第四十話
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ハルは意識的に避けるというよりは、反射的に体が動いてその場から飛び退くと、地面にゴロゴロと転がり膝と両手を石張りの冷たい地面について顔を上げ、目の前に広がった光景に唖然とした。
「はっ…何…っ、きょ、巨人…!?」
顔を上げた先には、3メートル級の巨人の背中があり、巨人はハルを掴もうとした手の中にその姿がないことに首を傾げていた。
夢から覚めて最初に目にしたのが巨人という最悪な目覚めに追い討ちをかけるように、螺旋階段が上階へと伸びている見知らぬ塔の中の景色に、ハルは状況を把握出来ず困惑した。
「(一体どうなってるんだ…壁の穴を探していたのに…っ、それに一体此処は何処なんだっ?)」
ハルは、ぼやけた頭の中に残っている記憶を掘り起こし、夜間に松明を手にしてローゼの穴を探していた迄の記憶を何とか探しあてたが、自分が何時から眠ってしまっていたのかはとても曖昧だった。
ハルは現状を把握しようと、あまり機敏ではない巨人の挙動に気を向けながらも、辺りを見回す。
今居る広間の下へと続く木造の古い扉が蹴り壊されているのを見ると、この巨人は下から階段を上がって来たのだろう。だとすると、今目の前にいる巨人だけではなく、他にも巨人が複数この建物内に居る可能性がある。螺旋階段上の扉は閉められ、壊れていない所を見る限りでは恐らく、此処より上階に巨人は居ない筈。
ハルは耳を欹てて仲間たちの居場所を確認しようとしたが、体が怠く頭痛が酷くて耳が効かなくなっていることに気がついた。
ハルは地面から立ち上がろうとするが、目眩がして傍の壁に手をつき、もう片方の手で痛む顳顬を押さえる。
立っているのがやっとで、身体に力が入れられない。
常人離れした聴力が身についた初めの頃の自分は、正直なところ気味の悪さを感じていたりもしたが、今こうして耳が効かないとなると、不安や焦りが胸に漂うのを感じて、自分はすっかりこの力に身を預けていたのだということを実感してしまう。
『ウゥゥゥ、ウゥウウ…』
立ち上がったハルに、掌を暫く見下ろしたまま動かなかった巨人が、呻き声を上げながらゆっくりと振り向いた。
虚な両目を見開いて、その瞳とは裏腹に、口端をこれ以上ないほど持ち上げて、人とは違いやけに多い歯を剥き出しにする巨人に、ハルは全身の毛穴が開くような感覚に身震いした。
「(駄目だっ、今は考えるよりも、この場を切り抜けることだけに集中しないとっ)」
ハルは一旦状況把握を後回しにして、目の前の巨人から逃れる方法を考えることにギアを切り替えた。
ハルはミケに借りていた兵服の上着を着ては居るが、ベルトの装着は外している状態だった。立体機動装置は獣の巨人との戦いで故障していて、使用することは出来ない。
が、巨人の立っている踵の近くに、ブレードが二本操作装置に装着された状態で置かれているのが見えた。
柄にはマルコのエンブレムが付いているので、どうやら誰かが使えなくなった立体機動装置とのジョイントを外して、傍に置いてくれていたのだろう。
そう考えると、仲間達は同じ建物の何処かに居て、下から巨人が上がって来ていることを考えると、上階の方で待機をしているか、ナナバ達が巨人と交戦している可能性が高い。
安全策を取るなら、このまま螺旋階段を上り、上階へ逃げるべきだが、今後巨人との交戦があることを考えれば、立体機動はできなくとも、戦闘手段としてブレードは確保しておきたい。
しかし、この丸腰の状態でどうやって巨人の後ろにあるブレードを確保するか。見たところ、それほど動きが機敏には見えないのが幸いだが、巨人に掴まれただけで身体の骨は簡単に折れ、重症になる。決して油断は出来ない。
ハルはゆっくりと滲み寄ってくる巨人を睨め付けながら、壁に背中と頭の後ろを押し付け、大きく深呼吸を繰り返すことで冷静さを保ちつつ、巨人の挙動を注視する。
巨人はどうやら、両足を大きく開いたガニ股で歩く習性があるようだ。
ハルは巨人が徐々に体制を前屈みにして、飛びかかってくる瞬間に、その場にしゃがみ込んで巨人の手を逃れると、大きく開いた巨人の股下に滑り込んで、巨人の背後に周りそのまま二刀のブレードを拾い上げた。
「よしっ!…これで…っ!?」
ハルはブレードを手にした瞬間立ち上がり、巨人をすぐさま振り返る。が、また激しい頭痛に見舞われ、嘔吐感が胸から這い上がってくる。
口の中に酸っぱい唾液が広がるのを、ハルはぐっと飲み下し、よろける体を右手のブレードを杖のように地面に突き立てて懸命に耐えた。
が、そうしてもたついている間に、巨人はハルを再び捕まえようと迫って来る。
その時だった。
「うおぉぉおおおおっ!!!」
螺旋階段の上方から猛々しい声と共にライナーが飛び降りてきて、ハルを捉えようとしていた巨人の顔面に渾身の飛び蹴りを喰らわせた。
巨人は衝撃で地面に背中から倒れると、ライナーは上手く受け身を取り、すぐに立ち上がってハルの元へと駆け寄った。
「ハルっ、無事か!?」
「う、うん。大丈夫。ありがとうライナーっ…!」
ライナーは顔色の悪いハルの両肩を掴んで、心配顔で怪我がないか足先から頭のまでざっと確認すると、地面から立ち上がろうと呻き始めた巨人に、「兎に角、上に行くぞ!!」とハルの腕を掴んで引き、螺旋階段を駆け上がった。
階段の突き当たりの扉を潜り、閉めて木の板でストッパーを嵌めるが、古く脆い木造の扉など、巨人は簡単に破り壊してしまうだろう。
ライナーとハルは背中で扉を押さえると、ライナーが上階に向かって声を張り上げる。
「巨人は此処だっ!ハルも見つけた!!バリケードになるもん持って来てくれっ!!」
「ライナーっ!一体今はどういう状況なの!?」
ハルは逼迫したライナーの横顔から只事ではない雰囲気を感じ取りつつ問いかけると、ライナーはハルの顔を見て、口早に状況を説明する。
「ああっ、俺たちは壁の穴を探していたが、結局見つからなくてな?幸い今居る古城を見つけて、体を休めていたんだが、巨人達の群れが夜にも関わらず襲撃して来たんだっ」
ライナーの言葉に、ハルは衝撃を受け、動揺を隠せず焦燥した。
「夜って…?そんなっ、巨人は夜になると動きが鈍るはずじゃ…。っじゃあ今は、ナナバさん達が応戦をっ?」
「ああ、そうだっ…!?」
ハルの問いにライナーが頷いた時、ドンッ!!と強い衝撃が二人の背中に響いた。
巨人が扉を壊そうと叩いている衝撃で、背にある木造の木がギシギシと悲鳴をあげる音に二人は懸命に両脚と背中に力を込めて抑える。
が、その努力も虚しく、巨人はハルとライナーの間に、板を突き破って腕を出してきた。
「「!?」」
二人は巨人の熱い肌が頬を掠めて息を呑んだ瞬間、その巨人の腕は、ライナーの方に伸びる。
「ライナーッ!」
ハルが咄嗟にライナーを庇おうとした時だった。
螺旋階段を駆け降りてきたベルトルトが、手にしていたピッチフォークを、突き破った扉から顔を覗かせていた巨人の顔面に深々と突き刺した。
「ライナーッ、ハル!無事か?!」
ベルトルトは必死の形相で、地面に尻餅を付いていたライナーとハルを見下ろして問いかける。
「こんなところで終われない!俺たちは故郷に帰るんだろ!?」
滅多に声を上げないベルトルトが、感情を剥き出しにする時は、いつも故郷の話をする時だった。
ベルトルトの言葉に鼓舞されたように、ライナーは地面から立ち上がると、巨人の顔面に突き刺したピッチフォークをベルトルトと一緒に掴んで、さらに深々と押し込む。
「ああっ…生き延びて帰るぞ…!絶対に、俺達の故郷にな!?」
「っ…」
この時、ハルには二人が口にする故郷という場所が、とても遠い場所にあるように思えた。
自身のシガンシナにある故郷とは違い、壁を越えた、もっと遠くにある場所…、まるで違う世界にあるようにさえ感じられて、ハルは懸命にピッチフォークを巨人に押し込むライナーとベルトルトの姿を、地面に座り込んだまま、ブレードの柄を握りしめて、ただ見上げることしか出来なかった。
「ライナー、ベルトルト、ハル!」
すると、更に上へと伸びている螺旋階段の上から声が響いてきて、そちらへと顔を向ければ、小型の移動式砲台を運んできたユミルとクリスタ、そしてコニーの姿があった。
「おいそれっ、火薬は!?砲弾は!?」
ライナーはピッチフォークの柄を握りしめたまま後ろを振り返ってユミルに問いかける。
「そんなもん無ぇよっ!コレごとくれてやるっ!!其処をどけっ!!」
ユミルはそう叫んで、砲台をクリスタとコニーと一緒に蹴り飛ばした。
砲台は巧く螺旋階段に沿って勢いよく落ちて、ハルとライナーとベルトルトは砲台を避けると、勢いをつけた砲台は巨人に衝突し、そしてその体を押し潰した。小型の巨人はさほど大きくもないので、これで身動きは取れなくなっただろう。
「上手く行ったみてぇだな…」
コニーは階段を駆け降りて、潰され動けなくなった巨人の様子を確認しながら、安堵を滲ませた声で言う。
クリスタは念のためと、不安げな表情で上階を指差して皆を促した。
「兎に角、上に上がろう。入ってきたのは一体だけとは限らないし」
しかし、クリスタが振り返った時、コニーの後ろから、砲台に潰された巨人を跨ぐようにして、もう一体の巨人が現れた。
その巨人が背を向けていたコニーに飛びかかろうとしていることに気がついて、クリスタが悲鳴を上げる。
「コニー!!」
コニーは咄嗟に振り返ったが、既に巨人の顔が眼前に迫っており、驚いて声を上げる間もない。
其処に、いち早く反応したライナーが、コニーの身体を突き飛ばし、巨人の顔面をもう片方の手で押さえ込んだ。
「っライナー!?」
コニーは地面に尻餅をつきながら、自分を庇ったライナーに声を上げる。巨人は顔面を押さえつけるライナーの腕に、強靭な力で首を捻って、ガブリと噛み付いた。
「っぅぐ!!」
ライナーは骨が軋み肉に巨人の歯が抉りこむ痛みに苦悶の声を上げる。
ハルはブレードを手に螺旋階段を数段駆け上がると、其処から巨人の頸に狙いを定め、身を屈めた。
「ライナー!ごめんそのまま動かないでっ!」
ハルはライナーにそう叫ぶと、駆け上がった螺旋階段から大きく飛び上がり、巨人の頸を目掛けて身体を捻りながら削ぎ上げた。
無理な体勢から、力尽くでブレードを振るった所為で、左のブレードの刃が折れてしまったが、確かに手応えはあった。
巨人は体から蒸気を上げながら、地面に倒れると、ライナーは噛まれた腕を胸に抱えて、地面に両膝をつく。
「ライナー!!」
「大丈夫か!?悪ぃっ、本当に助かったよ…」
「ぁ、あぁ、ハルのおかげで助かった…」
ベルトルトとコニーは咄嗟にライナーの元へと駆け寄ると、ライナーは血が滴る右腕を左腕で抱えて、額に脂汗を滲ませながらも頷いた。
「ハル!足とか腕、捻ってない?無理な体制で斬り込んでいたから」
「ったく、相変わらず無茶なことしやがって!!」
折れてしまったブレードを操作装置から取り外していたハルの元へは、心配顔のクリスタと、眉間に皺をくっきりと刻んだユミルが駆け寄り声を掛けた。
それにハルは微笑みを返しながら、片膝をついていた地面から立ち上がる。
「うん、大丈夫。怪我はしていないよ。心配してくれてありがとう、クリスタ、ユミル」
ハルの言葉にクリスタは「本当?」と心配顔のまま首を捻るのに、ユミルはふんっと鼻を鳴らし胸の前に腕を組んで、ハルから顔を逸らす。
「別に私は心配してねぇよ!勘違いすんな馬鹿!」
そんなユミルに、クリスタとハルは顔を見合わせて、相変わらず素直じゃないと笑う。
そこに、腕を抱えたライナーがハルに歩み寄ってきた。
「ハル。本当に助かった、ありがとうな」
腕の傷が酷く痛々しいのに、礼を言うライナーに対して、ハルは首を横に振った。
「お礼はいいよっ、私こそ…ごめんっ、近くに居たのに反応が遅れてしまって…っ、怪我、させちゃったね…」
ハルはライナーの瞳を見つめて申し訳ないと肩を落とすと、ライナーはふっと目元を綻ばせ、何処か安堵したような表情になって言った。
「…やっと、ちゃんと俺を見てくれたな」
「!?」
ライナーの言葉に、ハルはハッとして息を呑んだ。
「ずっと避けてただろ?俺達のこと。何があったのかは知らねぇけど、結構寂しかったぞ?」
ライナーはハルの頭の上に、怪我をしていない左手を乗せて肩を竦めるのに、ハルは心が悲しく震えるのを感じて、下唇を噛んで、視線を足元に落とした。
自分がライナーやベルトルトのことを意識的に避けていたのは、長く一緒に過ごしてきた二人が気付かない訳もない。
ハルは自分の感情がぐちゃぐちゃで、全く定まらないことに苦悩し、手にしていたブレードの柄をぎゅっと握る。
ライナー達を信じたい気持ちと、疑わなければならないのという気持ちが拮抗して、もう何が正しいことなのかハルには分からなくなっていた。
「…っ、傷の、手当をしないと。…っコニー、ユミル、ベルトルト、扉のバリケードをお願いしても良いかな?クリスタは添木になりそうなものを、探してきてくれる?」
ハルは顔を上げると、仲間達に指示を出した。それに対してコニー達が抵抗なく頷きを返すのは、トロスト区奪還作戦の際に、ハルの統率力を身を持って実感していたからだ。
「了解!」
「ああ!こっちは任せてくれ」
コニーとベルトルトはすぐに資材を集めに向かう中、「っち、仕方ねぇな」とユミルは頭の後ろを掻きながら少々気怠げに動き出す。
「私は添木だねっ、上で頃合いのがあったから、持ってくるね!」
クリスタもすぐさま螺旋階段を駆け上がって行くのに、ハルは仲間達に「ありがとう!」とお礼言った後、ライナーを広間に座らせ、怪我の応急処置に入ったのだった。
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