第四十一話
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ハル達はウトガルド城の螺旋階段を駆け上がり、屋上へ続く扉を開けて外に飛び出すと、其処で目にした光景に愕然とした。
先程、塔へ向かって馬を投げつけてきたのは、ハルとミケが遭遇した『獣の巨人』からの攻撃だった。その時の衝撃と、階段を上がっている最中に再び感じた二度目の衝撃で、塔の外壁は激しく崩れ、屋上は瓦礫まみれになっていた。
そんな中で、ナナバがヘニングを、ゲルガーがリーネを腕に抱え、地面にそっと横たわらせているのが目に入り、ハルは胸に嫌な予感が迫り上がってきて、彼等の元へと一目散に駆け寄った。
遠目では分からなかったが、近づくにつれ、地面に寝かされたリーネとヘニングの変わり果てた姿がハッキリとして来て、ハルは動揺する心と同じように足をよろよろと絡れさせながら、二人の傍で片膝をついていたナナバとゲルガーの横に、がくりと両膝を付いて二人の顔を見下ろした。
「そ、そんなっ…リ、リーネさんっ、ヘニングさ…っ」
とても信じがたい現状に、身体のあちこちが拒絶反応を起こしたかのように震えてしまい、ブレードを握っていた右手の力が抜けて、がしゃりと音を立てて、地面に転がった。
瓦礫が体に直撃したのか、或いは何処かに強く打ち付けられてしまったのか…全身から血を流している二人の力なく体の横に投げ出されている手を、ハルは縋るようにして握った。
触れた二人の手は、悲しい程冷たくて、ハルは「嘘だ…」と狼狽えながら、リーネとヘニングの胸に耳を寄せる。しかし、鼓動の音がハルの鼓膜に触れることはなかった。
「駄目だ…二人とも即死だ」
ゲルガーの悲痛に満ちた声に、ハルは唇を噛み締めて、二人の手を自身の額に押し付けた。
「そんなっ…私が、眠っている間にっ、こんな、ことにっ…!」
ハルはこんな形で二人と別れることになるとは、想像もしていなかった。気を失うようにして眠ってしまった直前迄、リーネとは一緒であったし、体調を崩していた自分の異変に真っ先に気がついて声を掛けてくれたのはリーネであった。ヘニングは言葉は多くなくとも、いつも新兵のハルのことを気に掛け、見守ってくれていた。二人は本当に優しい上官であり、頼れる先輩だった。
思わぬ離別を迎えることになり、悲しみに暮れるハルの背中を見て、コニーは下唇を噛み締め、屋上の崩れかけた縁に手を付いて、馬を塔へと投げつけ、一体だけ壁の方へと向かって行った腕の長い大きな獣の巨人を指差した。
「っアイツだ!一体だけ壁の方に歩いて行った、あの『獣の巨人』の仕業だっ!!…っ!?巨人、森林から多数襲来っ!!」
しかし、その際に、再び新たな巨人の大群が森林の中から現れ、こちらに向かってくるのを確認したコニーは、焦燥した顔でナナバ達を振り返った。
コニーの言葉に、ナナバは忌々しげに表情を曇らせ、舌を打つような口調で言う。
「まるで巨人が作戦行動でも取っているかのようだね。…最初から、遊ばれていたような気分だ…っ」
ハルは、息を引き取ったリーネとヘニングの手を額に押し付けたまま、悲痛に、そして切迫した口調で言った。
「あの『獣の巨人』が…っ、指示を出しているんです。きっと、あの巨人が命令すれば、夜でも巨人は動くことが出来る…ということなのかもしれません。ナナバさんっ、ゲルガーさんっ!ごめんなさいっ…私がアイツを仕留めていればっ、こんなことにはならなかったのに!!」
ハルは舌を噛み切るような後悔の言葉を吐いて、ぎりっと音が鳴るほどに奥歯を噛み締めた。
新兵であり、尚且つ、人類の敵として嫌疑が掛けられているアニ達と幼馴染である自分のことを、なんの抵抗もなくミケ班の一員として迎え入れてくれたリーネとヘニングには、感謝の気持ちしかなく、もっと沢山話がしたかったし、多くのことを傍で学んでいたかった。
それなのに、自分があの時、『獣の巨人』を仕留めずに逃げるという判断をした所為で、二人は命を落とすことになってしまったのだ。
自責と後悔の念に駆られ、苦しむハルの震える肩に、ナナバは首を横に振って、気遣うようにそっと手を置いた。
「ハル、君の所為じゃない。何時だって、選んだ選択の先に何が待っているかなんて、誰にも分からないんだ。ハルは、その中で出来る最善を尽くしてくれた。だからこそミケも死なずに済んだんだ。本当に感謝してる。…だから、二人の死を君が背負う必要なんか、ないんだよ?」
諭すような口調で、優しく声を掛けてくれるナナバに続いて、ゲルガーも頷きながら、ハルの項垂れている頭に大きな手を乗せて、わしわしと撫でながら言った。
「そうだぜ?お前が責任感じることじゃない。それに、まだ負けと決まったわけでもない。俺たちはまだ、戦えるんだからよっ!」
「!?」
ゲルガーの言葉に、ハルは弾かれたように顔を上げ、焦りに満ち強張った表情を、二人に向けた。
「まだ…戦えるって…っこの状況で、巨人とまた戦うつもりなんですか!?」
「ああ、私たちは兵士だ。どんなに厳しい状況だとしても、決して巨人に屈したりはしない!」
ナナバはゲルガーと顔を見合わせると、その場に立ち上がりながらホルダーに納めた操作装置に手を掛けたのを見て、ハルは二人に追い縋るように立ち上がり、両腕を開き身を乗り出しながら、体全体で訴える。
「しかしっ!もうブレードも、ガスだって残量が少ない筈です!!あ、あの数の巨人相手に、再び下に降りるのは危険過ぎます…いえっ、無謀ですよ!?」
「だとしても、私たちは最後まで諦めない。…何もしなければ、この塔は巨人に壊されて、全員死ぬだけだ」
ハルの説得も届かぬ程に、ナナバとゲルガー、二人の決意は鋼のように硬く、覆せるものではなかった。しかし、ハルはどうしても諦められず、二人の腕を掴んで引き留めた。ゲルガーさんとナナバさんまで、失う訳にはいかない。自分はゲルガーさん達の助けになる為に、ミケさんとは戻らず、此処に残ったのだから。
「駄目です!!絶対にっ、行かせられません!!だったら私が行きますから!!」
「立体機動装置を渡してください」と、必死に訴えてくるハルに、ナナバとゲルガーは顔を見合わせ、相変わらずだと肩を竦めて笑い合った。それから、ゲルガーは腕を掴んでいるハルの手に自分の手を重ね、首を横に振った。
「ハル、お前は此処に残るんだ」
「それに、私達はミケから、ハルを頼むと言われてるからね?」
「っそんな…!」
ナナバもゲルガーと同じように、腕を掴むハルの手に自分の手を重ねて、微笑みながら言うのに、ハルは泣き出しそうな顔になって首を横に振る。
そんなハルの眉間を、ゲルガーは指でバシッと弾く。
「うっ」と小さく声を上げて額を抑えたハルに、ゲルガーは腰に両手を当てがうと、「あー…」と空に浮かぶ青白い月を仰ぎながら言った。
「お前と、もっと一緒に、酒…飲みたかったぜ。でも、最後の最期に、お前みたいな後輩が、妹分が出来て、すげぇ楽しかった。なぁ、ナナバ?」
ゲルガーは長い付き合いのナナバに視線をちらりと向けて言うと、ナナバは「ああ」と頷き、ハルの両肩を掴む。そして、ハルの額に自身の額をコツンとぶつけた。
「…そうだね。出来ることなら、君と一緒に、未来を切り開いて、進んで行きたかった。…ハル、ミケのこと…仲間のこと、頼んだよ?君になら、何の心配もなく、任せることが出来るから」
そう、祈るような口調で言ったナナバから、触れた額の温もりを通じて信頼と優しさを感じ、ハルは目尻に涙が滲むのを抑えられなかった。
止めても無駄だと、二人の強い意志の込められた瞳を見れば、痛いほどに、悲しい程に、思い知らされる。だとしても、何とかして此処に留まってほしいと、頭でその方法を必死に考えるが、言葉で引き止める以外に何一つ、ハルには見出すことが出来なかった。
ハルは、ナナバの両腕を掴み、細くも逞しい肩に額を乗せて、苦しげに喉を震わせながら言った。
「っナナバさんとゲルガーさんを止められなかったら、今日のこと、私一生後悔しますっ…!行かないでくださいっ、お願いしますっ!お願いっ、しますっ!!」
ぐっと、両腕を掴むハルの手に力が籠るのを感じ、ナナバはやれやれと苦笑を浮かべながらも、兵士としての選択を選ぶことに捉われず、どこまでも人道的な道を選ぼうとするハルの中に、この暗闇に包まれた世界を照らす、光のようなものを感じていた。
「ハル、顔を上げて」
ナナバに促され、ハルは悲しみに暮れた顔を上げる。その顔を、ナナバは両手で挟み込んで、強く真摯な眼差しを震える黒い双眸に向けた。
「君は、ずっとそのまま。自分が信じた道を、足掻いて進むんだ」
「!?」
力強い、直接胸に打ち込まれるような言葉に、ハルは息を呑む。
「規則や常識、偏見なんかどうでも良い。君は、君がしたいことを、思うがままに進んで行けばいい。それがきっと、この世界を覆う分厚い雲を払うことに繋がる…。私は、そう信じてる」
すると、ナナバの隣に立っていたゲルガーも、ハルの背中をバシッと叩いて頷いた。
「俺も、そう思う」
「っゲルガー…さん」
ハルは視線をゲルガーへと向けると、ゲルガーはニッと口端を上げて笑ってみせた。その笑顔は、普段ゲルガーが、中々『未知の力』の解明に至らず、落ち込んでいたハルを元気づけようと見せてくれていた笑顔と、何ら変わらないものだった。
「お前は無茶ばっかで、お人好しの大馬鹿野郎だが…、そんなお前に惹かれて、ついて来る奴らだって、きっと沢山居る。お前は、一人じゃない。お前にとって、この世界は荒く生きにくいだろうが…それでもーーー、絶対に、諦めるなよ」
「っぐ」
二人の言葉に、ハルは胸が張り裂けてしまいそうになって、苦しげにうめき声を溢しながら、体の横の両手を握り締めた。
ナナバとゲルガーは、きっと塔の下に降りれば、もう生きて戻っては来れないのだと、口にはしないが感じていて、その覚悟も決めているように見えた。だからこそ、二人はハルに、自分達が手に入れようと戦い続けた未来を、夢を、今ハルに託そうとしているのだ。
ハルは、噛み締めていた所為で血が滲んだ唇を開いて、ナナバとゲルガーの思いに応える。
応えるが…
「絶対にっ…諦めません!」
二人のことを、易々と死なせる気など、毛頭なかった。
「「!」」
ハルの、必死に運命に抗おうとする強い眼差しと言葉を受けて、ゲルガーとナナバは気圧されたように息を呑んだ。
この絶体絶命の状況でも、ハルは未だ此処に居る全員が生き残る道を、諦めていない。
思えば、ハルと初めて出会った時も、今と同じ目をしていたことを、ナナバとゲルガーは思い出した。
エルヴィンやミケから、黒白の翼を持つ、『未知の力』を秘めた新兵の実験に立ち会ってほしいと頼まれた時、正直二人は、ハル・グランバルドという兵士に対して、強い疑念を抱いていた。
しかし、初めてその実験の様子を見に行った時、身体の彼方此方に傷を作って、ハンジの要求に献身的に応えようと懸命なハルの姿を見て、その疑念はすぐ拭い去ることが出来た。どんなにハンジに厳しい要求をされても、リヴァイに幾度も蹴り飛ばされても、諦めず、何度だって立ち上がり、前に進もうとするハルがこの場に居るからこそ、自分達も今、命を掛けて巨人達に立ち向かおうという勇気が湧いてくるのだろう。
「…そうか。…流石、だね」
「お前らしい答えだわ、呆れちまうくれぇにな」
ナナバとゲルガーは、同じことを思いながら顔を見合わせると、ふっと笑みを浮かべて、胸元のホルダーから操作装置を抜き取り、残ったブレードを柄に装着して、鞘から引き抜きながら、ハルに背を向けた。
「なら、私達はハルを信じるだけだ。信じて、戦う」
「だから、生きて帰ったら、また酒、飲みに行こーぜ?」
ナナバとゲルガーは、ハルを顔だけで振り返りながら笑いかける。
それに、ハルは深く頷き、希望の光を湛えた強い眼差しを二人に向けながら言った。
「はい…!絶対、行きましょう!皆でっ!!」
「よっしゃ!俄然やる気出てきたぜ!行くぞナナバ!!」
「ああ!行こう!!」
ナナバとゲルガーはハルの返答を皮切りにして、互いの右手と左手のブレードを健闘を祈るようガチリとぶつけ合うと、巨人達の蔓延る塔の下へと勢い良く駆け出し、飛び立った。
月光に照らされた、二人の背の自由の翼が、ハルの目にはまるで生きているかのように、羽ばたいているかのように見えた。
「絶対に、この窮地を切り抜けるっ…誰も、死なせない!」
ハルはそう固い誓いを立てながら、後ろを振り返り、リーネとヘニングの傍にある、マルコのエンブレムが付いた自身のブレードの柄を拾い上げた。
今、自分の手の中には、巨人と戦うことが出来る武器が残っていて…自ら望んで手に入れた力ではないけれど、空を飛ぶ翼も、確かに己の背にはある。
力を使用した事で引き起こされた体の不調や、血に対する過剰な欲求が、また悪化することも考えられるが、それを気にしている余裕は無い。そして何より、巨人に対して使える力が己に宿っているのならば、力を使わない理由が、今のハルには微塵も有りはしなかった。
ハルは戦うことを心に決め、ナナバ達の後を追おうと、ブレードを固く握りしめて振り返った時だった。
「やめろ」
ハルの行く手を塞ぐように、厳しい顔をしたライナーが立ち塞がった。
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