第二十五話

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「エルヴィン団長」

「何だ?」

「ーーー皆は、無事…なんでしょうか。それから、トロスト区は今…どうなっているんでしょうか?団長方が此処にいるということは、エレンは穴を塞ぐことに、成功したんですよね…?」

 ハルはエレンが大岩で穴を塞ぐ前から意識が無かったため、トロスト区がどのような状況にあるのかということを、全く把握出来ていなかった。

「ああ。そうだ。我々が到着したのは、エレンが壁の穴を塞いだ直後だった。トロスト区の巨人掃討作戦は、昨日の早朝に終了し、戦死者や行方不明者の捜索も昨晩で終えている」

 エルヴィンの言葉に、ハルははっとしてエルヴィンに身を乗り出す。その際に手枷の鎖が打つかって、ジャラリと音を立てた。

「団長達がご存じなのか、分かりませんがっ…マルコ・ボットは…無事でしょうか?私を抜いて104期の、成績優秀者上位10名の中で、憲兵を志望していた者なのですが…」

 その問いに、ハンジは腕を組んで、表情を曇らせた。

「…君を抜いて、上位10名の…中でか…」

 エルヴィンはハルの今にでも崩れてしまいそうな不安げな視線を、取り乱さないよう言い聞かせるよう見つめ返しながら答える。

「104期訓練兵団の成績優秀者は、君を抜いて10名の内、憲兵団に行ったのは、アニ・レオンハート、一名だけだ」

「…え…?」

 そんなはず、ない。

 ハルは声変わりの最中のような掠れた声を溢して、エルヴィンの口元を見たまま身を強張らせた。

「他の成績上位者は皆、勇敢にも調査兵団入団を…志願してくれたよ」

 ハルはエルヴィンの言葉が頭の中に反響して、喉が引き攣り言葉が出てこなかった。
 
 訓練兵団に入団して三年間、皆憲兵になるために必死に訓練を重ねてきたのに、何故調査兵団を志願したのか、ハルには到底理解が追いつかなかった。
 
 そして、困惑しているハルに、追い討ちをかけるように、現実は突きつけられる。

「それと…、10名の内…一人は、戦死者が出ていた。調査兵団に入団する新兵の名簿には、君の言うマルコ・ボットという名前は無かった。恐らくだが、…彼は…」

 その先の言葉を、ハルは聞かなくても想像に容易かった。
  
 ああ、やっぱり。そう、思ってしまった。

 夢に出てきたマルコは、もうこの現世には居ない…ミーナや、トーマスもだ。

「… グランバルド

 エルヴィンが、心配げにハルの名前を呼んだ。
 ハルは深く項垂れ、細い声で独り言のように言葉を溢す。 

「…目覚める前…夢で…彼と会ったんです…だから、もしかしたらと思って…」

「!」

 ハルのその言葉に、悪い夢を見たのかと問いかけた時、祈るような響きで、夢ならいいのだと言葉を落とした理由を察したミケは、壁に背を預けたまま、大きく一度瞬きをして深く息を吐いた。

 エルヴィンは項垂れるハルを見下ろしながら、胸の中に蟠っている悲嘆を吐き出すように静かに言った。

「仲間を失うのは、いつも辛く悲しいものだ。…我々も、もっと早くに帰還出来ていれば、命を落とすことになった兵士も少なく済んだだろう。…すまなかった」

 それにハルは項垂れたま首を振り、手枷のついた手を、ぎゅっと掛け布団ごと握りしめた。

「エルヴィン団長が、謝ることではありません。壁外調査は、毎度の如く精神と命を著しく削られるものなのに…、亡くなった兵士も居る中、目標を断念し壁に帰還して、その後も巨人と戦ってくださっていたんですよね…?…それをどうして、責める必要が…あるのかっ…!」

グランバルド…」

 エルヴィンは、ハルの言葉に一瞬胸が詰まり、両手を握りしめた。
 団長の座に着いてから今まで、自身の胸中に歩み寄るような、そんな労りの言葉を掛けられたのは、初めてのことのように思えたからだった。

 ただでさえ己の身に降りかかっている問題は、重くどれも奇妙なもので、得体の知れないことばかりだというのに、ハルはそれでも、己の優先順位を決して一番にすることはない。ハルグランバルドという人間は、生粋のお人好しなのだと、エルヴィンは今この瞬間に認識した。

「君は、人が良すぎるな」

 エルヴィンはそう小さく呟くと、床に付いていた片膝を上げて立ち、姿勢を正した。

ハルグランバルド。君の身体のことを知る者は、先程話した者だけだ。…そこで、君の今後の意志を問わせて貰いたい」

 ハルは俯けていた顔を上げ、エルヴィンを見上げた。

「君には、その未知の力を制し、ウォール・マリア奪還のため、調査兵団の兵士として戦う意思は…あるか?」

 その問いに、ハルはふと首にかけてある御守りを見下ろした。巨人に吹き飛ばされても、お守りも、皆から誕生日プレゼントでもらったミサンガも、首と手首にしっかりと残っていることに、ほっと息を吐く。

「…元々、私は調査兵団志望でした」

「ほう…とんだ好き者だな」

 ハルの言葉に、リヴァイは興味深そうに呟き、じっとハルを見つめた。

「それは、何故だ?」

 エルヴィンは静かにその理由を答えるよう促すと、ハルは胸にかけられている御守りを、ぎゅっと右手で握りしめる。

「私は、シガンシナ区出身で、5年前に家族と故郷、大切なもの全てを…失いました」

 その言葉に、ハンジが視線を足元に落とした。

「…そう、だったんだね」

「その後は生きながらに死んでいるような生活を、日々送っていましたが…そんな中でも、私は失った家族同様に、大切な人達が出来て…生きる意味を失った私に、生きることの素晴らしさを教えてくれた皆の未来を、守りたいと思うように、なりました。…理由は、それだけですが、それが何よりも私自身がこの世界で生きる為に、必要なことなんです」

 ハルはそう言うと、お守りから手を離し、エルヴィンに向かって深々と頭を下げた。

「エルヴィン団長…私を、どうか調査兵団に、入団させてください。…っ、お願いします!絶対に、後悔させません。この未知の力の解明にも、尽力します。皆さんの力に…っ、ならせてください…っ!」

 エルヴィンはハルが調査兵団の入団を断った場合、強行手段に出ることも余儀なくされることを懸念していたが、それは杞憂に終わり、内心で安堵しながら、頭を下げるハルの背中にそっと触れて、微笑んだ。

「…我々は君を、喜んで迎えよう。…ありがとう、グランバルド。いや、ハル

「!はいっ、ありがとうございます!」
 
 名を呼ばれ、エルヴィンに調査兵団の兵士として受け入れてもらえたのだと感じたハルは、顔を上げてエルヴィンに安堵の笑顔を向けた。

「ただし」

「!」

 しかし、エルヴィンに条件を突きつけられ、ハルは反射的に背中をピンと伸ばした。

「君自身がエレンと同様に、その力を掌握出来ていない間は、君の普段の生活を監視させてもらう。窮屈かもしれないが、念の為だ。我慢してくれ」

「…そう、ですよね。分かりました。しかし、監視は一体誰が?皆さんは普段、日々の訓練や業務でお忙しいと…」

「監視役にはもう声をかけてある。君の同期の、ジャン・キルシュタイン君だ」

「ジャ、ジャンが…?」

 思わず驚いて目を丸くしたハルに、エルヴィンはハルに釘を刺すように言った。

「もちろん、彼やフロック、そしてイアンにはこのことは口止めさせてもらっている。君も、同期達や他の者に、この事を決して公言しないようくれぐれも注意してくれ。この事が知れ渡り憲兵の耳にでも入れば、どうなるか…分からないからな」

「了解です」

 ハルは神妙になって頷く。
 
 恐らくこの事が憲兵の耳に入れば、審議にかけられ、下手をすれば死罪になる可能性も考えられる。それに、調査兵団という組織にも、多大な迷惑が掛かってしまうだろう。

「それと、訓練終わりでミケが君に声をかけた時は、君の未知の力の掌握に向け、研究をさせて貰う。その時はハンジや、ミケの班員達のみで行うようにするが…異論は、ないな?」

「はい、ありません」

「よろしい。では、今日は此処で我々も退散しよう。体調が良く無い中、協力してくれて感謝する」

「い、いえ。皆さんも、忙しい中ご足労くださって、ありがとうございました」

 ハルはエルヴィンとリヴァイ、そしてハンジとミケそれぞれに頭を下げて礼を言うのに、ハンジは「やっぱり真面目だねぇ」と可笑しそうに笑った。

「ミケ、ハルを調査兵団の兵舎まで送ってやってくれ。それと、ハルの兵服は割り振られた部屋に準備してある。明日の訓練から、着用するようにしてくれ」

「はい、ありがとうございます」

「じゃあねぇハル!また!元気になったら!!ゆっくり話し、しようね!?」

 ハンジは再びハルに迫ると、ハルは苦笑しながらも頷く。

「は、はい。よろしくお願いします、ハンジさん」

「こちらこそ!!」

 其処で、よっしゃーと拳を天井に向けて突き上げているハンジの後ろに立っていたリヴァイとふと目があって、ハルは首を傾げた。

グランバルド

「はい!」

「戻ったら食うもん食ってすぐ寝ろ。死人みてぇな顔で、明日からの訓練に顔出されると気が滅入るからな」

 リヴァイの言葉に、ハルは少し驚いたように目を丸くして、それからすぐに破顔した。

「リヴァイ兵長は、お優しいんですね」

 そしてハルの言葉に、一同は絶句してリヴァイの顔を見た。

「「!?」」

「…あ?」

 それにリヴァイの眉間の皺がぐっと深くなり、目の下に剣呑な影が浮かぶ。
 しかしハルはそれを全く気にしていない様子で、朗らかな笑顔を浮かべて言う。

「気にかけていただいて嬉しいです、食うもん食ってすぐ寝て、明日からの訓練、頑張ります!リヴァイ兵長!」

「…」

 そんなハルにリヴァイは開けた口を…閉じた。
 そして無言のまま部屋を出ると、早足で廊下を歩いて行く。それにハンジは夏の雪でも見たかのような顔になって声を上げた。

「…おお、リヴァイの毒気が抜かれた?!すごいよ決定的瞬間だよ!?エルヴィン今の見た!?」

「ハンジ、少し静かにしてくれ」

 エルヴィンはリヴァイに続いて廊下へと歩き出したのを、ハンジは後ろを着いて騒ぎながら廊下を歩いて行く。
 二人の声が聞こえなくなると、ミケはハルの手枷の鍵を外した。

グランバルド、立てそうか?」

「は、はい。大丈夫で…」

 ハルは問われてベットから降り、傍に置かれていたブーツに足を入れて立ち上がろうとしたが、その瞬間激しい目眩に見舞われて体のバランスを崩してしまう。

「っ…あ、れ…」

「!」

 前のめりに倒れそうになったハルの体を、慌ててミケが支えに入る。

「…しばらく寝たきりだったからな、無理もない」

「す、すみません、ミケさん…うわ!?」

 ハルは情けないなとミケに謝罪した瞬間、ぐいと急に体が持ち上がり、驚いて声を上げてしまう。ミケがハルを軽々と横抱きにして抱え上げたのだ。

「お前は本当に首席で卒業したのか?…こんなに華奢で、…信じられんな」

 ミケはそう言いながら部屋を出て、廊下に出た。
 そこでようやく、ここは調査兵団本部の中であったということに気がついたハルは、周囲に人がいないか気になって辺りを見回した。しかし窓の外は暗く、どうやら夜も遅いようで、兵士の姿は見当たらず、本部内は静寂に包まれていた。
 それにホッとしながら、ハルは自分を抱えているミケの腕の屈強さを見て、喉を唸らせた。

「ミケさんは、筋肉隆々、ですよね。どうやったら、そうなれるんでしょうか?私も鍛えてはいるんですが筋肉が付きにくいみたいで…羨ましいです」

「…」

「私もミケさんみたいに、逞しくなりたいです」

 至極真面目な顔でそう言ったハルに、ミケは複雑そうに眉間に皺を寄せて言った。

「…まあ、多少は必要だろうが。…俺を目指すのは、やめておけ」

第25話 翼を背負う覚悟


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