第三十七話
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「っ!?」
ハルが背を振り返った先には、大きな獣の巨人の姿があった。
獣の巨人はハルの傍に屈み込むと、夕日に染まった空を背にして、ミケを拘束している小型の巨人を見下ろす。
小型の巨人は、獣の巨人の言葉に反応を示したかのように、ミケの身体に噛み付くのを一度止めたようにも見えたが、再び呻き声を上げながらミケの太腿に齧り付いた。
「うぐぁぁああっ!?」
ミケの喉から耳を劈くような悲鳴が上がり、噛み付かれた太腿から噴き上がった血が、ハルの兵服の肩口を濡らす。
「ミケさんッ!!」
ハルは半狂乱になりながら声を上げ、小型の巨人の背中に向かって両手のブレードを突き立てたが、頭と身体を強く打っている為か体に力が入らず、巨人の固い皮膚の所為で、巨人の気を逸らすまでの負傷を負わせることは出来なかった。
すると、獣の巨人は長い腕をゆっくりと伸ばして、小型の巨人の身体を、ハルの身体ごと鷲掴もうとした。
ハルは背後に気配を感じ、反射的にブレードを引き抜いて、その手から逃れるように身を屈める。
『俺今、待てって言ったろぅ?』
獣の巨人は不機嫌そうな声音でそう言いながら、小型の巨人の体を大きな手で掴むと、その身体をいとも簡単に握り潰した。
ぶちゅっと嫌な音を上げ、巨人の身体が潰れると同時に、ミケの身体が巨人の手から解放され、地面にどさりと背中から落ちる。
ハルは慌てて地面に倒れているミケの傍へと駆け寄ると、両膝をついて脚の怪我の具合を確認した。
「ミケさんっ!!」
「ぁ…ぐぅ…っ」
「酷い傷っ…早く止血をしないと…っ!」
ミケは足の痛みに脂汗を滲ませながら呻き声を上げており、傷の具合を確認したハルは一気に青褪めた。
巨人に噛みつかれた両足の傷はかなり深く、下手をすれば骨が折れているかもしれない。一見して、自力で立ち上がることが不可能だということは明らかだった。
ハルは兵服の上着の内ポケットから携帯用の医療キットを取り出そうとすると、再び背後で獣の巨人の声がして、身体がびくりと急な金縛りにでもあったかの様に硬直した。
『…その武器はなんていうんですか?』
「「!?」」
ハルとミケはその言葉に息を呑むと、此方を見下ろす獣の巨人を見上げて、両目をこれ以上ない程に見開いた。
『腰につけた、飛び回るやつ』
梔子色の瞳を細め、鋭く尖った歯を光らせながら、まるで人間のように興味深そうな顔をして、ハルとミケに問い掛けてくる獣の巨人に、ハル達は驚愕して、何も答えることが出来なかった。
驚きと、恐怖と、あまりに衝撃的な光景に、頭の処理が追いつかず、ただ獣の巨人の顔を見返すことしか出来ないで居る二人に、獣の巨人は困ったように指先で自身の耳を擦りながら言った。
『うーん、同じ言語の筈なんだが…怯えてそれどころじゃないのか…。つーか、剣とか使ってんのか。やっぱ、頸に居るってることは知ってんだね?…ま、いいや…持って帰れば––––』
ハルとミケは呆然と、巨人が人の言葉を連ねる様子を見上げていると、不意に獣の巨人が、大きな手をミケの腰元に装着されている立体機動装置に伸ばして来たのに、ハルは本能が警鐘を鳴らして、漸く我に帰り身体を動かすことが出来た。
ハルは足元に置いていたブレードを拾い上げ、震える両足に力を入れて立ち上がると、ブレードの刃先を獣の巨人へと向け、喉が震えているのを隠すように声を張り上げて叫んだ。
「触らないでッ!!」
『…っ!?』
自分を睨み上げてくるハルの顔を見た獣の巨人は、負傷し血が流れている右目から、蒸気が上がっていることに気が付き、伸ばした腕をぴたりと止め、驚いた様子で両目を見開いた。
『君…っ傷口から蒸気が出ているじゃないか…!?まさかっ、巨人の力の持ち主かっ?』
獣の巨人はハルの顔を覗き込みながら、興奮した様子で問い掛けて来たのに、ハルは「え…?」と困惑した声を、唇の隙間から溢した。
『そうなんだろう!?と、いうことは…君が進撃か?……まさか、こんな場所に始祖の持ち主が居る筈はないだろうからなぁ…?』
獣の巨人は伸ばした手を自分の顎に添えて言うのに、ハルは獣の巨人が口にしている言葉の意味が理解出来ず、ブレードを構えたまま表情を曇らせた。
「い、言っている意味が…分かりませんっ」
困惑しているハルに、獣の巨人は『は?』と訝しげに首を傾げると、ハルの顔を覗き込んでいた大きな顔を迫る様に更に近づけて、先程よりも声を低し唸るような声音で言った。
『そんな筈がないだろう?君は巨人化の能力があるから、そうやって傷口を修復出来ているんだ。そうじゃなきゃ、有り得ない』
その圧倒的な威圧感と、獣の巨人の熱い息が顔に吹き掛かってくるのを感じて、ハルは思わず声を上げそうになるが、必死に奥歯を噛み締めて恐怖に耐え、巨人の目を見つめたまま首を横に振って見せた。
『えー?…それは、おかしいだろ…?もしかして、自覚がないってことなのか?』
獣の巨人もハルと同じように困惑している様子で首を傾げ、何やら顎に手を当てて考え込み始める。
ハルはその間に、一度大きく深呼吸をして、先ずは冷静になろうと努めた。
全身の毛穴から冷や汗が吹き上がっているのを感じる。
巨人に対して此処まで恐怖心を抱いたのは、これが始めてのことのようにも思えたが、体は震え上がっていても、ハルの頭の中は、呼吸を整えたことで、ゆっくりと正常に廻り始めた。
この獣の巨人は、間違いなく、女型と同じ知性を持つ巨人を纏った人間だ。
そして、他の巨人達とは違い、会話することが出来る。
更には、潰された巨人を除いて、他二体の巨人は、無防備な自分達に襲いかかって来るわけでもなく、ましてや獣の巨人に襲いかかることもせずに、何か指示が与えられるのを待っているのか、じっとハルとミケの事を物陰から見つめたまま動かないでいる。…まるで、先程獣の巨人が発した、『動くな』という言葉に従っているかのように……
ハルはぎゅっと両手のブレードの柄を握り締めると、声を喉から振り絞るように、獣の巨人を見据えながら問い掛けた。
「貴方はっ、一体何者なんですか…っア、アニ・レオンハートと同じ、知性のある巨人…いえ、人間…なんですよね…?だったら、教えてください。貴方達は一体、何が目的で、壁を破り同じ人間を殺すんですか!?」
『…あー、成る程ね。君達が知って居ることは、そこまでだってことなんだね…?』
獣の巨人はハルの問いに含んだように呟くと、長い指でハルの胸元を指差しながら首を傾げた。
『…君は一体、何者なんだ…?アニちゃんと親しいようだけど』
「っ…」
その返答に、ハルは一つ確信してしまったことがあった。
獣の巨人は、アニの事を知っていた。
そして、知性のある巨人だということも、否定しなかった。
その時点で、アニが女型の巨人であるということは、揺らがぬ事実として、確立されてしまったも同然だった。
ハルも覚悟はしていたが、悲しみを感じずには居られず、胸に暗い靄が揺らめくのを感じながら、掠れた声で言った。
「…貴方が先に、教えてください。そうでなければ、こちらからは何もお話し出来ません」
それから、ハルは獣の巨人を、黒い双眸で睨め付けた。
その視線に、何やら獣の巨人は感心した様子で『へぇ…』と呟くと、巨人を目の前にしても尚、冷静さを保って見せるハルに、口端を上げた。
『随分と威勢がいいね?…それに、こんな状況下でも、頭を回せる冷静さも持ち合わせている。君はきっと、良い戦士になれるだろうね』
「…戦士…?」
その単語が妙に引っ掛かり、ハルは首を傾げると、獣の巨人はハルの顔をまじまじと見つめ、鋭い瞳を細める。
『…ま、そんなことはどーでもいいんだけど。君…何だかとても不思議だね……妙に、惹き付けられるよ……』
「っ!近づかないで!」
胸元を指差していた獣の巨人の指先が、ゆっくりとシャツを掠めて這いあがり、首筋に触れそうになって、ハルは反射的に後方へ飛び退き、ブレードを振るった。
『おっと…危ないなぁ』
獣の巨人は手を引いてブレードを避けると、どこか楽しげに言うのに、対してハルは冷や汗を顳顬から流しながら、警戒し姿勢を僅かに低く身構えて、獣の巨人にブレードの刃先を向ける。
「…貴方がっ、動くなと命じたから、周りの巨人達は今、動かず此方の様子を窺って居るだけなんですかっ…?」
『ご明察。でも、それが分かったということは、君達が今どういう状況に置かれているのかってことも、理解出来てるって…ことだよね?』
「っ」
ハルは獣の巨人の言葉に、固唾を呑んだ。
今、自分達の命は、この獣の巨人の手の中に握られていて、獣の巨人が『動いていい』と一言命令すれば、立体機動装置が使えない二人は、あっという間に巨人に喰われてしまうだろう。
何か今の状況を打開する方法が無いか懸命に頭を回し、齧り付くように獣の巨人を睨んでいるハルの腕を、地面を這いながら傍に寄って来たミケが掴んだ。
「っ、ミケさん!?駄目です動かないでくださ…」
「っハル…!俺がこいつらを引き受ける。…だからお前は、向こうに居るアグロに乗って、この事を仲間に伝えるんだ…っ」
ミケは、アグロが近くの林に控え、ハルの方を心配げに見つめているのを目配せして言うのに、ハルは大きく頭を横に振って地面に片膝を付くと、ミケが腕を掴んでいる手に自分の手を重ねて、焦燥し乱れた口調で言った。
「っそんなこと…させられませんっ!!ミケさんっ、その足では立体機動で戦うことなんてどう考えても無理ですよ!?自力で立ち上がることだって、難しい筈です!!」
「分かってる…!だが、お前がアグロに騎乗する時間くらいは稼げるだろう…っ俺が、喰われている間にっ––––!」
「やめてくださいっ!!」
ハルは聞きたく無いとミケの言葉を遮るようにして悲鳴じみた声を張り上げた。
しかし、ミケも兵士として、上官として、此処は退けないとハルの両腕を掴み、揺さぶりながら、鞭打つ様な声で言い放った。
「ハルっ!!これは命令だ!!」
「嫌ですっ!!」
それでもハルはミケの言葉を聞き入れず、頭を横に振り続けた。
そんなハルに、ミケは下唇を噛み締めると、一度大きく息を吐いてから、今度は諭すような口調で言った。
「…っ、ハル。いいか、聞いてくれ…お前は俺たちの希望の翼なんだ。此処で死なれたら、我々調査兵団にとっても、壁内人類にとっても大きな痛手になるだろう。…お前には、人類の未来が掛かっている…っだから、…頼むから行ってくれ!!」
ミケの切実な言葉に、ハルは顔を俯けたまま、舌を噛み切るように、吐き捨てるようにして言った。
「…っそんなこと、どうだっていいっ…!」
「ハル…?」
「希望の翼とかっ、壁内人類の為とかっ、そんなのどうだっていいですよっ!!」
ハルはそう血を吐く様にして言い放ち顔を上げると、ミケが自分の腕を掴む両腕に、握っていたブレードを手放し、両手で縋り付くように掴みかかって、言葉の語尾を昂らせながら捲し立てる様にして言う。
「もう嫌なんですよっ……私にとって大切な人を失ってしまうことがっ、本当に守りたい人をっ、守ることが出来ないことが!!…っそれに、今傍に居る大事な人を守ることが出来なくて、どうやって壁内人類の未来なんかっ、守れるっていうんですかっ!?」
「っ…」
ミケは必死な形相で、自分を何とかして守ろうと泣き出しそうな顔で訴えてくるハルに、胸が痛み奥歯を噛み締めた。
自分の両腕に縋り付いている、いつも気丈なハルの手が、小刻みに震えている。
「私は壁内人類よりっ、今傍にいるミケさんを守りたいですっ!!だからっ、置いて行けだなんて…っそんなこと言わないでくださいよ!?」
上擦った声で懇願し、「お願いします」と左肩に額を押し当ててきたハルの震える身体を、ミケは堪らず両腕で抱き締めた。
「このっ、馬鹿がっ…!」
自分は人類の為に心臓を捧げた兵士だ。
戦場に出れば、自分の身が如何に危険に晒されようとも、人類の未来の為に、成すべきことを成さなければならない。その覚悟は、もう遠の昔から決めていた。
しかし、今自分の目の前で、必死に恐怖と戦い、そして自分を守ろうと命を掛けているハルに、その覚悟が兵士になって初めて、揺らいだ気がした。
生きたい。
体の奥底から、そんな感情が突き上がってくる。
自分は、人類の未来ではなく、ハルの切り開く未来を、共にこの場を生き延びて、見たいのだと…
「…ハル、…生き延びるぞっ」
「!」
ハルは耳元で聞こえた言葉に、はっとしてミケの顔を見た。
ミケは心を決めた表情で、ハルの顔を見て頷くと、体の横に投げ出されていたブレードを掴んだ。
自己犠牲では無く、生きる道を選んでくれたミケに、ハルも自身を奮い立たせるように深く頷きを返すと、地に投げ出していたブレードを手にし、大きく一度深呼吸をした後、ゆっくりと立ち上がって獣の巨人を振り仰いだ。
「(私は絶対に、この人を守るっ…!!)」
そう心に強い意志を掲げた途端、ハルは不思議と体の痛みが失せていくのを感じ、頭の中が冴え渡って行くような感覚と、体を巡る血が心臓を還して、熱く燃えがるような感覚があった。
獣の巨人は、先程まで恐怖を必死に押し殺そうとしていたハルの顔から、その色が失せていることに気がつき、目を細めた。
『何?君、もしかしてその二本の剣だけで、戦うつもりなのか?』
「…これだけあれば、十分です」
ハルはそう静かに血を這うような殺気を滲ませた声で呟くと、獲物を狩る狼のような鋭い瞳を、獣の巨人に向けた。
『(!?…っなんだ?この感じはっ…?)』
ハルの射抜くような眼光を浴び、獣の巨人は本能が危険だと警鐘を鳴らして、大きく身震いをした。
相手は華奢な人間だというのに、彼女はこの世界で生きるもの全てを司るような存在であるかのような、圧倒的な力を持つ存在のようにさえ感じられる。
獣の巨人は、彼女から放たれる肌を焼くような殺気や威圧感に、堪らなくなって待機を命じていた巨人二体の拘束を解いた。
『っもう、動いていいよ』
その命令に、周りにいた二体の巨人と、身体を潰され地に座り込んでいた巨人も、いつの間にやら体の半身の修復を終えており、ハルとミケに向かって飛び掛かって来た。
「っハル!」
ミケは咄嗟に負傷した足に力を入れ、ハルを守ろうとした。
しかし、その刹那に、ハルの身体が黄金色に発光した。
「っ!?」
『何だっ!?』
ミケと獣の巨人は、辺りの空気が急速に冷え込んで行くのを感じた。まるで真冬の様に、吐き出す息が白く染まる。
そして、黄金に輝くハルの身体は、ゆっくりと前屈みになると、その背に翼が生え始め、やがてその光が弾けて、空気に溶け込んでしまうかの様に輝きが消えて行く。
光が失せたハルの背には、大きな白銀の翼と、漆黒の翼が生えていた。
それはミケがトロスト区襲撃の際に、意識を失っていたハルが携えていた翼と同じものであり、ハルはばさりと大きく黒白の翼を一度羽ばたかせると、辺りに黒と白の美しい羽が舞い上がった。
『こ、…黒白の…翼…!?それに、なんだ…身体が…動かないっ、俺の巨人もか…?!』
獣の巨人は身体の指一本も動かせなくなっていることに激しく動揺し、辛うじて動かすことが出来る口で焦燥した声を溢し、目線を巨人達に向けた。
そして、獣の巨人は更に驚愕する。
三体の巨人達は、ハルに向かって頭を垂れるように地面にひれ伏し、ぴくりとも動かなくなっていたからだ。
そして、その状況から、獣の巨人は脳裏に彼女が一体何者であるのか、その仮説が記憶の奥底から浮かび上がって来て、大きく息を呑んだ。
『お前は…まさかっ、『ユミルの愛し子』なのかっ!?』
翼を生やしたハルは、黒髪と瞳の色の色素が薄くなり、右の瞳の目元には、巨人化の跡のような模様が浮かび上がっていた。
『…』
ハルは問いかけに何も答えることは無く、静かな怒りを孕んでいる冷たい瞳で、獣の巨人を一瞥すると、手にしていたブレードを鞘に仕舞い込み、ミケの元へと足を進めた。
「ハル…?」
ミケは神々しい姿へと変わったハルの姿を見て、何故かとても悲しい気持ちになり、悄然と無表情なハルの顔を見上げ、白い息を吐き出した。
ハルはそんなミケを見下ろし、静かに瞬きをすると、地面に手を付いているミケの身体をそっと抱え上げる。
ハルの華奢な身体では持ち上げられる筈もない、立体機動装置を装備したままのミケの屈強な体を、ハルは簡単に持ち上げてしまう。
そして、ハルは視線をアグロの方へと向けると、指笛を鳴らしていもいないのに、アグロはハルの意図を察したかのように傍へと駆け寄って来た。
「!?」
ハルはミケをアグロの鞍に乗せると、自分もアグロに跨り、手綱を握った。
そんなハルの姿を見て、獣の巨人は声を上げながら呼び止めた。
『待て!!君は…一体っ…名前だけでも教えてくれないか!?』
ハルは獣の巨人に対して視線を向けると、ゆっくりと一度、大きく瞬きをして見せた。
『!?』
その瞬間、獣の巨人は争いようのない力で、身体が勝手に地面に引き寄せられるのを感じ、気づけばハルに向かって平伏していた。
それは全く、無意識の行動だった。
『(なっ、何だこの力はっ!?)』
ハルは困惑している獣の巨人からそっと目を逸らすと、アグロの腹の横を脚でトンと蹴り、南方に向かって走り出した。
第三十七話 獣の巨人
『あぁ…俺、とんでもない子、見つけちゃったよ…』
獣の巨人はそう呟くと、伏した地面に溜まっていた口元の血溜まりを見た。その血は、あの黒白の翼を生やした、ハルの右目の傷から滴り落ちた鮮血だった。
獣の巨人はその血に舌を伸ばし舐め上げると、『あぁ…こりゃ、凄いな…』と、陶然とした声で呟き、目線だけを上げて、夕日に染まった空を見上げた。
『御伽噺なんかじゃ…なかったよ。
クサヴァーさん––––』
完