第三十七話
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二日後の朝、ウォール・ローゼ南西部にある調査兵団で私有している施設に送り込まれた104期の新兵達は、当初の予定通り武装解除のまま、施設内の食堂に全員待機を命じられ、皆時間を持て余していた。
今日はエルヴィンやエレンが王都に召集される日だと言うことは知らされているが、何故この施設に昨日の真昼から移動命令を受け、訓練をすることもなくただ待機することになっているのか、新兵達にその理由は知らされていなかった。もちろん、女型の巨人の正体だと疑いがかけられているのがアニだということも、今日ストヘス区で捕縛作戦が行われるということも、彼等には極秘となっている。
「ハルー、こっち向いてくださいよぉ」
ハルは同期達と共に食堂内に居たが、兵服を着て完全武装の状態であり、食堂にある唯一の出入り口の扉を背にし、腕を組んで立っていた。
ハルは兵舎からこの施設に移動し、現在に至るまで同期達と殆ど会話を交わすことがなかった。その理由はエルヴィンから必要最低限以外の同期達との接触を避けるように命じられているからなのだが、その話を仲間達にする訳にもいかないので、監視任務中のハルの心中は複雑だった。
「…」
サシャは扉の前で石像のように立ったままのハルに近寄って、顔を覗き込む。それにハルは腕を組んだまま、サシャの視線から目を逸らすように、ゆるゆると天井を見上げる。
すると、次にはクリスタがやってきて、ハルの組んでいる腕を掴み、軽く前後に揺さぶり始める。
「ねぇ、ハルったら!ずーっと口閉じたままの、立ったままだよ?何か話そうよ。寂しいよぉ…」
「…」
クリスタの寂しげな声と表情に良心が傷み、ハルは片眉をぴくりと震わせたが、これは任務なんだと心の中で自分に言い聞かせながら、堪えて何も言わず両目を閉じる。
そんなハルの様子を見ていたユミルが、「なぁ、クリスタ、サシャ。いいこと考えたぞ」とサシャとクリスタに不敵な笑みを浮かべながら耳打ちをした。もちろん耳の良いハルには全て筒抜けなのだが、それを知らない三人は良い悪戯を思いついた子供のような表情を浮かべて、ハルを見る。
「ぐふふっ、それは良い方法ですね!ユミル!」
「よしっ、三人で力を合わせようっ!」
ユミルの案を聞いて、サシャとクリスタが面白げに声を弾ませるのに、ハルは眉間の皺を更に深くして、これから自分の身に降りかかってくるであろう強襲に、口をぎゅっと引き結んだ。
「「せーのっ!」」
声を合わせた三人が、ハルに向かって同時に飛びかかってくる。
「「こちょこちょこちょ」」
と、三人はハルの身体を彼方此方くすぐり始めたのである。
「…っぅ…、っ」
ハルは最初こそ奥歯を噛み締めて堪えていたものの、みるみる固い表情が崩れていって、遂に我慢出来なくなり笑い声を上げ始めると、辛抱堪らず扉に背中を押しつけて身悶えてしまう。
「あっはははは!!ちょっ、くっ、擽ったいってば三人とも!やめっ、やめて!!」
「あっ!漸く喋りましたね!?」
「私たちの勝ちだね!ハル!」
ハルが笑い転げるのに、サシャとクリスタは作戦が成功し、その場で飛び跳ねる中、ユミルはお腹を抱え「ひっひ」と笑いながら扉に寄りかかっているハルの顔を腰に手を当てて覗き込み、してやったりと口端を上げて笑った。
「お前ってホント、忍耐力無さ過ぎだな」
ハルはゼエゼエと息を荒らげながら、三人に向かって剣呑な視線を向けた。
「っいや、勝ちとか忍耐とか、そういう話じゃなくて、これは任務なんだっ」
「そりゃまた、おかしな任務だな。私たちとは必要最低限の会話しかしないで、その上見張りをしてろっていう任務なのか?」
両腰に手を当てているユミルに問い詰められ、ハルは「うっ」と言葉を詰まらせると、ふいとユミルの視線から顔を逸らす。
「い、言えないんだ」
「何でです?教えてくださいよぉハル〜」
「うんうん、気になるよ!教えて欲しいな、ハル!」
今度はサシャとクリスタの加勢も入り、ハルは嘘が下手な性分で、このまま此処に居座っては思わず口が滑りそうで、この場から一旦離れようと後ろ手に扉のドアノブを掴んだ。
「ちょ、ちょっとミケさん達のところに行ってくる……ぐぇっ!?」
しかし、逃れることは叶わず、ハルはユミルに首を肘で締められ、巧みに足払いをされて、体を倒される。体の支えを失ったことによって、体重がユミルに締められている首にぐっと掛かり、ハルは思わず蛙が潰れたような声を上げた。
「にーげーるーなぁーっ!!」
「ぐっ、苦じぃッ!ユミル!!し、死んでしまうぅぅぅっ…!」
地面に引き摺り回されながら首を絞められているハルは、降参だとユミルの腕を必死に両手で叩くが、ユミルが解放してくれる気配はない。むしろ苦しんでいるハルの顔を見てどこか楽しげだ。
しかし、その最中、ハルはふと鼓膜にある音が触れて、息を呑んだ。
「!?」
「おい…ハル?どうしたんだよ?」
突然顔色が変わって表情に緊張を走らせたハルに、ユミルは怪訝な顔になって、腕の力を緩めて首を傾げた。
それに、ハルはユミルの腕からすり抜けると、慌てた様子で食堂から飛び出した。
「ごめんっ!ちょっと行ってくる!!」
「あ!?おい、ハルっ!?」
ハルをユミル達は呼び止めたが、ハルは足を止めることはなかった。
何故なら、ハルの鼓膜に届いた音は、ただの物音ではなく、巨人の足音だったからだ。
ハルは一目散に建物から飛び出すと、施設の周りを取り囲むようにして建っている高台の上にミケの姿を見つけて、ハルは石畳の階段を躓きながら駆け登って、ミケの大きな背中に声を掛けた。
「ミケさん!!」
「ハル?どうしたんだ?」
ミケの傍にはナナバとトーマの姿もあり、ハルの剣幕に驚いた三人は何事かと振り返る。
それに、ハルは南方を指差しながら、ミケ達の傍に駆け寄る。
「南方向からっ、巨人の足音がしますっ!こちらに向かって来ているようです!」
「…っ何?!」
ミケ達はハルの言葉に驚愕して、南方へと視線を向ける。
「まだ匂いはしないが…間違い無いのか?」
鼻を鳴らしてミケだったが、まだ巨人の匂いはしてこないらしい。
しかし、ハルの耳には巨人の足音が明瞭に聞こえ、段々とこちらに近づいているのが分かった。
「はい。…間違いありません!それも、多数の巨人のものかと思われますっ!」
「いやっ、しかし!それが本当だとすればっ、ウォール・ローゼが、突破されたって事になるんだぞ!?」
ハルの言葉に、ソーマは青ざめた顔で声を上げた。
「そんな…まさかっ」
ナナバは口元に手を当て、絶望の色を目の下に漂わせる。
もしも壁に穴が開けられ、ここまで巨人が向かってきていると考えれば、すでに大量の巨人がローゼの領内に入り込んでしまっている可能性がある。
絶望的な状況を想定して、二人が衝撃を受けている中、ミケの判断は冷静だった。
「っナナバ、お前は104期達をすぐに騎乗させろ!装備をさせてる暇も惜しい、近辺の村や街に避難指示を回すんだ。トーマ、お前は早馬を出せ。お前も含めて四騎!各区に伝えろ!壁が、突破されたと…!!」
その言葉に、トーマは「しかし!」と南方に視線を向けているミケの背中に身を乗り出すようにして言った。
「そうするには未だ、判断が早すぎるようにも思えますがっ…」
「いいや、ハルの耳の良さはすでに実証済みだ。疑う理由もない。迅速な行動を取れるのなら、ハルを信じて早急に動き出すべきだ」
「ミケさん…」
ミケは振り返り迷いのない口調と表情で、動揺を隠し切れていないトーマに言う。ハルはミケからの信頼を感じて嬉しく思いながらも、トーマに向かって切実な表情を浮かべて言った。
「トーマさん、どうか私を、信じてくださいっ…お願いします!」
「っ」
それに、トーマは一瞬迷ったように顔を顰めたが、次にはハルの肩をポンと叩いて、大きく頷きを返した。
「…ああ、分かった!お前を信じるよ、ハル。ミケさん、早馬を出します!自分はエルヴィン団長の元へ!」
「ああ、頼んだぞ」
「トーマさん、ありがとうございます!」
トーマは頭を下げるハルに、にっと歯を見せて笑みを見せると、踵を返して階段を駆け下り、早速他三名の早馬部隊を集めて、突出区に向かう準備を始めた。
ナナバは南方へと視線を向け、絶望の影を目元に浮かばせながら、口元に片手を当て、突然暗黒に一人放り出されたような、震えた声で言った。
「っ私達は、巨人の秘密や正体に迫ることも出来ないまま、この日を迎えた…私達人類は、負けた…」
しかし、絶望に打ちひしがれているナナバを、ミケは「いいや」と頭を振り、踵を返して振り返った。
「まだだ。…人は戦うことを止めた時、初めて敗北する。戦い続ける限りは、まだ負けてないっ!」
ミケの瞳からは、未だ希望の光は失われて居らず、力強い闘志を滲ませた表情と言葉に、ナナバはハッとしたように息を呑むと、揺らいだ心を立て直すように大きく息を吐き、ミケの顔を見て「そうだね…」と頷く。
「ハルと俺は、敵勢力の数と位置確認、対処に向かう。ナナバ、お前はゲルガー達と一緒に新兵達を含めて班を分け、住民達の避難誘導と、壁の穴の位置を確認してくれ!」
「了解!」
ナナバはミケの命令に頷きを返すと、迅速に高台を降りて、トーマから巨人襲来を知らされ慌ただしくしていたゲルガー達に声を掛けると、新兵達の居る施設の方へと立体機動で向かって行く。
「ハル、すぐに出られるか?」
ミケに問われたハルは、戸惑いを見せる事なく力強い敬礼を返し頷く。
「はいっ!勿論です!」
ミケとハルは高台を下りると、馬を繋いでいる場所へと駆け、一通り装備の確認を終えると、其々の愛馬に騎乗する。
その際、同じように戦闘準備を整えていたゲルガーとリーネが二人の傍に駆け寄って来た。
「ミケさん!気をつけてください!ハル、お前は絶対に無茶すんなよ!?」
「ハル。こっちのことは、私達に任せて良いから」
「はい!ありがとうございます!ゲルガーさん、リーネさんっ」
「ゲルガー、リーネ。こちらで巨人を確認したら、赤い信煙弾を撃ち上げる。そのタイミングで、班を四方に分けて住民の避難誘導を始めてくれ」
「「了解!」」
ゲルガーとリーネがミケに向かって敬礼をすると、ミケとハルは手綱を引いて愛馬の首を南方の平原へ向けた。
「行くぞ!ハルっ」
「はい!」
ハルは先に駆け出したミケの背中を追うようにして、アグロの腹の横を蹴り、巨人達の足音がする南方へと駆け出したのだった。
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