第三十九話
名前変換設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
外見はかなり老朽化が進んでいるようにも見えた古城の内部は、想像していたよりもずっと荒れてはいなかった。
それも、誰かが最近まで寝泊まりをしていたような痕跡も彼方此方で見受けられ、盗品やら寝具やらが散らばっていた。念のため城内を一通り確認したが人の姿は無く、ナナバ達は城の広間の螺旋階段を数階上がった場所の、比較的崩壊の少ない広場で、城内や付近で集めた薪で作った焚き火を囲むようにして座り、体を休めていた。
「最近まで誰かが居たみたいだな、壁の近くだっていうのに…」
ヘニングは見回りの際に見つけた盗品の中に、ポットとコップを見つけ、焚き火で湯を沸かし持参していた茶葉で紅茶を淹れていた。
ポットの中の茶をコップに注ぎ、それをリーネに手渡すと、受け取ったリーネは紅茶の香りにほっと息を吐きながら、「ならず者が根城にしてたんだろ?」と言い、淹れたての紅茶を口に運ぶ。
「看板にはウトガルド城跡って書いてあった。こんなところに城があったなんて、知らなかったよ」
ナナバもヘニングから受け取った紅茶を飲みながら、城内を見回して言うと、広間の小部屋の扉が開き中を探索していたゲルガーが現れた。
「おい見ろよ、こんなもんまであったぞ」
そう言ったゲルガーの手には、コルクで蓋をされた茶色い瓶が握られていた。
「ゲルガー、それは酒かい?」
リーネは驚いた顔でゲルガーを見上げて問いかけると、ゲルガーは瓶に貼られているラベルを見て、顔を顰めた。
「ああ…これ、何て書いてあるんだ?」
ラベルに書いてある文字は見たことのない形状をしていて、ゲルガーには読み取ることは出来なかった。
「まさか…今飲むつもり?」
リーネに剣呑な視線を向けられたゲルガーは、「う」と喉を詰まらせたが、「っ馬鹿言えこんな時にっ!」と手にしていた酒瓶から視線を逸らして、見回りに行くのか広間の螺旋階段の方へと歩いていく。が、しっかりと手には酒瓶が握られたままである。
「しかし、盗品のおかげで体を休めることが出来るなんてな」
「これじゃあどっちがならず者か、分からないけど」
ヘニングが紅茶を一口仰いでから肩を竦めて言うのに、ナナバは冗談混じりに同じく肩を竦める。
螺旋階段を登っていたゲルガーは、思い立ったように足を止めると、広間に疲弊した様子で座り込んでいる新兵達を見下ろした。
「お前達新兵は、しっかり休んでおけよ?この時間ではもう動ける巨人はいないだろうが、俺達が交代で見張りをする。出発は日の出の四時間前だ」
その言葉に、膝を抱えるようにして座り壁に背を押し当てていたクリスタが、ゲルガーを見上げながら不安げな顔になって言った。
「あの、もしも壁が本当に壊されていないとするなら、巨人は何処から進入して来ているのでしょうか?」
ゲルガーは一瞬眉先を考え込んだように寄せたが、再び階段を登り始め、「それを突き止めるのは明日の仕事だ」と言い残し、見張りの為城の屋上へと登って行った。
クリスタはぎゅっと膝を抱える両腕に力を込めて、城で集めた毛布二枚のうち一つを床に敷き、もう一枚は体にかけて眠っているハルの顔を心配げに見下ろしながら、少し躊躇するように言った。
「…もしかしたら、当初想定していたことにはなっていないんじゃないでしょうか?何というかその、…」
その先の言葉を言い淀むクリスタに、ヘニングが表情を曇らせ、燃える焚き火の炎を見つめながら言った。
「ああ、確かに巨人が少ないようだ。壁が本当に壊されたとしたならな…」
「巨人を見たのは、ミケとハルだけだしね…」
ナナバも今の状況に違和感を拭えず、難しい顔で、少し疲れを滲ませた声音で言うのに、益々不安げな顔になったクリスタの横に座っていたユミルは、向かいに胡座を掻いて座り、俯き加減になっているコニーに問いかけた。
「コニー、お前の村は?」
その問いに、コニーは視線を俯けたまま答える。
「壊滅した。巨人に踏み潰された後だった」
「そうか、そりゃ…」
ユミルは表情を曇らせたが、コニーは言葉を続けた。
「でも誰も食われてない。みんな上手く逃げたみたいで、それだけは良かったんだけど」
「村は、壊滅してたんだろ?」
「家とかは壊されてたけど、村の人とかに被害はなかったんだ。もし喰われてたらその、血とか痕が残るもんだろ?それがないってことは、つまりそういうことだろ?…ただ、…ずっと気になってるのが、俺の家に居た巨人だ。自力じゃ動けない体で、何故か俺の家で寝てやがった。そんでよ…そいつがなんだか、母ちゃんに似てたんだ、ありゃ一体…」
コニーはユミルに状況を話すと言うよりは、自分を落ち着かせるために言葉を連ねているようだったが、自分の家で横たわっていた巨人のことが頭に残って忘れられなかった。
そんなコニーの隣に座り、両腕を胸の前で組んでいたライナーが、少し厳しい口調で咎めるように言った。
「コニー、まだ言ってんのか?」
しかし、次の瞬間、ユミルが突然腹を抱えて大声で笑い出した。
「ばっかじゃねぇの!?あっははは!?お前の母ちゃん巨人だったのかよ!?じゃあなんでお前はチビなんだよ?お前は馬鹿だって知ってたけど、こりゃ逆に天才なんじゃねぇか!?」
この話の流れで腹を抱えて笑い出すのは、流石に無神経なのではとナナバ達は息を呑んでいたが、ユミルの同期達は然程驚く様子も見せなかった。コニーとユミルがお互いにぶつかり合うのは、同期達からしてみれば日常茶飯事で、エレンとジャンの取っ組み合いを見ているようなものであったからだ。
コニーはガシガシと坊主頭を苛立ったように掻きながら、地面に吐き捨てるように言った。
「ああっ、もう煩ぇな…!何か馬鹿らしくなってきた」
「つまりその説が正しけりゃあ、お前の父ちゃんも巨人なんじゃねぇのかぁ?じゃねぇと、ほら、…デキねぇだろ?」
ユミルはコニーを揶揄うように身を乗り出すようにして言うと、コニーは堪らず両肩と声を張り上げた。
「うるせぇっ!!クソ女もう寝ろっ!!」
すると、クリスタの傍で眠っていたハルが毛布の中で小さく呻き声を溢して、クリスタはハルの顔を覗き込んだ。
「ぅ…っ」
「ハル…」
青白い顔をしているハルの額に、クリスタは手を伸ばして触れてみるが、やはり酷く冷たいままだ。
「クリスタ、どう?ハルの体温、少しは上がって来た?」
ナナバ達は立ち上がってハルの元へ歩み寄りクリスタに問いかける。
「いいえ…あまり変わっていないようです」
クリスタはナナバ達を見上げて、首を横に振る。
「俺たち、もっと毛布とかないか、探してきます!」
「ああ。私達も、何か使えるものがないか探そう」
コニーが率先して立ち上がると、それにベルトルトとユミルも続き、ナナバ達も下や上への階へと向かって探索を始める。
そうして広間には、クリスタとライナーの二人が残った。
→