第三十七話
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施設から馬を南方へと走らせ、半刻程経った頃、ミケはスンと鼻を啜り、鼻腔に巨人特有の匂いが触れて顔を顰めた。
「(…やはり、ハルの言った通りだったか)」
ハルの耳の感度と精度の良さを改めて実感させられたミケは、右隣を走るハルを感心した様子で横目に見た。
すると、ハルはハッと息を呑み、視線の先にある林の裏側を指差した。
「っ、ミケさん!見えました…っ!巨人の群れですっ!」
ミケはハルが指し示した先を目で追うと、サイズのバラけた巨人六体が固まって此方に向かってくるのを確認し、顔に緊張を走らせた。
「ハルっ」
「はい!」
ミケに促され、ハルはアグロの鞍に装着していたポシェットから煙弾銃を取り出し、ゲルガー達に巨人発見とその位置を知らせる為、赤い煙弾を上空へと撃ち上げた。
「…っ、なんだか、様子がおかしいですね。何故、あんなに固まって行動しているんでしょうか…?…まるで集団行動でも、取っているみたいだ…」
ハルは銃口を冷まそうと煙弾銃の先をふっと吹いてポシェットにしまいながら、此方に向かって来る巨人達の様子に違和感を抱き、眉間に皺を寄せて神妙な声音で言うのに、ミケも鋭い双眸を細め、低い声で言った。
「ああ、…何かがおかしい。壁が壊され巨人がローゼの領域に入り込んでいるのだとすれば、もっと巨人も四方にバラけ数も多い筈だが…。今は兎に角、奴等の足止めをする事に集中するぞ!」
「はい!!」
ハルがミケの指示に頷きながら返事をした時だった。
「「!?」」
突然、此方に向かって歩いて来ていた巨人達が、まるで誰かに命令でも下されたかのように一斉に走り出し、ハルとミケは息を呑んだ。
土煙を上げ此方に走って向かってくる巨人達は、その不可解な挙動から高確率で奇行種であると見受けられ、ミケは胸元のホルダーから操作装置を取り出しブレードを装着して鞘から引き抜くと、向かって来る巨人達に右手のブレードの刃先を向け、緊張感を滲ませた声音で言った。
「ハル!此処は暫く平地が続くっ、立体機動であの奇行種共を相手するのにはリスクが大き過ぎる。此処で少し足止めをして、ナナバ達を施設からある程度遠ざけたら、あの巨人共の群れを施設まで誘導して、其処で交戦するっ!」
「了解っ!」
ミケの命令にハルは頷きながらブレードを引き抜くと、アグロの鞍の上に立ち上がる。ハルに続いてミケも同じように愛馬の鞍の上に立ち上がると、群れの先頭を走る15メートル級の巨人が10メートル程までに迫った瞬間、二人は顔を見合わせ頷き合うと、同時に立体機動に移った。
「ハルっ!お前は足の腱を狙え!俺は頸を削ぐ!」
ハルはミケの指示に右手のブレード軽く掲げ上げると、15メートル級のおかっぱ頭の巨人の右太腿に左のアンカーを打ち込み、同じく立体機動装置の左側のガスの噴射口から瞬間的にガスを強く噴射して、巨人の懐に入り込むように移動する。
そうして巨人の身体が自分の体の真横に位置した瞬間に、ハルは右のアンカーを巨人の右足の太腿の裏に射出し、今度は両方のガスを噴射しながら巨人の左足の足首に斬り掛かった。
足首の腱を削がれた巨人は、大きく体のバランスを崩し前方に倒れ、両手を地面に付く。
「ミケさんっ!今です!」
「任せろ!」
ハルは地面に穿いているブーツの靴底を擦りながら着地し、ブレードに付着した巨人の血を払いつつ声を上げると、ミケは無防備に晒された巨人の頸を力強い斬撃で深々と削ぎ取った。
しかし、それに息吐く暇も無く巨人達が次々と襲い掛かってくる。
急所を削ぎ取られ絶命した巨人が体から蒸気を上げ始める中、その巨人の後頭部に立っていたミケに小型の巨人が飛び掛かってくるが、ミケはその小型の巨人の首を振り向きざまに両手のブレードで跳ね飛ばした一方で、ハルは15メートル級もう一体の頸をいつの間にやら削ぎ上げて居た。
ミケはハルとならこのまま残っている三体の巨人も討伐出来るだろうとも感じていたが、平地で交戦している分、ガスの消耗がかなり激しくなることが予想された。
補給が望めない現状で、且つ今後も複数の巨人と戦わなければならなくなることを考えると、この場所で長々と戦闘を続けることは得策ではないとミケは判断する。
「ハル、あと一体だ!あの小型を倒したら、一度施設に後退するぞ!」
「了解!」
ハルは息絶え地面に倒れ込む15メートル級の巨人の肩口から大きく上空へと飛び上がると、ミケが指し示した白髪で何やら難しい表情を浮かべている小型の巨人を視界に捉えた。
小型の巨人は頭上を飛んでいるハルを捕まえようと両腕を伸ばし、地面で小さくジャンプを繰り返している。
ミケは上空に居るハルに向かって、自分の頸をブレードの柄で軽く叩く素振りを見せる。
それはミケが頸を狙うという合図だった。
ハルはミケに上空で頷いて見せると、先ず初めに指笛を吹いてアグロを近くに呼び寄せてから、両手のトリガーを握り、ガスを噴かし小型の巨人目掛けて一直線に降下した。
まるで燕の如く風を切りながら巨人に向かって行くハルは、巨人の手の指が自身の体に触れそうになった瞬間に、両手に握り締めているブレードの刃先をハサミのようにクロスさせ、大きく身体を捻って回転した。
すると、小型の巨人の体は頸ごと真ん中から綺麗に真っ二つとなり、激しく血を噴き上げながら地面に倒れた。
ハルは受け身を取って地面に転がり、立ち上がると、傍に駆け寄って来たアグロの鞍に飛び乗り、涼しげな顔で鞘に二刀のブレードを納める。
「(…っ、また斬撃が鋭くなっているな…)」
ミケは実戦を重ねるごとに、着実に腕を磨き上げていくハルに喉を唸らせながら馬に跨ると、頬に付着した巨人の血を兵服の袖で拭いながら傍にやって来たハルに向かって言った。
「ハル、俺が頸を削ぐつもりだったんだが…」
ミケの言葉に、ハルは「え?」と目を丸くすると、慌てた様子で言った。
「そ、そうなんですかっ?私はてっきり頸を狙えと言われたのかと…」
「…いや、まぁ討伐出来ればどちらでもいいんだがな」
ミケは先月訓練兵団を卒業した新兵とは全く思えない動きを見せるハルに、少々恐怖心すら抱きながら肩を竦める。
「すっ、すみません」
それにハルは申し訳なさそうに眉を八の字にして肩を落とすが、ふとまた耳に触れる巨人の足音が増えていることに気が付いて、視線を南方へと向けた。
「っ、ミケさん!新手です!」
残りの二体の巨人がハル達の様子を窺いながら近づいてくる更に南から、新たな巨人が四体、群を成して向かってくるのを目視したミケは、馬の手綱を握りなおし、先程待機していた施設の方へと馬の頭を向けた。
「っ、やはりまだ巨人が居たか…っ、ハル!施設に戻るぞ!」
「はい!」
六体の巨人を引き連れ、再び施設まで後退した二人は馬を降り、104期の新兵達を隔離していた施設の納戸色の屋根上で、向かってくる巨人達を迎え撃つ為の算段をつける。
「ハル、まず15メートル級三体の内、動きが鈍い一体と…あの、離れた場所に居る異様にデカい獣のような身体をした巨人を除いて、二体を優先的に討伐するぞ」
「了解しました…っ」
此方へ単純に迫って来る五体の巨人とは違って、周囲を見回しながらただ歩き回っている、体長17メートル以上はありそうな、全身が茶色い獣のような毛に覆われている巨人の姿を見て、ハルは嫌な予感が胸を過ったような気がして、固唾を飲んだ。
明らかに他の巨人達と外見も挙動も違うが、今は其方に気を取られるよりも、迫って来る巨人を討伐することに集中すべきだと、ハルは両手のブレードの柄を固く握り締めた。
「ハル、俺は右をやる。お前は左だ。この場所からなら、直接頸も狙えるだろう」
「そうですね。平地で戦うより、格段にガスの消耗も抑えられます。此処まで一度後退して、正解でしたね、ミケさん!」
「––––さあ…どうだろうな…。安心するにはまだ早いぞ。…準備はいいか?」
「はい!」
ハルとミケは近くに迫ってきた二体の15メートル級の巨人に向かって、屋根を蹴り、立体機動に移って頸を削ぎに掛かった。
ミケは巨人の頭上を飛び超えて後ろに回り込みながら頸を削ぐと、ハルは自分を捕まえようと伸ばされた手を身体を捻って避け、その手の甲に飛び乗ると、そのまま巨人の腕を駆け上がり、肩口から頸を削いで、再び屋根の上へと軽快に飛び戻った。
ミケも倒れこむ巨人の背中を蹴って、ハルの隣に着地すると、顔に付着した巨人の返り血を兵服の袖で拭いながら、施設の周囲を見回した。
残っている巨人は、二人が居る屋根の下を歩き回っている3メートル級が二体と、傍の木の裏側から、先程からじっと此方の様子を伺っているだけの15メートル級が一体、そして施設の周りを、此方に襲いかかって来るでもなく歩き回っている獣の巨人が一体だ。
ハルはブレードを鞘に収めながら、乱れた呼吸を整えようと、大きく深呼吸をしてから言った。
「…っミケさん、どうしますか?この先、暫くは補給が望めず、壁が破られていることを考えると、装備は温存しておいた方が良いかもしれません。…時間はある程度稼ぎましたし、そろそろ皆と合流して、壁の破壊箇所を探すべきかと…」
ハルの進言に、頭上に広がる少し日が傾き始めた空を見上げ、ミケもブレードを鞘にしまい込みながら「ああ」と頷いた。
「––––もう潮時だな。足の速い巨人は全て仕留めた。…後は馬を呼んで、ゲルガー達と合流しよう」
「了解です」
ミケの判断にハルはこくりと頷き、巨人との交戦に巻き込まれないよう少し遠くに控えさせていたアグロとミケの馬を呼ぶ為、指笛を吹いた。
辺りにピューとトンビの鳴き声のような高い指笛が響く中、ミケは眉間に皺を寄せ、獣の巨人を睨め付けながら呟くようにして言った。
「だが…気がかりなのはあの奇行種だな。17メートル以上はあるのか…?あんな獣のような体毛に覆われた巨人は初めて見るぞ。此方に近づくことも無く、ああやってただ歩き回っているあたり…奇行種に違いないのだろうが…」
ハルも獣の巨人が居る方向から、アグロとミケの馬が此方に向かってくるのを目視し、安堵しながらも、ミケと同様に獣の巨人の姿を注意深く観察するようにして言った。
「…そうですね。体毛だけじゃなく…身体の造りも大きく他の巨人達とはかけ離れているようにも感じます。エレンや女型のような人間らしい形ではなく…腕が、異様に長いですし……っ!?」
アグロとミケの愛馬が、獣の巨人の前を通りすがろうとした時だった。
突如として獣の巨人が、ミケの馬に長い腕を伸ばし、大きな手でその体を鷲掴んで持ち上げたのだ。
「なっ!?」
「っアグロッ!!離れて!!」
人間以外の生き物に興味を示さないはずの巨人が、馬に反応を見せたことに驚愕するミケの隣で、ハルは反射的にアグロに向かって声を張り上げた。
アグロはハルの声に危険を察知して獣の巨人から逃れようとしたが、獣の巨人が左足を大きく振り上げたその風に煽られ、地面に倒れ込んでしまう。
「!?」
獣の巨人の行動にミケとハルは鞘におさめたブレードを慌てて引き抜き身構えたが、獣の巨人は振り上げた左足を地面に大きく身を乗り出すようにして下ろしながら、手に掴んでいるミケの馬を、二人が居る場所に向かって、長い腕を鞭のようにしならせながら投げ放って来たのだ。
「!?ミケさんっ!!」
ゴオォと空気を引き裂くような音を立てながら、馬の身体が岩石のようになって飛んで来るのに、ハルは咄嗟にミケの身体を押したが、馬の体が二人の目の前の屋根に抉り込み、その凄まじい衝撃波で二人の身体は木の葉のように吹き飛ばされてしまった。
屋根の瓦をバリバリと身体に打ちつけながら転がり、二人は施設の地面へと落ちて行く。
その際に、屋根の破片がハルの右目を切りつけ、その痛みにハルが声を上げた次の瞬間には、背中に激しい衝撃と鈍痛が走った。
全身が焼ける様に痛み、後頭部を強く地面に打ちつけたことで軽い脳震盪に見舞われたハルは、近くでミケの叫び声が響いて、呻きながら左目を押し開いた。
「うああぁぁぁああっ!!」
「っミ…ミケさんっ…!!」
視界は酷く歪んで居たが、施設の下を歩き回っていた小型の巨人一体が、ミケの身体を鷲掴んで、口に押し込もうと足に嚙り付いている光景がぼんやりと見え、ハルは痛みに声を上げながらも懸命に倒れていた身体を起こし、傍に転がった自分のブレードを手にしてトリガーを握る。
「っ!?」
しかし、先程の落下の衝撃で立体機動装置が故障してしまったのか、トリガーをいくら握り込んでも、立体機動装置からガスが噴射されない。
「トリガーが動かないっ…!!」
ハルはミケを早く巨人から救わなければと焦燥して、立体機動装置を使うことを諦め、兎に角ミケから巨人の気を逸らそうと、小型の巨人の背中にブレードを突き立てようとした時だった。
『動くな』
何処からか耳馴染みのない声がして、ハルとミケは息を呑み、声がした方へと視線を向けた。
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