第四十一話
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ハルは、仲間に秘密を明かし、巨人と戦う選択肢を選んだ。
黒白の翼を背に生やしたハルが、塔の下へと着地した瞬間、辺りの空気が急に冷え込んだかと思えば、ナナバやゲルガー達に群がっていた巨人達が一瞬にして静まり返り、巨人達は二人からすっかりと興味を失って、ハルに向かって次々と頭を下げ、地に額を押し付けるようにして平伏し、微動だにしなくなったのだ。
「お、おいおい!?どうなってんだよ…っ!ハルに翼が生えちまった…っそ、それに巨人共の様子も、おかしいぞっ?!」
コニーは眼下に広がる信じ難い光景を指差して声を上げる中、ライナーとベルトルトは動揺を隠し切れず顔を引き攣らせ、クリスタとユミルは驚愕して言葉を失っていた。
「な、なんなんだ…あれは一体!?ハルに向かって…頭、下げてるのか?巨人がか?それに、ハルのあの姿はっ…何だ…ベルトルト!?」
「わっ、分からない…あんな、力見たこと…ないよ…っ」
ライナーはパニックを起こしかけながらベルトルトに問いかけるが、ベルトルトも眉間に寄せた眉先を不可解な出来事に困惑で震わせながら首を横に振る。
ハルは着地で地についていた片膝を上げて、徐に立ち上がると、巨人の拘束から逃れ地面に倒れていたゲルガーとナナバの元へ、歩みを進めた。
頭を強く打っていたゲルガーの体を抱え起こし、地面に腰を落としていたナナバは、ハルの姿を陶然とした表情で見上げた。翼を携えたハルの姿は、まるで自らが思い描いている夢を、体現しているかのようにも見えたからだ。
ナナバに支えられ、意識が朦朧としているゲルガーも、歪んだ視界に映るハルの姿だけが浮き上がっているかのようにはっきりと見えて、まるで麻酔でも打たれたかのように目を離せなくなった。
「あ…、ハル……そ、それが、お前の…『未知の力』…だってのか…?」
「話では聞いていたが…なっ、なんて神々しい姿なんだ…」
『……』
ハルは口を半ば開いて見上げる二人に何も答えることはなかったが、二人の傍に片膝をついて顔を覗き込むと、彼方此方怪我はしているが、命に関わるような外傷はないことにホッとした様子で、無表情だった頬を僅かに綻ばせた。
それから、ハルはナナバとゲルガーの体を、右腕と左腕で脇に抱えるように抱き寄せた。
「は?」
「え?」
突然のことに頓狂な声を上げた二人を、ハルは軽々と小脇に抱え上げて、翼を羽ばたかせると、塔の上へ向かって飛び上がる。
「「うわぁぁあああ!?」」
まるで重力という概念が無いかのように二人を軽々と小脇に抱えて飛んだハルに、ナナバとゲルガーは驚きで悲鳴を上げる
中、上から様子を見守っていたライナー達も同じように驚愕していた。
あっという間に塔の屋上へと舞い戻ってきたハルは、ナナバとゲルガーをそっと腕から下ろすと、ナナバ達やライナー達が呼び止める声も聞かず、再び塔の下へと飛び立ってしまった。
「っおい、ハル!待てよ!」
「待つんだゲルガーっ!」
ゲルガーは巨人との戦いで頭を強く壁に打ち付けており、出血し痛む頭を押さえながらもハルを追いかけようとしたが、ナナバが腕を掴んで引き留めた。
「今の私達では、ただ足を引っ張るだけだ!」
ナナバもゲルガーも、立体機動装置を動かすためのガスも、そして巨人と戦う為のブレードも尽きてしまっていて、もうこれ以上の戦闘は不可能だった。
しかし、ハルが地面に降り立った途端、平伏していた巨人達が、身を捩るようにして再び動き出した。
「不味いぞっ!巨人が動き出した!」
コニーが鬼気迫る声上げると、ハルは手にしていたブレードを体の横に構え、大きく深呼吸をした後––––両目を閉じ、前傾姿勢になって身を屈めた。
「なっ。アイツ何やってんだ!?」
ゲルガーが怪訝な声を上げナナバが心配げに表情を曇らせる中、同期達は何度か目にしたことのあるハルの行動に固唾を呑んだ。
「ハルが、本気を出した」
クリスタがそう呟いたのに、「え?」とナナバがクリスタの顔を見て首を傾げる。すると、ベルトルトが緊迫感を頬に張りつめて、ハルの姿を見下ろしながら言った。
「ああやって両目を閉じている時は、ハルが一番、倒すべき相手に集中している時なんです」
「集中って…周りが巨人だらけだってのに、目を閉じて突っ立ってるのは流石にマズいだろ!?」
ベルトルトの言葉に、ゲルガーは腑に落ちない顔でハルを塔から身を乗り出すようにして見下ろす。
すると、ハルの一番近くに伏していた5メートル級の巨人が一体、ハルに向かって大口を開け飛び掛かった。
「ハル!!危ない!!」
ナナバが逼迫した声を上げた瞬間、ハルは目を閉じたまま、翼を大きく一度羽ばたかせて体を回転させると、右手のブレードで閃光のような鋭い斬撃を放ち、巨人の頭を軽々と跳ね飛ばしたのだ。
「「!?」」
あまりの一瞬の出来事に、ナナバ達は自身の目を疑った。
「くっ首を…跳ね飛ばした?一刀のブレードで…?そ、そんなことが、可能なのか?立体機動装置を駆使してやっと、肉を削げる硬い巨人の身体を…?」
巨人の肉はとても硬質で、立体機動での遠心力を付加しなければ、ブレードの鋭さと腕力だけで頸を削ぐことさえも難しい。ましてや、骨まで断つなど、不可能と言っても過言ではない。
しかし、先ほどナナバとゲルガーの体を軽々と持ち上げ、空を飛ぶことが出来た今のハルになら、それも不可能なことでは無くなっているのかもしれない。
「あれも、『未知の力』の効果…なんだろうか?いや、でも…そもそも、あのブレードの使い方、見たことがない。リヴァイやミケの動きとも…全く違う…」
ナナバは次々と立ち向かってくる巨人の首を、鋭い剣撃で次々に跳ね上げ、翼の揚力を利用して身を翻しながら戦うハルの動きを凝視しながら言うのに、ライナーは開拓地にいた頃から、ハルがずっと続けている習慣である、朝の素振りをしていた姿を思い浮かべて居た。
ハルが幼い頃から父親に教えられていたその行動は、ただ棒を振り上げて下すだけの単純なものであったが、ライナーはその一振り一振りに、研ぎ澄まされた精神から繰り出される斬撃が空気を切り裂くような鋭さを感じ、それは鍛錬を重ねるほどに増しているようにも見えていた。
そして、今ハルが繰り出している稲妻が迸るような斬撃は、その集大成のようにも見えた。
コニーは、巨人の首を次々と斬り落としていくハルの姿に、絶体絶命のこの状況を切り抜けられる希望を見出したように、ぐっと胸の前で両手を握りしめながら興奮した声音で言った。
「…すごいっ、アイツ…もしかしてここに居る巨人、全部蹴散らしちまえるんじゃ…!」
「いいやっ、流石にそれは無理だっ」
しかし、ライナーが緊迫した声で首を振った。
「ハルの様子がおかしい。呼吸も乱れて、段々足元がふらついてきてる…っ、きっと体に異常を来してるんだ!ハルの体調の不良も、あの力の反動だったのかもしれないっ…」
ライナーの言う通り、ハルは巨人を倒していくに連れて、苦しげに肩で呼吸をし始め、足元も覚束なくなって来ていた。
巨人達も最初はハルの俊敏な動きに全く追いつくことができていなかったが、徐々に動きが鈍くなってきたハルの体を、今にでも掴んで握り潰してしまいそうだった。
「クソッ!!危なくて見てらんねぇッ!!」
ゲルガーは耐え難くなって塔の下へと降りようとする。
しかし、ナナバがゲルガーの腕を掴んで必死に引き止める。
「待てゲルガーっ!!気持ちは分かるよ!!でも、機動力も戦闘力もない私達が加勢に入っても無駄死にするだけだ!!ハルの気持ちを、無碍にするな!!」
「だからって、放ってなんて置けないだろうがッ!?」
ゲルガーは堪らず感情的になって声を荒らげるが、ナナバも負けじと「駄目だ!」と声を上げ、ゲルガーの腕を掴む手に更に力を込めて首を横に振る。
コニーは、必死に自分達を守る為に戦っているハルの姿を、崩れ欠けた塔の石塀を掴んで見下ろしながら、悔しげに表情を顰めた。
「俺っ…ライナー達だけじゃなくて…アイツにも、ずっと助けられてばっかっじゃんかっ…!訓練兵に入団して、初めての射撃訓練の時もっ…座学の時も…っ、今日の…ラガコ村での時だって…っ。アイツにいつか、恩返ししたいって、努力してきたつもりだったってのにっ、結局俺はっ、アイツの助けにもなってやれねぇのかよっ!!」
コニーはダンッと口惜しさを握りしめた拳で、崩れた壁に感情を打つけるように殴りつけた。
すると、そんなコニーの隣で、ハルのことを見下ろしていたクリスタが、喉の奥をぐんと押すような、普段よりずっと低い声で、独り言のように呟いた。
「私も…戦いたい。何か武器があればいいのに。そしたら、一緒に…戦って死ねるのに」
そう言ったクリスタの言葉に、傍に居たユミルがクリスタを見下ろす。
「クリスタ…お前まだそんなこと言ってんのか」
「え?」
クリスタはユミルの顔を見上げると、ユミルは痛々しく顰めた顔で、クリスタの目の奧を覗き込むようにして言った。
「上官達やハルを利用するな。お前の自殺の口実になる為に、戦ってるわけじゃねぇんだぞ」
「そ、そんなつもりじゃ…」
「お前はコニーや上官達とも…あの大馬鹿野郎とも違うだろ!?本当に死にたくないって思ってない。何時もどうやって死んだら褒めてもらえるかばっかり考えてただろ?!」
「そ、そんなことっ」
ユミルの言葉は、クリスタの心の奥を容赦なく抉り取るようで、クリスタはユミルから後退りながら、違うと首を小さく横に振る。
しかし、ユミルはそんなクリスタから顔を逸らして、コニーの元へと歩み寄った。
「コニー、ナイフを持ってただろ?それ、貸してくれ」
「は?ナイフ…?…ほらよ」
「ありがとよ…」
コニーは渋々腰元に差していた小型のナイフを手に取り、刃の部分を軽く握って、柄の方をユミルへと差し出した。
ユミルはナイフを受け取ると、形のいいコニーの坊主頭をポンと叩く。そんなユミルの手をコニーは煩わしそうに振り払いながら、「何に使うんだよ、それ」と問うと、ユミルは手の中のナイフを見下ろしながら言った。
「そりゃ…戦うんだよ、これで」
「ユミル、何をするつもりだっ」
ライナーは、ユミルの発言に嫌な予感が過ぎり問いかけると、ユミルはライナーに向かって肩を竦めて見せた。
「さあな、自分でも良く分からん。…ただ、あの大馬鹿野郎の所為ってもの、あるだろーな…」
それから、自分のことを不安げに見上げているクリスタに向き合うと、その細い両肩に手を置いて、ユミルはクリスタとより近くで視線を合わせる為に、少し屈み込みながら言った。
「クリスタ、こんな話もう忘れたかもしんねぇけど…っ、思い出してくれ。雪山の訓練の時にした約束を…」
ユミルがそう告げると、塔の下で巨人が外壁にぶつかった激しい音が上がり、塔が大きく左右に揺れた。
このままでは、塔も、そして下で戦っているハルの身も持たない。
ユミルは意を決し、困惑しているクリスタから離れると、塔の断崖から少し距離を取って、ナイフの刃先を指先で軽く叩き切れ味を確かめながら言った。
「お前の生き方に口出しする権利は私には無い。だけど…お前…、」
ユミルは、ナイフから視線を逸らし、クリスタのことを真っ直ぐに見つめた。
そうして、山間からゆっくりと昇り始めた瑞々しい朝日が、ユミルが今まで一度も見せたことがない程、穏やかで慈愛に満ちた表情を
照らし出した。
「胸張って生きろよ。…約束だぞ、クリスタ…!」
「!?」
ユミルはその言葉と共に、地面を蹴って走り出す。
「ユミル、待って!!ユミルーっ!!」
クリスタは必死になって、ユミルを止めようとしたが、伸ばした手がユミルに触れることは無かった。
ユミルは巨人が群がる中、必死に戦い続けるハルの元へ向かって断崖を飛び降り、手にしたナイフで自身の掌を切り裂いた。
すると、ユミルの体は黄金色の球体に包まれるように発光し、激しい電流を巻き込んだ風を纏った––––
そして、その黄金色の球体の中で、ユミルの体はまるで蔓の根が絡まるように何も無い空間から肉体を生成し、姿を変えて行く……
巨人の、姿へと––––
第四十一話 月下に輝く、二つの金色
完