第三十七話
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「ハル、はじめまして、私はリーネっていうんだ。宜しくね!」
「俺はトーマだ。馬の扱いが得意でな、馬術関連で聞きたいことがあったら、何でも俺に聞いてくれよ!」
「…ヘニングだ、宜しく」
調査兵団本部の第二会議室に召集を受けていたハルは、集合時間よりも少し早めに会議室に入って紅茶の準備を整えていると、ミケとナナバ、そしてゲルガーに続いて、今日初めて顔を合わせることになった、ミケ班のリーネ、トーマ、ヘニングの三名と対面し、入団したての訓練兵達の見本となりそうな生真面目な敬礼を返した。
「初めまして、リーネさん、トーマさん、ヘニングさん。新兵のハル・グランバルドです。まだまだ不束者ですが、どうぞ宜しくお願いします。今回の作戦では、先輩方の足を引っ張ることのないよう、努めさせていただきます」
折り目正しいハルの性格をミケやナナバ達から事前に聞かされていたリーネ達は、生真面目な挨拶に顔を見合わせ、全くその通りだと笑った。
茶髪の長い髪を後ろで一本に束ねた、落ち着いた大人の女性の雰囲気を纏ったリーネは、人当たりの良い笑みを浮かべたままハルの肩を軽く叩いた。
「何言ってるの、新兵は足引っ張ってナンボなんだから。そう肩に力入れなくたっていいよ」
それに、無精髭を口の周りに薄らと生やした黒髪のトーマは、リーネに同意するように胸の前で腕を組み、こくこくと頷きながら口端を上げた。
「そうだぞ、グランバルド。むしろ、立体機動術に関してはお前から学ぶべきことが沢山ありそうだしな!」
「…壁外調査の疲労は、もう取れたのか?」
ヘニングさんは短い金髪を掻き上げるようにして頭に撫でつけており、一見して寡黙で少し近寄り難い雰囲気があるが、壁外調査での疲労や体の心配をしてくれる心遣いが、ハルにはありがたかった。
ミケやナナバやゲルガーと同様に、優しい先輩に恵まれ、ハルは大きく頷き笑顔を浮かべると、胸の前で右手の拳をギュッと握って見せた。
「はい!もう頗る、元気です!イッ!?」
それに、後ろに立っていたゲルガーが、ハルの後頭部をバシッと軽く叩いた。
「お前なぁっ…またそーやって嘘吐きやがって!目の下に隈が出来てるじゃねぇか!」
ゲルガーは眉尻を上げて、ハルの目元を指差しながら言うのに、ハルは叩かれた後頭部を両手で押さえながら肩を竦める。ゲルガーが言う通り、ハルの目の下には薄らと青い隈が浮かんでいた。
「いえ、これは…朝、厩舎でアグロに蹴られて…」
「そんな両目ピンポイントで蹴り飛ばされる訳ねぇだろ!?」
些か無理のある理由で誤魔化そうとするハルに、ゲルガーは堪らず両肩を張り上げ身を乗り出すようにして声を上げた。
すると、会議室の椅子に座り長テーブルに突っ伏すようにして項垂れていたナナバが、青白い顔を緩慢に上げて言った。
「ゲルガー…大声出さないでよ。うぇ…昨日の二日酔いで、頭に響くから…」
口元に手を当て、今にも吐きそうな気配があるナナバの顔を覗き込むようにして、ハルは首を傾げた。
「ナナバさん、昨晩はお酒飲まれたんですか?」
「ああ、うん。このメンバーで昨日ね。私は疲れてると余計酒が進むから…今日は作戦会議だけだしってハメ外しちゃってさ…何故か私以外全員すっきりした顔してるみたいだけど、私は尾を引くタイプなんだ…」
「そうだったんですね。紅茶の他に、お水もお持ちします」
「ああ、ありがとう。助かるよ…うぇ」
ナナバはえずきながらハルに礼を言うと、ハルは会議室の端に置かれている棚からガラスのコップを取り出し、紅茶を淹れる為に汲んできていた水差しから水を注ぐと、良い感じに蒸らし終わった紅茶を、ティーポットから人数分のティーカップに注ぎ始めた。
ハルが紅茶の準備をしている中、皆も其々席につき始める。
「情けないな、ナナバ。あれくらいの酒で、二日酔いになるなんざ」
「あれくらいって…、ウォッカ一瓶空けただけでも凄いと思うけどね?」
そう言いながら右隣に座ったトーマに、ナナバは表情を曇らせ、じとっと剣呑な視線を送る。と、ナナバの左隣に座っていたミケが、胸元に腕を組みながら言った。
「こいつらはザルだからな。ナナバ、張り合うと痛い目を見るぞ。俺のように飲んだふりすることを覚えろ」
「ミケさんにウォッカなんて飲ませたら大変なことになりそーですもんね…」
ミケの言葉に、トーマの向かいの席に座ったゲルガーが苦虫を食ったような顔をするのに、ミケはこくりと頷いた。
「ああ、我ながらそう思う」
「想像しただけで地獄絵図だ」
「…恐ろしいな」
それにがルガーの右隣に座ったリーネと、その隣に座ったヘニングが同調して頷く中、ハルは会議室の一番奥に座っているミケから順番に淹れた紅茶をトレイに乗せ配って行く。
「…うん、美味しい。それにとっても良い香りだ。ハル、紅茶を淹れるのが上手だね?」
「ありがとうございます!リーネさん」
皆に紅茶を配り終えて、ハルもゲルガーの隣の椅子に座ると、リーネが紅茶を一口飲んでほっと息を吐き、微笑みを浮かべながら言った。
それにハルも微笑みも返すと、ゲルガーも紅茶を仰いで満足げに口端を上げる。
「お前散々兵長に仕込まれてたもんなぁ?」
「兵長、紅茶には厳しいですからね」
ハルはへへっと笑いながら頭の後ろを触るのに、「いや、紅茶だけじゃないだろう」とトーマが渋い顔をして言う。
「ハル、でも確か…君って、味覚がない…だもんね?」
リーネはふと気づいたようにティーカップを置きながら、ハルに首を傾げる。それにハルは「ええ」と頷くと、自分の分のティーカップの中の、飴色に輝く紅茶を見下ろす。
「始めは結構手間取りましたが…兵長のご指導のお陰で、分量とか、お湯の温度とか、香りで何と無く分かるようになったんです」
ハルはリヴァイから回転斬りを教わる代わりに、指導終わりにいつも紅茶を淹れて居た。最初は「こんな渋い茶が飲めるか」と言われていたが、リヴァイに言われた通りの手順を覚え、感覚を掴んでからは、「不味い」とは言われなくなり、「悪くない」まで評価は得られるようになった。しかし、未だ「美味い」と言われたことは一度もないが。
「へぇ…凄いな」
皆が感心を示す中、ハルは何だか擽ったくなって肩を竦めていると、隣に座っていたゲルガーが不意にハルの肩に腕を回し、肩を組んで自慢げな表情になって言った。
「だろうっ!?俺の妹分は出来る奴なんだよ!」
「おい、なんでお前が誇らしそうにしているんだ」
それにヘニングが呆れた様子で言うのに続いて、リーネが腕を組んでゲルガーを睨め付ける。
「そして勝手にハルを自分の妹分にするな」
「いいだろ別にッ!こいつは俺の妹分と既に決定してるんだからよ!?」
「いいや、私は認めてない。因みにハルの姉ポジションは私のものだから」
相変わらず青白い顔をしているナナバが、さり気なく水を一口仰いでからリーネに向かって牽制を入れると、リーネは意義ありと椅子から立ち上がって、ビシッとナナバに指を差した。
「あ!狡いじゃないかナナバ!抜け駆けは酷いよ!」
しかしリーネの言葉に知らん顔をするナナバの隣で、ミケがすっと皆に挙手をして言い放った。
「因みに、ハルの父親ポジションは俺のモノだ。 誰にも譲らんぞ」
そうして仁義なき戦いの口火が切られ、ヘニングとハルを除いて、白熱した論争が繰り広げられ始めた。
そんな中ハルとヘニングは顔を見合わせると、お互いに肩を竦め、ティーカップを手に取って、紅茶を静かに啜る。しかし、しばらくしてもその戦いに終わりが見えて来る様子もないので、ハルはちらりと会議室の壁に取り付けられている壁掛け時計を見やり、争いを続けるゲルガー達に向かっておずおずと片手を挙げながら言った。
「あの…一向に作戦会議が始まる気配がありませんが、大丈夫なんでしょうか?」
「ああ…そうだった。すっかり此処に集まった目的を忘れていたな」
「いや、忘れないでください」
ハルの言葉にミケがハッとして胸の前で拳を掌にポンと乗せて言うのに、ヘニングが冷静な突っ込みを入れる。
ミケは会議室に集まった目的から大分脱線した話の道筋を正すように、ごほんと一度咳払いをすると、手元に用意していた作戦資料をテーブルに滑らせながらそれぞれに配った。
「お前達も軽く話は聞いているだろうが、エルヴィンとエレンが王都へ招集される同日に、女型の巨人の捕縛作戦が行われることが決定した。作戦施行日は明後日、場所はストへス区だ」
ハルは受け取った資料の内容に目を通しながら、そこに記載されている女型の巨人捕獲作戦と、作戦施行中の新兵の監視任務の内容に、神妙な面持ちになって目を細めた。
「明後日ですか…予想していたよりかなり早いですね」
ゲルガーが険しい表情で顎に手を当て、ミケに問いかけると、ミケは鋭い瞳を細めて腕を組む。
「ロクに巨人を見たこともない連中の集まりだが、エレンのことを随分と恐れているようだな……中央の連中は––––」
「それは、エレンのことを何も知らないからでは…」
ハルは作戦要項に記されているエレンの名前を指先でなぞりながら、眉間に皺を寄せ、物憂げな表情を浮かべながら言った。
ハルからしてみれば、エレンは訓練兵団の同期であり、友人であり、大切な仲間の一人なのだ。エレンが巨人として恐れられ、腫れ物のように扱われ、ましてや解剖するなどと曰っている中央憲兵や王族の人間達に、憤りを覚えずには居られなかった。
「…まーな。俺達からすりゃあ、エレンが俺達に害を成すような奴じゃねぇってことは、良く分かっては居るが……、エレンの事を知らない奴等にとっては、エレンのことは巨人化が出来る人間じゃなくて、人間のフリをした巨人だとしか、思えないんだろうよ…」
ゲルガーは椅子の背もたれに背中を寄りかけ、頭の後ろに腕を組んで言うのに、ナナバも口元に手を当てながら、表情を曇らせる。
「これはハンジが良く言っている事だけど…。人は知らないものを、恐れる傾向にあるからね––––」
「…知らないものを…恐れる…ですか…」
ハルはそうぽつりと呟くと、女型の巨人と記されている隣に羅列されている、アニの名前を見て、双眸を細めた。
もしかしたら、アニは女型の巨人の正体であり、同郷のライナーやベルトルトも協力者である可能性があり、或いは他の104期生の中にも繋がっている人間が居るのかもしれない。
そして、彼等が一体何を目的にしているのか、エレンを攫って何処へ向かうつもりだったのか、多くの事が謎に包まれたままであり、そもそも、巨人という存在自体にさえ、解明出来て居ないことが未だに多くある。
自分達は、巨人のことを理解していないが為に、強い恐怖心を抱いていることは、確かな事だった。
しかし、今回の女型巨人の捕縛作戦が成功すれば、巨人の謎の解明に大きく近づく事が出来るかもしれない。そして何より、彼等は一体何を目的として、壁を壊し壁内人類の命を脅かしているのか、その理由に迫ることが出来るもしれない最大のチャンスとも云えるだろう。
ハルは徐に、自身の首元に指先で触れた。
いつも首に掛けていた御守りは、アニ達との絆の証でもあったが、ハルはもうその御守りを首には掛けないと決めた。
捨てることが出来ない人間は、何も変えることは出来ない。
アルミンが言った言葉が、この残酷な世界を変えられる人間になる為に必要不可欠な事であるとするのならば、ハルはアニ達との絆を手放さなければ、多くの仲間達の未来の為に、道を切り開くことは出来ないと感じた。
しかし、こうして首に御守りが無いことに不安や寂しさを感じてしまうのは、きっとアニ達への情を完全に切り離せていないからなのだということも、ハルは自覚していた。
ミケは思い詰めた表情を浮かべ、作戦要項に視線を落としているハルを一瞥すると、固い口調で言った。
「その恐怖を払拭する為にも、今回俺たちに課せられている任務は、巨人の謎やこの世界の真理を暴き出す為の重要な作戦の一つだ」
ミケは一同の顔一人一人へ視線を向けながら、声音に緊張感を交えつつ、真剣な面持ちで作戦概要の説明を続ける。
「現時点で女型の巨人の正体である可能性が高い、アニ・レオンハートの同郷から来たという、ライナー・ブラウン、ベルトルト・フーバー、他104期訓練兵団を卒業した、俺達に課せられた新兵達の監視には、アニ・レオンハートの捕縛作戦中、協力者と思われる人物を近づけさせない目的、また不審な動きを取らないか見張ることを目的としている。その為、監視対象である新兵達の武装は完全解除し、ウォール・ローゼ南西部にある、調査兵団の私有施設に隔離することになる」
「ハル、…大丈夫なの?君の同期で、開拓地時代からの友人相手に、冷静に対応は出来そう?」
リーネにそう問いかけられ、ハルは俯けていた視線を上げると、ミケ達に意を決した強い眼差しを向けながら頷いた。
「…大丈夫です。気持ちは、昨晩で固まっています。私は自分の為すべき事を、やるまでです」
ハルの双眸には迷いがなく、任務に臨む意思の強さがじりじりと肌に触れる肌に強く伝わって来て、ミケ達は頷いた。
「俺達監視要員は、万が一の為完全武装で対応する。ハル、お前は104期の監視中は、同期達との必要最低限以外の会話は禁止にさせてもらう。…悪いが、これはエルヴィンからの命令だ。辛いだろうが…守ってもらうぞ」
「はい」
ハルは特に異議を立てることなく頷きを返した。アニ達と同じ開拓地で過ごして来た自分を、今回の作戦に参加させてくれただけでも多大な配慮を受けている。ハルからエルヴィンの決定事項に対して異論を口にすることは憚られた。何より、自分がライナー達と接しているうちに、決意が揺らぐことを懸念しているのだということも、理解出来る。
ミケは隔離施設での有事の際の行動等について説明をすると、長々と話を続けることはなく、会議を切り上げた。
「じゃあ、今日はこれにて解散だ。明日の正午から、新兵達と施設に向けて移動だからな。遅刻厳禁。今日は酒を飲みすぎるなよ」
「「了解」」
一同はミケに敬礼を返すと、ばらばらと席を立つ。
ハルも立ち上がり皆のティーカップを回収しようと、会議室の隅のサイドテーブルに置いていたトレイを再び手にしようとしていた時、不意にミケに呼び止められた。
「ハル」
「?ミケさん、どうかされまし…」
ハルはミケの方へと振り返ると、ミケは前屈みになってハルの肩口に顔を寄せ、すんと鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。
そして、ハルにしか聞こえない声で囁いた。
「…監視役の匂いがするな」
「!?」
その言葉にハルは大きく息を呑んで身を強張らせると、ギリギリと首から金属音がなりそうな程にゆっくりとミケの顔を見上げた。
ミケはそんなハルの顔を見下ろすと、ふっと含み笑いを浮かべた。
「昨晩は眠れたみたいだな。…安心したぞ」
その言葉にハルは顔が一気に熱くなるのを感じ、あわあわと空気を求める魚のように動かし、ミケから後ずさる。
「おいハル、今晩空いてるか?部屋飲みしようぜ…って、どうしかたのか?…顔真っ赤だぞ?」
そんな中、状況を理解できていないゲルガーがハルの背中に声を掛け、顔を覗き込んで首を傾げる。
「え、あ、いいえ!なっ、なんでもありません!!自分!あっ、アグロの様子を見てきます!!」
それに、ハルはハッとしてびくりと肩を跳ね上げると、明らかに動揺して震えた声で言い、会議室から物凄い勢いで飛び出して行った。
「あっ!おいハル!?…あー、行っちまった…。一体どうしちまったんだ?」
ゲルガーが怪訝な顔をして首を傾げてると、トーマが「腹でも下したか?」とまるでリヴァイのような口振りで腕を組んで言った。
「ふ」
それにミケがおかしそうに口端を上げて笑っていると、二日酔いのナナバがミケの顔を見上げて、小首を傾げて問いかけた。
「ミケ、何かハルに変なことでも言ったの?」
「いいや、ただ少し揶揄っただけだ」
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