が、104期新兵の監視作戦の事項が記された資料に目を通しながら、その任務に就いている兵士の面子を確認して、不幸中の幸いだと安堵した表情で言った。
「104期の監視に、ミケ隊長とグランバルドが当たったのは正解でしたね?どうにか持ち堪えられるかと…」
しかし、エルヴィンは目を細めたまま、大きな窓越しにウォール・ローゼの南方を見やる。
「ああ、だといいがな…」
何やら、エルヴィンはひどく嫌な予感がしていた。
背中に冷たい氷でも押し当てられているような感覚に、何かまずいことが起きようとしている気がしてならなかった。
エルヴィンはこれまでの経験からも、自分の勘は当たるのだという自負があった。
そして、それは同じ部屋に居たリヴァイも、同じであった。
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『女型の巨人捕獲作戦』の際、104期の新兵達をウォール・ローゼ南方の調査兵団施設に隔離、監視する任務を担っていたミケ班の一人であるトーマにより、ウォール・ローゼに巨人が現れたとの報告を受けたエルヴィンは、ストヘス区に集結していた調査兵と一部の憲兵を引き連れて、巨人に開けられた壁穴があると予測される場所へ近づく為、一先ずエルミハ区へ向け、すっかり日が落ちた夜中ではあるが出発の命令を下した。
「一体何がどうなってんだ……くそっ」
エレンは荷馬車に自分の立体機動装置と補給用のボンベを積み終えると、ミカサが座る隣の席に腰を落として頭を抱えた。
「でも、巨人が居る壁を、巨人が破るかな?」
其処に出発準備を終えたアルミンもエレン達の元へやってきて、荷馬車には乗り込まず考え込んだ様子で顎に手を添えて呟いた。
そんなアルミンを、エレンは怪訝な顔で荷馬車の上から見下ろした。
「前にもあったろ?俺達の街が奴らに、」
「あれは門だった」
「…アルミン、何を考えているの?」
何やらアルミンには引っ掛かることがあるようで、ミカサはアルミンの顔を覗き込むように少し身を屈めながら問い掛けると、アルミンは徐に荷馬車に乗り込みながら話し始めた。
「あの壁ってさ、石の繋ぎ目とか何かが剥がれた痕跡とかなかったから、どうやって作ったのか分からなかったんだけど。巨人の硬貨化の能力で作ったんじゃないかな?アニがああなったように、硬質化の汎用性は高い」
考え込んだまま隣にすとんと腰を落としたアルミンに、エレンはアニが結晶化してしまった後、ぼやけていく意識の中で見えた、壁から顔を覗かせる巨人の姿を思い出しながら、剣呑な顔で呟いた。
「巨人が…壁を…」
今でも信じられない。
今まで巨人の脅威から自分たちを守っていた壁の中に、まさか巨人が居たとは…
エレンが表情を曇らせる中、隣にいたミカサが「エレン、ちゃんと掛けて、夜は冷える」と、エレンの肩に毛布をかけた。初夏とはいえまだまだ夜の風は冷たく、また巨人化の披露と後遺症が癒え切っていないエレンが、ミカサは心配でならなかった。
すると、出発時刻ギリギリに、リヴァイとハンジ、そしてその後ろにはウォール卿のニック司祭までもが現れた。
「ごめん遅れちゃって!案外準備に手間取っちゃってさあ」
ひらひらと手を振りながら陽気に声を弾ませて現れたハンジ達が、エレン達と向き合うようにして荷馬車に乗り込み、席に腰を落としたのに、アルミンは困惑顔でハンジに問いかけた。
「え…あの、なぜ、ウォール・卿の司祭が」
「ニックとは友達なんだよ。気にしない気にしない。この班の編成自体よく分からなくはあるんだからさ、ね、リヴァイ?」
ハンジはニックにがばりと肩を組み、ニックの隣に座っているリヴァイの顔を覗き込みながら笑うが、リヴァイは無表情のまま、スーツのジャケットを肩に羽織り、腕と脚を組んで首を横に振った。
「いや、意味はある。エルヴィンがこいつらを選んだんだからな」
そして間も無く出撃の準備が整うと、隊列の先頭から、エルヴィンの声が上がった。
「開門!」
その声と共に、ストヘス区の外門がガラガラと音を立ててゆっくりと開門を始めた。
「ウォール・ローゼの状況がわからない以上、安全と言えるのはエルミハ区までだ。そこまで時間を稼ぐ!行くぞっ!!」
闇夜が下り、兵士達が手にしている松明の炎が揺れる中、エルヴィンの凛々しい声が響き渡ると、エルヴィンを筆頭に隊列がエルミハ区へ向け動き出す。
「出せ」
リヴァイの指示によって、荷馬車を引く調査兵も「了解!」と馬を走らせた。
その道中で、ハンジはニック司祭が何故エルミハ区へ向かおうとしているのか、その訳をエレン達に話した。
「え?知っていた…?壁の中に巨人が居ることを、この人は知っていたんですか!?」
エレンはハンジの話を聞いて驚愕し、非難の声を上げた。それに、ハンジは厳しい顔で頷いた。
「ああ、でもそれを今までずっと黙っていた。彼は我々に同行し、現状を見ても尚、原則に従って口を閉し続けるのか、自分の目で見て自分に問うらしい」
「いやいやいやいや!それはおかしいでしょ!?何か知っていることがあったら、話してくださいよ!?人類の滅亡を防ぐ以外に重要な事なんてないでしょ!?っう…っ」
しかし、エレンは司祭の考えに全く納得も理解も出来ず、向かいに座って居るニック司祭に掴みかかる勢いで立ち上がり詰め寄った。しかし、巨人化の後遺症で酷い頭痛に見舞われ、エレンは頭を抱えて再び席に座り込む。
「エレン、大人しくして、まだ巨人化の後遺症が」
酷い頭痛に呻くエレンに、ミカサがエレンの肩からずり落ちた毛布を掛け直しながら嗜めると、ニック司祭いの隣に座っていたリヴァイが、ジャケットの内側から拳銃を取り出し、銃口をニック司祭の懐に押し付けながら、脅し口調で言った。
「質問の仕方はいろいろある。俺は今怪我で役立たずかもしれんが、こいつ一人を見張るくらいのことは出来る。くれぐれも、体に穴が空いちまうことがないようにしたいな、お互いに」
それに、ハンジは首を横に振り、兵服の内ポケットから、青く輝く鉱石のようなものを取り出し、それを眺めながら言った。
「脅しは効かないよ、リヴァイ。もう試した。…私には司祭が真っ当な判断力を持った人間い見えるんだ。…もしかしたらだけど、彼が口を閉ざすのには、人類滅亡よりも重要な理由があるのかもしれない」
「ハンジ、おいクソメガネ。お前はただの石ころで遊ぶ暗い趣味なんてあったか?」
考えに耽る様子で鉱石をじっと見つめているハンジに、リヴァイは眉間に皺を寄せて問いかけると、ハンジは皆に見せるように掌の上に鉱石を乗せた。
「あぁ、そうだよ。これはただの石じゃない。女型の巨人が残した硬い皮膚の破片だ」
「え?消えてない!?」
アルミンが驚いて声を上げると、ハンジは興奮した様子で目を輝かせ、口早になって話し始める。
「そう!アニが巨人化を解いて体から切り離されてもこの通り、蒸発しない。消えないんだ。もしかしたらと思ってね…壁の破片と見比べたら、その模様や配列まで、よく似ていたんだ。つまり、あの巨人が壁の支柱になっていて、その表層は硬貨した皮膚で形成されていると考えてもいい」
ハンジの言葉に、司祭が静かに顔を俯けた。その反応は、ハンジの考察が間違っていないことを示唆して居るようにも見えた。
「本当にアルミンが言って居た通り」
ミカサとエレンがアルミンの先程の考察とハンジの話が重なることに驚いていると、アルミンはハンジの考察に続けて話をしようと口を開いた。
「じゃあ!」
「待った言わせてくれアルミン!」
しかし、そのアルミンの口を、ハンジは鉱石を手にしていない右手で押さえつけた。
「このままじゃ破壊されたウォール・マリアの穴を塞ぐのは困難だろう。穴を塞ぐのに適した岩でもない限りね。でも、もし巨人化したエレンが、降下する巨人の能力で壁の穴を塞げるのだとしたら…」
「俺で穴を塞ぐ…」
エレンはそんなことが出来るのか、まったくその方法も手立ても思いつかず、漠然としていると、ハンジはエレンを見つめる目をすっと細めた。
「元の材質は同じ筈なんだ。巨人化を解いた後も石化した巨像を残せるのなら、あるいは…」
エレンが息を詰めて居る中、アルミンはその隣で深く頷いた。
「賭ける価値は大いにあると思います。それに、そのやり方が可能なら、ウォール・マリアの奪還も明るいですよね。従来のやり方だと、大量の資材を運ぶ必要があったから、壁がいに補給地点を設けながら進むしかなかった、でも、に馬車を護送する必要がないとなると、シガンシナ区まで最速で行えます。それを夜に決行するのはどうでしょう?」
「夜に?」
「はい、巨人が動かなくなる夜にです」
アルミンの意見にハンジは顎に手を添え、もう片方の手の中の鉱石の輝きを見下ろしながら言った。
「なるほど、少数だけなら一気にウォール・マリアまで行けるのかもしれないのか。状況は絶望のどん底なのに、それでも希望はあるものなんだね」
「ええ。但し全ては、エレンが穴を塞げるかどうかに掛かっているんですが」
アルミンが、隣に座るエレンへと視線を向ける。
エレンはアルミンの視線を受けて、固唾を飲んだ。
「こんなこと聞かれても困るかと思うんだけど、それって出来そう?」
ハンジにもそう問われて、エレンは何も答えることが出来なかった。
自分の体の一部さえ、硬質化させたこともない。
体全体を硬質化させ、その巨像を残したまま巨人化を解く等想像し難いことで、容易に頷くことなど出来なかった。
すると、リヴァイが口を開いた。
「出来そうかどうかじゃねぇだろ」
その言葉に、エレンははっとしてリヴァイを見た。
リヴァイはエレンに鋭い視線を向けながら、凄み命令した。
「やれ、やるしかねぇだろ。こんな状況だ、兵団もそれに死力を尽くす以外にやることはねぇはずだ。必ず成功させろ」
横暴に聞こえるかもしれないが、エレンにとってはリヴァイの言葉がありがたかった。
分からなくてもやる。出来るよう道を見出す。
その段階を示してくれたリヴァイに感謝しながら、エレンは力強く頷いた。
「はい!俺が必ず穴を塞ぎます!」
ウォールー・マリアを奪還すれば、故郷を取り戻すことができる。
「必ず……っ」
そして何よりも、この世界の謎を解き明かすきっかけが、シガンシナ区にある家の地下室には眠っているのだ。
「地下室、俺の家の地下室だ…親父の言葉が本当なら……そこに全ての答えがあるはずだ」
エレンは自分を鼓舞するように呟き、胸元で揺れる地下室の鍵を、強く握りしめたのだった。
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