第三十三話
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調査兵団は無事、カラネス区に帰還を果たしたが、民衆の出迎えは冷たいものだった。彼等の厳しい視線と言葉は、死線をくぐり抜け、多くの仲間達を失った兵士たちの身を焼くような辛辣さがある。
「今朝より、数が少なくなってないか?」
「今回も酷いな…」
「エルヴィン団長!答えてください!!今回の遠征で、犠牲に見合う収穫はあったんですか!?」
「死んだ兵士に悔いはないと仰りたいんですか?!」
民衆から飛び交う罵詈雑言や、悲嘆…
このカラネス区を出立した時は、自分達の帰還を、きっと民衆が明るく出迎えてくれるだろうと信じていた。
しかし、何処かで、その真逆の未来も有り得るのではないかと、全く覚悟をしていなかったわけでは無かったが、正直、疲弊した身と心には、民衆達の言葉や視線が、ナイフのように突き刺さり、痛く辛かった。
ハルは視線を俯け、アグロの手綱を引いて力無く歩いていた。
自分達は、人類の未来の為に、必死になって戦っているのに…
民衆達にはそれが、税を貪りドブに捨てる行為としか、認識されていない。
それが酷く、悲しくて、悔しくてならなくて…ハルは顔を上げることが出来なかった。
しかし、そんな時だった。
「「お姉ちゃんっ!!」」
耳馴染んだ声に呼ばれて、ハルはふと顔を上げると、声がした民衆の方へと視線を巡らせた。
「!?」
そして、冷めた目で自分達を睨め付ける民衆の中に、優しい光をたたえた大きな瞳を見つけて、ハルは立ち止まる。
其処に居たのは、訓練兵時代、トロスト区の病院で入院生活を送っていた際に知り合った、双子の兄妹、パルシェとフィンの姿があった。
「…パル、シェ?…フィン?」
ハルは掠れた声で二人の名前を呟くと、二人はハルの顔を見てぱっと表情を明るく輝かせた。
そして、民衆の間を器用に掻き分けて、ハルの傍に駆け寄ると、パルシェがハルの首に飛び付き、フィンは腰元に抱きついて来て、ハルは二人の小さな体を受け止めるが、疲労している体は二人の体を上手く支えられずに、後方に少しよろける様に踏鞴を踏んでしまう。
「良かったっ!無事に、帰って来たんだね!」
「本当に心配してたんだぞっ…!」
「…っ二人共、なんで…」
ハルは酷く困惑して二人の顔を見下ろしながら、少し震えた声を溢す。
フィンとパルシェは、トロスト区の病院で、幼い頃から心臓が悪く長いこと入院生活を強いられていた。
そんな二人がどうして今、ウォール・ローゼ東部のカラネス区に居て、そして外を出歩いているのか、ハルには疑問だったからだ。
そんな時、ふとフィンがハルよりも後方で歩いていたジャンを見つけて、ハルの腰元から離れると、大きく両手を振った。
「あっ!ジャンだッ!!おーいッ!!」
フィンの声に気づいたジャンは、ハルと同じく民衆たちの目から逃れるように俯けていた顔を上げると、驚き顔になって、それからフィンとパルシェの元へと駆け寄って来た。
「お前らっ…フィンとパルシェじゃねぇか!?何でこんな所に…っ、大丈夫なのかよっ、病院に居なくてっ…」
ハルと同じ疑問を問いかけたジャンに、フィンは腰に手を当て、得意げに胸を張りながら言った。
「俺たち、最近トロスト区の病院を退院したんだ。それで、今はカラネス区の家に帰ってきてるんだよ」
「!…そうか…、そうだったんだな…」
ジャンはフィンの言葉を聞いて、ほっとしたように表情を柔らげると、フィンの頭をわしわしと撫で回した。
それにハルもずっと首に抱きついたままのフィンを、両腕でぎゅっと抱き締めながら、ジャンに頭を撫でされて擽ったそうに笑っているフィンの顔を見下ろし問いかけた。
「迎えに来てくれたんだね…。フィン、パルシェ…二人ともありがとう…!何だか、ちょっと大きくなった?」
「へへ、そうかな?」
それにフィンが鼻の下を指で擦りながら少し照れ臭そうにして笑うのに、パルシェはハルの首元から離れ、ハルの顔に両手を伸ばすと、心配げに大きな水色の瞳を細めて首を傾げた。
「お姉ちゃん、怪我…してない?痛いところ、ない?何だかすごく、疲れてるよ…?」
「!」
不意にパルシェの姿が、自分の弟の姿と重なってしまって、ハルは思わず眦が熱くなったのを、ぐっと堪えるようにして微笑みを返した。
その場に両膝をつき、パルシェの小さな手を取って自身の頬に押し当てながら、瞳を閉じ、パルシェの優しい日溜りのような温もりを確かめる。
「うん…っ大丈夫。…大丈夫だよ…」
パルシェの体温を感じていると、自分が生きて帰って来たのだと言うことを、強く実感することが出来た。
そして何より、家族を失った自分にも、帰りを待ち望んでくれている存在が確かに居てくれているという事実が、この上なく嬉しかった。
ジャンは喜びを噛み締めているハルと、ハルの頬に触れていない方の手で、よしよしと子供あやすようにしてハルの頭を撫でているパルシェの姿を、そっと瞳を細めて見守っていた。
フィンはジャンとハルの姿を交互に見つめると、ニッと白い歯を見せびらかすようにして口角を上げた。
「なぁっ、ハル、ジャン!」
そして、フィンとパルシェは顔を見合わせると、「せーの!」と声を合わせて、子供らしい、天真爛漫な笑顔を向けて言った。
「「おかえりなさい!」」
「「!?」」
ジャンとハルは、そんな二人の笑顔と言葉に、胸の中に漂っていた黒々と重い塊が、眩い光に溶かされ、打ち消されるような気がして、目を見張った。
二人は、胸の中が夕立の後のように清々しく晴れやかになるのを感じながら、互いに顔を見合わせると、自然と込み上げてきた笑顔を浮かべて、自分達の帰りを迎えてくれた二人に答える。
「おうっ…!ただいま」
「ただいま。パルシェ、フィンっ…!」
酷く悲しい色に見えた、橙の夕焼け空が、パルシェとフィンの、顔に皺が出来る程に溢れるような笑顔を照らしている。
仲間を失った悲しみや悔しさが、そう簡単に晴れることはないが、二人の花開くような笑顔に、心に救済の種を蒔いてもらったような、そんな救われた気持ちになれたのだった。
第三十三話 帰還
完